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創世の歌 3話 大鍛冶師(マエストロ)

 師に捧げる歴史書第七巻 樹海王国の滅亡の章――


『かくしてエリシア・プトリを娶ったカイヤート・シュラメリシュ第十一代樹海王国国王陛下は、樹海の地に善政を敷きました。

 じわじわ国土を覆っていく樹海。遊牧を邪魔する密林を伐採するのではなく、財産であるとみなし。樹海王国の民は樹木と共に生きるべしとし。林業を広く奨励しました。

 後見導師である黒き衣のシルヴァヌスは第一王子レイヤート殿下を説得し、この聡明な弟君を支えさせました。

 しかし白き衣のアイテリオンに推されている第二王子メイヤート殿下が再三に渡って謀反を起こしたことにより、王国内には争いが絶えませんでした。

 シュラメリシュ陛下は幾度となく第二王子の軍を破り、彼を国外へ追放したのですが、第二王子は幾度となく不死鳥のように軍を編成し直して、樹海王国に攻め寄せてくるのでした。

 シュラメリシュ陛下の即位二十年目に、第二王子の軍は防戦に出た王太子を捕らえ、王の退位と王権の徴である赤鋼玉の目を寄こせと迫りました。

 王太子は、僕の妻の双子の兄。陛下とエリシアの子です。

 ゆえに王太子を助けるべく、僕は王宮の地下に封印されていた緑虹のガルジューナをこっそり目覚めさせました。

 第二王子の軍はアイテリオンの手引きで金獅子家と同盟を結んでおり、『遺物』である鉄の獅子たちを繰り出して来ていたからでした。

 僕は緑の蛇をシュラメリシュ陛下に委ねました。彼が継承している王の徴、この僕が作った赤鋼玉の瞳の中には、神獣を操る機能――すなわち神獣に「主人」であると認識させる磁波を出す機能膜が仕込まれていたからです。

 心優しきシュラメリシュなら、神獣を正しく扱ってくれる。決して無闇に人を殺傷するような使い方はしない。僕はそう確信していたのです。

 けれども――』





「旦那様、もう夜も遅いですよ。ご執筆は明日になさってはいかがですか?」


 こつこつと書斎の壁を叩かれて、俺は狭い部屋の入り口あたりに注意を向けさせられた。

 赤毛の老婆が手にランタンを持って微笑んでいる。

 レティシア・プトリ。

 俺の、愛する奥さんだ。

 しわくちゃの顔がくちゃっとつぶれる笑顔は、とってもかわいい。ちょっと豊満な中年太りっぽい体型は包容力バツグン。なにより、


「ご飯? もうそんな時間か?」

「そうですよ、旦那様」

「うっしゃああ!」


 作ってくれるメシがうまい。激しくうまい。いやもう、結婚してよかった! って、ご飯食べるたびにしみじみ感じ入るぐらい、美味しい。でも最近ちょっと、レティは腰が曲がってきた。

 仕方のないことだ。

 おむつしてた時から面倒見てた「おてんばにんじん娘」が俺の奥さんになって、今年で百五十年になる。若返りの培養カプセルに何度か入ったから、普通の人間より格段に元気で長生きだ。

 でも三度目のカプセル入りは……ほとんど効き目がなかった。

 二度の細胞活性化再生。それが、ソートくんが作ってくれた延命プログラムによる培養液の限界なんだろうと思う。

 奥さんとの百五十年の生活の間には――いろいろあった。

 一行でいうと、樹海王国は滅んで俺は城を失った。

 今この小さな窓からは地平線まで広がる樹海が見えている。その窓には格子がはまり、強力な結界が張られている。

 俺がいる部屋は狭い。半径三メートルほどの円い塔部屋だ。

 ここと下の三階分が、俺と奥さんの居住範囲。その下の十階分は、俺の弟子が好きに使っている。

 そう、ソートアイガス。あの超優秀なソートくんが……優秀すぎて、おかしくなっちゃったソートくんが。表の世界から完全に隠されているこの塔に潜んでいる。


「奥さん、あと数行書いたら下に行くね。今日のご飯なに?」 

「にんじんパイとミンスパイですよ、旦那さま」 


 おお、どっちも大好物だ。奥さん最高!

 でも、できれば。できれば……。

 俺は「カプセルに入ってくれ」、という言葉を呑み込んだ。

 だって、もう効き目がないと解っているから。あとは自然に任せるしかない。少しずつ、「その時」が来るのを覚悟しながら、暮らしていくしかない――。

 俺は急いで今手がけている原稿の続きを羊皮紙に書きつけ、階下の食堂へ降りた。


『けれども。

 まさか僕の弟子のソートアイガスが、あんな恐ろしいことをしでかすとは予想できませんでした。

 オプトヘイデンに封印していたアイダ師のルファの目を自ら嵌め、神獣ガルジューナを勝手に動かし。第二王子の軍を一瞬にして滅ぼし。

 樹海王国の実質的な支配者になるとは――。』 





 俺とアイダさんがそれぞれ作った赤鋼玉の義眼。

 それは樹海王国の王のために作った物だから、神獣ガルジューナを使うという万が一の非常事態を想定して、蛇を操るための機能膜をしっかり貼っている。

 これは浮島の記録に保存されていた古代の「神獣操縦法」で、膜から蛇を服従させる特殊な磁力波を出すものだ。

 しかしアイダさんの目の方にはそれだけではなく、「破壊の目」の機能もついている。

 サナダさんが「良心」でつけなかったそれは、本当に恐ろしいものだった。

 遺物封印法に反して神獣を行使し、叛乱軍を滅ぼしたソートくんは、瞬く間に樹海王国の摂政となり。シュラメリシュ王に譲位させ、王太子を即位させた。

 エリシア姫の子である第十二代目の王は、オムツを替えてくれた「お兄ちゃん」であるソートくんに、まったく頭が上がらず完全に言うなり。

 その際に「破壊の目」を躊躇なく行使して、宮中にいる反対勢力を消してしまった。

 こわい摂政は樹海を切り開いてドでかい工場をいくつも作り、世にも恐ろしい魔道兵器を次々と開発製造。国民を工場で働かせ始めた。

 遺物封印法に真っ向から対抗して、灰色の導師の技を復活させようとしたわけだ。

 しかし、大陸同盟の実質的な支配者であるアイテリオンと公然と対峙するということは。いわずもがな大陸全土を敵に回すということ。

 これじゃ大陸諸国から攻め潰されるだけだとソートくんを諭そうとしたら……俺はいとも簡単に、奥さんと一緒にこの樹海の中にひっそりと建つ塔に幽閉された。

 真っ赤な目で睨まれて、奥さんの魂を吸い込みますよとか脅されたら、さすがに手も足も出ない。しかも我が城を追い出される時に、ちくりと言われてしまった。


『ピピ様のやり方で計画を進めていたら、いつになったら白の導師を追い込めるか分かりません。大体、ポチの製作だってだだ遅れてるし』

『な、おま、なんでポチのこと知ってるの?』

『知ってますよそれぐらい。一体何年それにかかずらってるんですか? 独りでこっそりこの国の地下でトテカンやってるんじゃ、いつまでたっても完成しませんよ? 僕の工場で、残りの部分をさっさと製作させていただきますね』

『ちょっと待って! どうしてもポチの製造を引き継ぐっていうなら設計図はそのままで頼む! 絶対変えるな!』 

『え……でも、動力機関が超ビミョーです』

『この通り! それからっ! そのルファの目、もう絶対使うな! もう二度と、誰も殺しちゃだめだ! でないとっ……』

『でないと?』


『お尻ぺんぺんだ!!』


 かつて尻を叩いた覚えは一度もないけれど、なぜかその言葉は効いた。

 ソートくんはブッと噴き出して涙を出すほど笑っていた。


『なにそれ、ピピ様。なんかウケる』

『いいな、アイダさんのルファの目は破棄しろ! そしたら文句言わないで大人しくしてやる!』


 大人しくしてやるなんて、よく言えたものだ。

 俺は輪廻の輪を外れていて、体から魂が離れないから、「破壊の目」は効かない。

 でも俺の奥さんは違う。その気になれば、ソートくんは俺の奥さんを盾に押し切れたはずだった。

 なのに泣き笑って、俺の頼みを了承してくれたのは――

 師匠として、ほんの少しは俺のことを尊敬してくれてたってことなんだろうか……





 ソートくんは自らを「大鍛冶師(マエストロ)」と称し、樹海王国で権勢を奮った。

 表向きは血も涙も無いような鉄面皮の摂政だったけれど、第十二代国王のために血眼になって才色兼備のお妃を探してやり、奥手の二人の夫婦仲がうまくいくよう粋な手引きをしてやったりしていた。世継ぎの王子が生まれた時は、それはもう泣いて喜んで、本当の孫のように溺愛した。

 俺が幼いころから奥さんの面倒をみてたように、ソートくんも双子の王子の方とよく遊んでやってたから、たぶん本当の息子みたいに思っていたんだろう。

 そして。ソートくんは暴君ではなかった。

 俺が願った通りに、アイダさんの赤鋼玉の目はちゃんと外してくれた。「仰せの通り破棄しました」、という宣言つきで。本物の目玉はくり貫いちゃったから戻せないと言って、青鋼玉の義眼を嵌めていた。


『試しに作ってみたものです。ルビーとサファイアって鉱物組成が同じなので、青いのもいいかなと思って』


 「破壊の目」も神獣操縦機能もついてないそうで、俺はひと安心したものだ。

 でも、「ポチ」って俺が呼んでこっそりちまちま組み上げてた某生物兵器は、黙って改造しまくってた。

 あの、蛇のガルジューナのように――。

 叛乱軍を消すために神獣を使用したソートくんは、当然のごとく大陸諸国から大ブーイングを受けた。しかし彼は世界中からの糾弾を瞬く間に封じてしまった。

 ほんとに、ちょっとおかしくなっただけで、ソートくんは超優秀だった。彼はアイテリオン及び大陸同盟理事国と密約を結んだ。というか、奴らを脅しつけた。

 ガルジューナを封印してやるから、諸国の反応を抑えろ。

 そして理事国が使用するための「特別許可兵器」を樹海王国が作ってやるから、公認しろ、と。

 もしこの恐喝が効かなかったら、ソートくんは本気でガルジューナで大陸征服をやらかすつもりだった。

 俺がかつて、我が師アスパシオンと一緒に出くわした蛇の脳。

 箱に入れられた、とても小さな緑の蛇。

 あれはソートくんが蛇を徹底的に改造しまくった、なれの果ての姿だった。

 彼曰く、ガルジューナは竜王メルドルークも真っ青の性能らしい。

 ただし、「本気を出せば」。

 メルドルークに会いたがってだだをこねる蛇に、ソートくんは手を焼いてたようで、四六時中、「甘えるなー!」と叱咤してたらしい。

 未来のトルナート陛下と違って全然優しくないところが、「王者」としてはちょっと足りないところであったような気がする。

 ともあれソートくんはガルジューナを使って、とある島を一瞬で焼き尽くすという派手なパフォーマンスをぶちかまして見せた。ゆえにアイテリオンは蛇の能力がはったりではないことを悟り、樹海王国の要求を素直に呑んだ。

 そこでソートくんは自分が提案した通りに、黒鉄鋼山にガルジューナをさくっと封印した。金獅子家やスメルニア皇家が、樹海王国の兵器の輸出先となったので、王国はしばらくは安泰になる……と思いきや。

 ガルジューナを早々と封印しなければよかった、と思い知らされる事態が起こった。

 一年もしないうちに、大陸西部に「魔王」と呼ばれる奇奇怪怪なるものがポッと出現したのだ。

 のちのちの展開を思い起こすに、アイテリオンこそが「魔王」をわざと、この時のために作り出したんじゃないか。俺はそう疑っている。

 たぶん――「魔王」は、間違いなく白の導師の子どもだろう。

 なぜならそいつは紫色の目をしていて。銀の髪を持っていて。

 羽化に失敗していて、気が狂っていた。

 あの、ヴィオのように――。





「奥さん、何読んでるの?」


 夕飯のパイをたらふく食ったあと。夫婦の寝室で、俺の奥さんが揺り椅子に座って古い本を読み始めた。


「天界の騎士物語よ」

「ああ、それは……」

「三人の天界に住む騎士が、魔王を倒してめでたしめでたし」


 きいこきいこと、揺り椅子が動く。奥さんの白髪一本とてない赤毛を、俺はうっとり眺めながら撫でてやる。


「本当に、めでたしならよかったのにね」


 遠い目をして、奥さんは本を撫でる。

 この本は、俺が挿絵も文章も手描きで書いてやった。ハッピーエンドになるように。

 三人の騎士とは、奥さんの双子の兄さんとその息子、それと彼らの「大親友」のソートくん。『魔王を退治して、三人は末永く王国を盛り立てて幸せに暮らしました』、となっている。

 でも、現実は……。

 大陸西部に出現した「魔王」は、得体のしれない魑魅魍魎どもを次から次へと作り出し、大暴れして、瞬く間に国を二つ三つ平らげた。

 損失を恐れた大陸同盟の理事国は、「大鍛冶師」が統べる樹海王国に討伐を押しつけた。

 ソートくんが、当時おのれの力を過信していたのは否めない。

 「大鍛冶師」は自信満々で自ら設計した鋼の兵器たちを繰り出した。

 しかし。「魔王」が率いる、この世の者とは思えない異形の眷属たちには、まったく歯が立たなかった。

 それどころか樹海王国は痛恨の一打をくらった。初戦で王が世継ぎの王子をかばって戦死したのだ。

 父の葬儀を行うべく王宮に戻った王子の代わりに、ソートくんは俺が作った王の徴の赤い瞳と自分の青い瞳を交換して嵌め、神獣ガルジューナの封印を解いて戦場へ乗り込んだ。

 俺もソートくんが仕上げてくれた「初代ポチ」に乗って助太刀したが、ロケットパンチくり出すとか、目からレーザー放射するとか、マッハで飛ぶとか、操縦席が飛行機になってて、稼動させる時には「飛んで行って」胸部にはまんなきゃいけないとか、いやそれ以前に操縦機の滑走路長すぎとか、あまりの改造されっぷりに唖然としたものだ。あ、身長十八メートルはちょっと小さかったかも。

 こうして蛇とポチはなんとか魔王軍を撃退したものの。

 俺たちが異形の軍勢におびき出され、戦地で釘づけになっている間に、悲劇が起きた。

 かつて滅ぼしたはずの第二王子一派の残党が、一斉蜂起して王宮へ攻め込んできたのだ。

 たぶんアイテリオンが、どこか異国の地で叛乱軍をずっと匿っていたんだと思われる。

 叛乱軍はまさに降って湧いたように幾隻もの飛行船からわらわらと降りてきて、若き新王への不満を喚きながら王宮に押し寄せ、退位を迫った。

 少年王は王宮にたてこもって、孤軍奮闘。

 魔王討伐で主力軍がいない中、必死に抵抗したけれども――あえなく致命傷を負った。

 報せを受けたソートくんは俺に魔王討伐軍の指揮を任せ、蛇と一緒に王宮に急行したけれど、時すでに遅し……。


『樹海王朝の最後の王の骸を、隠してきました』


 憔悴して戦地に戻ってきたソートくんはもとの青い瞳に戻っていて、淡々と俺に報告してきた。


『叛乱軍は蛇で蹴散らしてやりました。あの子は……王は、ピピ様が作った王の証と一緒に秘密の部屋に眠っています』


 なんともないようなそっけない貌をしてそう言ってきたけど。

 ソートくんは、少年王を葬っている間、ずっと泣いていたんだろう。

 泣きながら、亡くなった若き王の体にすがって詫びていたんだろう。

 自分の力のなさと。傲慢さを。

 なぜそれが分かるかと言えば。いまわのきわに若き王の瞳にはまっていた赤鋼玉の瞳が、今……俺の右目に嵌まっているからに他ならない。

 数百年後の未来。我が師アスパシオンは、少年王の骸に嵌った赤い瞳を取り出して、瞳の中の記憶を目撃することになる。

 そう。ソートくんの、泣き顔を――。

 

 



「旦那さま、もう遅いですよ。寝床に入りましょう」

「あ、うん」


 俺は奥さんに促されてオリハルコン地の寝間着に着替え、歯を磨いて寝床に入った。

 奥さんが隣に寝そべってくるのを、ぎゅうと抱きしめる。この人が幾つになったって、これは決して変わらない習慣だ。

 俺の奥さんは、大好きだった兄と甥を失ったショックが強すぎて、一時期本当にふさぎ込み、表舞台に姿を現すことをひどく怖がった。そしてついには、甥の後を継いで女王になることを拒んだ。

 俺もソートくんもその意志を尊重し、プトリ家を始めとする家臣たちに「新生メキド王国」の国政を委ねた。

 アイテリオンは協定に違反して蛇を使ったソートくんを大陸同盟の国際裁判に召喚した。むろんソートくんは出頭を拒み、雲隠れ。百数十年経った今も、人知らぬこの塔に潜んで、時折「新生メキド王国」の政治に目をかけている。

 そして俺は塔で今ひたすら、「ポチ二号」を組み上げている。

 初代ポチは、魔王軍に壊された拍子に逃げ出しちゃったからだ。

『人工知能も改造するべきでした』とかソートくんにぶうぶう言われたから、今度はもうちょっと根性のある人工知能を作って搭載する予定だ。

 

 でも。

 

 いまだに一つ、分からないことがある……。


「うわ。急に見えなくなった」


 奥さんの背のぬくもりを頬にあてていた俺は、半身を起こし、魔法の気配を降ろして、赤い右目をひょいと外した。さすがに経年劣化のせいか、最近すこぶる目の調子が悪い。

 修理しようか、このまま壊れるままに任せようかと悩んでいる。

 だってこの瞳は……。

 左目を細めて、俺は赤い瞳にうがたれた銘を睨むようにして読んだ。


 『愛打式 七一零四  ⅣⅤⅣⅨ  三番島』


 何度問い詰めても、何かの間違いじゃないですかとごまかされるんだけど。

 アイダさんが作った義眼はちゃんと破棄しましたよ、と笑われるんだけど。

 いつ、すり変えたのか。

 俺が作った義眼はどこに行ったのか。

 ソートくんがいつか真相を話してくれるのを、俺は密かに期待している。

 いつの日か。

 いまわのきわにでも。





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