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望郷の歌 10話 告白

 それから我が師は鉱山の最奥に行きつくまでえんえんと、

「ラ・レジェンデ」の札遊びのことを懐かしげに話しておりました。

 白鷹の「鉤爪」を赤豹の「疾速」で四倍かけにして禁呪韻律札で「転生魂」にして竜王メルドルークの「守護霊」としてひっつけたら、ルーセルフラウレンなんて一発で沈む――とかなんとか、僕にはわけのわからないことをぶつぶつと。


「あれ?」

 

 監督官と別れ、神獣を求めて鉄鉱山の奥に入ったものの。

 道はいつしか登り坂。しかも先の通路に射しこんでくるのは、とても明るい日の光。

 これはもしや、道を間違えた?

 風送り隊が王宮で調べ倒したいくつもの古い記録。そのひとつには神獣封印の場所を記した記録もあり。

我が師は黒い衣の懐に、その地図をしっかり入れてきたのですが。


「これ古いからなぁ。坑道いっぱい増えててわけわかめだぜ。鉱山監督官も間違えたかね?」 


 地図を広げ、ぼりぼり頭を搔く我が師。


「ひとつ上の階層で別れたとき、しきりにこっちだって言ってましたよ。わざとここに誘導されたのでは?」 


 ため息混じりに首を振る僕。

 監督官の反応から、大丈夫だと判断したのに。相手の方が一枚上手だったのでしょうか。

 前方の明るさに目を細めて進むと、いきなりフッと視界が広がり。僕らは広大な露天掘りの大空間に出ました。

 真っ青な晴天の空に広がる、真っ赤な段々の円を為す岩層。

 眼前に迫るのは、あたかも円形競技場のような、きれいに層をなしたすり鉢のような形の鉱石採掘場です。掘削機械が段々の層のそこここにあり、トロッコに乗せて鉱石を運ぶ人々であふれています。僕らとおなじ一番下の層にいくつもの穴があいていて、流れてきたトロッコが足繁く出入りしています。


「作業場に誘導されたってことは……」 

「ここで待ち構えてる輩がいるとか?」

「お、あれか?」


 我が師が指さしたのは僕らのすぐ目の前。五、六人の男たちが一塊になってこちらにゆっくり近づいてきます。僕らは出てきたばかりの坑道に退避しました。敵と思しき者どもはやはりしっかり追いかけてきました。

 黒覆面? あの身なり、フィリアをさらおうとした一団と全く同じじゃないですか。


「お師匠様、風送り隊の二人はたまたま大商人フロモスに雇われたわけじゃないんじゃ?」

「かもな。ヒアキントスは、風送り隊の二人を、自分の息がかかってる奴のとこに送り込んだってことか。そんでフロモスに命じて、神獣を回収させようってわけね……って、おい弟子、なんで立ち止まってんの?」

「防御結界張ります。お師匠様は、その隙にできるだけ逃げてください」

「はぁ? 弟子、俺を誰だと思ってるの? 俺が守ってやるから、さっさとお願いしなさい。ほら早く。あ、ハヤトって呼んでね。ウサギ口調で頼むわ」

「う、ウサギ口調? 『ハヤト、おいらを助けて』、とか言えってことですか?」  

「うんうん、それ。でもさ、もっとこう、かわいくお願いしてほしいな」


 かわいく?!

 このクソオヤジ、切羽つまってるこの状況で一体何を言い出すのだか。


「お……『お願いハヤト』とか、言えってことですか?」 

「あとひと声。ほら、一発で俺を動かせる言葉があるでしょ? ほら。あい。あいー」


 ……。ええと。


「……『あい』……『して』……『る』、ですか?」

「それ! 今すぐそれ言って」

「やです」

「弟子ぃ、ここまできてそれは――」

「バカなことほざかないで下さい」

 

 ともかく防御結界をと、僕が後ろを振り向き、右手を突き出すと同時に。ひゅん、と黒覆面団から小さな短剣が投げつけられてきて、僕の頬を掠めました。

 そのとたん――。


「え? う? ぺ、ぺぺ!!」


 我が師は真顔になり。しかもみるみる鬼の形相に……。


「あ、お師匠様。だ、大丈夫ですから」

「大丈夫じゃねえええ! 俺のペペに何するんだごらあああああ!」


 我が師は僕を押しのけて黒覆面団に右手を突き出しました。


『風と光の封印を! 戒めよ! アペリオンの波動!』


 うわ、最上級結界じゃないですか。光の壁が黒覆面団の四方に屹立。敵は輝く結界の中に閉じ込められ――。


「消し炭にしてやらぁあああ!!」

「待ってください! 生け捕りにして、彼らから情報を聞き出――」


『来たれ神の息吹! 汝の頭上に光り輝く冠をいまここに載せたもう! 魔人・ぶうううううとるのっそっすうううう!!』     


 え? ブートルノッソス? それって、伝説の会戦用炎爆韻律じゃ?

 たしか光球で大気を急膨張させ、破裂させるという空気爆弾ですよ。

 あたかも魔人を召喚したかのように周囲が吹き飛ぶので、おとぎ話に出てくる魔人の名前で呼ばれています。効果範囲や爆発力がはんぱではなく、禁呪扱い。僕は実際に見たことがなく、記録の中で知っているだけです。

 北五州の黒竜家と金獅子家が戦った時、平原での白兵戦になった折。黒竜家の参謀であった伝説の黒の導師ダンタルフィタスがぶちかまし、一個師団を吹き

飛ばした韻律、と言われているものなのですが。


「吹き飛べええ!!」


 ああ、やっぱり!

 我が師ったら結界の中で、その空気爆弾を炸裂させちゃいました。

 敵は、一瞬で全滅。中の物だけでなく、結界そのものが爆発に耐え切れず吹き飛んで……。

 う、うわ。て、手足とか、ばらばら……?

 周りの岩層にも亀裂が走って、壁がかなり崩落しています。


「お、お師匠様、禁呪なんていくらなんでも――」

「ぺぺ、無事か? 傷見せろ!」


 ちょっと、何そんな血相変えてるんですか。大丈夫ですってば。肩つかんで抱きしめるほどのことじゃあないですよ。


「ちくしょうあいつら! 俺の弟子に何しやがる!」


 落ち着いてくださいってば。僕、死にませんから。ほら、僕はメニスの魔人なんですよ? オリハルコンの服を着てても、死ねないですから。

 そう宥めたものの。我が師はぶるぶる頭を横に振り、急にキリッとした表情をしました。


「弟子、この機会にきっぱり宣言しとく。あのな、俺さ……俺もさ……」


 我が師は突然僕の頭をぽんぽんと撫でて、真顔でとんでもないことを言い出しました。


「おまえと同じ魔人になるよ」



 え。



「俺もアミーケに変若玉オチダマもらう。弟子と一緒に仲良く永遠に、『魔人ライフ』送る」


 は……?! 

 な、何言って……るんだこいつ!?


「ずっと考えてたんだよ。おまえが魔人になってからこっち、俺とおまえの幸せラブラブ生活をどう築いたらいいかって」 

 

 し、幸せラブラブ?

 ちょっとまて。

 ちょっとまて!


「俺だけ何度もいちいち女の子に転生するなんてメンドクサい。女の子に転生してからアミーケに変若玉もらえるって確証はないだろ? 記憶の問題があるし、何よりアミーケが出し渋る。だから言うこと聞かせる力を持ってる今、つまり導師である今がチャンスだよな。てなわけでさ、このまま男同士のままでゴールインしてもいいかなって気が最近してきたのよ」


 男同士でゴールイン?! ゴールインってもしや、結婚とかそういう意味合いなのか?!

 い……いや、それよくない。よくな……


「そういう嗜好ってこの世にちゃんとあるみたいだしさ。要は、慣れじゃね?」


 いや、おかしいって! それは断固やめてくれ!


「ってことで、王宮に戻ったら速攻でアミーケから変若玉を搾り取ってだな、魔人になるわ」

 

 かかか勘弁して! いやだそんなの。思い直せしてくれっ!


「おまえのしんどい境遇……それをそばで見てるだけで、俺には恐ろしい拷問だった。でも俺も魔人になったら、そのしんどさを共有できる。おまえの辛さを半分こできる」


 クソオヤジは俺をギュッと抱きしめた。 


「ペペ、俺、おまえをひとりにしない。俺もおまえとおんなじものになる。それが師匠である俺の勤め。つぐないだよ」


 つぐない、って!

 バーリアルに乗り移られていたとはいえ、クソオヤジは俺を殺してしまったことを大変気にしてるんだろう。つまり俺が魔人になってしまったのは、自分のせいだと責めてるわけだ。

 その気持ちは解る。その気持ちは、大変ありがたい。

 でも。

 責任とるために、魔人――いやその、同性の伴侶になる!? 

 勘弁してくれ!!

 俺は叫んだ。声を限りに叫んだ。クソオヤジを押しのけて。


「い、いやだ!! それ困る。すんげえ困る!!」





 茫然とする俺の返事を無視して、クソオヤジはおのれが成した恐ろしい光景に目を向けた。

 崩れ落ちた岩に半分埋まっている、無残な覆面男たちの残骸を。


「敵ってこれだけじゃないよな。こりゃあ神獣のところに行きつかれてるかも」


 やっぱりやりすぎだろこれ。殺さなければ、情報を聞き出せたのに……。


「いや。弟子を傷つける奴は、俺、絶対許さない。情報なんか、目玉から記憶取り出せばいい」


 な、なんて恐ろしいことを言うんだこいつは。


「何びびってるの弟子。全体講義で、その韻律の概説されたことあるでしょ。大体、黒の技ってのは元来こういうものさ。人を呪い、人を支配し、人を殺める。だからこそ廃れず、いまだに残ってるんだ」


 崩れた岩のすぐ前に転がる黒覆面の頭部。クソオヤジは何くわぬ顔でその前にしゃがみこみ、迷わず覆面を剥がした。


「見たくなかったら、顔覆ってろ」


 俺は言われる前に目をつぶっていた。聞こえてくる韻律の音色におそるおそる目を開けてみれば。クソオヤジは、丸い眼球をひとつ取り上げて覗き込んでいる。


「こいつらがここに来たのは、俺達が来る数刻前って雰囲気だな。偽造した王の勅令状を見せて、堂々と中に入ってる。監督官にわいろ渡して、俺らが来たら『それはニセモノだから』、作業場に誘導しろって命令したみたいだな」


 クソオヤジが眼球を持って近づいてきたので、俺は思わず後ずさった。


「弟子……あの俺、無理強いはしないから」  


 ううう、気持ち悪いこといわないでくれ。 


「弟子がいやだってんなら、受け入れてくれるまで何百年でも待つから」


 待つな! 魔人になるのはやめろ!


「だからさ。その、ぶるぶるおびえて泣かないでくれる?」


 泣いてねえし! 絶対泣いてねえし!!


「あ、ごめん、眼球持ってるのが怖いんだな? でも俺、覚悟決めたから。たとえ怖がられても、俺は弟子を守るためになんでもする」


 どうしようこれ。

 女の子に転生してくれた方が、まだ百万倍ましだよこれ。

 どうやったら、クソオヤジの愚考を止められるんだ?

 監督官と別れたところまで戻り、地図を睨んで封印所とおぼしきところへ急ぎながら、俺はぐるぐる考えた。

 俺に彼女ができても、おそらく無駄。

 クソオヤジが俺以外の人を好きになる、という可能性に賭けるしかないような気がする。そう仕向けるしか、俺が助かる道はなさそうだ。

 しかしクソオヤジにぴったりの女の子なんて見つかるのか?

 フィリアはとても可愛くてなんというかその、こいつには渡したくないって感じだし。

 ウェシ・プトリは、土台なびいてくれそうにないし。

 ああでも、今はそれどころじゃないんだ。

 まずは。

 急いで神獣を探さないと――。


 落ち着け。

 落ち着け。

 落ち着け……。


 なんとか、心を落ち着かせた僕と我が師は。

 我が師が唱えた「人が通った痕跡を視覚化する韻律」のおかげで、覆面団の行方を見つけることができました。

 熱源が通った気配を示すその穴道は深く長く、坑道ではなくて「封印」の間に続くトンネルとして作られたものだとわかりました。

 灯り球をひとつだけ浮かべて潜るにつれ、しだいにひとひと湿っていく岩面。

どんどん冷たくなっていく空気。ほどなくはるか前方に、黒い塊――。

 その塊は黒覆面の男で、すでに力尽きて倒れていました。

 なんとその男には、下半身がありませんでした。切断されたような恐ろしい傷跡が灯り球にほんのり照らされて見えました。

 しばらく這っていたのか、その先の道はぬるぬると血だらけ。

 血濡れた道のすぐ先に、遮断された扉がありました。

 金属製で、勢いよく上から落ちてきたのでしょう。我が師が韻律の光弾で扉に穴を開けると、向こう側にさっきの覆面男の下半身らしきものが転がっていました。


「うわ。扉で切断されたわけか」


 ギロチン扉は五つあり、その罠にはまった覆面男は三人いました。

 上から落ちてくる物と、左右から引き戸のようにいきなり閉まるもの。それから上に向かって立ち上がるもの。どの方向から鉄の板が動いたのかは、無残な血の跡で一目瞭然。

 そうして行き着いた先には、円く狭い小部屋がありました。

 神獣は巨大な生き物だと聞いていましたが、そこは人が一人入れるかどうかという小さな空間。

 その入り口に覆面男たちが十数人、折り重なって倒れていました。その誰もが体を小刻みに痙攣させ、口から泡を吹きながら。


 毒?!

 

 小部屋からふしゅうと噴き出す空気が色づいているので、僕はとっさに口を抑えて数歩下がりました。我が師が僕らの体を結界で包んでくれました。

 毒の霧は部屋の奥の台座からでており、その上には、四角い蓋つきの箱がひとつ。蓋は開いており、中にぎらぎらと緑色にかがやく円い石版のようなものが見えています。

 そして。

 韻律使いなのでしょう、毒霧の中で覆面男のひとりが我が身を結界に包み、今まさに、その石版に手を伸ばしていました。

 たったひとり、生き残った勝者が。





『我が心臓を取るな』


 あたりに響き渡るしゃがれた囁き声。たぶんそれは、蛇の声に違いなく。

 しかし覆面男は声に従わず、無造作に箱の中の石版をつかみました。

 そのとたん。

 石版がほぐれて糸のようになり、覆面男の結界を突き抜けてするすると腕を這い登り――

 突然カッとそれは口を開き、なんと男の首筋に噛みつきました。

 悲鳴をあげて倒れた覆面男は、痙攣しながらすぐに息絶えました。

 石版と思われたものは、とぐろを巻いた小さな蛇。

 本当に小さな、糸のような蛇。   

 蛇はものすごい速さでしゅるしゅる男から離れ、元の箱の中にとぐろを巻いて納まりました。

 まさかあれが、神獣ガルジューナ?

 サトウブナの大樹五本分の大きさの? 

 いえ、どう見てもマムシぐらいの蛇です。

 我が師は部屋の中に飛び込み、急いで箱の蓋を閉めました。すると台座から噴き出す

毒霧がぴたりと止まりました。


『こんにちは、ガルジューナさん』


 我が師は神聖語で平身低頭に挨拶し、蛇に訊ねました。


『あなたを持ち出していいですか?』

『礼節あるものよ。我が心臓を外へ出すな』

「つまり、箱からは取り出すなってことかな? いや……」


 我が師は小部屋に僕を招きいれ。蛇に咬まれた覆面男を入り口付近の脱落者たちの上に放り投げ。そして台座の周りを調べました。


「あ、そうか。ここ、蛇の体の中か」


 え?


「小部屋の壁を見てみろよ。岩じゃないぞ」

 たしかに。黒光りする金属の板で一面覆われていますね。通路の壁と明らかに違います。


「この小部屋は神獣の体内の一部ってことだな。そりゃたしかに、自分の体から引きずり出されたくないわなぁ。まぁ、いちおう聞いてみるか。『ガルジューナさん、引っ越す気はありませんか?』」


 我が師の神聖語の問いにガルジューナはしわがれた囁き声で答えました。


――『ない。我を動かせるのは、我の主人のみ』 


 主人?


『我を動かせるのは、真にメキドを継ぐ者のみ』  

「えっと、『俺たちは、王の勅令状持っています。俺たちは王の代理人です。俺たちを信用してくれませんか?』」


 勅令状。ええ、しっかり持っています。トルが僕らのために通行手形として書いてくれたものです。

 しかし蛇は、納得しませんでした。 


『紙切れなど無効』


 蛇は不機嫌に怒鳴りました。 


『赤鋼玉の瞳を継ぐ者こそ我が主人! 消えよ! 我の眠りを妨げるもの!』


 瞬間。小部屋の入り口が金属の壁で遮断され、台座の周囲から真っ赤な炎が噴出しました。

 灼熱の炎が、僕らを包み込みました。

 あっという間に。

 




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