くろがねの歌 7話 岩窟魔人
ハヤトがすごい困り顔で、おいらと岩の床を交互に見てる。今にも泣きそうな顔で。
「やっちまった……」
床には、粉々になった皿の破片。こいつのお師匠様ので、王族から贈られた、何とか焼きっていう名皿だ。
お師匠の部屋を掃除中に、ものの見事に落っことしてこっぱみじんにしたらしい。
「ペペ、一緒に謝ってくれよぉ」
「なんでやねん!」
おいらがひとこと鋭くツッコむと。ハヤトは、タコみたいに口を尖らせた。
「なんでそこで、大陸共通商人口語使うの? そんなありきたりなツッコミ、もうウケないよ」
それから怒涛のように、お笑いに関して熱弁をふるい始める。
「古代漫才はもうマンネリなの。大陸一のお笑い芸人リューノ・ゲキリンみたいに、独特のリアクションしなきゃ」
そう言うなり、額にぺかっと両手に丸を作って変なポーズをかます。ゲキ・ポーズとかってやつで、昔、子供らの間で大流行したらしい。
「激りーん! 激困っ!」
こいつどうしようもなくテンパると必ずこれやって、「お笑い芸人になる夢」をぐちぐち語り出すんだよなぁ……。
「俺たち寺院出身だからさ、神聖語でツッコミ入れるのがいいと思うんだ。で、それをさ、俺たち『岩窟魔人1号2号』の売りにするの」
うわ。口角泡飛ばしながら真顔で言うし。いつのまにか芸名つけてるし。しかもおいら、なぜか相方にされてるし。ウサギが相方とか、一体どんなユニットなんだよ……。
「そんで将来大陸中をどさ回りして、大晦日の『東西お笑い御前合戦』に出てくれって、王様からじきじきにオファー受けるぐらい、超メジャーなお笑い芸人になるの」
ここで「将来おまえは導師になるしかないんだ」と、無慈悲なツッコミを入れてはいけない。
「現実逃避すんな、いいかげん謝りにいけ」とか、小一時間責め続けてもいけない。
こいつがゲキ・ポーズをかますということは。かなりせっぱつまってて、精神がガケっぷち状態ってことだ。
ここで冷たく突き放すとこいつはえぐえぐ泣き出して、「導師なんかなりたくない」とかわめき出し、自分で作った結界の檻の中にひきこもっちまう。
初めてそれをやられた時。こいつのお師匠は、その魔法の檻を壊すのに丸一週間かかった。
こいつの魔力がアホみたいに強すぎたせいであり、こいつが餓死寸前になるまでその結界に傷一つつけられなかったせいだ。
ゆえに、「ハヤトにはもう二度と、『逃げるな』系の叱咤はするでない。わしが血ヘド吐くわ」と、おいらはお師匠にきつく釘を刺されてる。
「あーもぉ! きっと師匠、ゲキリン! 激オコ!」
ったく。泣くのこらえて、必死にお笑い芸人のモノマネするなよ。ああもう、しかたないなぁ……。
「ハヤト、大丈夫だよ。おいらが、一緒に謝ってやるから」
「えっ、ほんと?」
「ほんと。だから、一緒に、お師匠のとこに行こう?」
『一緒』を強調して言うと。ハヤトの顔がパッと明るく輝く。
「そいじゃ、ぺぺがいきなり飛び込んできたから、皿落っことしたってことで――」
「なんでやねん!」
「ふべしっ!」
おいらは必殺後足キックをハヤトの顔面にめりこませるという、いつものしつけで仕上げた。
「まったく! ボケるまえにちゃんと反省しろよ、反省!」
「ふあーい」
頭を掻いて、舌をぺろっと出しながらうなずくハヤト。
よし、これでOK!
さあ、謝りに行こうな、ハヤト……ハヤ……
「ふべしっ!」
あれ? ここ、寺院だよな? なんで女の子がいるんだ?
あれ? この子、知ってる。でも、名前を思い出せない……。
「まあ、可愛いウサギさんね」
「お、おう。衝突して悪かったな」
「どこへ行くの?」
「ハヤト連れてさ、最長老さまのとこにあやまりにいくんだ。えっと、あれ? 階段どこだっけ」
「そっちよ」
女の子は親切に指さして教えてくれた。いつも見慣れた階段の入り口が、なんだかまぶしく光ってる。
「そっちよ、ペペ。早くお戻りなさい」
「おう、ありがとな。って、え? 戻るって? なにそれ」
「ここに来るのはまだ早いってことよ。迷わずまっすぐ下っていってね」
「お、おう、下ればいいんだな? わかった。そいじゃな。行くぞハヤト」
「さよならペペ」
おいらは光の中に飛び込んだ。
女の子は、手を振ってくれた。すごくかわいい笑顔で。
ハヤト、ちゃんとついてきてるかな。
おいハヤト、おくれるなよ? ハヤト? あれ? どこだ? ハヤ……
「う……」
全身が猛烈に痛みます。僕はウサギに変身して街の中央に突っ込んで……街を破壊する我が師を止めようとして、黒い炎に焼かれたのでしたが……。
変な夢が走馬灯のように見えたので、てっきり焼き尽くされて死んだかと思いました。
でも幸いまだ生きていて、しかもまだ、ウサギの姿のままでいるようです。ぶるっと首を振ると、長い耳がだらんと垂れてきます。
周囲は暗く、そしてとても冷たくてひんやりしています。どうやら黒い衣を着た人に拾われたようで、冷気を固めた結界に入れられているようです。この独特の冷たい魔法の気配は、我が師のものではなく――
「まさかウサギになれるとは。さすがですね」
キンとした冷たい声が降ってきました。導師ヒアキントス様のお声です。僕はこの方に拾われて、魔法の結界の中でガンガン冷やされているようです。
警戒しながらも、「ありがとうございます」と言いかけたその時。
氷の魔法を得意とするこの導師様は、目の前にいる我が師に向かって、信じられない言葉を放ちました。
「これほど見事に『宵の王』が稼動するとは。アスパシオン殿、素晴らしい働きです」
てっきり兵士を操るのをやめろとおっしゃるのかと思いきや。素晴らしいって? しかも。
「うわあああ!」
耳をつんざくようなユスティアス様の叫び声が聞こえてきました。
首をそうっと上げて氷の結界からかいま見ると。今にも我が師を攻撃せんとしていたユスティアス様が悲鳴をあげて、どっと地面に倒れ込みました。そのすぐ後ろに、なんとバルバトス様が、雷のような光の玉を手にして立っています。
信じられないことに、ユスティアス様を気絶させたようです。
「む? アスパシオン、まさか正気に戻ったのか?」
不可解なことをしたバルバトス様は首をかしげ、我が師を眺めました。確かに今、我が師の目の色はいつもの蒼に戻っていて。ヒアキントス様の腕の中にいる僕を指さし、あわあわしています。
「ぺ、ぺぺ! ペペ、だ! ペペがウサギに戻ってるう!」
「アスパシオン、しばしおとなしくなさい」
ウサギ姿の僕を見てとてもびっくりしている我が師に向かって、ヒアキントス様が手を突き出し。魚の網のような形の光を出しました。光の網が我が師にふりかかるのとほぼ同時に、バルバトス様がひとこと鋭く韻律を唱えます。
『止まれ!』
すると。我が師の周りにいるおびただしい数の鉄の兵士たちが、ぴたと動きを止めました。
まるで時間が止まったかのように。
我が師はあんぐり口を開けながら、見事な連携を見せた二人の導師をゆっくり交互に眺め……それから、大声で叫びました。
「あーっ! おまえら、グルだな? ちくしょうよくも!」
我が師は、文句たらたらボヤきだしました。
「おまえらのどっちか、俺が昼寝して幽体離脱して別んとこ行ってる間に、俺の体の中に入り込んだだろ! そんでわざと牧場の遺跡にいって、変な奴をとりこんだな?! ちっくしょう! そんで階段転げて尻打っただろ! 痛い! あやまれ! 慰謝料払え!」
「その要望には、応じられぬ」
「ていうかなんであそこの遺跡にバーリアルだかがあるって知ってたんだよ! あそこは封印されてたろーが!」
バルバトス様はくつくつと悪代官のように笑い、堰を切ったように語りだしました。物語の敵役によく見られる、勝利を確信した時の、いわゆる「自慢語り」というやつでしょう。
「確かにあそこは二百年以上も封印されていた遺跡。だが最近、大変貴重なものがあると文献でわかってな。ゆえに今年の湖渡りの時にこっそり出向いて入り口を開け、『遺跡の管理者』として我が名を登録したのだよ。
その貴重なものこそは、おまえに取り憑かせた『宵の王バーリアル』。あそこに封印された統一王国時代の兵器のひとつでな、鉄の兵士五百を操る人工の魂で、依り代にとり憑くことで作動可能になる。そして。その人工の魂は、『遺跡の管理者』の完全なる支配下におかれる。つまりこの私が自在に操れるのだ。すなわち――」
黒髭のバルバトス様は、勝ち誇った顔をされ。ふはははと高らかに笑いました。
「アスパシオンよ、鉄の兵士たちの真の主人はおまえではない。この私だ!」
黒髭の長老バルバトス様は、茫然とする僕と我が師の前で、とうとうと言葉を重ねました。
「『宵の王バーリアル』は、触れた者をたちどころに依り代とする厄介な兵器。管理権限を有する遺跡とその管理者にしか御せぬものゆえ、寺院へは動かせず、遺跡の中にそのまま封印された。だがついに、我々の手で使うべき時が来たのだ。アスパシオンよ、 おまえは毎日昼寝と称して、体から魂を出して遊んでいたな? 午後は必ず、お前の体はがら空きになる。その隙こそが、我々の狙いであった。『バーリアル』は 魔力が高い依り代にとりつかせることで、その性能を飛躍的に発揮する兵器。だから私は、 おまえを依り代として選んだのだ」
そして。
『目覚めよ、バーリアル!』
バルバトス様が短く韻律を唱えると。
「う……!」
一瞬で我が師の目が赤くなり、あの恐ろしい魔王のような顔に変じて。我が師ではない何者かが答えました。
『うう? おお? お前が……我が主か?』
「そうだ、『バーリアル』。試運転は終わりだ。これからが本番だぞ」
バルバトス様は、赤い目の『バーリアル』に命じました。
「兵士たちを率いて、北五州の北州へ向かえ。金獅子家が統べる州都を破壊し、かの家が ひそかに隠し持つ生物兵器をおびきだすのだ!」
北五州。それは我がエティア王国の北にある地方で、五つの大公家によって治められています。五つの家は昔から仲が悪く、小競り合いばかりしており、かの地は常に争いが絶えない紛争地域です。
『ほう? 生物兵器か。面白そうだな』
「うむ。『バーリアル』よ、北州を統べる金獅子家は、おそろしい兵器を世間から隠しているのだ。 おまえの任務は、それを 回収し破壊すること。もし失敗すれば、いずれ金獅子家はその兵器を使い、他の州を統べる家々を滅ぼしてしまうであろう。それは、絶対に食い止めねばならんことなのだ」
なんだかものすごく正当なことをするかのように思えるのですが……
でもそのために、わざと街を襲わせるだなんて。
しかも、『試運転』だなんて。
そのために、僕の幼なじみは……テレイスは! !
「待て!!」
収まっていたカッと熱いものが、俺の中で炸裂した。
「やり方がひどすぎる! お師匠様をだまして、街を破壊させるなんて! ふざけんな!!」
驚くことに。きいきい声だけど、俺のウサギの口から、ちゃんと言葉が出てきた。
俺を抱きかかえるヒアキントス様が、冷たく言葉をかぶせてくる。
「おやおや。いつもの弟子くんではありませんね。落ち着きなさい。これは北五州を平和にするために行われるもの。そして、寺院全体の意向なのですよ」
「なっ……」
まさかそんなこと、信じられない。寺院が、街を襲うことを容認するなんて。
今回のことは、バルバトス様とヒアキントス様 お二人だけが関与していること。俺には、そうとしか思えない。
ヒアキントス様は、五つの大公家の家々のひとつ、蒼鹿家の出身。そして今までメキド王国と赤毛のトルを操るバルバトス様のために、たびたび助言をしてきた。きっとその見返りとして、今度はバルバトスが蒼鹿家のために協力しているんだ。ギブ&テイク、相互扶助というやつだ。
しかし黒髭の御方は、結局はメキドの後見の座を失っている。となれば、今回は協力するだけでなく、さらにおいしい報酬を貰うのかもしれない。
クソオヤジも、この二人は相当うさんくさいと思ったようだ。
「い、いや、だ! おまえらの言うことなんか、聞かないぞう!」
突然『バーリアル』が光の網の中でうずくまり、クソオヤジの体から、虹色の光が漏れ出てきた。魔王の真っ赤な目がくるりと蒼い色に戻る。体の中で、クソオヤジと人工の魂が激しく戦っているようだ。
バルバトスは眉根を寄せ、ヒアキントスはため息をついた。
「全く、信じられぬ! 依り代の魂は乗り移られた時点で、完全に『バーリアル』に御される はずなのに。まだ自己を保てるとは」
「さすがは虹色の後光を持つ者ですね。でもご安心を、バルバトス様。アスパシオンは、喜んで我々の言うことを 聞いてくれますよ」
ヒアキントスがそう言うなり、いきなり俺を包む氷の結界がせばまる。白いもふもふの身体に、 鋭い氷の結晶が食いこんでくる。
「うわっ!?」
「かっかと熱くなるのはおよしなさい、ぺぺさん。でないといますぐに、ウサギの氷像をつくりますよ。胸に一本、氷の刃がささった像をね」
「く!」
――「ぺ! ペペ!!」
クソオヤジが目をむき、光の網を握りしめる。ヒアキントスは情け容赦なく脅した。
「アスパシオン、『バーリアル』に体を明け渡しなさい。バルバトス様の命令を聞くのです。でないと、あなたの大事な弟子を、 このまま刺し殺しますよ」
「こ、この卑怯者! 俺のペペを離せっ!」
「あなたの弟子は、あなたに全身を焼かれて瀕死です。私の冷気で今、冷やしてやっているのですよ。あなたが我々の言うことを聞けば、この後もちゃんと治療して、大事にしてやりましょう」
「く、クソオヤジ!」
俺は叫んだ。獣のきいきい声で。
「俺のことは構うな! 言うことを聞くんじゃねえ! 寺院の意向だなんて絶対嘘だ! こいつら、二人で勝手にこんなことをっ……う、うわっ!?」
氷の刃が僕のお腹にぐいと食い込み。ヒアキントスの冷たい声が降りかかってくる。
「お黙りなさい。取引の邪魔ですよ、使い魔ペペさん。もっと人質らしくぐったりしていてください」
ヒアキントスがこれみよがしに、俺が入った丸い氷の結界をクソオヤジに突き出して見せる。氷の刃に今にも貫かれる寸前のウサギの姿が、クソオヤジの蒼い瞳に映る。
ちくしょう、こんなことされたらっ……
「ペペ! 俺のペペ! ちくしょう、やめろお!」
まずい! 案の定、クソオヤジの顔から、みるみる血の気が引いてってる……!
「や、やめてくれええっ! な、なんでもするっ! 俺なんでもするからああ!」
「ばかやろう!! クソオヤジ! だめだっ!!」
「ふえええええ! ぺぺええええ! ぺぺが死んじゃうううう!」
クソオヤジは光の網を握りしめ、子供のようにびいびい泣き出した。
「さあ、アスパシオン。『バーリアル』に体を受け渡せ」
バルバトスが畳み掛けるように促す。
「ウサギを助けたければ、すべてを私にゆだねるのだ」
「ううう……わ、わかった……」
「うあああ! お師匠様! だめだ!! お師匠様!!」
激しい後悔が、俺の中に巻き起こった。
大人しく公園の救護活動に戻っていれば。こいつの足を引っ張らずに済んだのに……!
「ごめ……ん! クソオヤジ、ほんとごめん!! どうかお願いだから! 頼むから! こんな手に乗らないでくれえ!!」
俺のきいきい声が空しく響く中。クソオヤジはうずくまり、顔を両手で覆ってぶるっと大きく震え。そして。低くつぶやいた。
「……岩窟魔人一号、これより潜伏モードに入ります」
「ちょ! あんた何言って……!」
「解除コードを設定します。神聖語で、『なんでやねん』です。魔人二号! ツッコミよろしく! 激りん! 激・愛! 激・信! 激さよ・なら!」
な! なんでこんな時に、お笑い芸人リューノ・ゲキリンのモノ真似なんか!!!!
あ……ああ!? もしかして今、ものすごくテンパってるってことか?!
がけっぷち状態で、思考力支離滅裂なのか?!
俺もテンパリすぎて、いつもの口調に戻れねえけど!
クソオヤジは連続で決めたゲキ・ポーズを解除して、両目をゆっくり開いた。 開いた瞳はもはや蒼ではなく、血のように真っ赤だった。赤い色の涙が、だらだらと頬を伝っている……。
「く……クソオヤジいいいいいいっ!!」
俺のか細い獣の声は。再びガシャガシャと動き出した、鉄の兵士たちの鎧の音にかき消された。
完全に。
あとかたもなく。




