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文化部員は転生したらしい。  作者: 冬鬼
5:闘技場編
37/40

【幕間】今世で補う男運

番外編シリーズとの差別化のため【幕間】となっております!!

12/7 誤字脱字修正いたしました。

「うわぁ、何ですか? これ」


 オーガさんが厨房の床を見て顔をしかめる。まあ、私も初めて見た時はそんな顔したけどね。


「うーん、ワサビの抜け……鱗?」


 私はその抜け鱗をほうきで掃きながら答えた。このミルキーグリーンを見るかぎり、間違いなくワサビの鱗だろう。なんだかうまれた頃よりは色が濃くなっているような気がする。

 ワサビったら、木の実ばっかり食ってるくせに体重も増えてきたし、この調子でいけばいつか私たちが乗れるくらいの大きさになるかもなぁ……


「高く売れそうっすね」

「この金の亡者め」


 私が皮肉ったにもかかわらず、ナミラさんは「試しにミキレイになんか作らせてみよーぜ!」と集めた鱗を拾っている。多分、洒落にならない値段になって逆に怖くなると思うけどなぁ。作るのは自由だけども。


 ところで、ワサビは人間に理解のあるドラゴンで、しかも協力的なだが、なぜだか誰も攫いに来たことがない。

 商店街にも普通についてきて、けっこう人の目にふれているのにも関わらず、怪しい人がここに来ることもなければワサビのことを根掘り葉掘り聞くような人もいない。


「あっ、ドラゴンじゃーん」

「しかも幼龍? めっずらしー」


 ぐらいの感じで見てくる人しかいないのだ。さすが永世中立国。のほほんというか、抜けている人が多いような気がするし、ワサビもそのことに関しては少し複雑そうな顔をしていた。

 曰く、こんな可愛いのに珍しげに見てくるだけでそれ以上はないのね。可愛さにやられちゃってさらおうとしてくる輩がいてもいいものだけど。


 こんな事言ってるけど、私としては、何も無い方がありがたい。平和なのはいいことだし、ワサビは荷物持ちやってくれるし、今ではすっかりバーの看板ドラゴンだし。


 姉御肌のワサビは悩みを聞くのが得意なようで、生まれた頃から早熟だなぁとは思っていたけど、スナックのママかと言うぐらい人生経験を積んでいそうな事を言うのだ。おじいさんでもおばあさんでも、若い人でも、だれでも分け隔てなく接するワサビだが、なぜかオーガさんにはあまり近づかない。


 仲が悪いわけではないらしい。普通に話しているし……というより、オーガさんとワサビは話が合うほうだと思う。それなのに、どういうわけか必要以上に近づかない。

 ハモォヌちゃんや私の頭には遠慮なく乗るくせに……あ、でもハモォヌちゃんの頭にはあまり乗らなくなった。髪が伸びてきてチクチクするらしい。


 気になりすぎて我慢できなくなったので、オーガさんのことについてワサビに聞いてみた。すると、ワサビはなんて言おうかしらねぇ、と唸りながら首を捻り、言葉を選びながら教えてくれた。

 よくわからない魔術だとか気だとかオーラだとか、復活だとか糧だとか。そんな小難しい話をされて、なんとなく要約したら、オーガさんの近くにいるとなんか闇落ちしそう、というような事らしい。

 私の理解力が足りないのか、はたまたワサビの説明が難しすぎるのかわからないが、とにかくうまく理解できなかったのでそうなのかーへぇーと返したら、ワサビに呆れたような目で見られてしまった。あんた分かってないでしょと。


「まったく。これだから人間のガキは嫌なのよ」

「いや、そんなこと言われても」

「……まあ、でも、これぐらいのがちょうどいいのかもしれないわね」


 ワサビはそう言うと、パタパタと小人のおじいさんの住んでる木に飛んでいってしまった。


 まぁ、オーガさんと仲悪いわけじゃないならいいんだ。それにワサビの言ってたことわかるような気がするし。あれでしょ、オーガさんの近くにいるとドMになりそうって話でしょ? え、違う?


 そんなこんなで集まった鱗をちりとりに入れていると、オーガさんが上の階からのそのそ降りてくる。あいかわらずの社長出勤にため息をつきながら今日こそ一言言っておかねばと近づくと、オーガさんの周りに黒いもやもやした煙がたっているのに気づいた。おっかしいな、魚でも焼いてたかな?


 なんとなく手で扇いでそれを払おうとするけど、その煙はオーガさんに執着してるように離れない。もしかしてこのローブは洗濯時なのか? でも変な匂いもしないよなぁ……。


「先輩、そろそろやめて上げてください」

「ごめんね、うっとおしかったね」

「いや、私は別にいいんですけど」


 流石に往復ビンタはちょっと、よりにもよって先輩に、とかわけのわからないことを言っているオーガさんを何も言わずに凝視していると、オーガさんは奥の部屋で整体の仕事をしているナミラさんに呼ばれていってしまった。その時にはもう黒いもやもやは無くて、代わりに私は自分がかぼちゃパイを焼いていたことを思い出した。


 今日はユニイーナちゃんのお屋敷に遊びに行く日なのだ。このかぼちゃパイは手土産である。

 ほんとに料理教えるとか、呼び出されたとかそんなんじゃなく、遊びに行くだけ。


 昨日、朝ポストを見たらやたらと上等な封筒に入ったいい香りのする手紙が入っていた。蝋印は剣と杖がトレードマークの王家の紋章ではなく、右と左を向いた双頭の女性の、見た事のない紋章だった。


 海月館、と宛名に書いてあったので間違いはないと思うが、誰あてだろう。みんなに見せたところ、この紋章はユニイーナちゃんの家のものだとわかったのである。


 書かれていた内容を要約すると、『寂しいから、遊びに来てちょ』とのこと。


 今はそんな忙しい季節でもなく、一番多い客層のギルドの皆様は秋の遠征に行っていて、悲しいことにお客がまばらだ。

 だから休んでも困らない。そうして暇していた私達は、ユニイーナちゃんのお屋敷に遊びに行くことになった。


「なんか、このお屋敷にかぼちゃパイを持って行って良かったのかな。せめてもうちょい考えれば良かったよ……」

「もう家の前です、諦めましょう」


 立派なお屋敷に持っていくものを間違えただろうかと今更後悔して、でも引き返すのも面倒くさいので中に入った。

 するとそこにはいつぞやの執事さんが待ち構えていて、私たちをユニイーナちゃんの部屋に案内してくれた。


 白く塗られた扉と、お盆の時売られているカラフルな砂糖菓子みたいな形をした金のドアノブ。


 ユニイーナちゃんは立派にお嬢様をしてるらしい。執事さんが去ったあと、一応おじゃましまーすと言ってがちゃりと開けると黄色のワンピースを着た物体がこっちに飛び込んでくる。


「うぉおおおおみんなあぁぁああ会いたかったよおお」

「あー、はいはい」


 みんなは慣れた様子であしらう。その姿が可哀想だったので胸に飛び込んでおいでと両手を広げるとあ、先輩は良いです。と断られてしまった。

 ついに恐れていた後輩全員が私を敬わないという事態に陥ってしまったようだ。


 解せぬ、という気持ちを抱えながら仕方なく両手を下ろす。寂しくなんか無いんだからねっ、と言ってみるが誰も突っ込んでこない。ただひたすらに虚しいだけだった。


「私、どこで先輩の姿勢を間違えたんだろう……」

「髪型じゃないですか? ハゲろ」

「眼鏡じゃないですか? 割れろ」

「次ミキレイちゃんじゃない?」

「えっ、えー……存在じゃないですかね?」


 ついには存在まで先輩としての姿勢を間違っていると言われてしまった私の心は既にブローケンンハートである。ただでさえ純ガラス製の繊細なのに、ここまで集中砲火してくるとは、知ってたけども。


 しばらく談笑を楽しんだあと、いきなりユニイーナちゃんが思い出したように暗い顔をしてこう切り出した。


「……実は私、結婚させられそうなんだよねぇ」

「え? 今何歳?」


 思わず聞き返す。ユニイーナちゃんはみんなと同じ十六だったはすだ。


「十六っすね」

「……早くない?」

「いやぁ、一応名門ですからねぇ、ココ。身分の高い人って早いうちに結婚すんのも可笑しくないんすよ。この前知り合いも十三で嫁ぎましたよ?」


 十三……中学に入る頃か。ちょっと遅めの光源氏計画でもするのか相手は。


「親からどうしてもって頼まれたから仕方なくなんすよ。嫌なら断っていいって言ってるんですけど、でも、この人と結婚したら家がさらに成長するっていう確信があるんですよ」


 でも、流石に絵姿だけ見て、決めるのは嫌だと言った。

 みんなはやめておいた方が良くない?と口々に言い合っている。


 それもそのはず、ユニイーナちゃん、前世ではすこぶる男運が悪かったのだ。今はどうかわからないが、男に泣かされているイメージが強いのでみんな心配していっているのだろう。


 ユニイーナちゃんの判断に委ねるべきだとわかってはいるものの、相手の名前を聞いて私は顔を曇らせた。職業柄いろいろな人と話しているので情報が入ってくるのだが、ユニイーナちゃんの口から出たのは、あまりいい噂を聞かない男爵の名前。女遊びの噂が凄いのと、聞く限りでは、性格が私の嫌いなタイプらしい。基本的に好き嫌いは言わないようにしているが、こればっかりははっきりと嫌いだと言おう。


 親のスネをかじりまくってるくせに親の権力を後ろ盾にして女を侍らす病気持ちは嫌いです。


 まぁ、噂だけどね。でも三人ぐらいのお姉さんが言ってたから多分本当なんじゃないかと思っている。


「ユニイーナちゃんはやなんでしょー?じゃあ言えばいいじゃないのぉ」

「だって、だって、家の繁栄の為とか……」

「話を持ってきてるだけでお父さん無理にしなくていいって言ってるんでしょ?」

「ううううぅー」


 机に伏せてしまったユニイーナちゃんをしばらく鑑賞していると、勉強机らしきところにお見合い絵姿があった。めくってみると、そこにはとんでもない情報ばかりであった。


「なぁにこれぇ……」


 え? 男爵じゃなくて辺境伯? ……絵姿も随分と話に聞いてたのと違うんですけど? 領地の場所も有り得ないだろこれ。ここ、公にされてないけど複数のギルドで管理されてる、ドラゴンが毎回産卵しにくる危険地帯で保護地帯だぞ。


「ユニイーナちゃん、お父様って今何してるの?」

「今っすか? 今は出張してますけど……」

「これは誰が持ってきたの?」

「ドアの隙間から入ってきたんですよ。それに挟まれてた紙に父からの手紙が挟んであったんで……」


 そこっす、と指の指された先の封の切られた封筒からは、趣味の悪い香りが漂っていた。いや、香り自体はいい物なのだけどいくらなんでも付けすぎだ。


「ユニイーナ偉い」

「えっどうしたの急に」

「よく自分だけで考えないで呼んでくれた。偉い」

「お前にしては良いアイデアだ」

「だからどうしたの急に?!」

「じゃあちょっと用事思い出したから帰るね。また来るよーあ、これ貰ってくね?」

「えっちょ」


 そそくさと部屋から出て、バタンと扉を締める。近くにいた見回りの警備員が不審気な顔をしたけど気にしなーい。


 そもそもやり手そうな家令さんがこれを見逃すとは思えないなぁ。一応これ見せておくか。


 出口まで向かう途中、家令さんに会えたのでそのお見合い絵姿を見せると露骨に歪んだ表情を見せた。なんだこれ、とでも言いそうな顔である。もしかして、見覚えがない?


「なんですかな、これは」

「ユニイーナちゃんの部屋にあったんですけど」


手渡すと家令さんがはらぱらとそれをめくる。読み進めていくほど、顔が険しくなっていく。読み終えた頃には笑顔になっていたが、あれ、おかしいな寒気がががが


「海月館御一行殿、お嬢様の身に危険が及ぶ前に教えてくださったことを感謝致します」

「いえいえいえそんな滅相もございません!」

「では、私は少し急ぎの用が出来ましたのでこれで。お見送りできず申し訳ありません」

「はい、お邪魔しました……」


 ユニイーナちゃんのところの家令はハイスペックじーちゃんであったことが判明した。過去が気になるところである。きっと若い頃やんちゃしていたんだろう。


 後日、ユニイーナちゃんからまた手紙が届いた。どうやら結婚の話が無くなったらしい。そして、父親から当分嫁にやる気はないぞ! とも言われたらしい。これからは結婚できるか不安になってきたとのこと。まぁ、家族仲いいことはいいことだね!


 サドガルマゾで家令さんと再会し、元ギルド長だと聞かされるのはそれまた少し後の事だった。



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