十五cmの探偵と端艇。
私はアクトゥル森林の手前の方にある川で、野菜と果物を冷やしていたのを取りに行く所である。この季節は手の込んだものでなく、冷やした果物や野菜を切った物や凍らせた物が売れるんだ。手が掛からないしとっても楽だ。
アクトゥル森林でオーガさんにあって、ナミラさんに会った。それからもう一年が過ぎている。そう考えると、何となくアクトゥル森林と私は、縁があるのかもしれない。
カラカラカラカラ、と音を立てて引いてきた、なんも入っていない台車を果物と野菜を乗せる。
少し重くなってしまったが、坂がないからそんなに苦ではない。
最後の果物を乗せようとした時、葉っぱで作ったボートに人形が乗ってきた。ふふふ、こんなことするのはロリしかいない。一旦どんなぱつきん緑目幼女が『いってらっしぁい』とか言って送り出したのだろうか。きっと、四歳か三歳ぐらいだろうな、それがいいな。
考えるだけで興奮してくるようなシチュエーションにしばらくそのボートを見つめていた。その船は段々と岸に寄ってきて、やがてぴたりと止まって、そして人形が降りてきた。
人形が降りてきた。
なんてこった、人形は小人だったってのかよ。
そしてその小人は私に向かって歩いてくる。……なかなか来ない。気のせいか疲れているようにも見える。私にしたら二三歩だが、小人にとったら遠いのだろう。私はその人に向かって歩いていった。
「おお、助かったよ。悪いね、もう若くないもんで。」
「いえいえ、ところで、貴方は小人…ですよね?」
いるというのは知っていたが、見るのは初めて…というより、大半の人が見たことが無いと思う。
小人は普段地中や木の幹の中などに住んでいて、人には姿を見せることは無いという。家に住み着いたらその人達は幸福になるという、座敷童子みたいなものかな?
そんな小人が、一体、何なのだろう、小人が姿を見せるなんて、しかもこんな人里に近い森で。
「そうだよ、まぁ、一つ善行をすると思って俺を助けてくんねぇか。」
それより声が若も…んん、なんでもない。でも、銃を使いそうなNo.2っぽいんだ、本当に。
私はその小人を台車に乗せて、海月館に帰ることにしたのである。
「と言うことがあってね、話を聞こうと思って。」
「じーちゃんお茶飲む?」
「お、悪いねぇ。んんー…こんなもんを人間は作ってんだなぁ。」
ナミラさんは本当にお年寄りに優しい。やはり、おばあちゃん子だからかな?
じーちゃんはミキレイさんが作った、木の実をくり抜いた即席のコップをから口を離して、話始めた。
じーちゃん曰く、職業は探偵をしているらしい。書類整理をしていた時に、ノックもなしに入ってきたと思ったら血塗られた札束を持った男が現れたらしい。
これはなんて事件だ!とじーちゃんは顔を強ばらせたらしいが、その男はあ、ワイン零したんだ、と照れたように笑ったという。じーちゃんはその時はがっかりしたね!と笑った。
それよりも、とじーちゃんは話を続ける。
…今の話す必要あったかい?
じーちゃんは真剣な顔をした。これは、真面目な話だ、とこくりと息を呑む。
「実はな、薬の材料を探しててなぁ。」
じーちゃんは深刻な表情をして語りはじめる。
それは、思ったよりも、本当に深刻だった。
「娘がなぁ、病気なんだよ。それもただの病気じゃなくて、小人にしかない、小人ならではの病気なんだなぁ、これが。」
努めて明るく話そうとしているその姿は少し、痛々しい。
声が震えている。あぁ、やめてくれよ、本当にシリアスなのは苦手なんだよ。
「小子人病って言って、俺たち小人の身体は元からちっさいのに、さらにさらに小さくなっちまうんだ。」
じーちゃんは両手を広げて、それを狭めていく仕草をして教えてくれる。
それは、大変だ。
こんなに小さいのに、これがさらに小さくなってしまうというのなら、きっと私達の肉眼では見ることも叶わないだろう。
「小さくなるだけならなぁ、いいんだよ、発症したのを放っておくとなぁ、」
ぱちん、と音を立てて、手で音を鳴らした。じーちゃんは手を広げてひらひらとふる。
「なんも、なーんも無くなっちまうんだ、何もなかったみたいにな。だからなんも残んねぇんだなぁ。墓に入って眠らせることもできねんだ。」
じーちゃんは手で顔を覆う。
もう時間がねんだよ、もうすぐで消えちまう。
俺の娘が消えちまう。
じーちゃんの話を聞くと、話を引き受ける他に選択肢はない。私は出来る限り材料を集めてじーちゃんに渡そうと思う。
冷えたシャクシャクしている果物を食べていたオーガさんが、口を開く。
「それで、何が必要なんです?」
「…ドラゴンの鱗だ、それも幼竜。この時期もうドラゴンの繁殖期は終わってる、運良く見つけられたとしても母親が子供を守ってるんだ、近づけるわけがねぇ。」
…………………あら。
「ちょっと、なんでそこで濡場なのよ。違うでしょ、ナガイティールが何もせずに抱きしめるところでしょ。今日はもう帰れって。」
ビシビシとハモォヌちゃんの頭を叩く。生まれてきた頃よりも太くなった尻尾で。
「えぇーそれじゃあホシティオスは帰った後…ん?…ナガイティールを想って自分を慰め…うへへへへ」
〆切が近いらしく、離れたところで原稿をやっていたハモォヌの頭の上にはワサビが乗っている。
…少し大きくなったが立派な幼竜である。
「一枚でいいんすか?」
「ああ、十分だ。一枚あればあと何十年は小子人病なんざへっちゃらよ。」
ナミラさんは俯いているじーちゃんに向かって聞くと、ワサビのところに行って鱗をプチッと取った。
あ、随分あっさりだね。ワサビもワサビで髪の毛抜かれたーみたいな感じですね?
「じーちゃん、ほら。」
顔をあげて、ぽかんとした顔をする。
「……おいおい、こいつぁ一体、俺は、どんな夢を見てるんだ…?」
いきなり目の前に出された鱗に涙を落とす。じーちゃんは私達に何度も何度もお礼を言って、大事そうに鱗を抱えて帰っていった。
帰るときは地中に潜って帰って行った。…まさか、じーちゃんにあんな力があるとは思わなかったよ。
高くジャンプしたと思ったら、回りながら勢い良く地面に穴を掘ってったんだもの。
まぁ、小人に対するか弱くて可愛いというイメージが少し変わっただけである。
その次の日、じーちゃんが娘を連れてやってきた。娘さんはなかなかの美人さんで、小人というよりは妖精のような人だった。
よかった、こんな美人さんを救うことができたらしい。ふふ、きっと小人の男達から感謝されるな。
そして、私達はそれからもう会うことはないだろうなぁ…と思っていたが、何故か庭でちょこちょこ見かけるのでまた探し物かと声を掛けた。そうしたら衝撃の事実を知ることとなる。
「これから宜しく頼むぞ、お隣さん。」
じーちゃんたち一家は、私が洗濯物を干す時に紐をいつもくくりつけている木に引越してきたということであった。
でも、小人秘伝だというスパイスを教えてもらったから、家賃は取らないことにする。
まったく、心優しい大家でよかったな、じーちゃんよ。




