望郷の歌 9話 神獣
我が師が風送り隊の二人から取りあげた小さな水晶玉。
そこにはまごうことなく、岩窟の寺院のヒアキントス様の部屋が映っていました。
まるでオモチャのビー玉を眺める少年のように、我が師はキラキラ目を輝かせて興奮しました。
「うわぁ、こいつの部屋初めて見たけどほんと真っ青なんだな! 俺こいつからお菓子をしょっちゅう貰ったけど、一度も部屋に入れてもらったことなかったんだよね」
あの、お師匠様。あなたがいつもしつこくねだるから、あの方は渋々お菓子を下さってたんですよ。
でも部屋に入れてもらえなかったのは友達じゃないからってだけでなく、人に見せたら都合の悪い物が、たくさん隠されてるからかもしれません。僕もウサギの姿のまま、しばらくここに囚われてましたし。
「やっぱ後見国持つのっていいなぁ。装飾品や調度品、何から何までいろいろ貰えるんだよなぁこれ。でもそれにしたってこの部屋アリンだらけじゃん。やっぱなんだかんだ言って、こいつアリン好きなんだなぁ」
アリン。
その名を我が師が口にしたとたん、風送りの二人の体がびくりと震えました。
アリンとは、蒼鹿家の紋章に描かれている鹿を指すようです。
たしかに蒼い部屋のそこかしこに、蒼鹿家の紋章が飾ってあります。
「弟子い、見て見て」
突然我が師はまっ青な水晶玉を左右の目に当てて、振り向いてきました。
「ほら碧眼。かっこいい? ボク青鹿アリン。すごく、つよいんだよ。ぶっ……ぎゃはははは!」
……。
あの、お師匠さま? 何してるんですか? ほんのちょっとですけどあなたの推理をすごいと思った僕の気持ちを、踏みにじらないでください。
って、おや? コルとロルがわなわな肩を震わせてる……? 一体どうして?
「あ、幻像が消えた。ちっ、もう蒼くねえ」
回線切られたんですね。今のできっと、ヒアキントス様に呆れられたんだと思います。
「うへ。あいつに居所ばればれだなぁ、俺たち」
そうですね。この風送り隊の二人がすでに、僕らが生きてここにいることを密告してるでしょうから。……っていうか。
「お師匠様。この二人がもと蒼き衣の弟子でお友達だって、いつ気づいたんです?」
「う。それは」
「まさかたった今じゃないでしょうね」
「う」
うう、やっぱり。
「だってこいつらの顔をまじまじと見たのって、今が初めてでさ」
「でもこの人たち、いつも僕のすぐ後ろにいたじゃないですか!」
「俺、いつも弟子の顔しか見てないもーん」
……。
すみません、今ちょっと軽く目眩がしました。
「それに髪の毛染めてるしさぁ」
あ、それは確かに。茶髪と赤毛。これ絶対染めてますよね。
北五州の嫡出の貴族は、九割以上金髪碧眼。定められた家としか決して縁組をしない、という厳しい純血主義をとっているゆえです。
北五州の五つの大公家を後見する導師たちは、弟子選びにもこの慣習を適用していて、後見する家の血族しか弟子に迎えません。師弟は、擬似とはいえ親子になるからです。血の繋がりのない子は、生理的にも政治的にも受け入れたくないのです。
かつてヒアキントス様が、金髪のレストを迷うことなく選び取ったのはそのためです。あの方は、導師のほとんどが欲しがった僕には見向きもしませんでした。
それを鑑みれば。前任の蒼鹿家後見ミストラス様の弟子であるこの二人の本当の髪色は、金髪。しかも近しい親戚同士、というわけです。なるほどだから、互いの面立ちが似ているのですね。
しかし若かりし頃の我が師が、この北五州出身の人たちに苛められたのは当然かも。白鷹家の子なのに黒髪って、「俺は私生児です」って紙を背中に貼って歩いてるのと同じことですから……。
二人は我が師が王宮に来た直後に、すぐにヒアキントス様に報告したでしょう。とすればこちらの出遅れ具合は、ほぼ一週間。もうすでに、先方に何らかの手を打たれている恐れがあります。
でもそれは、ちょっと置いておいて。
「ともかくコルちゃんにロルちゃん、誇り高く由緒正しき君たちの家の後見をやってるヒアキントスに、君らは一体何を命じられてるわけ?」
そうそれ。それを聞き出してくださいよ、お師匠様。
「あれえ? 自白の韻律が効かなくなってきてるのかな。返事がないなんて、君たち今、必死に俺の韻律に抵抗してるでしょ。んもう、仕方ないなぁ」
にやり顔の我が師は二人から奪った水晶玉をいきなり部屋の壁に当てて。
一気に上から下へ引っ掻き下ろしました。
「ちょ、お師匠様!」
とたんに響く、きーきーという恐ろしい超高音――。
僕と妃殿下はとっさに耳を塞いで難を逃れましたが、手足を縛られた風送り隊の二人の顔はとたんに真っ青。
こ、このクソオヤジなんという拷問を……。
「くけけけけ。さあ吐け。吐かないともっと嫌な拷問しちゃうぞぉ?」
なんのこれしきとか口が裂けてもとか慄く二人に、我が師は今度はもったいぶって歌い出しました。
胸の前で腕をばってんにして、水晶玉をぎゅうと抱きしめながらうっとりと。
私はそこに立っているの きれいな水辺に
私はそこに映っているの きれいな草地に
蒼い角を生やした私 蒼い毛を撫で付けて
あなたのもとへ駆けていくの
「だ! だだだだだまれ!」
「うああああっ! そ、それ歌うな! 歌うなこのやろううう!」
とたんに風送り隊の二人はひどく苦しそうに身もだえし始めました。なよなよ乙女ちっくな我が師の仕種は確かにかなり気持ち悪いです。
でもなぜこんな、煮え湯を飲まされてるような激烈な反応を?
「ぎゃっはははは! 辛いだろ! 苦しいだろぉ! さあ、この先を聴きたくなかったら、俺に洗いざらい吐け!」
「は、吐く! 吐くからやめろ!」
「こんな拷問ひどすぎるだろ! 訴えてやる!!」
涙目の二人。続きを歌おうとする我が師に二人は取り乱し――あっという間に脅しに屈しました。
「よっし、それじゃ一人ずつ俺に耳打ちしろ。二人の言うことが同じかどうかで、ほんとかどうか判断するからな」
うなだれる二人から、我が師は耳を近づけてふんふんと話を聞き出していました。
僕と妃殿下はその様子を肩を寄せ合って見守っていました。
なぜさっきの歌がてきめんに効いたのか。わけがわからず、あんぐりぱっかり口を開けながら。
翌日。
僕と我が師は王宮を出て地下に潜り、闇市の奥の駅に赴いて、あの鉄兜の少女ウェシ・プトリが運転する鉄の列車に乗せてもらいました。
「は? たしかに終点はその山だけど」
再会の喜びなどという甘いものはなく。プトリは開口一番そう言って、うさんくさげに僕らを眺め回したものです。
フィリアは元気なのか? そう怖い顔で訊いてくるので大きく首を縦に振り、今は王宮でつつがなく暮らしている、君によろしくと言っていたと告げると。
「よかった……!」
プトリはようやくホッと息をついて、僕らを荷台に乗せてくれました。
フィリアは彼女自身庇護対象になっていますし、繭から出された子はまだまだ予断を許さぬ状態です。懸命に看病し続けている彼女のためにも、あのメニスの子が無事生き延びられるといいのですが……。
「乗車料金、ちゃんともらうからね?」
「ふっ、少女よ。この紋どころが目に入らぬかぁ!」
偉ぶる我が師は、封蝋のついた小さな巻物をプトリに突き出しました。
緑の封蝋に戦斧の意匠。すなわち新しいメキド王家の紋。
トルが作ってくれた通行手形に少女は目を剥きました。
「ってことで、俺ら王命を受けた勅令大使だから。どうしても料金欲しけりゃ、王様に請求して」
東進する列車に揺られて半日。僕らは黒鉄の鉱山に至りました。
「この鉱山の奥に……隠されてるわけですね」
「らしいなぁ」
風送り隊の二人が真の主人であるヒアキントス様に命じられたこと。それは、このメキド王国のどこかに眠るある物を探し出すことでした。
その隠し場所は、王国の中枢に関わらなければ知りえぬものでした。なぜならそれは古い時代にメキドの王家によって密かに封印されたものであり、その場所は今も国家機密として秘匿されているからでした。
後見の導師なら、その国の機密を知ることが容易にできます。ゆえにヒアキントス様はバルバトス様に近づいて、協力させようとしたのだと思われます。
しかしその方法が潰えたため、今度は導師級の力をもつ血族をこっそり王宮に送り込んだのです。
風送り隊の二人はトルや妃殿下にはりつく一方で、王家や古株の貴族たちに伝わるあらゆる伝承や記録、王宮に蓄積されている膨大な資料をくまなく調べ、古い時代の国家機密を探っていました。
その結果。彼らは、その隠し場所をつきとめることに成功していました。
「昨日の今日でさっそく急行するとか、せわしないなぁ」
「でもお師匠さま、すでにヒアキントス様には、ここの情報が流されてるんですよ? すでに三日も前に。だから急ぎましょう。メキドのものが、蒼鹿家に盗まれないようにしなくては」
渋る我が師の背を押しながら、僕はウェシ・プトリに続いて鉱山の中へ入りました。
鉄の列車はここの鉱石を主に運んでおり、鉱山のすぐまん前に乗り付けるのです。プトリは鉱山監督官に僕らを紹介すると、すぐに鉱石を積みこむ仕事にとりかかりました。
「こういう時ってさ、ああいう若い女の子が、私も行くわとか言って合流してくれるもんじゃね?」
「仕事の邪魔するのはだめですよ、お師匠さま」
「右手にウサギ、左手に花がないとやだ」
「わがままいわないでください」
全く、何を馬鹿なことを。
僕は我が師を引っ張り、監督官の先導を受けて鉱山の深層へ降りていきました。
道中、監督官は僕らの話を訊いて首を傾げるばかりでした。
「はあ。巨大な生き物。それが鉱山の中に、眠っている? 大きさは馬ぐらいですか? いやもっとドでかい? え? サトウブナの大樹五本分?」
サトウブナとはメキド特産の甘い樹液を出す大木。風送り隊が調べたとある古文書に、それはこんな風に記述されていたそうです。
『サトウブナの大樹五本分の丈を持つ樹海の女王は、
くろがねの山を棺とした。
その名は緑虹のガルジューナ。とぐろ巻く気高き蛇、
偉大なる竜王メルドルークを夫に望んだもの』
そう、ヒアキントス様がバルバトス様や風送り隊にこっそり探させていたものは、太古の遺物。
かつて大陸に何百体といた、半機械半有機体の生物兵器。
すなわち。神獣――。
今から数千年前。人間が様々な超技術の兵器を駆使していたころ。
とても小さな王国で、とある灰色の衣の導師が世にも恐ろしいものを生み出しました。
神獣レイズライト。
それは大鳥グライアに鋼の心臓を組み込んだ、半有機体の巨鳥でした。
レイズライトを戦に使ったその王国は、いとも簡単に何万という敵の軍団を蹴散らし、瞬く間に領土を広げました。
たった一羽の巨大な鳥の圧倒的な破壊力に、大陸諸国は度肝を抜かれました。当然諸国は同じ土俵に上がるため、われもわれもと自国に住む灰色の導師たちに神獣を作らせる、という流れに。
こうしてどの国も最低一体は神獣を保有したという、「神獣戦争」が勃発。
戦の命運は保有する神獣の性能で決まる――そんな時代が、それから一千年ほども続いたのです……。
「神獣って、結局何体ぐらい作られたんでしょうね」
暗い坑道を降る最中。ぽそっと僕がつぶやくと、我が師はすんなり答えました。
「三百十二体」
「え、そんなに?」
ていうか、即答とか。すごいですお師匠様。
「神獣ってあまりにも破壊力が凄すぎて、マジで星がかち割れそうになったからさ、六翼の女王ルーセルフラウレンを擁する国が大陸を統一してからしばらくして、神獣凍結法が公布されたのよ。それでほとんどの神獣が破壊されたり封印されたりしたんだ。でもそれって、この星のためっていうより、叛乱防止のためだったんだろうな。統一王国は、俺らが滞在してたあの天の島を作って、大陸中の人々を監視してたぐらいだもん」
六翼の女王ルーセルフラウレンってたしか……。
「あー、何だかそれが俺の前世だってうそぶいてるやつが身近にいるよなぁ。まぁでも、結局一番始めに作られた神獣が史上最強だった、ってことは事実だよ。六翼の女王はあのアミーケがレイズライトに恋しちゃってさ、自分の国に拉致って進化改造を施したものなんだぜ」
ええとそれって、掠奪婚というやつですか?
「うん。『俺の娘を盗られた!』って怒り狂ったもともとの生みの親がさ、それで対抗馬として竜王メルドルークを創ったっていう話だ。しっかし、その竜王すらぶっ倒したあの最強夫婦自身が、統一王国の帝位についたらよかったのに。なんで普通の人間の王に後を任せて、北の辺境に隠遁しちゃったんだか」
「最強夫婦」は二人きりで、平穏穏やかに暮らしたかったのではないでしょうか。それで後々、かわいい娘さんを一人もうけてるわけですし。
そして今この時代、神獣たちは伝説の存在。おとぎ話の中の生き物のはずなのに……。
「今も稼動する神獣を保有しているのは、北五州の金獅子家と、大スメルニアの皇家のみですよね」
僕は自分の知識を掘り起こして我が師に確認しました。
「金獅子レヴツラータに雷神ミカヅチノタケル。その二体だけですよね」
「うん。金獅子家とスメルニア皇家は、大陸同盟の理事やっててさ。古代遺物封印法とか古代兵器復刻防止委員会とか仕切ってるくせに、自分らではちゃっかり保有してばんばん使いやがるんだよなぁ」
北五州で我が師に襲い掛かっていた鉄の獅子ども。あれこそ神獣レヴツラータの眷属たちです。
あの一般兵力を超えた力を使えるからこそ、金獅子家は大公家ながら大陸諸国で多大な発言力を持っているのです。
「それにしてもヒアキントス様が神獣を欲しがるなんて。蒼鹿家がもし神獣を使用したら、大陸諸国から非難が殺到するんじゃ?」
「あのさ弟子。自分だけいい物もってて威張りちらしてる国と、そいつをぎゃふんといわせる国。おまえどっちに味方したい?」
「あ……なるほど」
あのヒアキントス様のこと。ぬかりなく世論を味方につけてしまいそうです。
風送り隊の二人によれば、かの方はすでに寺院で長老になっており、最長老となるのは時間の問題だとか。しかも盛大にバルバトス様の葬儀を執り行い、我が師を「悪魔に魅入られた魔王」であると認定。それから自分が意のままにできる導師を、金獅子家の後見に据えたそうです。
「まあ蒼鹿家のヒアキントスにしてみれば、『金獅子家を倒したい』。これに尽きるな。奴の策謀はすべて、そのためのものだろうよ」
「なぜそんなに金獅子家を目の敵に?」
「そりゃおまえ、かつて蒼鹿家が保有してた神獣は、金獅子レヴツラータに一瞬で噛み砕かれちゃったっていうあれだもん。史上最弱の神獣、青鹿アリン!」
え。アリン、って、あの蒼鹿家の紋章の鹿ですか?
「嫌だろぉ? 自分の国の神獣が、戦闘数値ゼロで、『最弱で超有名』だとか、激しく嫌だろぉ? そりゃあ強い神獣を一匹ぐらい手に入れて、見返したくなるわ」
「戦闘数値?」
「あ。弟子は『ラ・レジェンデ』で遊んだことないんだっけ?」
ないですよ。でもそれ、神獣戦争を模した、遊び札のことですよね。大陸の歴史が覚えられるっていう高級玩具。
「ごめん、注文製造しかしてないんだったわ。持ってるのは、貴族の子ぐらいか」
ええ、立派な木馬とか象牙のチェスセットとかと同じですよね。お金持ちの子の玩具として有名です。
「俺は実家で遊んだ。寺院でもさ、師匠があの遊び札のセットをそっくりくれたもんだから、エリクの野郎とよく遊んだよ」
そういえばカラウカス様は我が師にいろいろ玩具をあげてましたよね。金のコマとかビー玉とか。それに加えて遊び札もですか。あ、それで神獣の数とかしっかり覚えてるんですね?
「へへ、まあな。おかげで楽しく、神獣戦争時代の歴史を覚えられたわ。あれって全五百枚中五十枚、自由に自分の手札を組みあげて対戦するの。最強札はもちろん竜王メルドルークと六翼の女王ルーセルフラウレン。そんで最弱のゴミ札は、ぶっちぎりで青鹿アリンだったわ」
「ご、ゴミ?」
「だってアリンって、マジでただかわいいだけ。能力がさぁ、『満月の晩、金獅子レヴツラータに愛を告白する。拒否られた上ひと呑みで喰われて、プレイヤーは即敗北』ってのよ。わけわかんねーだろ? まじで使えねーだろ? ほんとゴミ」
我が師は大仰に肩をすくめました。
「史実を忠実に再現ってのがコンセプトだから、そういう設定なんだけどよ、手札には絶対入れないよな。エリクの野郎と遊んでて『なにこれ失恋で自爆ぅ? きもっ!』ってアリンの札見て二人で爆笑してたら、メルちゃん――当時まだ導師になってなかったヒアキントスがさ、柱の影でぐしぐし泣いてたわ」
……。
あの、お師匠様。僕、今一瞬思ったんですけど。
あなたたちデリカシーのない兄弟弟子が、ヒアキントス様が抱いた野望の、そもそもの根源なのでは、ないでしょうか……。
「でも俺もさ、あいつの気持ちちょっと分かるわ。俺の実家の白き鷹アリョルビエールも、金獅子にやられちゃってるから」
それでも、青鹿アリンよりはかなり強かったのでしょう。我が師ったら余裕の笑みを浮かべていますから。
「あの、史実を再現って、本当に蒼鹿アリンは金獅子レヴツラータに告白したんですか?」
「うん、事実ってことにされてる。あのな、北五州にはだな、『アリンの恋歌』っていう有名な流行歌があるんだよ」
歌? あ! まさかそれって。
「それ、アリンがレヴツラータに愛を告白するものの、フられて食べられちゃうっていう哀しい歌詞なんだよな」
もしかして、風送り隊が必死に歌うなと身悶えていた歌じゃないですか?
「うん。実は蒼鹿家が統べる州には、アリンを讃えるかっこいい軍歌がある。でも北五州の民はだな、アリンの歌といえば、みんなあの「失恋歌」の方を思い出す。なぜかってえとその昔、金獅子家が蒼鹿家の評判を落とすために作らせて、北五州全土で流行させたから。アリンは牡鹿のはずなのに、乙女な牝鹿にされちゃってんのが悪意満々だよなー」
うわあ……。それを、あの誇り高い蒼鹿家ゆかりの人たちの目の前で歌うなんて。それひっどい拷問ですよお師匠様。
ていうか、北五州の大公家同士の争いって根が深いっていうか。すごく怖いです。歌を流行らせて、歴史改ざん? 僕、肌が粟立ってきましたよ。
「それはそうと弟子、緑虹のガルジューナはかなり強い札だったぜ」
我が師はふと立ち止まり、ふりかえって僕に言い含めました。
「エリクの野郎がさ、いつもその札とルーセルの札を組ませてコンボしてたわ。だから油断するなよ。ヒアキントスが目を付けたってことは、つまりそれなりの神獣ってことだろうし」
「……はい」
僕らは監督官に見送られながら、鉱山の最奥から少しはずれた、細い坑道へ入っていきました。
ごくりと息を呑み、神妙な顔で。
わずかな光のまたたきひとつない、漆黒の闇の中へ――。
※容赦ない拷問……;
師匠的には、幼い頃のいじめの仕返しという意味もあったのかもしれません。
※ラ・レジェンデ(基本の五百枚セット)は
神獣札:三百十二枚
韻律札:五十枚
兵器札:八十枚
特殊札:五十八枚
で構成されているようです。




