第32話 強面先輩を葬る作戦
「この事、綺季は知ってるのかな」
俺が言うと、夢衣はムッとした顔を見せた。
「どういう意味?」
「いや別に関与してるとか、そういう勘繰りをしたいわけじゃないけどさ。同じグループでつるんでることもあったわけだし」
「昨日ゲーセンで言ったけど、そもそも最近お姉ちゃんと新藤センパイは口すら効いてないと思うからあり得ないでしょ。それに、お姉ちゃんが後輩いじめの現場にいることなんかないよ」
「そうか。そうだよな。一応確認だよ」
「ってか私自身も最近新藤センパイから多分避けられてる」
「……」
何か引っかかりつつ、俺はその言葉を考える。
もっとも、俺とて綺季がこの暴力事件に関係してるとは微塵も思っていない。
ただ単に、こういう問題をどのくらい把握しているのか知りたかっただけだ。
綺季が新藤先輩のいわゆる裏の顔に馴染みがあるなら、今回の件で何か解決の糸口がつかめるかもしれないから。
ともあれ、朝から胸糞悪い事に変わりはない。
数分が経過すると、今野は上体を起こした。
「……黒薙?」
「気づいたか」
「……ひっ!」
今野は目を開くなり、俺の隣に座っている夢衣を見て悲鳴を上げた。
眼鏡をかけてすぐに布団をかぶり、ガタガタ震え始める。
だから俺はゆっくり夢衣を見た。
「ちょ、ちょっと。私がボコったみたいになるじゃん」
何も言っていないのに慌てたように弁明されると逆に怪しい。
冗談はさて置き、今野に向き直る。
「何があったのか教えてくれよ」
「……でも誰かに話したらまたいじめられるし」
「それは話したって事がバレたらだろ? 俺らが事情を知ってることを黙っとけば問題ないって。そもそもその理屈だと、新藤先輩っていう固有名詞を出した時点でお前の負けだろ」
「くっ……。流石黒薙氏。抜け目がない」
「ははは、そうだろ」
「ぬふふ」
オタク特有のキモい笑みを交わしたところで、横から殺気のようなものを感じた。
そうだ、この場には天然ギャルがいたんだった。
俺以上にその威圧感を感じ取ったらしい今野は、ぎょっとした顔で声を絞り出す。
「あ、綾原先輩は新藤先輩の友達じゃないんですか?」
どうも夢衣と新藤先輩の関係が心配で話しにくいらしい。
もし内通していたら、とビビっているのだろう。
夢衣の不機嫌そうな顔に泣きそうな顔で震えるひょろがりは、陰キャ過ぎて見ていてなんとも哀れだ。
俺も綺季と夢衣以外にはこんな感じなのだろうか。
道理で夢衣の友達ギャル集団に受けが悪いのも納得だ。
そりゃ睨まれるわ。
「あんな馬鹿と仲良いわけないっしょ。だから早く説明しろって」
「ひ! は、はい! ……えっと、アレは金曜の放課後で……」
今野はそのまま、事の顛末を話し始めた。
始まりは金曜夜の塾帰り。
俺と同じくコンビニに立ち寄ろうとしたところを捕まったらしい。
守ってくれる知り合いもおらず、そのまま言われるがままにいじめられる今野。
その時の集団は新藤先輩含め、三年の男子の先輩が4~5人居たそうだ。
今野は新藤先輩に金をせびられた。
断ろうとするも、雰囲気に気圧されて泣きながら頷いたらしい。
一緒にコンビニに行き、数千円分奢らされた今野は、買い物が終わった直後に帰ろうとした。
しかし、そこを新藤先輩が肩を掴んで止めてくる。
『月曜、3万持ってこい。放課後に屋上で待ってるから』
これはカツアゲの典型だ。
最初に一度お金を出してしまうと、金払いの良いカモとして見られて離してもらえなくなる。
今野も例に漏れず、新藤グループに丁度良い金づるとして認定されたわけだ。
それまで言いなりだったが流石の今野もここまで言われ、ついに逃げる決意をしたらしい。
だが覚悟を決めてダッシュするも、失敗。
足の遅い陰キャな今野が新藤先輩から逃げられるわけもなく、すぐに捕まった。
そして逆鱗に触れ、そのまま顔面を殴られた――わけではないらしい。
「え、じゃあその顔の怪我は?」
俺が聞くと、今野は涙目で言った。
「これは、逃げようとした時に転んだだけで」
「新藤先輩に殴られたわけじゃないのか?」
「先輩にはお尻を蹴り上げられたのと、リュックを殴られただけ」
「……」
俺と夢衣は顔を見合わせ、なんとも言えない表情になった。
どうやら、流石の新藤先輩もひ弱な後輩の顔面にパンチを食らわせるほどの化け物ではなかったらしい。
いや、カツアゲも十分卑劣だとは思うが、てっきり顔の惨状は新藤先輩の物理攻撃起因かと思っていたから拍子抜けと言うかなんというか。
若干ほっとしたと言ったら怒られそうだが、そんなところだ。
「それで、金の要求は断れたのか?」
「いや、それが……明日の放課後まで引き延ばせただけで、まだ」
「どうするんだよ」
流石に俺はそこまであからさまないじめターゲットにされた事はないため、頭を捻る。
と、そこで夢衣が口を開いた。
「なんにせよ、渡しちゃダメだよ。キリがないから」
「で、でも」
「どうにかするって」
言いながら策はない様子の夢衣。
彼女も新藤先輩とは関わりたくないのかもしれない。
元の仲は知らないが、屋上であんな現場に居合わせたら誰でも嫌になるだろう。
俺は俺で考える。
相手は新藤先輩を含めた三年生の集団。
金を取られないことが目的であり、なんならそのまま二度と絡んでこれないようにする所までが重要だ。
となると、明日の金渡しを乗り切ればいいという話ではなくなる。
いや待てよ。
この問題、根っこはかなり単純なのでは?
俺は今野に聞く。
「明日、対面で渡すんだよな?」
「も、勿論だよ。屋上に出向かないと渡しようがないし」
「じゃあその場を押さえれば、証拠も押さえられるわけだ」
別に恐れる事なんてない。
正々堂々、正義の下に権利を行使すればいいだけだ。
俺の言葉に夢衣は頷く。
「まぁ確かに、その場を写真に撮って脅しのネタにでもすればいいわけだし。こんなの大事にしようと思えばいくらでもできるし、最悪今のご時世SNSで拡散するぞって圧かけても効果あるんじゃない?」
流石は黒髪ギャルだ。
悪知恵を働かせることに関しては一級だし、毎度言う事がえげつない。
綺季の時と同じ手法である。
だがしかし、今回はそんなあくどい事に手は染めない。
あくまで正面から。
俺達はただ先輩に金を渡すだけでいい。
「夢衣、それだと俺達にも非が生まれるだろ。SNSで勝手に拡散なんてしたら肖像権?とかが問題になるんじゃないか?」
「じゃあどうすんの?」
これは今野のためだけじゃない。
俺のためでもあり、この学校にいる全ての被害者達のためだ。
「こういうのはどう?」
俺は考えた作戦を二人に話した。




