理不尽貴腐人御襲来。
「レベッカ・ウラン・マフィメトス、私の名前ですわ!」
「アーハン?」
「なんか変な人来ちゃいましたね。どうすんですか。」
目の前にいる、ベルサイユみたいな目をした女性が、南国の鳥の羽で作ったような扇をばっさばっさと扇いでいる。後ろにはお付きの者たち、というような人達がぞろぞろとついてきていた。
お客さんたちがなんだなんだ、というような目で見ている…あぁ、てっきりこっちを見ているのかと思ったら違うようだ。
ナミラさんが寝ているおじさんのサスペンダーを、ギリギリまで伸ばしているのを見ているだけか。
ちなみにその人は自警団に務めているそこそこ偉い人だよ、だからサスペンダー付けてるんだよ?
出来ればばっちんとなって怒られる前に離して…え、なんかばっちんてならないんですが、伸びきってるように見えるんですがそれは……どうしよう、おいくら万円で許してもらえるだろうか。
ナミラさんが鳴らない、空気しか出ていない口笛を吹き始めた。もう遅いぞ。
「私がここに来たのは理由がありますの。」
「そりゃあ理由がなきゃ来ませんよね。」
「しっ、オーガさん。気持ちよく話させておくのよ!」
突然まわりに大輪の花が見えた。幻覚かと思ったら、お付きの者たちが持ってるだけだった。なんだ、幻覚じゃないのかよかった。
そこから、レベッカお嬢様の一人舞台が始まったのであった。カッ、とお嬢様がスポットライトに照らされて、そして、いつの間にか海月館も暗くなっていた。周りの人達は、今度こそ興味深そうに、面白そうにニヤニヤと笑っている。
「私が、運命の転機を迎えたのは、ほんの、二年前でしたわ。」
歩き始めたレベッカお嬢様を、スポットライトが追っていく。
「庶民の暮らしを見るのが好きな私は、ある本屋に入りましたの。お父様お母様から与えられる本はどれもこれも、頭も肩もこりますわ。そんな時、見つけましたの!許されなかった、私の青春!」
手を広げて天を仰ぎ、恍惚とした表情を浮かべ、自分を抱きしめるレベッカお嬢様。
「店の隅にある小さな一角、そこにありましたわ。理数のススメ〜数学教師の罠〜…これを見た時、頭を殴られて、なんだか目が覚めたような気分でした!」
晴れ晴れとした表情を浮かべたレベッカお嬢様。
「少し官能的なのも、胸が熱くなり、読んだ後は空中に行き場のない手がさ迷いました。ほのぼのとした、ひたすら二人が幸せなのも…読んだ後は悟りを開いたような気持ちで、心が洗われたような気がしましたわ…!」
それ、心が汚れかけてますよ、とは誰も言わなかった。
見てるのがちょっと面白くなってきた時、レベッカお嬢様は突然、よよよ、と倒れ込んでしまった。
「それなのに、それなのに!もう随分と、新刊を出していらっしゃらないじゃないの!私、私に青春を与えて下さった方がどこかお加減が悪いのではないかと、心配で心配で…!」
「愛されすぎだね、ハモォヌちゃん。」
「キャッ」
「いいなーハモォヌ玉の輿じゃん。」
それを聞いたレベッカお嬢様がバッ、と顔を上げハモォヌちゃんの方に向かってきた。そして、両手を握り熱く語りはじめる。
「あなた様が永星の騎士でいらっしゃるのね!まぁまぁまぁまぁ!こんなにお若いのに、私に青春を与えてくださって、本当に感謝していますわ!」
「いえいえーそんなーこちらこそお手に取って頂いてありがとう御座いますぅ。」
ハモォヌちゃんが外面…もとい他所行きモードである。確かに読者さんだものなぁ、しかも、名前の長さから言って、お貴族様だ。本名はこれよりも長いのだろう。
「永星の騎士様、お身体のお加減は宜しくて?私、心配で夜もあなたのことを思っておりますの。」
「すごいね、ハモォヌちゃん。熱烈な告白だね!」
「あー…でも今、スランプ中で…」
「まぁ! 」
絵描き、物書きなら誰もが陥るであろうスランプ。その時には文章の書き方が変わったり、絵柄が変わったりとするものだと聞いているが、ハモォヌちゃんはどうなのであろう。
「ハモォヌちゃんさ、でも途中まで書いてたよね?見せてくれる?」
「中途半端ですけど…」
ハモォヌちゃんは自分の部屋に行き、原稿用紙を二三枚持ってきてくれた。何だ、ちゃんと書いてるじゃないか。
さて、今回のシュチュエーションはどんなものかね?
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ホシティオスは、離れたくないと言った。数学教師の背にすがり付き、普段は話さない胸の内を語る。
貴方のその少し意地悪なところも好きなのだと、揚げ足を取るような言い方だって、その唇から紡がれる、生徒に向けての敬語混じりの話し方も好きなのだと。
数学教師は、すがり付いてくる恋人を、どうすればいいのか分からなくなっていた。自分は既婚者であると、ホシティオスも知っていたはずだ。
それなのに、どうしてここまでのめり込んでしまったのだろう。
底無しの沼に落ちて行ってしまうように、彼との時間の楽しさは、底が見えなくて……むしろ、こちらまで、と、引き込まれていく様な気さえした。
なんで、ここまで彼が愛しいのだろう。なんて、彼との時間はこんなにも穏やかに過ぎていき、息苦しさを感じないのだろう。
男同士だから?結婚生活に疲れたから?それとも、単純に傍に居たいだけ?
立っている自分の腰に手を回してきているホシティオスの大きな手に、自分の白い手を重ねる。
びくり、と大きな体ごと、ホシティオスが揺れた。
大きな手を撫でさする。大きくて、自分よりも力が強いのに、自分の頼りなさげな背にすがりついてくる。
チョークしか握っていないような自分の手に、大きな手が被せられ、強く握ってくる。
なんで、どうして、幸せにはなれないのだろうか。
そんな想いが、強く握られたに込められていた。
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「ペロッ…これは、シリアル!」
「シリアスだよナミラさん。」
思った以上に瞑想しているのか、今までの書き方とは違うもの過ぎて、どうすればいいのか分からなくなった。
「うぅ…!」
突然、呻き声が聞こえたと思ったら、レベッカお嬢様が泣いていた。ど、どうした飴ちゃん食べるか?
レベッカお嬢様はお嬢さまらしいふりふりのレースがついたハンカチで目もとを拭う。
「私、私、待ちますわ!こんな素晴らしい作品を書かれているのですもの、それがわかっただけでも…!」
ぐずぐずとしだしたレベッカお嬢様を、お付きの者たちが運んでいく。あれ、結構扱い雑なんですね。
「ハモォヌちゃん、がんばんねぇとなぁ。」
「そうですねー…」
ハモォヌちゃんは困ったように笑っていたが、どこか嬉しそうだった。
多分、自分の作品が好きだと言ってくれる人に会えて、少し元気をもらったのだろう。頑張れハモォヌちゃん。
それから、レベッカお嬢様は度々海月館にやってくるようになった。お付きの者たちも料理やお酒を頼んでくれるので、有難い。
レベッカお嬢様が来た時に毎回行われる一人舞台が楽しみな、今日この頃である。




