師弟愛など存在しない
――――先輩に続いて大広間に入ると、そこはまるで別世界だった。
だだっ広い空間の壁付近に並べられたたくさんのテーブルには、それぞれの国が自国の良さを猛烈にプッシュした渾身のお料理がずらりと並んでいて、ものによっては傍らに料理人がついて、それがどんな物なのか説明してくれているようだった。
馬鹿みたいに大きなシャンデリアが吊るされた馬鹿みたいに高い天井はどうやら天窓になっているようで、パーティーの様子をぴかぴかうつしながらも外の雲一つない星空を透かして惚けるほど綺麗だ。
これが『王家直々に開催した催し物のパーティー』なんかでなかったらどれだけよかったろうと私は思う。
そう。王都で開かれる立食パーティー、それすなわち公の場、それすなわちドレスコード。
周りの人々は、男女共々しっかり、フォーマルな服装を守ったうえで己を飾りつけている。
大会参加者の中には自らの強さや、所有する装備の上等さを押し出した服装の人もいることにはいるけれど、パーティーで浮かないような見せ方はちゃっかり心得ているようでまったくもって悪目立ちするようなことはないようだった。
まったく、どいつもこいつもバッチリめかしこんでルールやマナーを守りやがっているから、ここ大広間じゃ、どこを見ても堅苦しいったらありゃしない。
「まったく。みなさん揃ってかっちりこってりめかしこみやがってからに。あっちもこっちもギンギラギンのキラッキラじゃないですかこんにゃろー」
なんて私がブツブツ文句を言っていると、隣から諭すようにくぐもった声が聞こえてきた。
「仕方ないよ、王家が直々に開くパーティーなんだし、やっぱり礼儀はわきまえないと」
そして、何を隠そうこのくぐもった声の持ち主はミキレイちゃんである。
なんでも、探検から帰ってきたハモォヌちゃんが持ち帰ってきた持ち主不明の甲冑の頭の部分をかぶせられて、取れなくなってしまったとか。
「うん、…………君それすごいシュールだけど大丈夫? ていうか、その格好でそんなこと言われても全然説得力ないよ」
「えぇ……? いや、うん。言われてみればそうなんとけど………………不可抗力だもん。しかたないよ」
そう言ってため息をつくミキレイちゃん。
当の加害者であるハモォヌちゃんは、取れなくなった当初こそ「いやぁ、まさか取れなくなるとは思わなくって……。まじゴメスだわぁ」とか申し訳なそうに謝っていたけれど、今となってはミキレイちゃんのことなんて視界にすら入っていないようで、謎の胡散臭い民族衣装的なものを着て堂々としているナミラちゃんと「タダメシじゃー!!」とかなんとか言って騒いでいる。ちなみに、ハモォヌちゃんは……否、ハモォヌちゃんも、ドレスコードを知ってか知らずか普段着のままパーティーに臨んでいる。
まったく、みんなしてろくでもないったらありゃしない。こんな人たちとこんなところに来たくなかったよ私は。
「……オーガちゃんに言われたくないんだけど」
「他人のひとりごとに一々反応しないでほしいんだけど」
「うん、ごめん……。あの、これ聞いていいのかわからないからタブーだったら本当に申し訳ないんだけど…………」
「それ、何をイメージした衣装なの……?」と、ミキレイちゃんが戸惑いを隠せない様子で訪ねてきた。
まあ、無理もない。なんせ私が着ているのは、いつもの黒いローブと、そのへんの露店で買った猫と狐の中間みたいな動物のお面なんだから。
「えっとねー」
「うん」
「私見つけたら勇者よってくんじゃん?」
「うん」
「私のこと『師匠』って呼ぶじゃん?」
「うん」
「勇者の師匠とか言ったらみんなめっちゃ寄ってくるでしょ? それが嫌だから、こんな自分でも引くくらい適当な仮装パーティールックで来てるわけよ」
「ちなみにこのお面のキャラは闘技場のイメージキャラクター『バトルくん』のお面だよ。シブイ顔してたから買ってみた」とくそまじめに説明してさしあげると、ミキレイちゃんは苦い笑いでその場をごまかし、「おいミキレイ!」と呼ばれるが否や、これ幸いとばかりにナミラちゃんたちの方へと引き寄せられていった。
残された私がおいしそうなものを探してキョロキョロしていると、唯一無難に着飾っている(ドレスでなくタキシード的な感じなのはご愛敬)先輩がそそくさとこっちによって来る。
「ねぇ、やっぱみんなも着替えた方がいいんじゃないかなこれ」
「ホントその通りですよ。てことで、とりあえず先輩は帰って鏡見直し生まれ直しましょう!」
「なにそれ!? それってつまり生まれもったものがもうダメってことだよね?!」
「何がいけないの? 顔? 顔がいけないの?!」とぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる先輩に「うわぁ、変な人だぁ」みたいな目線をおくると、先輩はようやく自分が公の場で騒ぎ立てている恥ずかしい人だと思われているのに気がついたらしい。カッと頬を赤くしたかと思うと、すぐさま黙り込んで恥ずかしそうに顔を伏せた。
ていうか、「変だから着替えろ」だなんて言われてもここでずこずこ帰って着替えて戻ってきたらそれはそれで変だろうし、いうなれば、すでに手遅れじゃないかなと思う。
「あ、私ちょっとあっち行ってきますね」
「あ、あれ? オーガさんそっちにはデザートしか置いてないけど――行っちゃったよ」
そうして私が向かった先は、いわずもがな甘いものばかりのデザートコーナーだ。
各自ご夕食をお召しになられているレディース・アンド・ジェントルメンの方々は、パーティー開始からそれなりにたっているというのに、いまだテーブルマナーにのっとってメインディッシュと格闘しているらしい。いや、私にはこっちのがメインディッシュだから、主観的にはそう変わらないのかもしれないけど。
スタート地点でゲットした白くて丸くてピカピカのお皿に、とりあえず食べれそうなスイーツを片っ端からのせていく。「太る」? 「料理が食べられないかも」? 「大食漢とかはずかしい」? 気にしない、気にしない! 人間食いたいもん食っときゃ存外なんとかなるものだ。医術に魔法が絡んでいるこの世界では、むしろ食べたいものを我慢するストレスの方が厄介なくらいだし。ちなみに私は体質的に太らない勝ち組である。
「えーっと、トリュフ、生チョコ、ジャンドゥーヤ、ロシェ、プラリエ、チョコケーキ……なにこれ、この町ずいぶんチョコ推してるんだけど」
「今度行ってみよう」とつぶやいてまた狩り(スイーツ漁り)にもどる。
つまみ食いしながら端から端までコーナーを総なめした結果、お皿は大小さまざまのスイーツでうめつくされて見えなくなってしまった。
このままじゃまだ見てないたくさんのスイーツを追加することできないので、いったん壁によっかかって食させていただく。
「…………うま」
「師匠?」
うまっ。なんだこれ甘い。生クリームがこってりしすぎてないのは高得点だな……こっちは杏仁豆腐っぽい……? いやでもパンナコッタって言われたら納得する感じだな……。間をとって牛乳プリンってことで。おお!このチョコはなんかお高い感じ。こっちは駄菓子っぽいコーナーからとってきたけどやっぱこれはこれでいいよね……。
「師匠!」
あ!! このカップケーキは神だな。焼いた人にお目にかかりたい……。こっちのシフォンケーキはめっちゃしっとりで食べてて幸せなんですけど……。てか、やっぱマカロンって素晴らしいよね……。この着色料たっぷりな見た目に反する深い香りとまろやかな甘み……。食感……。あ、やばいアイスとけるから先に食べなきゃ。
「師匠ってば!!」
「んだよさっきから師匠師匠うっせーな消し飛ばすぞ」
「申し訳ありませんでしたッ!!」
見下ろす先には光の速さで土下座をかます勇者の姿。……あ、これめっちゃ目立つパターンじゃん。勘弁してよ……私今からアイス食べるんですけど……?
「あの勇者が頭を垂れる……だと!?」
「もしや、勇者を更生させたと噂のお師匠様はあの方なのでは?」
「そういえば、先程勇者様が『師匠』とお呼びになっていらっしゃったわね」
「いや……でも……少しばかり背が」
「もしあの方が『師匠』様であられるなら、『師匠』様は我々が想像したよりずっと小柄な方だったようですね」
「師匠!!あの……」
「うるさい……。あのねぇ、私今からアイス食べるから、野次馬黙らせてくれない? ついでにアンタも黙れ。それと、ここでは目立ちたくないから師匠って呼ばないでくれる?」
「了解でっす!!」
「あ、あの……」
ついに我慢できなくなったのか、十五?六?歳くらいの女の子が恐る恐る声をかけてくる。
「なんでしょう?」
「えっと……その!」
女の子は顔を赤らめこう言った。
「私と踊っていただけませんか……!!」
「は?」
ん? いや、ちょっと待って? 先輩じゃあるまいし私にそういう趣味は――なんて混乱したのはほんの一~二秒で、すぐに男と間違われてるのだと気付く。
まあ、あの勇者の師匠だもんねそうだよね。顔も体形もお面とローブで見えてないし、背が低くて地声が低めなのでたぶん他種族の、見た目ショタ、中身青年的な感じの人なんだと勘違いされてるのだろう。……だったら目立たないためにこれを利用しない手はないよね?
具体的には、『偽の師匠像』を作り上げ、私に視線が行かないようにする作戦だ。うまくいくかな……?
「すみません。今日は踊りに来たわけではないので……」
ああ、こんなに芝居がかった声の出し方すんの何年ぶりだろ。なんてどうでもいいことを考えながら丁寧なお断りの文句をつらつらならべる。心持ち低めの声でかっこよく!! を意識して説得を続けると、女の子は納得してくれたようでぺこりとお辞儀して去っていった。
勇者の人払いが利いたのか、まだチラチラとこちらを確認してくる人はいるものの周りにいた野次馬もすっかり消え去っていて、これでやっと安心してアイスが食べられると思い、お面を少し上にずらしたところで今度は事の発端である勇者が声をかけてくる。
「し……オーガ様!!」
「様はいらない」
「え……オーガ?」
「呼び捨てとか論外なんだけど」
「……」
アイスを食べながら適当にあしらっていたら涙目で何もしゃべらなくなってしまったので、「オーガさんでいいよオーガさんで。つかなんですぐそれ思いつかないよ」と一言突っ込んでゆるしてあげることにする。
「オーガさん」
「何」
「お久しぶりです」
「うん、久しぶり」
「元気ですか」
「まあ」
「…………」
「ならよかったです」と、勇者はぼそっと呟いた。横目で見ると、勇者はうつむいてむっとしているようだった。……勇者の背が私よりかなり高いからうつむこうがなにしようがはっきり顔が見えてしまうのである。なんか見てはいけないものを見てしまった気がするが不可抗力だし、許されるだろう。
「なに? 例の女の子にフられでもしたの?」
「あ、わかります?」
……若干めんどくさいコイツの愚痴を聞きながら頬張る甘いものも、たまになら悪くないかなとちょっと思った。別に親切で聞いてあげるとかそういうのでは断じてない。師弟愛なんてこれっぽっちも感じないし。ただの気分だ。
「さっきオーガさんが断ってたあの娘ですよ!!」
「マジか」
……気分とはいえ長引くのは勘弁してほしいけどね。




