王者たちの歌 12話 チーム・八番島
大昔の八番島は、居住環境的には楽園。非常に素晴らしい所でした。
人口温泉に果樹園。美しい庭園に、なんと職員用の娯楽施設もあるのです。
が。
「せっかく卓球場あってもなぁ……」
給料は振り込みで手取り月二十万ディール、起床五時、就寝十時で夜更かし禁止。カリスマシェフの味を再現した日替わり定食が出るという食堂での三食の食事時間は各一時間ずつ、午後休憩ありの完全週休二日。という待遇のはずだったんですけど。
――『ピピ五級技師、こちら受注センターのヤマダです。明日までにBランクのルファ兵士五十体、シベルネ駐屯地から注文入りましたー。北緯三十八度前線に直接落下傘投下要請です』
衣の袖につけている小さくて四角い端末は、本日も鳴りっぱなし。
「ヤマダ四級技師、ルファ眼の水晶体が足りなくて、現在急ぎ焼成中です。注文数を揃えるのに最低三日かかります」
『了解。今すぐ投下できる兵数はどのぐらいですかー?』
「十五体です」
『それじゃ十五体、即時投下してください。残り三十五体は七十二時間待ってもらいます。ドンパチやってるわけじゃないので、緊急性はなさそうですからね』
「よろしくお願いします」
ああああ、今夜も徹夜になりそう……。
下っ端技師の忙しいことといったら目眩がしそうなほど。端末を通して、上司たちからひっきりなしに報告・連絡・相談と命令がきます。徹夜はあたりまえ、トイレに行くヒマもありません。休憩・休日返上で作業・雑用に追われる毎日です。
八番島は北五州地域担当の兵器製造島で、湖だらけのこの地域の上に常時浮かんでいます。統轄者は、王都から派遣されてきている司令官。その直下に各部署に配置された灰色の技能導師がおり、その下で各五十人ぐらいの助手や作業員が働いています。
技能導師には五つの格があり、五級が一番下っぱ。今の僕はぺーぺーの地位で、部署を任されていないゆえに、上のみなさんからこきつかわれているというか、パシリにされているというか。融通がきく存在なので、常時呼び出しの嵐なのでした。
――『ピピ五級技師、第二工房のカネダだけど。鮫の新型スピアどっちの型で作ればいいのよ? 今週の会議でどれにするか決定したんだろ?』
「カネダ二級技師、その会議は来週に延びたって、昨日ご報告入れたはずですけど」
『あれ? そーだっけ? あ、ごめんごめん、ほんとだ端末に来てるメール見てなかったわ。でもスピアはβ型にって、サナダ技師長は根回ししてんだろ? 作り始めるから技師長にそう言っといて』
「だだだ、だめですよ、勝手に作り始めちゃ」
フライング王の異名をとるカネダさんはいつも勇み足してしまうので、止めるのが大変です。
――『おーい、ピピ五級技師はん、ドックのイマダや。イルカの調子が悪いんや、ちょっと一緒にみてくれんか? いま三頭ドックにあげたんやけど、一頭任したるわ。すぐきてやー』
「イマダ三級技師、僕は今、水晶体焼成してて……」
ドック主任のイマダさんは、二言目には「手伝いや~」と誘ってくる方です。
『つれないこと言いなや、焼きの待ち時間にはヒマになるやろ。バイトの助手じゃ話にならへんよって、技師資格持っとるあんさんに頼んでるんやで。飴ちゃんやるから、はよおいでー』
イマダさん、僕は子供じゃないです。キャンディーなんかじゃ心動きませ……
『アン・レッドゲイブルズの壁紙もつけたるで』
う。
赤毛の清純派女優、アン・レッドゲイブルズのブロマイド?
『ガッコの制服のやつやでぇ? ほしいやろぉ?』
彼女が主人公の学園青春ドラマの?!
ううう。なんでこの人、僕が今ひそかにハマってる幻像番組知ってるの? 端末の待ち受け、アンちゃんにしてるのいつばれたんでしょうか?
超忙しい僕の娯楽は、衛星放送の幻像とか、歌謡曲。端末で片手間に楽しめるからです。特に歌謡曲は端末にイヤホンつけるだけで聴けるので、ヒマさえあれば聴きまくってます。女優のアンちゃんは今売り出し中で、歌も出してて、歌声がすごくかわいくて、デビュー曲の「雨季・ウキ・レイン」なんてもう最高――
もとい。
「わ、わかりました、それじゃ炉に水晶体入れたらそっちに行きます」
『よっしゃ! まっとるでー』
第一工房にいた僕は、ルファ兵士の投下地点と時刻を操作板に入力。それから水晶体を並べたトレイを次々炉に入れ、サナダ師に断りを入れて、地下深層のドックに降りました。
昇級すればどこかの部署の副になって。ちょっと余裕ができ。卓球できるはずですが。
昇級は三年に一度、噴煙の寺院での厳しい資格審査に通らないといけなくて、一度にひとつだけ上に上がれるというシステム。
しかし一級になれる人――噴煙の寺院の師範になれる灰色の導師は、なかなかいません。技術長のサナダ師すら、三度一級昇格試験に挑戦して失敗しているそうです。
技能導師の名前に「ダ」がついているのは、噴煙の寺院出身の灰色の導師である証拠。最長老から贈られる古い伝統の名前です。
もともとスメルニア語の「打つ」という意味の言葉が由来だそうで、噴煙の寺院は数代に渡ってスメルニア州出身の最長老が続いたために確立した伝統です。
「あんさんも名前をもらえばよろしかったのに」
ドックに入ってイルカを解体し始めるなり。ずんぐりむっくりの中堅イマダさんは、いつものように僕をいじり始めました。
「ダ名は打銘、おのが銘やぞ? 自分が作ったもんに刻む名前やで? ピピなんて、なんやウサギやネズミみたいな名前おまへんか」
かく言うイマダさんの名はたしかにかっこよく、スメルニアの文字で書くと
「鋳眞打」。イルカたちの胴体のさりげなく目立たない所に、その銘が刻まれています。
「言うたら失礼やけど、犬猫の名前のタマやポチとあんま変わらんで? ピピはさすがに呼び名やろ? あんさん本名なんていいますのや?」
――「あー、まーたイマダさんがピピくんいじめてるぅ」
事務所から伝票を抱えたヤマダさんがドックに入ってきて、イルカの機械脳の部品を床に並べている僕らをのぞきこみました。
「イルカ部品の追加原料、指示通り下に発注しておきましたからね。これ控えです」
ヤマダさんが差し出した伝票には、「冶眞打」というほれぼれするほどかっこいいサインが書かれてありました。イマダさんの矛先は、あっというまに彼にシフトして。
「ヤマさんは紙に名前書かんと、金属に刻まなあきまへんで。事務処理ばっかやあかんあかん、ほら、ヤマさんもイルカ診てや」
「勘弁して下さいよう、イマダさん。そうやってすぐ、仕事を人に押し付けるんですからー」
やっぱり勧誘。涙目のヤマダさんを巻き込んで、僕らは動きがおかしい哨戒イルカを調べました。
このイルカは……僕がいた時代にもずっと空を泳ぎ続けていました。でもまさか、僕がメンテナンスすることになるなんて、なんという因果でしょうか。
このイルカたちは、これから八百年以上、島の周りをずっと泳ぎ続けて……
「ピピはん? 手ぇ止まっとるで」
「あ、すみません。この子たちって、寿命永いなぁってなんだかしみじみ思っちゃって」
腕を褒められたと取ったのか、イマダさんは上機嫌に笑いました。
「そらそうやろ、わしが作ったもんやで? 千年はもつわ」
「いやその、永遠に島をずっと周回してるだけって、なんかかわいそうかなぁ、というか……」
「なに言ってんねん!」
ぽかりとイマダさんは僕の頭を拳骨で殴り。胸を張って誇らしげに言いました。
「わしのイルカは人畜無害や。カネダの鮫みたいな人殺しの能力はいっこも持ってへんわ。こいつらは空泳ぐのも、この島も大好きや。島を護りたいていう本能を持っとる。このわしがそういう人工知能に作っとる。かわいそうなこと、いっこもないで」
イマダさんに叱咤されながらイルカの修理をしていたら。あっという間に昼過ぎになってしまいました。
――『ピピ五級技師。まだそちらの作業は終わらないですか?』
第一工房のサナダ師から催促がきたので、あわてて帰ってみれば。
「水晶体が焼き上がったので、品質チェックと研磨をお願いします。私はこちらを仕上げてしまいますので」
「了解です」
サナダ師は、特注のルファ眼の最終調整に入っていました。
僕が大量生産品の水晶体を分別して研磨するうちに、そのすぐ隣の作業台で、とても手の込んだ真紅の瞳が一対造り出されました。
水晶体だけでなく、何十枚という機能膜一枚一枚がすべて手作りされている、最高級品。ミクロン単位の膜の貼り合わせを顕微鏡の補助付きとはいえ手動で行うことは、神経がすり減る大変な作業です。ほんの少しの空気を入れることも皺を寄せることも許されません。
そうして半日後。
サナダ師は満足げな顔で、ついに完成した美しい深紅の瞳を見せてくれました。
「赤鋼玉の義眼はもともと、目が不自由な子供のために発明されたもの。しかし今では兵士たちのための兵器になってしまいました。技術の兵器転用は世の常なれど、最後の良心は残しておきましたよ。この眼に〈破壊の目〉の機能は付与していません」
「破壊の目?」
「蓄積充電型の高出力破壊光線を放出する機能です。すなわち生物の生気をとりこみ、高濃度の波動に変換するコンバータのことです。容量設定次第ですが、理論的には街ひとつ吹き飛ばせる波動放出が可能です」
「え」
つまり、目からちゅどーんって光線を出して、一瞬で街を焼くことができる?
「私の故郷にはジーク・フォンジュという伝説の戦士がおりましてね。彼が持つ剣はまさしくその柄に〈破壊の目〉がついており、あまたの敵兵士の魂を吸い込んだそうです。世に名高き名剣フランベルジュ・デ・ルージュ、別名、戦神の剣とも呼ばれていますね」
「そんなおそろしい剣がこの世にあるんですか?」
「ええ。統一王国以前は本当にモラルもなにもなく、なんでも作り出されましたからね」
しゅん、と右の赤い瞳孔を縮め、僕は赤鋼玉に刻まれた銘を拡大してみました。
『八番島 弐級悟名打式 六五七四』
スメルニアの文字でくっきりかっこよく、サナダさんの打銘と年号が刻まれていて。一流の技師のものだと思うと、瞳を持つ手に自然と震えがきました。
いつか僕にもこんなすごいものが作れるようになるのでしょうか。首輪を外してもらえる日は、くるのでしょうか……。
「貴石ですので、千年はもちますよ」
サナダ師は誇らしげに仰いました。
「だれかに、故意に壊されないかぎりはね」
五級で年齢不詳の僕。
万年四級、事務処理とクレーム対応に天職を見出している三十代のヤマダさん。
三級でもうええわーと、昇級を止めたドック主任、四十代のイマダさん。
二級で第二工房主任、五十代半ばのフライング王カネダさん。
そして同じく二級で第一工房主任、五十代に入ったばかりの我らが技師長サナダさん。
これが僕が入島した当時の、「チーム・オプトヘイデン」でした。
王都から配属された貴族司令官は、毎日温室で昼寝してばかり。実質島を切り盛りしているのはサナダ師でした。
しかし僕が二度の昇級審査を経て三級になったころ。
スメルニア州の神官がこっそり注文にやってきた直後に、フライング王の腕利きカネダ二級技師が、スメルニア州を担当している二十番台の島に移っていきました。
ほどなくスメルニア州は独立を宣言して、統一王国以前から在ったスメルニア皇国を復活させ、二十番台の島の保有権を宣言。カネダさんはスメルニアの技師となり、音信がふっつり途絶えました。
サナダ師はドックを僕に任せて、ベテランのイマダさんを第二工房の鮫製造部署に異動させようとしたのですが。
『故郷の州が独立しよるいいますので、わしも協力しに帰郷します。ほな、さいなら』
と、イマダさんはヴォストーク州に去ってしまいました。
この北五州の東にある州が数ヵ月後アリン王国を名乗り、蒼鹿家によって統べられていることに気づいたのは、イマダさんから蒼鹿紋入りのメールをもらった時です。
アリン王国王室技師長イマダ――そんなサイン付きの幻像絵が、メールに添付されていました。
『ピピはん元気か? わしと陛下、ごっつ仲がええんやで。後ろのんは、わしが造った耕作機械や。すごいやろ』
人のよさそうなすらっとした金髪の青年王と、ずんぐりむっくりのイマダさん。その後ろには、巨大な腕のロボットみたいな機械……。
『国造りは、たのしおますで。ピピはんも島から降りて、どこぞのお国で乗り物や建設機械作りなはれ。兵器作ってたらあかんあかん』
統一王国の傘下に入る前には、かの神獣アリンがいた蒼鹿家の国。
大陸一無力でひ弱で優しいアリンを象徴するかのように、蒼鹿家の王のお顔はとても穏やかで善良そうで。とても僕の時代の、冷酷なヒアキントス様のご先祖だとは思えませんでした。
もしかしたら、鮫を造る部署に異動させられるのが嫌で、イマダさんは故郷へ逃げたのかもしれません。優しいアリンを崇める人々の国へ……。
技師長のサナダ師は、そんなイマダさんの行動を読んでいたようで。
「こんなこともあろうかと。二人ばかり技師を雇うことにしていたんです」
と、すぐに補充人員を引っ張ってきました。
ひとりは噴煙の寺院からやって来た、技能導師になりたてホヤホヤの、オンダ五級技師。そしてもう一人は――。
「テツダ師の二番弟子、アイダ二級技師です。王都の兵器開発部におりましてね」
サナダ師が呼んだその補充人員は……。
「アイダです。どうぞよろしく」
白銀の髪に紫紺の瞳という姿。つまり。困ったことに、メニスの純血種。たちまち魔人の僕の顔は真っ青。アイダさんはとても気性の良い方でしたけど。
「いやまさか、魔人の方がおられるなんて。サプライズですねえ」
ころころ笑う陽気そうな方ですけど。
水鏡の寺院出身ということは、白の導師アイテリオンと遠からずの関係では? もしメニスの王族だったら、僕はこの人に操られてしまうんじゃ……
冷や汗だらだらの僕の懸念を払拭してくれたのは、他でもないアイダさん自身でした。
というのも。アイダさんは灰色のアミーケのように魔力が弱い子だと虐げられて、追われるようにして噴煙の寺院に入れられた過去があり。故郷には全然よい感情を持っていなかったのでした。
「私の魔力は微弱ですし、変若玉をあげた主人ではありませんから、あなたを好きにはできませんよ。でも我らが王であるアイテリオンがあなたに気づいたら、操ろうとする可能性は否めませんね。念のため、そのオリハルコンの服は脱がないでおいた方がよいです」
僕の宿敵アイテリオンは、すでに水鏡の地で王となっていました。前王で実母のレイスレイリを喰らってその地位についたのだと、アイダさんは顔をしかめながら仰いました。
大陸各州の独立を促しているのは、他ならぬこの野心あふれる若き王アイテリオンである――とも。
この時代からすでに白の導師アイテリオンは、密かに世界を動かし暗躍しているようでした。
「アイダさん、お言葉ながら純血の王の力は、このオリハルコンの布でも遮断できないぐらい強いのでは?」
「十分通用しますよ。古くなって劣化したら効力が衰えるでしょうけど、十年二十年なら余裕かと」
なるほど。
僕が初めて着たオリハルコンの服は、この島に残されていたものでした。色褪せるぐらい古かったから、魔力の弱いアミーケには効いたけれどアイテリオンの強い魔力は貫通してしまった? 新しい物なら大丈夫?
僕は念のため、自室や浴場の壁を織りたての大きなオリハルコンの布で覆いました。万一着替えや入浴で裸の時に何か起こっても、白の導師の影響を受けないようにするためです。
初めて会った日からみるみるうちに、僕とアイダさんは仲良くなり。
「いっくぞぉーファイトォー!」
「さあこい! 回転レシーブですくいあげてやるう」
「ったぁああああっ」
「うふほー!」
常に卓球勝負で白熱したり、毎晩酒を酌み交わしたりするほど親交を深めました。
こうして。寿命の永いメニスと寿命のない魔人は何百年か、八番島で暮らしました。
統一王国がその名と力を完全に失い。たくさんの王たちが大陸を治めるようになり。老いた技師たちや作業員は下界に降りていき――
僕ら二人以外、島に誰もいなくなるまで。




