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創世の歌 4話 赤猫

 師に捧げる歴史書第七巻 新王国の章――


『新メキド王国は神聖暦7170年に建国されました。

 樹海王朝にて代々宰相を務めたプトリ家が新王家となり、国名が一新されました。メキドとはこの国の民の古い言葉で、ターバンをつける民、という意味です。

 プトリ家は樹海王朝最後の王シュラミナスの叔母にあたるレティシア王女を女王に望みましたが、王女は即位を拒否しました。

 マエストロ・ソートアイガスは王女の意志を尊重し、潜みの塔に匿いました。

 気丈で苛烈な性格の彼女が兄と甥を一度に失った時の哀しみと狂気をかんがみれば、それは大変妥当なことでした。


『外に出れば、私は兄さまとあの子の仇をとるために、何万人と殺すわ。きっと関係の無い人たちまで容赦なく、狂ったように血の贖いを求めるでしょうね。だからだめ。私は、王になってはいけない。蛇を操るシュラの力を持ってはいけないの』


 賢いレティシアは自身をよく知っていました。力を得れば、おのれは真に暴君や魔王と呼ばれる者と化すことを。

 恐ろしい自分を抑えるために、彼女は身を隠したのです。

 かくして寡婦となった少年王の母后にプトリ家の新王が婿に入る形で、新しい王統が生まれました。

 一方シュラメリシュ陛下とエリシア姫はマエストロに隠居させられ、黄海の小島に追放されていたのですが、今思えばこれは賢明な措置であったかもしれません。国から離されていたお二人は哀しい災禍を見ることなく、天寿を全うしたからです。

 レティシアは頻繁に生母と文通しました。そして僕が書いた大団円の「天界の騎士物語」を毎晩読んで自分をだましていました。

 決して、暴走しないように。

 神聖暦7292年。レティシアは百五十五歳で……』 


(以後の文字がぼやけている。何かの液体が落ちてインクが滲んでしまったようだ)





 こつこつと扉が叩かれる。

 俺は力なく、音がした方に目を泳がせる。

 戸口にいるのは、かわいらしいしわくちゃ顔の赤毛の女性――じゃ……ない……。


「あの。あの……。ごはん、お持ちしました」


 やせ細ってる子供。ぼさぼさの赤毛。すごくおどおどしてる。

 でもくそったれな製造方法でソートくんが作りやがった、くそったれな「妖精」とかいうものではないので、まだ視界に入れられる。

 この子は赤猫と呼ばれていて、ソートくんがどこかから拾ってきた。

 俺が「妖精」を毛嫌いするので、苦肉の策で赤毛の子を探してきたらしい。顔はそこそこかわいいが、手足は骨と皮ばかりでよく生きてるなというレベル。拾われる前はかなりいかがわしい所にいたようだ。


「おいしいの作れなくて……すみません」


 卓上にある全然手をつけてないシチューを、赤猫は今持ってきた煮込み料理の皿と交換した。

 俺は魔人だからゴハン食べなくても死なないし、腹減ってないし、と何度も言っても、赤猫は律儀に毎食作ってくる。

 ここ数年、無気力に何にもしないで、寝台に寝たきり。それじゃやばいのは重々わかっているんだけど……。

 沸いてくるのは後悔と不安ばかり。

 残念ながら、俺とレティシアの間に子は生まれなかった。

 だから俺は、奥さんを慰めるために沢山の生き物を作った。

 犬や猫、ウサギ。それから小さな妖精のような蝶々。蛍。小指の先ほどの小人たちを次々と作ってにぎやかにした。

 奥さんはとても喜んでくれた。とくに晩年は、俺と同じピピという名前のウサギロボットを、とてもかわいがってくれた。

 でもそれで、どれだけ癒されたんだろう。

 全然、なんの力にもなれなかったんじゃなかろうか。

 もし本当の子供がいたら。自分を封印するほどの奥さんの怒りと悲しみはどれだけ和らいだことだろうか。

 無力な自分が情けなくて。片身をもがれるぐらい哀しくて。

 ポチ2号もあれもこれもまだ完成してないのに、俺は今日もだらだら惰眠を貪る。

 まどろみの中で、奥さんに会う。

 右目の記憶から百五十五年分の映像を引き出して、何度も脳裏に再生する。

 くりくり目の赤ちゃん……

 おてんばニンジン娘……

 マジで鼻血が出た嫁入りドレス姿……

 甥っ子を抱っこする幸福そうな貴婦人……

 かわいらしいしわくちゃのおばあちゃん……

 何度も何度も、懐かしい映像を見る。


 「妖精」なんて、いらないのに!


 なんでソートくんは、俺の奥さんの姉妹を……奥さんにそっくりなものを作りやがったんだろう。それもひとりじゃなくて何人も。

 奴の思考が、全然理解できない。ほんと分からない。

 どうして奴が、まだ「三十歳ぐらいのお兄さん」にしか見えないのも分からない。

 カプセル以外の延命法を施してるんだろうか。 


「きゃあ!」


 廊下から、がらがらがっしゃんと皿が割れる音が響いてきた。

 赤猫が何かにけつまずいたらしい。あ……泣き声……。

 さすがに気になって寝台から起き上がり、廊下に出てみる。

 赤猫はひっくひっくとしゃくりあげながら、割れた皿とぐちゃぐちゃになったシチューをお盆に拾っている。


「大丈夫?」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさいっ!」


 皿の破片をかき集める赤猫の手を見て俺はびくりとした。

 なにこの子。指が数本しかないじゃないか……。

 この子は、こんな手で、ごはんを毎回……作ってくれてたのか?


「だ、だれかほかの人……ごはん作ってくれる人雇ってくださるように、マエストロにお願いします。わた、私のは、きたないから」

「え……」

「マエストロのも、ちゃんとした人が作った方が……その方が……」 


 やばい……この子、自分が前にどこにいたかひどく気にしてる。

 俺、最低だ。ちょっとはこの子が作ったゴハン食べてやるべきだったんだ。


「あの、ご、誤解だよ。俺、君が作ったもんが嫌なんじゃなくってほんとに食欲が――」

――「エクステル! なにしてる!」


 階下からソートくんがすっとんできた。


「ピピ様にはもう作ってやらなくていいって言っただろ」


 ものすごい形相で。肩を上下させてはあはあ言って。首にナプキン垂らして右手にぎっちりスプーン握ってる。食堂から、全速力で昇ってきたらしい。  


「ご、ごめんなさいマエストロ、で、でも……いたっ」


 赤猫がびくっとして右手を押さえる。皿の破片で指を切ったらしい。


「僕のエクス!」 


 とたんにソートくんは血相を変えて、赤猫の手首をものすごい勢いで握ったと思いきや。

 ちゅくっとケガした指を口に含んだ。その本数が足りないことなんて、まったくお構いなしに。


「ばかな子」


 ソートくんはとても切ない顔で囁くと。


「マエストロあの……ふあ!」


 お姫様抱っこで赤猫を抱き上げた。


「おいで。すぐに治療しようね」


 背中越しでちょっとよくわからなかったけど。く、口づけしてる?!

 俺は部屋に退避して、頭の中で今までの認識を光速で訂正した。

 赤猫は、俺のために拾われてきたんじゃない。

 つまりあれは。あの子は……

 ばふんと、体が自然に寝台に倒れこむ。

 鉄面皮のソートくんにも、ついに春が来たんだ。

 齢百八十にしてやってきた超遅い春。

 永い永い冬がようやく終わったのかもしれない。

 なんというロリ……いや、俺だって奥さんとだいぶ年が離れてたよ。

 そう、これは祝ってやるべきなんだ。

 祝って……

 ……

 ……

 ……


「ちくしょう。なんで……涙が出るんだろ」


 嫉妬? い、いや違う。 ちゃんと祝福してやらないと。

 俺はまぶたを拭って祈った。

 あの二人の行く末が、どうか幸せなものになるように。





 樹海王国の摂政職を退いて塔に篭ったソートくんは、マッドサイエンティストぶりにさらに磨きをかけていた。

 メキド王室の「影のご意見番」をしながら、ふだんは工房に篭り、もっぱら魔道武器を作る日々。

 剣だの槍だの杖だのをトテカンやって成形し、ルファの義眼と同じ宝玉を嵌め込んで、超常的な能力を発揮する武器にする。宝玉はむろん自家製で、こっそりトリヘイデンに飛んで、「破壊の目」の機能を付与したものもあったらしい。

 発端は、俺たちが「戦神の剣」という聖剣を手に入れたことにある。

 魔王軍と戦った折に味方の戦士が所持していた物だが、相当に古かったのと魔王の力が強すぎてついに破壊されてしまい、どうにか復元してくれと俺たちのもとに持ち込まれてきた。

 ソートくんは一万年以上に及ぶ剣の蓄積情報を、完璧にルファの宝玉に移植して複製品を作った。だが、納得できる出来にはならなかった。

 何かが足りない――そこから、「武器作り」に嵌まってしまった。

 試行錯誤で造られた聖剣もどきの武器たちは、知る人ぞ知るつてで名だたる戦士たちに授けられた。

 俺たちが倒した魔王の残党は、大陸各地に少なからず逃げ散らばっていたので、ソートくんは自分の武器で残党狩りが推進されるのを強く望んだ。


 シュラメリシュの子とその息子の仇をとる。


 ソートくんの武器たちは、俺の奥さんが自らを恐れてできなかったことを、代わりに成し遂げてくれたといえる。

 こうして神聖暦7200年代は、ソートくんの武器を持つ英雄たちが大活躍する時代となった。中でもつとに有名になったのは、「七英雄」と呼ばれる者たちだ。

 剣に弓。杖に竪琴。槍に飾り輪。そして、王冠。

 七人はソートくんの武器であまたの異形のものをごまんと倒し、ついには国を建てるに至った。

 エティア、という理想の王国を――。

 俺も奥さんがまだ元気だった頃は、英雄たちに助力しようと、ソートくんと一緒にこっそり超技術品を世に送り出した。

 服従の仮面とか。断罪の椅子とか。空飛ぶ絨毯とか。

 それは灰色の技の粋を凝縮したもので、当然「遺物封印法」で封じなければならないものだった。

 俺は極力道具の存在を公にしたくなかったが、ソートくんは武器や魔道具を作ったのは自分だと公言してはばからなかった。

 打銘を刻まない俺とは反対に、ソートくんは堂々とおのが銘を刻んだ。わざとおのれの存在を示し、アイテリオンを挑発している――俺にはそんな風に見えた。

 そんな状況の潜みの塔に、突然連れて来られた赤猫……。

 認識を改めて以来、俺はてっきり、ソートくんは赤猫を奥さんにするんだろうと思っていた。

 けれども。

 ソートくんはそんな普通の幸せを望まなかった。

 いや。望めなかった。

 哀しいことに。





 その日。 

 ソートくんは潜みの塔の工房で、ぼろぼろになって手元に戻ってきた剣を一所懸命打ち直していた。

 その剣は七英雄の一人のもので、戦神の剣の完璧な複製品だった。剣の英雄は建国したばかりのエティア王国に干渉してくるスメルニアを厭い、単身かの皇国の神獣に挑んで……殺された。

 変わり果てた英雄の骸は、かなりの代償と引き換えにエティア王のもとへ返還され、剣は修理のためにソートくんのもとへ送られてきたんだが。

 その刃はまっぷたつ。「破壊の目」の力を持つ赤い宝玉は、砕かれて色を失っていた。


『こんな姿になって……かわいそうに』


 ソートくんは剣を折った英雄を呪い、泣きながら戦神の剣を打ち直した。

 剣の修理を始めて十日ぐらいたった頃だったろうか。


「きゃあああああ!」


 突然の、恐ろしい悲鳴。

 仰天して部屋から飛び出した俺が、ソートくんの工房の前で目にしたものは。


「な……何やってる!!」


 打ち直された戦神の剣に深く深く胸を貫かれた、赤猫の姿だった。

 剣を奮ったのはソートくん自身で、涙をボロボロこぼしながらわけのわからないことを喚いていた。


「エクスごめんね。痛くしてごめんね。でも君を死なせたくないから。だから」


 死なせたくない? 

 ソートくん自身が、剣を突き刺して殺してるのに?!


「君は僕のかたわれ……だから永遠に、生きなきゃならないんだ!」  


 永遠に生きるって……?

 俺はその場の状況に息を呑み、思わずソートくんの胸倉をつかんで怒鳴っていた。


「なんてことを! ていうかおまえ、赤猫に何をした? 殺す前に何を? この子、まだほんの……」

「僕のエクスは、もう三十過ぎてるよ」

「な?!」

「薬で成長を止められて、永遠の少女ってふれこみで客を取らされてたんだ」

 

 俺は身震いした。信じられないことを、淡々と言われたから。


「この子の体はもう手の施しようがないぐらい壊れてて、病気だらけで、見れば解るようにどこもかしこも抉れてる。手足の指なんかほとんどない。メニスみたいに不死の薬になるかもって、客に体を削り取られてたんだよ」


 ソートくんは血だまりの中で血塗れた剣をきつく抱きしめた。


「だからありったけの金を積んで買い取った。成長を止める薬の副作用で体はぎりぎり限界だったけど、間に合ってよかった。この子の体に死が降りてくる前に、なんとかここに移せたよ」


 ここ。

 ソートくんの言った「ここ」というのは。


「破壊の目で、エクスの魂を吸い込んで封じたんだ」


 見事な剣の柄に嵌った……


「だから永遠に、僕のエクスは死なない」


 真っ赤な、ひとつ目。


「おまえ……自分のしたこと、わかって――」

「わかってるよ!!」


 直後。ひどい嗚咽がソートくんの口から漏れてきた。


「でも、失いたくなかったんだ! 僕を慕ってくれる魂を!!」

 

 きらりと、剣の赤い瞳が光った。まるで目を覚ましたように。


「ひと目見て、この子だって解ったんだ。僕のもの。僕のかたわれ。唯一人の子……! 僕のこと、忘れさせたくない! 輪廻なんか、絶対させるもんか!!」


 赤鋼玉には、剣の名前と一緒にソートくんの打銘がしっかり刻まれていた。

 


Ex Caliburnus nova hebes Version Tribus

 創砥式 七三零五  



 俺はそのとき呆然と、これは違う、と全然別のことを考えていた。

 これは俺が作ったルファの目じゃないと。

 ソートくんは一体どこに隠したんだろう、他の武器に嵌まってるんだろうかと。

 たぶん。彼の哀しみと狂気にじかに触れたくなかったからだと思う。

 それからほどなく。剣の英雄の子供に譲り渡したいと、エティアの国王陛下が『戦神の剣』を求めてきた。

 ソートくんは後生大事に赤猫の剣を工房にしまいこみ、別の剣を王のもとに届けに行った。

 そしてそのまま――

 潜みの塔に戻ってこれなくなった。

 エティア王がくれた情報によると、ソートくんはエティアの宮廷に入る直前、大陸同盟の査問機関に捕縛されたそうだ。アイテリオンが「目障りな鍛冶師」を処分するべく、ついに動いたらしい。

 大陸同盟の審議会は、ソートくんそのものを「危険な遺物」とみなし、即刻とある場所に封印したという。

 その封印場所とは……俺がよく知っている処。

 そう。黒き衣の導師が棲む、岩窟の寺院――。



 こうして俺は不本意にもソートくんの唯一無二の人と、赤毛の「妖精」たちの面倒を見ることになり。しばらくの間、潜みの塔の主になった。

 数十年後……黒き衣をまとったソートくんがいまわのきわに一瞬だけ、この塔に戻ってきて(・・・・・)

 別れの挨拶を告げに来るまで。





剣の名前:

Ex Caliburnus nova hebes Version Tribus

(鋼の神)(新しい)(なまくらな)(三代目)

 

「hebesなまくら」をしっかり刻んでるところが、

マッドなマエストロらしいところです;

おそらくオリジナルである聖剣エクスカリバーの蓄積情報を

全部読んだのでしょう。

聖剣は地球からこの星に運ばれてきた際にとある女神から

「なまくら」と呼ばれています。

赤猫はエクスカリバーの頭脳の複製品ですが、オリジナルの

一万一千年にわたる蓄積情報(地球のAD500年ごろ~)を

完全に引き継いでいます。



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