【番外編】杖は剣よりも強し
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今日は杖のコア、ペリドットを取りに行った。
いつもの様に「おひとり様」。みんなでわいわいするのもなかなかだけど、やっぱ一人のが気が楽だからね。
戦闘に関してはいくらコントロールが戻ったからと言って細かいのは面倒だし苦手だから近くの人を巻き込みかねない。集中しないと固形物が残らないくらいオーバーキルになるから、採集のクエストの時とかはよく先輩に怒られる。
ちょっとでも気を抜くともうダメで、この前徹夜明けで船漕ぎながら戦って全員ずぶ濡れであちこち切れたり焦げたりしたのはまあちょっと申し訳なかったかな。うん。ごめんねみんな。
他に書いてみるとあれだね。調子乗ってたら竜巻に先輩巻き込んじゃったり魔物にチョコレート取られてキレかけたらミキレイちゃんの刀が融けたり、風邪ひいたらハモォヌちゃんがストレートヘアになったりゆで卵の歌で吹いたらナミラちゃんのメガネが粉々になったりとかがあるけどほら、こういうのって不可抗力だから。私悪くないし?
で、ペリドットの洞窟だけどちょっと寒すぎた以外は特に何もない普通の洞窟だった。肝心のペリドットもしっかり手に入ったし。ラスボス的なのをスルーしたら追いかけてきたからめんどくさくて火力高めで魔法ぶっぱなしたらちょっと入口壊しちゃったけど直しておいたから問題ないと思う。うん。なんとかなるよね!大丈夫大丈夫!!
そう言えば私達もうみんな成人してるんだよね。こっちの成人は16歳。先輩と出会った当時は15歳だった私達だけど、今はもう16歳でお酒も飲める。お酒は弱いから飲まないor強くて酔わないからあえて特筆するほど面白い事は起こらないんだけど。ちなみに先輩はもうじき17歳になるよ。そして私はさっき事故って飲んじゃって頭クラクラするね!!だから飲むの嫌だったのに!!前世でもお酒にはいい思い出がないなー。
で、明日は杖を完成させようと思うよ。めんどくさいけど、何とかなるよね………………?
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お酒なんて飲むもんじゃありません。てか、あれ本当に飲み物なの………………?
「うっわぁ、あれですよ、これ完璧二日酔いじゃないですかやだー。死にそう。」
今私は昨日の私を真面目に叩き潰しに行きたいレベルの二日酔いに見舞われている。頭痛いしグラグラするし気持ち悪いし、事故で一口二口酒を飲んだだけなのにこの仕打ちは何なんだろうか。しかもなんかよく分からんけど眠い。
そんな風に悶々と考えながらソファーでグロッキーになる私にグラスに入った水を差し出しながら先輩が切り出す。
「大丈夫かい?オーガさん。てか、あれ二口三口でよくあそこまで酔えるよねー。終始ニコニコしててものすごく怖かったよ。あ、そう言えば昨日オーガさんを訪ねてきた人が居たんだけど、なんかスライムハンドクリームくれたから貰ってみた。」
スライムハンドクリームってのは最近貴族の間で流行ってる今最もホットなハンドクリームの事。
スライムのクリームってのは遮熱性が有ったり防水機能が有ったり傷の回復が出来たり、勿論保湿の効果もあるから元々はちょっとお金に余裕のある冒険者を対象として作られ始めた物なんだけど、それをもっと緻密に計算して最大限効力を引き出したり着け心地を良くしたりってのをめちゃくちゃ頑張ったのがスライムハンドクリームだ。これは冒険者用のクリームと比べてもかなり高価で、冒険者と言うよりかは貴族用に作られている。
スライムの加工は難しいから作れる人も限られてるし、人に渡せるほど簡単に手に入れられるのは隣の変人国(正式名称は長いから忘れた)の王都住み位のもんだ。だとすると心当たりは一つしかない。
「あー先輩、その人右手に指輪3つとか着けてませんでした?」
「え?あー、そう言えば着けてたかもね。知り合い?」
「………………まあ、そんな所です。」
多分、私の実の親だろう。私を貴族に預けてガチムチ国とは反対側の隣の国(さっき言った変人国)の王都で働いている。………………どうやってここに住んでることを知ったのだろうか?大方モノクル関係だろうけどちょっと怖い。
「どうしようか?このハンドクリーム。多分すごい高いやつだよね?」
「あ、それ皆で使っていいですよ。私保湿クリームベタベタするから好きじゃないんですよ。」
「あれ?でもスライムハンドクリームってベタベタしないので有名だった様な………………。」
薄い本の執筆が一段落したのか、ソファーの方からハモォヌちゃんがのそのそやってきてスライムハンドクリームを取り上げぶつぶつ言い出した。
すると、どうやら暇だったらしいナミラちゃんまで面白がって寄ってきて会話に参加し始める。
「なんだハモォヌ良く知ってるじゃないか。流石ハンドクリームユーザーなだけあるね。」
「手がガサガサなんですぅ。」
「これ、隣の変人国で作られたやつですね!!スライムクリームの本場ですよ!!」
どこから湧いてきたのかミキレイちゃんまで現れてスライムハンドクリームについて語り始める。
変人国…………そう言えば、なんだか語弊が起きてるんじゃないかと心配してた事があったっけ。この機に言っておこうかな。
「あ、変人国と言えば………………勘違いしてそうで心配なんで言っておきますけど、あれですよ?この腕輪売ってたエディさんの言ってた『隣の隣』って、前行ったガチムチ国から見た隣の隣であってこの国から見るとガチムチ国の反対側の隣ですからね?ガチムチ国が右隣、変人国が左隣です。その変人国がエディさんの国ですね。」
「そうなの!?」
「へー。」
お客さんが少ないからか皆すっかりよって来てしまった。わいわいがやがや、カオスの香りが漂い始めてこれじゃいつになっても作業が始められそうに無かったのでミキレイちゃんを拉致してさっさと工房に引っ込む事にする。
「ちょっ、オーガちゃん引っ張り過ぎ…………っと、ぐぁぉうっ…………痛い痛い痛い!!」
切実に痛みを訴える叫び声に自然とジト目になった私は多分悪くない。廊下に出て三秒も経ってないってのに流石というかなんと言うか………………。
何があったのかは多方予想がつくけど一応振り返ると、ミキレイちゃんの服の端っこが廊下の装飾的な物に引っかかり、服が引っかかってこれ以上進めないのに私が思いっきり引っ張ってるもんだから首やらなんやらが潰されそうになっていた。しかもコケてるし。
「そこに服引っ掛けるの何回目?馬鹿なの?ワカメなの?」
「17回目だよぉ。あと馬鹿じゃないよ!!ワカメは否定できないけど………………。」
「はいはい。先行ってるよー。」
「酷い!!あーこれもう切るしかないな………………。」
「裁縫係の仕事増やさないでくれないかな?」
立ち去ろうと歩き始めたら切るしかないだなんてのが聞こえて来たので衝動的に振り返って叫ぶ。「うぇええええ?」なんてのが後ろから聞こえて来たけどスルースルー!!一足先に工房に入って定位置で待っている事にしますかね。ちなみに裁縫は暇な人がやる事になっていて年中暇そうな私に押し付けられることが多い。手縫いなら別にそこまで嫌いでも苦手でも無いからまあ良いかと思ってる。
私は別に特別速く仕上げられる訳でも綺麗に仕上げられる訳でも無いんだけどみんなはそれで十分に満足らしい。私も実はちょっと楽しんでるし一石二鳥ってところかな。
ミキレイちゃんの工房は本館(的なもの)に渡り廊下で繋がった離れ(的なもの)をそのまま使っている。
この離れは元々保存食とかを入れておく倉庫だったんだけど、倉庫と厨房を毎回重い物持って行き来するのがめんどくさいからと倉庫を厨房に近い所に移転してちょうど空部屋だったのでミキレイちゃんの工房にする事になったのだ。断じて押し付けた訳ではない。
初めは微妙な広さで微妙な使い勝手のそこを持て余し気味だったミキレイちゃんだが、ある段階からいっそ吹っ切れたらしく棚やら何やらを作りまくってゴチャゴチャしたいい感じの空間に作り替えて、割と高い頻度で引きこもっては傷だらけになって出て来るようになった。
片付けられないし捨てられないタイプのミキレイちゃんが使う工房は案の定いつ見ても散らかっていて、片付けろと言っても片付けないのは明白なので仕方ないから誰かが手を入れてやるしかない。私は手伝わないけど。
まあ、なんにせよ彫刻刀の転がった床で雑魚寝出来るミキレイちゃんの神経は少なくとも私には理解できない。
扉を開けると中は案の定埃っぽいので魔法で窓を開けておく。見た事があるような物や何に使うのか想像もつかない物が床にゴロゴロ転がっているが私が持参した定位置であるロッキングチェアだけは不可侵の領域となっている。まあ、「触ったら丸焦げにするからね?」とまで言われてどうこうしようとする方がおかしいだろう。
ロッキングチェアに座ってぎしぎし揺れながらしばらく待っていると私疲れてますオーラをバンバンに醸し出しながらよろよろとミキレイちゃんが入ってきた。
とりあえず何があったのか尋ねてみると、「いやぁ、まあ、うん。色々あった。」と返ってきた。それでまぁなんか聞いたら長くなりそうだなめんどくさいなぁと思ったので「へー」とだけ言っておいた。
「えーっと?後はコアをはめるだけだったっけ?」
「そうそう。頼んどいたやつちゃんとやってくれた?」
「え?あー…………うん!多分出来てるんじゃないかな!昨日の夜急いでやったから実は全然記憶が無いんだけどね!!」
「何それなんか不安しか無いんだけど。」
「大丈夫だよぅ。この辺に置いておいたと思うんだけどなー………………えーっと、どこに入れたかなー…………あ!これ!!こんな感じになったんだけどどうかな?」
ミキレイちゃんが部屋の壁中にある棚やら引き出しやらを探し回って引っ張り出してきたのは握りこぶし程の大きさの綺麗にカットされたペリドット。昨日帰って来てすぐ、ミキレイちゃんに採ってきた原石を渡して「見栄えが良くなるように切ったり磨いたりしといて。大きさは杖に合わせて、でも出来るだけ大きい方がいい。でもってどんな形にするかとかはめんどいから君のセンスに任せる。」と頼んでおいたものだ。え?
「へー、まあ、及第点かな。」
頼んだ相手がミキレイちゃんだしあまり期待してなかったんだけど、想像していたよりはずっと綺麗に仕上がっていた。
ミキレイちゃんは杖の柄の方を探しながら「よかったよかった」とへらりと笑い、「で、これどうやって杖に付けるの?」と尋ねてきた。
「魔法で適当になんとかする。」
「うわぁすっごい適当。」
「適当ですが何か?」
私が答えるのとほぼ同じタイミングで柄の方が見つかったらしい。渡された柄を受け取って左手で支え、右手かでコアを杖の天辺、二匹の蛇の頭あたりに軽く押し付ける。
魔法で大切なのは端的に言うと『結果を出来るだけリアル想像する』事らしい。前世でも想像力だけはやたらと褒められた私だから何となく、魔法は出来て当たり前のことが出来ているだけみたいな感じだ。
深呼吸をしてコアと柄が触れている部分を食い入る様に見つめていると、不意にコアが光りだして柄に彫られた絡まった二匹の蛇が緩んでコアに絡みつき、固まる。何が起こったのかというと、まあ柄がコアを取り込んで杖になったってので合ってる。
固唾を呑んで見守っていたミキレイちゃんが、杖の変化の後もピクリとも動かない私に痺れを切らしたのか「完成?」と声をかけてきた。
「完成!やっとできあがりだね。」
「え、………………え?終わり?」
多分だけど、今まで相当長いこと杖作りに付き合わされた割に最後の作業があっさり終わったから実感が沸かないのだろう。面食らった様な顔をするミキレイちゃんが面白くて思いがけず笑わされてしまった。ちょっと悔しい。
「長いことありがとう。」
完成した杖を先輩達に自慢するため酒場の方に移動する。ミキレイちゃんはまたもや廊下の装飾に引っかかっていたが今度こそ本当に完無視してバーに向かった。後ろから声が聞こえてきたがあやつは既に用無しなのでどうなろうが知ったこっちゃない。
酒場に戻るとみんな持ち場に戻っており、先輩だけがカウンターの向こう側で鼻歌を歌いながらぼんやりしていた。
「あ、オーガさん。杖できたのー?」
「できましたよ。これです。」
完成した杖を先輩に渡すと、先輩は手に持った杖を見てくるくると回転させ、色々な方向から杖を見て「へー、良く出来てるねー」と言った。
「まあ、これだけ時間を掛けて頑張りましたからね。」
「だよねー。」
のったりした先輩の声を聞いていると、次第に日常と二日酔いと眠気が舞い戻ってくる。
「て事で、私は寝ます。」
「え?…………え?寝るの?」
「寝ます。昼食には起こしてください。」
「了解したよ。じゃあ、おやすみ?」
「おやすみなさい。」
部屋に戻って飛び込んた布団はいつもと欠片も変わらぬ柔らかさで死ぬほど落ち着く。
実のところまだ午前中なのだが、やたらと眠かったので目を瞑ると3秒程でするすると意識は下って行った。
「今年はやけにモノクルが来るのが遅いな」だなんて考えながら、私は眠りについた。




