【幕間】暮れは戦場煩悩も洗浄
「オーガさん!まって!どこ行くの!」
「違いますよ、この白菜モドキなんで私に持たせるんですか!お陰で挟まってすり抜けられないんですけど!もう空飛んでいいですか?!」
「オーガさんそこまで器用に操れないでしょ!私後輩の中身が空から降ってくるとか嫌だよ!」
「そう言ってるうちにどんどん遠くにオーガちゃん行っちゃいますよ!」
「ハモォヌちゃん救出!行ってきて!荷物持っとくから!」
暮れの商店街は戦場である。いや、比喩ではなくて本当に。
ハモォヌちゃんからの荷物を預かって、オーガさんを救出しに行ってもらうことにした。
暮れの商店街はまさにかきいれ時で、色々なものが安くなっているものだから目移りすること、野菜だってもう欲しいものは買い終わったのにあそこの八百屋の方が大きいだの煮込んだら美味しそうだの。これから海月館へ戻らなければなければならないのに、商店街の最初の方で買ってしまったことを物凄く後悔している。
商店街を通った方が近道だから、と思っていたがこんなんじゃ普段の倍かかる。甘く見すぎていたよ。
今年はギルドの方から依頼が来たので、年明けは海月館でやろうという話になった。こういう時ぐらい親に連絡でもしたいのだが、いかんせん連絡先が分からないな。…うん、諦めよう。薄情だとは思うがあっちはあっちで宜しくやっていることだろう。
私達は野菜を買ってくることを約束したので、野菜をできるだけ買い込んでうちに帰りたい。だが、思うように前に進めないし、すれ違う人に申し訳なくなってくるほど荷物が膨れ上がっている。ごめんよ、これは素敵な筋肉たちの糧になるから許していただきたい。
この年明けの集まりではユイーナちゃんも呼んだのだが、ホントぉは行きたいんですけどぉ…!行きたいんですよぉ…!でも親の集まりに付いていかなきゃぁぁぁぁああうえあえええというお返事をいただいた。お嬢様も大変だな。没落したら拾ってあげよう。でもなぁ、あの執事さんがいる限りは安泰だろうなぁ。
「ナミラさんこれ、魚どうする?魚っていう話は出てなかったよね。ギルドの人達肉しか言わなかったし。」
「買いましょうよ!魚がないと始まりませんよ!」
「どういう事だよ。」
「いやなんとなくっすけど。」
とりあえず刺身用に買っていこう。この時期ならピンク色の身の魚がめっちゃ脂が乗っているから買うならそれがいいだろう。でもそのまま生でも美味しいけど少ししゃぶしゃぶするか。そうすると温かいしそれに脂もちょうど良くとろけて口の中に広がる脂が堪らんのよ…!おっと、考えただけで涎が。
もうこれは特製のタレを作るしかないな、ポン酢っぽいのがベストだ。カルパッチョみたいなのはどうも好かない。酸っぱすぎて、少し苦手だ。
薬味のネギも買っておこう。そうだな、青ネギがいい。辛味がない方が食べやすいだろう。
「ミキレイさんあっちの八百屋で青ネギ買ってきて!あっ遠い!なんか遠くにって転んだ!」
「まじかよこんな所で転ぶとか迷惑極まりねぇな!」
「しっそんな事言わないの!」
でも分かりました!という返事が聞こえたので青ネギは多分大丈夫だ。ナミラさんもいつの間にか魚を買ってるし。ていうかそれでかくない?ちょっと一本とか想定外何ですけど。え?なんで貰っちゃったの?貰えるものは全部もらっとこう精神なの?おもくない?
「ぱいせーんオーガちゃん救出しました!」
「もうやだむりむりむりひとごみなんてきらいだあとさむい」
「オーガさん瀕死の状態じゃんかよ…早いところ帰って下ごしらえして年明けの準備すんぞ!」
「ミキレイちゃんはどこ行ったん?」
「消えた。」
「へぇー」
おいそれでいいのか、友の消えた宣言にそんな反応でいいのか。でもあれか、ミキレイさんこっちに来てるから見えたのかな?
私達はようやく商店街を抜けて、海月館に帰ってくることが出来た。長く苦しい戦いだった…
中に入ると、暖炉の前でぬくぬくとしているガルバディストさんがいた。くそぬくぬくしやがって。私達は寒い中商店街に行ってきたというのに。
「おう、帰って来たのか。」
「どうも、ぬくぬくしてますねぇ。」
「そういうなよ、肉は確保したぞ。」
「ガルバディストさんさすが、さすが特級ハンターですわ。」
「それ、厚い手のひら返しってやつだろ。」
この間ミキレイがナミラに言ってたぞ、とのこと。おいナミラさん。ちょっと前世的な言葉遣いをやめなさい。ガルバディストさんが学習しちゃうから。
「クレイモアさんは?」
「あぁ、バーの奴らと先に何かやってから来るってよ。」
「でも来てくれるんですね。よかった、食材ちょっと買いすぎかなと思ったんですよ。」
「若いヤツらも来るなら平気だろ。」
ガルバディストさんは庭の裏手を親指でクイッと指さして、捌いておいたぜと爽やかに笑う。一体どんな大物をかってきたんですかねぇと言いたいところだが、捌いてくれたのはありがたい。
正直少し、大きい獲物を捌くのは苦手だ。何故なら二の腕まで肉の塊に挟まれるほど手を突っ込まなければならないからだ。前にでっかい鶏を取ってきたが、その鶏の解体も途中で気持ち悪くなって業者の人に任せてしまった。それからはよっぽどの緊急事態でない限りは調子にのって大きい獲物を狩らないことにしている。慢心ダメ絶対。
庭にある肉を見てみると、牛肉に近い肉の種類のようだ。これはあれだな、ステーキ以外の選択はなさそうだな。でもこのぐらい大きいんだったら庭で丸焼きにした方が早いな。新鮮だし、加工でもないし、それに中が少しレアでもそれが美味しいみたいになるんでない?
それでみんなにフォークとナイフもたせておけば完璧だよね、手間もかからないし。
あぁそうだ。女性ハンターさんとオーガさんの強い希望によりスイーツを作ることになっているんだった。
今から作るなら大量生産が可能なクッキー…いや。頑張ればババロアも行けるぞ。
「おじゃましまぁーす、ナナセちゃあん!クッぺの実玄関に置いてあったから持ってきたわよぉ!」
「あ、ありがとうございます!助かりました。」
「それ業者に頼んだんですね。買わないなぁと思ってましたけど。」
「うん、人多いから業者の人に頼んじゃった。送料取らないっていうし。」
今日もバラのようなふんわりとした花びらスカートな真っ赤なドレスがお似合いですね。あとそのスカートから出たスネ毛が軒を連ねている生足も素敵ですね…
「うふふ、じゃあん!得意先から貰った高級酒よん。みんなこれ飲んで乾杯しましょうねぇん!」
「もう…酔っ払ってますよね?」
「こんなの酔っ払ったうちにはいらないわよぉ。」
そうだよね、まだ男言葉になってないものね。まだ元気そうだから絡み酒してくることはないだろう。
さっき届いたクッぺの実の状態を見る。今年も悪いことが起こらないといいなぁ。
このクッぺの実は年越しそばのようなもので、年が変わる頃に食べるものだ。魔力が通っているこの世界でも稀な植物で、この世界ができた頃からあるという何処かにある世界樹と連動しているのだとか。…お伽話何じゃないかと言われているほど世界樹はもう確認されていないけど、世界樹を探しに行く人は後を立たないらしい。
それでこのクッぺの実は、魔力が通っているので不思議な力があるらしい、その人の来年の運によって味が変わるらしい。
甘かったらその年は幸運。甘酸っぱいなら変わりなく。酸っぱいだけなら不運。辛かったら自分にとって不幸なことが起きる。
知られているのはこのぐらいだ。他にも味があるかもしれないが。そういえば、この海月館を譲り受ける事になった年のクッぺの実は、とんでもなく甘かったような気がする。
実際、幸運が私の元に訪れた。騒がしいが、それと同時に落ち着くのだ。この幸運のツケが来年は回ってこない事を祈るしかないと思うのは、少し贅沢と言われてしまうだろうか。
さて、年明けの準備をしなければ。年を開けるのにつきものは豪勢な料理だ。やらなければ行けないことは山ほどあるのだ。




