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望郷の歌 6話 少年王

 まっ暗闇の中に落ちた僕は……誰かの呼び声で目覚めました。


『ぺぺ! ぺぺ!』


 黒髪の男の子がびいびい泣いています。

 ウサギの僕をぎゅうっと抱っこして、すりつぶしたニンジンをむりやり食べさせようとしています。


『ぺぺ。しっかりしろ! ぺぺ! これを食べろ! 食べないと死ぬぞ!』


 十歳ぐらいのハヤト……ということは、これは、夢?     

 泣きじゃくる少年が僕の口にスプーンを突っ込んできました。

 あまりにも唐突だったので、ゲホゲホむせたとたん――今度こそ本当に目が覚めました。

 夢は……ほとんど現実でした。

 僕はウサギのままで、無精ヒゲたっぷりの超むさい我が師に抱きしめられていました。


「ぺぺええええええ! 目を覚ましたかあああ!」


 我が師は、すりおろしニンジンを入れた器をほっぽって。


「愛してる! うああああぺぺ愛してるううううう!」


 うっとうしく泣きじゃくり、僕に頬ずりしまくりました。

 王宮に運ばれてまるまる三日、僕は意識不明の重態だったそうです。

 小さな我が身は、全身包帯だらけの上からオリハルコンの上着で包まれた状態。我が師の腕にがっちりしっかり抱きしめられて、にっちもさっちもいきません。

 我が師はなんとも豪奢な天蓋つきの寝台の上で、どっかり胡坐をかいておりました。

 トルから与えられたその客室はとても広く、壁は一面幾何学模様の焼きタイル。 

 僕の義手と残りの衣装一式は螺鈿のテーブルに置かれているし、戸棚も寝台も黒檀で、細かな彫刻がびっしり。ひと目でものすごい価値があるとわかるものばかりです。

 なんだか風が吹いてくると思ったら。なんと寝台の両脇には、ダチョウの羽をぱたぱたしている召使いがひとりずつ立っていました。

 聞けば兄弟子様も、そしてフィリアも、隣続きの同じような客室をひとつずつ、トルから貰ったのだとか。


「あのう、離して下さい。きついです」

「やだ。ずっとこうしてたい」

「でも僕は、ぬいぐるみじゃありません!」

 

 何度訴えても、我が師の嗚咽と頬ずりは止まりませんでした。

 ウサギの姿の僕を見ると、この人はまるっきり理性を失ってしまうようです。


「ぺぺが瀕死で運び込まれてきて、俺は、俺はもうっ……」

「ペペって呼ばないで下さいよ」

「だっておまえ、今ウサギじゃん。ぺぺでいいじゃん」


 ぐずる我が師をなんとか落ち着かせ、僕は天の島から王宮へ至った顛末を聞き出しました。

 オリハルコンの布を被った僕が、魔人として全く機能しなくなったせいで、灰色の導師は天の島の迎撃を受けてかなりの重傷を負ったそうです。

 我が師と兄弟子様は、彼の洞窟船を奪って島を脱出。しかしすんでのところで灰色の導師は自分の船にとりすがってきて……。


「船室で、三つ巴の戦いになっちゃってさあ」

「は? まさか仲間割れでもしたんですか?」

「エリクの野郎が、『アミーケのもと嫁の俺に免じて命だけは助けろ』とか、わけのわからないこと言いだしてさ。

 そんで灰色の導師を船から落っことすか落とさないか、俺とエリクでじゃんけん勝負になって、あいつが後出ししやがったもんだから、ついその、カッとなっちゃって。俺、エリクに光弾ぶっぱしちゃったの。

 そしたら灰色の導師が、『私のルーセルに何をする』とか、わけのわからないこと言い出してさ。

 俺を韻律でぶっとばしたの。おかげで船の舵輪がこわれちゃって操縦不能になって。それで王宮の庭園に不時着したんだよな」


 ……。

 あの、お師匠様。

 それは、三つ巴と違います。

 完全に、相思相愛夫婦VS独身男の構図ですよそれ。

 本当にお疲れ様です……。

 我が師たちは現在、灰色の導師をなんとか韻律で眠らせて、結界が張られた地下の部屋に閉じ込めているそうです。


「一日に一回、エリクの野郎が看病がてら地下に様子を見に行ってる。いやあでも、この国の王様がトルでほんと助かったってばよ。桃色巨人の妃殿下には始め賊と間違われちまったけど、トルの知り合いでしかも味方だと分かったとたん、土下座されちゃってさあ。いたれりつくせり、最高の待遇を享受させてもらってるぜ。どうか好きなだけここにいて下さいませ、だって♪」

 

 やはりあの超人的な全身桃色甲冑の巨人こそが、トルが見初めた人。この国の王妃殿下であられるようです。


「国王夫妻はめっちゃラブラブなんだぜ。人間と巨人のカップルも、人間とウサギのカップルと同じぐらい良いもんだなぁ」

 

 我が師は口をタコのようにして、僕のもふもふの頭に口づけてきました。


「ぺぺはおれと一緒の部屋でいいですうってトルに言っといたから。俺らもいーっぱい、ラブラブしような♪」

「はぁ? 何気持ち悪いこといってるんですか? いつ僕とお師匠様が、そんな仲に? 僕、トルに頼んで自分の部屋をいただきますから」

「そ、そんなのだめ! せっかくウサギになってんだから、もっとモフモフさせて? せめてあと一週間ぐら――」

「却下します。お師匠様、僕をモフモフしたくて、わざと人間に戻さなかったんですよね? 下心まるみえです」

「に、人間に戻ったら、さらに傷が痛むぞ? ウサギの方が養生にはラクだぞ? な? もうちょっとモフモフさせて? な?」

「だが断る」

「ぺぺえええ!」


 ため息をつきながら僕が変身解除の韻律を唱えて、むりくり人間に戻ったその時。

 隣の客室にいる兄弟子様が、ひょっこり僕らの部屋に顔を見せました。

 我が師の狂喜の叫びに、午睡を邪魔されたとかなんとかぶつぶつ仰いながら。

 兄弟子様は、ダチョウ羽の風送り隊を二人つき従えていました。


「なんだかおもしれえのよこれ。どこまでもついてくるのよこれ」


 メキドは南国でほぼ一年中暑いからなのでしょうが、すごい待遇です。

 なんだかトルに、恐ろしく気を遣ってもらっている感じです。


「で、ぺぺよ。なにハヤトと裸相撲やってんの? 気持ちいい?」

「なっ……ち、違いますよ! 目を覚ましたから、人間に戻ったとこなんです! たった今!」

「でもおまえ、ほとんど裸で抱っこされてんじゃん」

「完っ……全な誤解です!!」


 あ。やばい。最近落ち着いてたのに。

 き、切れそう。

 お師匠さまと兄弟子様って、雰囲気がほんとそっくりなんだよな。この人にも怒鳴りたくなっちゃうっていうか。いやいや落ち着け、僕。こいつらお二人にいちいちブチ切れてたら、いくら不死身になってるからって身がもたない。

 僕はぐっと気持ちを引き戻し、力任せに我が師を押し退けて。急いで青い服を着込んで銀の右手をはめました。

 人間に戻った瞬間に、包帯がブチブチちぎれて床に落ちたのですが、びっくりすることに体の傷はもうほとんど治っていました。

 オリハルコンの布をもってしても、徐々に回復するという魔人の体の特性は抑えきれないのでしょう。

 でもそれを考えても、傷の治りが異常に早いような……。


「あ……もしかして……!」


 僕はハッとあることに思い至り、部屋を飛び出しました。


「フィリア! どこ?!」


 もしかして。もしかして……!

 回廊に仄かに漂う、甘露の香り。メニスの少女は、我が師の右隣の客室――紅色の焼きタイルに一面覆われた、とても美しい部屋にいました。

 部屋の中に入るのを、僕は躊躇しました。

 彼女は螺鈿のテーブルにつっぷして、すうすう寝入っていました。

 とても蒼白く、疲れきった顔で。

 鉄兜の少女に連れ去られた時に噛みちぎった腕とは全然違う場所に……どきりとする証拠がありました。

 彼女の右の手首には、布が分厚く巻かれていました。

 真っ白い、包帯が――。






 僕の全身が、ざわっと震えました。

 ああ、やっぱり……。


「フィリアは僕に、また甘露をくれたんだ。メニスの血を……」

「うん。自分が治してやるんだって、手首切って、瀕死のウサギに血をぶっかけてたわ」


 風送り隊と一緒に後ろからついてきた兄弟子様が、ぼふっと僕の頭に手を載せました。


「フィリアを守ってくれてありがとな、ぺぺ」

「うう、ぺぺを看病しまくりたかったのに。フィリアちゃん、余計なことを……」


 我が師が自分の部屋から顔を出して、悔しそうに黒い衣の袖を噛んでいます。

 眠っているフィリアはかわいそうなことに、楽師から貰った薔薇色の服をまだ着ていました。覆面男たちに破かれた無残な服を。


「フィリア……ごめん……ありがとう……」


 回廊で僕がみるまに熱くなった目頭をこすっていると。


――「まあ、もしかしてぺぺさん? 人間のお姿にお戻りになったの?」


 長くて広い回廊の彼方から、全身桃色の鎧に身を包んだ妃殿下がやって来られました。


「用事を済ませましたら、さっそくトルナート陛下にお取次ぎいたしますわね」


 妃殿下はそう仰って、足音を忍ばせてフィリアの部屋に入っていきました。

 驚いたことに、全身鎧を着込んでいるというのに、鎧がすれる音すらほとんどしないのです。

 これは……ものすごい技能です。世に名高いケイドーンの傭兵団の訓練の賜物でしょうか。

 見れば妃殿下は、野太い腕に桃色の布の塊を持っておられました。それはなんと、絹地の衣服一式でした。妃殿下は衣服をそっと螺鈿のテーブルの上に置いて、そろりそろりと戻ってきました。


「後宮の女官たちに急いで仕立てさせましたの。きっとフィリアさんによく似合ってよ」  


 鉄仮面の奥の妃殿下の片目が、チャーミングに一瞬閉じられました。

 その時僕は、トルがなぜこの方を選んだか分かった気がしました。

 たぶん強さは世界一。そして。優しさもきっと――。


「トル、すばらしい。最高だ!」 


 嬉しさのあまり僕が思わず大声をあげたので――


「ん……? ぺ……ぺ?」


 フィリアが目を覚ましてしまいました。

 ハッと身を起こす彼女。僕らは皆、なぜか反射的に戸口から姿を隠しました。

 おそるおそる息を潜め、皆でそうっと再び戸口に寄って部屋の中を覗いてみれば。

 目前に置かれた物に気づいたメニスの少女は、驚嘆のため息をついていました。

 彼女は仕立てられたばかりの衣服をうっとり眺め。とても嬉しそうに手にとって、抱きしめました。

 桃色の絹地には、一面びっしり金糸の刺繍。一緒に縫いこまれた円いビーズが、半円形の窓から差し込む日の光に照らされて輝いていました。

 きらきらと、宝石のように。





 巨人の妃殿下の取次ぎで、僕はすぐにトルに拝謁することができました。

 新しい衣服にさっそく袖を通したフィリアは感激のあまり目を潤ませて妃殿下に礼を述べ、国王陛下にも改めて挨拶したいと僕についてきました。

 桃色の服は、どことなく色香が漂っていた薔薇色の衣装よりもはるかに上品なもので、妃殿下の見立てどおりフィリアによく似合っていました。そして彼女にも、ちゃんとあのダチョウ羽の風送り隊が二人、つけられていました。

 僕らは心地よいそよ風を背に受けながら、妃殿下に先導されて玉座の間に入りました。

 とたんに目に入ったのは――一面真っ黒にこげた無残な壁。


「これは……焼け跡?」


 美しい焼きタイルに覆われていたであろう壁。その表面が半分以上崩れ落ちているのに驚いていると。

 トルが奥の間から入ってきて、妃殿下をいざなって、正面に置かれたふたつの象牙の玉座に仲良く座りました。妃殿下の玉座はおそらく特注。その超弩級の玉体にぴったり合っています。

 正式な挨拶を交し合った直後。

 

「アスワド! 会いたかった」

 

 トルは玉座からパッと降りて僕に駆け寄り、ひしと肩を抱いてくれました。


「君に直接礼を言えて嬉しい。僕を助けてくれてありがとう。本当にありがとう。僕がサクラコさんと一緒に玉座に座れるのは、君のおかげだ」

「トル、僕は手紙を書き送っただけだよ」

「あの手紙がなかったら、僕は我が師から下された薬を疑いもせずあおってたよ。アスパシオン様から、我が師とヒアキントス様のことを詳しく聞いた。本当に大変な目に遭ったね。今度は、僕が君たちを助ける番だ」

「ありがとう、トル。でもすでにものすごい待遇で、なんだか申し訳な……」

「ううん、恩返しにはまだ全然だよ」


 トルはとても哀しそうな顔で玉座の間を見渡しました。


「ここ、真っ黒こげですごいだろ? 前国主……パルト将軍が、王宮に火をかけて逃げたんだ。緑の王都も将軍の親衛隊に蹂躙されて、焼け野原になってしまってた」


 パルト将軍。もと王室陸軍所属の軍人であった彼こそが、革命を起こしてトルの父君から王位を奪った張本人です。

 王家の人々を虐殺して国主の座についた将軍は、メキドに恐怖政治を敷いたそうです。

 ひっきりなしに誰かが粛清される陰惨な日々。明日は我が身と恐れた貴族たちがついに結託して叛旗を翻し、将軍を国主の座から引きずりおろしたのは、つい半年前のこと。

 ファラディアとの戦で将軍の腹心であった摂政が戦死したのを受けて、叛乱を起こしたのです。国外へ逃亡しようとした将軍は、国境付近で捕らえられて処刑され。トルは亡命先の寺院から呼び戻され。王政復古が成されたのでした。

 革命。粛清。叛乱。流されたたくさんの血。この黒こげの壁は、その証人。

 忘れ去られぬよう、この玉座の間だけはずっとこのままにしておくつもりだと、トルは言いました。


「今は王都の復興が最優先だ。焼け出されて、地下街の通路で寝泊りしてる人がまだまだいっぱいいるからね。王宮の整備は二の次だけど……サクラコさんのおかげで、庭園と大広間はとてもきれいになったんだよ」

「王宮を警備しがてら、手入れさせていただいてますわ」


 はにかんで鉄仮面を外された妃殿下は、金髪巻き毛のかつらを揺らしてにっこりされました。ぱっちりとした目の、意外に可愛らしいお顔です。


「感謝してもしきれません。ペペが陛下とお友達だというのも、とても嬉しい驚きです」


 フィリアが国王夫妻に感謝の意を伝えると。トルは奥の宮をこれからの住まいとするよう、彼女に告げました。


「歴代の王が後宮に使っていた処だけど心配しないで。僕は、側室を娶る気はないから。王宮で一番安全な所はそこなんだ。どうかゆっくり過ごしてほしい」 

 

 その日のうちに、フィリアは奥の宮に移りました。

 そして僕は、フィリアが使っていた客室をいただきました。畏れ多いことに、ダチョウ羽の風送り隊も。いらないと固辞したのに、ぜひ使ってくれとトルは言うのです。それがこの国の、国賓に対するもてなし方なのだからと。

 我が師は僕が部屋を離れたことにぶうぶう文句を垂れましたが、当然無視。

 ウサギに戻そうと仕掛けてくる韻律も、断固阻止。

 こうして数日間、僕らはトルの王宮で穏やかに過ごしました。

 というのも。

 我が師たちは、かねてからある出来事を待っていたからです。

 妃殿下の温室になんと「メニスの繭」があり。羽化が間近であるというのです。

 不時着直後、灰色の導師はその繭に反応してひどく暴れたのだとか。

 兄弟子様が、国王夫妻と一緒に件の繭を僕に見せてくれました。

 ありとあらゆる桃色の花が咲き誇る温室の一角に、真っ白く大きな丸い物体がたてかけてありました。


「妃殿下が森の洞窟で見つけて、タママユ蝶の繭と間違えて持ってきちまったんだと。十中八九、成人したメニスが出てくるからさ、みんなでその誕生を見届けようって話になったのよ」


 兄弟子さまはガシガシ頭を掻きました。


「まったく、数奇な運に恵まれたもんだぜ。メニスの羽化なんて、めったに見られるもんじゃねえ。でもその瞬間には、アミーケに立ち会ってもらわねえと」

「灰色の導師さまに?」

「無事出てくりゃいいんだが、万が一羽化不全とか起こしたら、対処できるのは同族のあいつだけだ。少なくとも、娘のフィリアの羽化を見届けてるからな」 

 

 フィリアもかつてこんな真っ白い繭を自ら作って、その中から出てきた……?

 なんだか信じられない神秘的な話です。  


「繭の表面がつるつるしてきたから、羽化までたぶんあと数日ってとこだ。そろそろ見張りが要るんだが……ぺぺ、ハヤトと交代で繭を見ててくんないか? 兆しが見えたらすぐ俺に知らせてくれ」

 

 というわけで。僕は我が師と交代で、繭を監視しつつ結界で守る仕事につきました。

 温室の中に始終詰めているので、時間をもてあますだろうと、妃殿下は僕らに王宮の書庫から本を貸してくださったり、温室の植物の世話を手伝わせてくださったり。

 トルは毎日のように都の再建事業を見に行って、帰ってくると妃殿下と一緒に仲良く庭仕事をして、それから僕といろいろ話をしました。

 トルは毎回、全身砂埃だらけになって帰ってきました。現場で作業員と一緒になって作業してくるからでした。

 僕らが妃殿下に救われたあの時も、トルは視察がてら資材を運ぶ手伝いをしていたそうです。


「毎日大丈夫? 無理は……」 

「大丈夫だよ、全然平気」


 ある日の夕方。心配した僕に、全身砂だらけで帰宮したトルは屈託なく笑いました。


「先月ね、ようやく父様を王家の墓地に埋葬することができたんだ。都の人たちが父様の首を探し出して、僕に返してくれたんだよ。一緒に働いてくれたお礼です、って。革命直後、父様の首はしばらく都の大広場に晒されてて。そのあとは行方不明になってたんだ」


 トルの笑顔がなんだか痛々しく見えたと思ったとたん。

 彼はこつりと僕の胸に頭をつけてうつむきました。

 

「僕はみんなのために働く。みんなを守る。だって都の人たちは父様だけじゃなく、母様も、兄様たちも、お婆様や従兄弟たちも次々と探し出して、僕に返してくれたんだもの。今、僕の家族は墓地で安らかに眠ってる。一人を除いて……」

 

 地にひと粒、ぽたりと涙が落ちました。

 

「姉様が、まだ見つからないんだ。僕をかばって死んだ姉様が。都の人たちも、ケイドーンの巨人たちも、一所懸命探してくれてるんだけど……」

「絶対見つかるよ」

 

 僕はトルの肩をぎゅっと抱きました。

 

「繭を見る仕事が終わったら、僕も協力する」

「アスワドありがとう……でも大丈夫。弱音吐いてごめん」


 親友はぎゅっと僕を抱き返してきました。

 僕の心中は哀しい悼みと。そして暖かな喜びで満ちました。

 なぜならトルは、これまで王としてずっと気を張りつめて、気丈に振舞っていたに違いなく。彼のこんな泣き顔を見られる者は、おそらくこの世でたった二人だけだから。

 その二人とは。僕と、それから……


「皆様、お茶にいたしましょう。デザートは桃ですわよぉー」

 

 手にいっぱい桃色の果実を抱えた桃色甲冑の妃殿下が、庭園の池のほとりに据えた卓から僕らを呼びました。

 

「果樹園の桃だ」


 トルは顔をあげ、僕の腕を引っ張って妃殿下の元に走り出しました。


「アスワド、サクラコさんが育ててる桃は最高だよ。いっぱい食べて」


 彼の顔には、明るい笑顔がよみがえっていました。

 とても幸福そうな、心からの笑顔が。 



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