創世の歌 5話 妖精
師に捧げる歴史書第七巻エティア建国の章――
『7299年:七英雄、魔導王ラントゥームと悪魔サルトィームを撃破。大陸東部地方解放。
7300年:七英雄、エティア王国建国。
アイテリオンが悪しき道具で建てられた国と文句だらだら。
7305年:剣の英雄スイール、スメルニアのタケミカヅチに挑んで戦死。
ソートアイガス、大陸同盟に拘束され「人間遺物」指定を受ける。
岩窟の寺院へ封印。
7306年:エティア王国、大陸同盟に正式に認証される……』
(鉄筆で箇条書きでけだるげに書き殴られた字。下書きのようだ)
ため息が出た。
ちゃんと文章にして清書しないと、と思うんだけどインク壷にペンを入れる気力が出ない。
奥さんがいなくなって以来まともに記述してなくて、羊皮紙にはメモ程度の覚書ばかり。7290年代ごろの、奥さんを亡くした直後の俺の字ってすごいな……自分で見てちょっと引く。ヨボヨボヨレヨレ、にじみだらけだ。
とりあえず、また覚書だけ鉄筆で追加しておくか。
俺は7310年の「六英雄、北五州を破壊した魔獣ウモス軍を平定」の下に書きつらねた。
『7317年 蒼鹿家アリン王国、エティアに恭順。
7320年 白鷹家ビエール王国、赤豹家シドネイア王国、エティアに降る。
7325年 黒竜家、エティアに降る。
7327年 金獅子家、ついにエティア王国の宗主権を認める……』
エティア王国は、あっという間に北五州を属州とした。
ソートくん製の魔道武器を嫌うアイテリオンは大陸同盟で糾弾声明を出しまくったけど、世論の反応は全く正反対だった。
大陸の民のほとんどが、エティアと建国の英雄たちを褒め称えた。
エティアこそ、大陸随一の国。
建国の英雄こそ我々の神同然だと。
さもあらん。建国の英雄たちは、エティアを建てる時には非道な魔道師と魔物を倒したし、その後も数多のこの世ならざるものを駆逐した。北五州地方に巣食って暴れまわっていた魔獣を倒したのは、特に偉大なる偉業だった。なにせ金獅子家の神獣レヴツラータでも倒せなかったほどの怪物を見事に切り裂き、その魂を浄化したのだ。
くわえて。建国の英雄たちやその子孫は、蒼鹿家や黒竜家などの王家の人々と次々に縁続きになった。それゆえ北五州の王家は、軒並みエティアに恭順することになった。
独りふんばっていた金獅子家も、当主たる王が大恋愛のすったもんだの末にエティアの女王陛下の王配におさまったので、実質属国となった。
神獣ですら倒せなかった魔物を倒したソートくんの武器には、一体どれだけの力が込められているんだろうか。ルファの義眼の「破壊の目」の機能を、さらに飛躍的に能力向上させたのは間違いない。
しかし白きアイテリオンが、灰色の技の再興を許すはずはなく。
魔道武器を作ったソートくんはこれ以上危険なものを生み出さないようにと、岩窟の寺院に封印されてしまった。
建国の英雄が持つ、六つの魔道武器以外の創砥打銘の物もことごとく。
こうして俺は嫌が応にも潜みの塔の管理者にならざるをえなくなり、引きこもり生活から足を洗うこととなった。
塔内には赤毛の「妖精」がうじゃうじゃいて、大きくなってるのはまだ二、三人。ほとんどは幼児から赤子だった。俺は一所懸命、赤毛の子たちのオムツを替えてやり、ごはんを食べさせ、それから――
「おぉ! まっ白花嫁衣裳! きれいだなぁ」
「おじいちゃん、今までお世話になりました」
「よかったな。初めてお見合いした時は、二人ともがっちがちに緊張してたのになぁ。相手は結構裕福な家だし、旦那さんは性格いいみたいだし。幸せになれよ? あ、でも辛かったらさ、すぐ帰って来るんだぞ? いいな?」
「はい!」
とまあ、結婚相手を探して塔から送り出してやった。
エリシア・クローン。
ソートくんは、妖精たちのことをそう呼んでいた。育児人形にある程度世話をさせてたようだが、体調管理など総合的なメンテナンスは自分でやってたらしい。
初めて妖精を見せられたとき。どうやって創ったのかと、胸倉掴んで訊き出したところによると。
エリシア姫が培養カプセルで再生治療を受けた時、ソートくんは姫の卵巣から卵子のもととなる原始卵胞 をこっそりごっそり採取したらしい。
卵胞を培養液で一千個近い卵子に成長させ。これを受精させ。羊水をいれた培養カプセルに投入。着床させて細胞分裂開始させたわけだが。
問題は、一体誰の精子を使って人工受精させたのか――である。
おそらく精子はいたるところがっつり改造されてるだろうけど、誰のか、という特定は容易だった。
妖精たちは俺の奥さんとは顔が似ていないから、父親がカイヤート・シュラメリシュ陛下じゃないのは明白。一様に蒼い瞳。頭髪以外の体毛や産毛が金髪なこと。数十人に一人ぐらいの確率で、母親似じゃない鼻筋通った顔つきの子供が混じってることから察するに、ほぼ間違いなく、というか調べるまでもなく……。
「あーもう、きちがい! きちがいだよあいつ! エリシア姫好きなら好きって、俺に打ち明けてくれりゃあよかったのに」
たしかに小さい頃から毎夏、一緒にピクニックとか行ってたし。同い年だったし。当然といえば当然の、思慕。
そりゃ片思いを相談されても、「どんまい」しか言えなかっただろう。
でももっと早く気づいてたら、諭したり慰めたりできたはずだ。こんな狂ったことをしないように……。
この上ソートくんが妖精たちを将来自分の伴侶にしたら、師匠たる俺は完膚なきまでに打ちのめされる所だったが。最後の最後に、エリシア姫とは縁もゆかりもない赤猫を見つけてきてくれたので、首の皮が一枚つながったような気がしている。
ともあれ。ソートくんは約一千個の妖精の受精卵を作り、冷凍保存していた。
まだ卵の状態とはいえ、すでに生まれている命だ。
処分することなんて……俺にはできない。
生まれたからには、孵してやらなきゃ。育ててやらなきゃ。
ちゃんとお嫁にやって、幸せにしてやらなきゃ……。
それが、創った者の――親の責任だ。
生みの親のソートくんがいない今、その責任と義務は師匠の俺にある。
いくら生理的に嫌悪してようが、こいつは俺の私情をはさんじゃいけないことだ。
しかしむかつくことにソートくんは、俺がこの妖精たちを嫌っていても、決して冷酷に始末できないことを見越していたんだろうとは思う。
でなければ大人しく、岩窟の寺院で封印生活を送り続けるわけがない。
何十年も。俺に丸投げするなんて。
いくら育児人形がいるからって、一度に何十人もの赤ん坊の面倒は見られない。
ゆえに俺は妖精の受精卵を、一年に二人だけ誕生させることにした。
受精卵を全部赤子にするまでには、四百年以上かかる見込みだ。これは魔人の俺だからできることだろう。
こうして同じ年に生まれた妖精たちは、双子のように仲良く育った。
五年もすると、成長した妖精たちが下の子たちの面倒を見てくれるようになったので、育児はだいぶ楽になった。
まるで蟻塚のように、妖精たち自身でみるみる普遍的な育成システムが作り上げられていき、7300年代半ばには、俺はたまに父親役だけして善い縁組を探すだけでよくなり、育成も教育もみんな年上の妖精たちが担ってくれるようになった。
長じた妖精たちは、育児だけでなく俺の仕事もガンガン手伝ってくれるようになった。
俺の仕事。
それはいろいろあるんだけれど――
「おじいちゃん、塔にお客様がいらっしゃったわ」
「お? えーっと、君はビオレットだな?」
赤毛の妖精がひとり、羊皮紙を衣の袂にしまってルファネジを作り始めた俺をにこにこと呼びにきた。この子は紫のスカートをはいてるから、名前はビオレット。
妖精たちはみんな同じ顔だから、俺は色違いの服を着るよういいつけて彼女達を区別している。
「はい。それでお客様は、勝手に工房に入っちゃいました」
「工房に? 一体誰がいらしたんだい?」
妖精は首をかしげて、頭から?マークを飛ばした。
「ルデルフェリオ。黒き衣のルデルフェリオ様って、仰ってます」
ルデルフェリオ。
それまで、その名を耳にしたことは一度もなかった。
黒き衣の、ということはまごうことなく黒の導師。となれば、その名は導師名で最長老から貰ったもので本名ではないだろう。
建国の英雄の子孫なら大歓迎するところだが、と一瞬警戒心がよぎった。
この潜みの塔の存在を知っているのは、エティアの建国英雄たちと一握りのメキド王族のみ。今のメキド王家の後見導師は、「鏡の向こうに現れる影のご意見番」の居所は知らない。お嫁に行った妖精たちの実家は、メキドの王都にある屋敷ってことになってるし。
つまり岩窟の寺院の関係者で、ここを知っている奴、ということは――。
黒き衣をまとったそいつは、下の階の工房を懐かしそうにあれこれ眺めまわしていて。俺が入るなり、挨拶もそこそこに突っ込みを入れてきた。
「培養カプセルの羊水液が、ちょっと濁ってませんか?」
「透明度99パーセントで保ってるはずだよ」
「何か加えてたり?」
「してない。有機体工場仕様の倍速液なんて入れてない。人間と全く同じ速さでゆったり成長させてる。その方が育成失敗の確率が下がるからね。幸い今まで発育不全はゼロ。五人、お嫁に出したよ」
「そこまで……さすがピピ様ですね」
黒い衣のそいつはひどくシワクチャで頭はまっ白で、髪の毛はまばら。蒼い目だけが爛々と輝いていた。
「僕のエクスは?」
「剣の中に魂を移植されたあと、しばらくは記憶が混濁してたけど……」
俺は箱に封印している美しい広刃の剣を持って来て見せてやり、老いさらばえた相手に対して、慎重に言葉を選んだ。
「剣の蓄積情報も赤猫自身の記憶も、ちゃんと残ってるみたいだ」
すると老いたそいつは、ホッと安堵の息をついた。
「よかった。もし剣の蓄積情報に呑まれて、僕のこと忘れてたらどうしようって……」
「君は天才だから、そんなヘマはしないだろ。ソートくん」
おかえり、と言いかけて俺は口をつぐんだ。今にも天へ召されそうな翁の姿が一瞬ざわっと大きくぶれたからだ。
「あれ? 幻像なのか?」
「ええ。結界に妨げられずに幻像を送れる装置を、鍛冶場でこっそり作りました。でもなかなか部品が集められなくて。やっとできあがったので、こうしてご挨拶に来れた次第です。僕は今、表向きは桶や包丁といった生活用品を作る業師として暮らしています。死ぬまで、寺院からは出られません。
寺院から一歩も出ないこと。それが、契約条件ですから」
「契約?」
「大陸同盟に捕えられた時、白の導師アイテリオンと契約したんです。あいつは本物の悪魔ですね」
驚きのあまり息を呑む俺に、ソートくんは「契約」の内容を話してくれた。
「大陸同盟において、エティアを一国家として承認してほしい。その代償として、この僕を寺院に封印してよいと持ちかけました。奴は大喜びで話に乗ってきましたよ」
「なんて無茶を……」
「ピピ様、エティアはアイテリオンを倒すために創られた、第二のメキドです。建国の英雄の子孫だけでなく、エティアという国そのものが、ピピ様とメキドのために動いてくれるでしょう。そして……僕のエクスもどうかお使いください。その剣は――」
ソートくんは深い皺が刻まれたまぶたを糸のように細めた。
「はるか二十光年先の青の三の星から渡来したものです。一万一千五百年分の知識と戦闘の蓄積情報、そして極限まで性能を高めた『破壊の目』の機能を持っています。どうか僕のエクスで、あのアイテリオンを……」
狂気をはらんだ目が、俺を射抜いた。
「アイダ様を捨てたあいつを、殺してください」
ソートくんはそれから、自分は隠居すると宣言していった。
肉体がそろそろ限界なので、赤猫と同じ方式で宝玉の中に入るつもりだという。石の中に魂を宿した状態で寺院の鍛冶場に棲み、ひそかに自分の弟子たちに灰色の技を伝えていくそうだ。
大きくぶれ始めた幻像に、今までどんな延命法を使ってきたんだと問いただしたら、恐ろしいことをさらりと言われた。
「この体は、二人目です。エリシア・クローンの男性体を作って利用しました。成体にしたクローン体に、僕の脳を入れたんですよ」
脳の移植手術は妖精たちに手伝わせたと言うので、俺は慄然とするしかなかった。つまり妖精の男の子がひとり、ソートくんのために脳を取られて……。
無理だ。とても俺にはできない。
「ピピ様のそういうところ、好きですよ」
「え? なに?」
「その顔。今、僕の体の本当の持ち主を悼んでましたね? それにエリシア・クローンをお嫁にやるところとか。とても僕には真似できないな」
「ソートくん……」
「僕の改造遺伝子が入ってますから、エリシア・クローンはみんな優秀です。それに普通の人間よりちょっと長命です。ぜひピピ様の手足としてお使いください。それから、いつの日か大望を果たしましたら……」
消え失せる寸前のソートくんは、とてもいとおしげに赤猫の剣にそっと手を触れる仕種をした。
「僕のエクスを寺院に連れてきてくださいね」
「え? おまえ何かまた、けったいなこと考えてるんじゃ」
「いえ単に、エクスとじかに会って話したいだけです」
そして俺は。
「それではピピ様。どうかお元気で」
また聞きそびれた。
俺が創ったルファの義眼がどこにいったのか――。
しかしソートくんは、人間の姿ではこれきりだとお別れを言いに来たんだろうに、死ぬ気なんてさらさら無いようだった。
黒き衣をまとっていたということは韻律を使う素養があり、黒の技を見事に習得したんだろう。でもこれからも灰色の技をとことん極めそうだ。黒の寺院でこっそり灰色の導師を育てるなんて、ソートくんらしい。
『アイダ様を捨てたあいつを……』
あの言葉には。怒り以上に哀しみがこもっていた。
アイダさんは、かつて幼い弟子に辛い過去を語ったんだろう。
遠い昔、天の浮島で俺に語ってくれたように。
『尊敬してたし。慕っていたよ。だれよりも、あの白い御方が好きだった。でも私は、白の技はひとつも覚えられなかった。あの方にとっては、いらない子……ひどいでき損ない……』
ソートくんも叫んだのかな。
『そんなんじゃない!』 って。
それを証明したくて、アイダさんが作ったものにこだわって。純粋な灰色の技で……つまりアイダさんの技で、アイテリオンを倒したいんだろうな。
やっぱり俺は――ソートくんにとって俺は、あくまでも預かりの師。
彼の本当の師は、アイダさんなんだと思う。
これからもずっと。永遠に。
大国の後ろ盾とか。神をも殺せそうな剣とか。優秀な妖精たちとか。
これだけお膳立てされて、だらけているわけにはいかない。
俺は自身に鞭打って、ルデルフェリオの訪問直後から着々と、今までひそかにこつこつ創ってきた物を仕上げ始めた。
時は7345年。トルナート陛下が王子の位を追われる年まであと数十年というこの年。俺はついに、ポチ二号を完成させた。妖精たちは生みの親の言う通り本当に優秀で、おかげで作業がバカバカはかどった。
メキドの地下の蛇道をこっそり整備してた作業も、妖精たちに手伝ってもらって無事完了。さっそく組み上げたポチ二号をちょっと走らせてみた。
運転は妖精に任せ、俺は地下の分岐点で待機。しゅかしゅか音を立ててやってきたポチは、思ったよりだいぶのろかった。
「おじいちゃん、これすごい! この子のカモフラージュ形態、長くて蛇みたいね」
でも妖精たちには大ウケだった。
「統一王国の時代に、樹海鉄道ってのがあってさ。その路線とガルジューナの道の一部分を繋げたわけだよ。これでメキド中のどこでもいけるぞ」
俺はポチの路線を王都の地下街にも繋げた。
地下街は俺が数百年の間に少しずつ、王都の地下を掘削人形で掘り進めて造ったものだ。
固い岩盤に掘られた蛇道の上層にあり、今や自然に人が住み着いている。メキド人に嫁がせた妖精たちも、数人がここに住まっている。
もし未来に起こる革命を阻止できなかったら、ここに大量の避難民が流れ込んでくることになるだろう。俺がかつて目にした通りに。
ポチができてから、俺は地下の街にできはじめた市場をはじめ、メキド中の市場に出向いて、そのたびに家畜売り場を確認した。
牛や馬。ウサギやネズミや鳥たち。動物たちをじっくり眺め、俺は自分が永い時間をかけて仕込んだものの伝播ぶりを確認した。
「ウサギは……五羽中三羽。よし、百年前よりずいぶん増えてる」
「おじいちゃん、普通の動物とどう違うの?」
「外見じゃ見分けがつかないよ」
かしゃっとまばたきして、俺は赤い右目の透視装置を普通の視界モードに戻した。
「遺伝子レベルだからさ。さて、今日はもう一箇所寄り道するか。ローズにレモン、ポチ動かして」
「はーい」「行き先はどこ? おじいちゃん」
「レンギまで頼む」
「ああ、あそこね」「小さな村よね。でも奇麗な泉があるわよね」
俺は妖精たちを促し、ポチに乗って王都から南へ南へ移動した。
やっぱりのろいな。もう少し速くしよう。
荷台型の車両の上でそんなことを思いつつ。俺は蒼い衣の袂に入れていた羊皮紙の束に、年表の覚書をざっと書き込んだ。
『7345年:メキド州ザンギ郊外の村レンギにて、アイテリオンとマミヤの子、フラヴィオスとノミオス、誕生――』




