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創世の歌 8話 開戦

 アイテリオンがエティアに魔王を放って滅ぼそうとしている理由。

 十中八九それは、エティアが北五州を属州としたからだろう。

 メニスの里である水鏡の寺院は、北五州のほぼど真ん中の地中にある。つまり白の導師は、自分のナワバリに迫られたと感じたのだ。

 もともとソートくんとの契約で渋々国家として認証するまで、アイテリオンはエティアを「違法な技で建てられた国」だと非難しまくっていた。

 気に入らない国が大陸を征服しようとしている。メニスの里を脅かそうとしている。

 白の導師はそんな危機を感じたのに違いなく。

 そしてそれは――間違った感覚ではない。


『エティアは、第二のメキドです』


 エティアの建国に尽力したソートくん自身が、そう断言したのだから。 


「おじいちゃん、エティア王宮詰めのブランから返信です。エティアの国王陛下が、おじいちゃんとじかに話したいそうです」

「了解ローズ、繋いで」


 ポチがエティアに入ってほどなく。俺は水晶玉でエティア王ジャルデ・アキューと交信した。


『おジイ、元気か?』


 手のひらの水晶玉から聞こえてきたのは若い少年の声。ジャルデ陛下は即位してまだ数ヶ月。十五歳だ。


 ――『エティアは、ピピ様のために動いてくれるでしょう』


 ソートくんの言葉通り、代々のエティア王は俺たちの頼もしい味方になってくれている。


「困ったときはエティア王国最高機密『おジイ』を頼れ」と、ソートくんがエティア王家に遺言を残してくれたからだ。

 現在俺の妖精たちは侍女兼間諜として王宮に入っているだけではない。エティア王家は妖精たちの事業をひそかに後援してくれている。


「陛下、警戒してくれ。近日中に王国内に魔王が出現する」

『了解。神器の騎士を招集するよ』


 神器の騎士とは建国の英雄の魔道武器を代々継承している護国卿のことで、ジャルデ陛下自身、六人いるその騎士のひとりだ。ソートくんの魔道武器の中で一番扱いが難しい「覇者の宝冠」をやすやすと御す、とんでもない戦士だったりする。


『しっかしあの白銀野郎、やっぱり動いてきたか』


 そして学問よりも戦闘訓練が大好きでがさつで脳筋だ。


『数十年計画で魔王製造して投入とか、長命なメニスらしい計画だなぁ。ま、うちもアイテリオンを刺激しないよう北五州併合は百年計画でやれって、大鍛冶師に指示されてたけどな。でもうちのおばあちゃんがおじいちゃんと世紀の大恋愛しちまったもんだから、そういうわけにもいかなくなってよ。それで約三十年ぽっちで北五州征服を達成しちゃったわけだ。いやー、愛の力ってすげーよなぁ』


 今上の祖母である先々代女王が金獅子家の当主を王配にしたのは、何を隠そう純粋な乙女の純愛のためだった。

 この婚姻は女王の母君が金獅子家の傍流出身であったためになんとか実現したが、エティアの拡大を恐れるアイテリオンは最後まで反対した。

「大陸諸国を脅かす政略結婚は認めない」と大陸同盟からゴネゴネの声明を乱発したので、エティア王家と金獅子家双方が大量に賄賂を贈ったり政治的な裏取引をしまくって奴を黙らせた経緯がある。


『それで、おジイは王宮に来てくれるのか?』

「ああ。お城の発着場を使わせてくれるかな」

『了解、待ってるぜ!』


 それからほどなくポチはトンネルから地上に出て。


「偽装解除!」


 本来の姿に戻り、深い森の真っ只中から飛び立った。


「第一外装及び積荷格納完了。両翼展開! 全速飛行開始!」 


 コウモリのような大きな膜翼。爬虫類のような胴体。

 滑らかな鱗肌。筋肉のひだがみえる四肢。その鱗も翼の襞も爪の筋も瞳の充血もみな「本物」。むろん、脳みそもある。


『起床、イタシマシタ』 

「おはようポチ」


 ポチは、いにしえの竜そのものの姿形をしている。

 とはいえ、本物の竜でも神獣でもない。

 神獣は生身の巨大な獣に機械臓器を組み込んで創られたが、俺のポチは金属様細胞百パーセント。スメルニアが開発した、みるからに金属製の鉄竜とは全く違う、まるっきりの新生物だ。

 この特殊な細胞は長年の試行錯誤の末に俺が創りだしたもので、原子構造が限りなく金属に近い。ちゃんと塩基展開して、自己補修――つまり新陳代謝する。細胞には流体性質があり、普段身にまとっている外装を皮膚内に沈め込むことで格納することができる。

 ちなみにポチ1号もこの金属様細胞で作った生物だったが、いかんせん動きがのろすぎた。しかもソートくんがいろいろ好きに改造しちゃったので、見た目がそこかしこ尖ってて手足の長い、超かっこいい戦闘ロボットにしか見えなかった。

 まさか胸部の主人の騎乗席の形をすっかり変えちゃうとか、頭部に副司令塔乗っけられる台座ひっつけるとか、ロケットパンチまで装備されるとは思いもよらず……びっくりしたものだ。

 そんなポチ1号は、先の魔王戦で壊されたショックで泣いて逃げだして、今も行方不明だ。

 幸い脳ミソの性格は「気は優しくて力持ち」にしたし、エサの石炭をある一定期間食べないと冬眠するようにしたから、人間に害を与えることは絶対にない。たぶんどこかの山奥にでも隠れて眠っていると思われるので、妖精たちを使って根気強く探し続けている。

 そんなわけでポチ2号の性格は、かなり打たれ強いようにしていたりする。

 移動速度も比較にならないほど速い。

 俺たちはメキドのレンギから半日足らずでエティアの王城にある発着場に降りたつことができた。再びポチを四角い蒸気車の外装の中で眠らせて、さっそく国王に謁見すれば――。


「おジイ、その魔王となったノミオスとやらは普通に倒していいのか?」


 少年王ジャルデ・アキューは腕組みして、玉座の周りをせわしなくうろうろ。一度も玉座に座らなかった。


「だめだ。俺が保護するから、陛下は宝冠の力で封印するだけにしてくれ。極力、怪我をさせないようお願いする」

「うっほ。難易度一気に上がったな。了解。まあ、盾役は任せろ。俺も前線に出る」


 陛下が盾になどなってはいけません、と周りの大臣たちは苦言を呈したが、エティアの今上はカラカラ笑った。


「玉座におとなしく座ってるなんて性に合わねーよ。万が一の可能性もないだろうが、もし俺に何かあったら跡目は弟に継がせるってことにしてるからいいだろ? そのためにもう王太子にしてるんだし」


 翌日。気さくな少年王と召集された神器の騎士たちとともに、俺はエティア東端の町に急行した。町にいきなり魔物があらわれた、という急報が入ったからだ。


「おジイ、そんな薄い衣一枚で戦えないだろ? こいつを着ろよ」


 出掛けに少年王から全身鎧を渡され、騎士の格好をしろといわれたが。オリハルコンの衣を脱ぐわけにはいかないし韻律の心得があるからと俺は固辞して、兜だけ借りることにした。

 ポチに乗ってエティアのローテクな気球船についていき、現地に降りたった時。


「おじいちゃん! 念のためにこれを」


 ローズがポチの外装格納室あたりから、長い箱をずぶずぶ引っ張り上げた。


「お? これは……」

「これにはお父様が作った破壊の目の機能がついています。いよいよの時は、これでノミオスちゃんの魂を吸い込んで確保してください」


 箱を開けるなり。

 中に在る物が、ぷはーっと息を吐くような音を立てた。


『っはあああ! 外の空気いい! おいしーいでえーす! なんですかこの、554424時間33分22秒ぶりのおいしい酸素と二酸化炭素とチッ素と音素はぁ。すっばらしいでえーす』 

「あー、えっとあの」

『おやあなた誰でしたっけ? 我が主じゃございませんね。我が主にして剣の英雄スイール・フィラガーはどこです?』 


 その物体はとても明るく快活な声で聞いてきた。

 まるで、人間のように。 





 箱の中にあるのは美しい大剣だ。柄には黄金竜の象嵌が施され、その先端には大きな赤鋼玉がひとつ煌めいている。

 変な声の出所はそこからだ。

 俺はため息をつきながら大剣を出して背に負った。


「赤猫ちゃん。だから剣の英雄スイールは死んじゃったって、前に言ったでしょ」


 ソートくんが隠居してて本当によかったと思う。

 彼が作ったこの剣には、遠い星からやって来た伝説の剣の蓄積情報の完全な複製の中に赤猫という子の魂が封じられているんだが……


『あー、そうでしたね。あなた私にそう言いましたね。554422時間33分44秒前に会いました時。ええとぉ、あー、思い出しましたよ、私の主人スイールは私が大鍛冶師に修理に預けられている間、神聖暦7305年に戦死したとおっしゃいましたね。たしかあなたはポポさん! いえ、パパさん! あれ? ププさんでしたっけ?』

「ピピだよ」 

『あー、そうでしたね。すみませんね、最近とんと物忘れが激しくて。なにせ一万とんで九百年以上生きてるものですから、私』


 やっぱり……ソートくんがいなくなった直後と全く同じ状態だ。記憶能力がいかれてる。


『しかしあなたは私を使えませんよ、ボボさん』

「ピピだってば」

『英国紳士は、主人に操をたてるのです。主人と別れてきっかり百年たちませんと、私は新しい契約はできないのでございます。ええ、きっかり854400:00:00時間後じゃございませんとね。ですがこれはこの惑星グリーゼの公転周期ではなく私が以前おりました青の三の星の公転周期できっかり百年ということでございましてこちらの星の周期で申しますと84年8ヶ月8日8時間8分後のことでございまして私と契約できますのは要するにあと――』

「赤猫ちゃん、息継ぎなしでまくしたてないで。ていうか融通とか柔軟性って言葉を知ってる?」

『は? 何をおっしゃるのですか。私は猫ではございません。剣でございますよ。あなたの眼は節穴ですか、ドドさん』


 ……これ、オリジナルの蓄積情報を正常に継承してるかどうかも危ういよなぁ。

 ソートくんが溺愛した、あのか細くて今にも折れてしまいそうだった、かわいい赤猫。その片鱗はほんの少しも……

 

――『心配だったんだ。もし剣の蓄積情報に呑まれて、僕のこと忘れてたらどうしようって……』


 ごめんソートくん。君を悲しませたくなかったから、俺は君に嘘をついた。

 赤猫は君を覚えてない。ほんの少しも。

 微塵も、君の事を覚えてない――。





 かつて俺とソートくんが倒した魔王は、魔界の入り口を開けて魔物を地上に放った。

 魔界とは、この星に広がる地下世界のこと。そして魔物とは、地下に巣食っている眠れる原始生物を指す。魔物は太古の昔、メニスがこの星に移住してきた時に御した先住民族であり、メニスの王が「世界をリセットする」時に必ず利用する生きた武器だ。

 先の魔王は魔物の捕食本能を強化改造して大陸中に放った。魔物の食欲はすさまじく、当時何万もの人間が頭からぼりぼり食べられて、大陸諸国を恐怖に陥し入れた。

 今回町に出現した魔物は、六体。まさしく先の魔王が操ったものと同じ生物で、その姿はさながらどろどろした泥人形だ。

 大きさは三階建ての家ほどで、すでに相当人間を喰っているサイズ。こいつらはエサを喰らうと驚異的な速さで数十倍に巨大化し、一定の大きさに達すると分裂繁殖するので厄介だ。

 しかし一体、どこから湧いて出てきたのか。

 先の魔王戦で、俺とソートくんが魔界への入り口をしらみつぶしに潰しまくったのに。

 誰かがどこかから運んできたんだろうか。俺たちが立ち入れない所に魔物の巣があり。そこから誰かが――


「まさかメニスの里に培養所があるのか? アイテリオンの膝元に……」


 生まれたばかりの魔物は手のひらのボールほどで、動かなければ岩と変わらない。簡単に大量に持ち運びできる。

 魔王退治経験者の俺は、神器の騎士たちに指示を飛ばした。


「こいつらは、オリハルコンの魔道武器で胴体の核を砕けば倒せる。見た目によらず敏捷だから、捕まらないよう注意してくれ!」

「了解おジイ! 任せろ!」


 育ちきった魔物が、騎士たちの目の前で子供をぼたりと産み落とした。敵はあっという間に十体以上に増え、町中に散っていく。

 しかし普段からきつい訓練をしてきたのだろう、神器の騎士たちの動きは冷静で見事なものだった。

 杖の騎士が結界を張って仲間達を護りながら光弾を放つ。

 竪琴の騎士が妙なる調べで魔物を同士討ちさせる。

 飾り輪の騎士が伸縮自在の鋼鉄の輪で魔物を輪切りにする。

 弓の騎士がすばしこく駆け回る魔物の子供を射て動きを止める。

 槍の騎士が次々と魔物の胸の核を突いていく。

 そして少年王ジャルデは……


『たゆたう時の流れよ、わが手の上にて契りを結べ!』


 宝冠の力で魔物の周囲の空間の時間を凍結させ、身動きできなくなったところを剣で一刀両断。


「うは! みんな強いなぁ。でもやっぱりあの宝冠はチートすぎるってば」 


 宝冠から発する三本の光の潮流で、時間流を止める泉のような空間を数秒間だけ発現させるとか、ソートくんって一体どんだけ天才なんだろう。 

 光の渦が少年王の手から放たれて小さな静謐の空間を創造するのを見る度に、俺はなんて美しい放電なんだと見とれてしまった。


「ていうか。赤猫ちゃん、君もちょっとは協力してよ。その刃、神器と同じオリハルコン製でしょ? 君も魔物を倒せるはずだ」

『はあ? だからあなた、私の主人じゃございませんでしょう。私、主人以外の人の命令はききませえええん』 

「ちょおおおお!」


 結局、赤猫は高みの見物。俺は一、二度オリハルコン製の網を放って魔物を動けなくする援護をしたぐらいで、無事戦闘終了。

 こうして大して時間もかからず魔物を鎮圧できたものの。司令塔となって魔物を動かしているはずのノミオスは、どこにも見つからなかった。

 この騒ぎは陽動か?

 俺たちがそう読んだ通り、その日のうちにエティア各地で魔物出現の急報がいくつも王宮経由の伝信で少年王のもとに伝えられてきた。

 まるで種をまいた畑から、芽が一斉ににょきにょき生えてくるように。


「いやなバラ撒き方だなぁ」


 エティア王国内で一斉に、となるとたった一日で魔物ボールを設置しきれるものではない。数週間――ひょっとすると何年も前から仕込んでいた可能性がある。なにしろ冬眠中の魔物の外見は全く岩と変わらないからだ。森の中にぽとっと落とされてもだれも気にも留めないだろう。


「おジイ、生えてきたものは根こそぎ狩るまでだ。雑魚処理は任せろ。司令塔を探せ」


 少年王が現場で被害状況を確認しつつ、神器の騎士を頭とする六つの師団を作り、王国全域に展開させる手はずを整えている合間に。俺は奥の手を使ってノミオスを探すことにした。

 覚醒した魔王は、王家の血統のメニスにしか出せない特殊な波動で魔物を制御する。あたかも灰色のアミーケが、魔人である俺を操ったように。

 そう。つまり……


「ローズ、レモン、俺は今からノミオスの波動を受信する。やばくなったら俺にオリハルコンの衣を被せて抑えてくれ」


 魔物を操る波動は、魔人を操るそれと全く同じ。

 魔物たちは、変若玉(オチダマ)に似た反応物質が体内にできあがるよう遺伝子改造されている。その反応物質が凝縮したものが魔物の核だ。

 幸い本物の変若玉(オチダマ)と違って魔物は不死身にならない。ゆえにオリハルコンの武器で核を突いて割れば、魔王の命令を遮断して退治できるというわけだ。


「い、行くぞ」


 何度も深呼吸して。覚悟を決めて。青い衣を脱いだとたんに――


「うがああああっ!!」


 俺はのけぞって地に膝をついた。


『破壊! 破壊! 破壊せよ! 破壊破壊破壊破壊!!』


 強烈な怒号が、脳髄を刺してきた。



『人間どもを、殺せ!!』



 ノミオスの、恐ろしい絶叫が。



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