二人目とbigな鶏
オーガさんが来てから、大体二週間ぐらいが過ぎたときのこと。
オーガさんにはお酒を作っている私の横で、グラスを磨いたりしてもらっている。
そして、お菓子を食べたり、お菓子を食べたり、お菓子を食べたり……いや、ちゃんと仕事はしてもらってるよ? ただ、常にお菓子を食べてるだけで……ね?
最初はオーガさんにウェイトレスでもやらせてみようかと思ったのだが、接客業をしているところを想像できなくて無理だった。……お客様に不快な思いはして貰いたくないのでウェイトレスはやらせないことにした。奴は絶対にお客様は神様ではなく金づる精神だ。ろくなことになる気がしない。
今日は暖色を使ったカクテルを作ろうと思い立ったので、森に行って新しい材料を探して、その帰りに街によって晩御飯の材料を買おうと思う。
食堂を経営していたときにあった材料は全て両親が持って行ってしまったらしく、今家にあるのは日持ちのする物ばかりだ。これじゃ今夜の夕飯が干し肉と干し肉と干し肉になってしまう。
一人で行くのも寂しいし、オーガさんでもつれて行こうか。なんて思い、声をかけてみる。
「オーガさんや、ちょっと一緒にお使い行きません?」
「えー、めんどくさい。でもお菓子作ってくれるなら良いですよ……ちょっとバター多めのが良いです」
「はいはい、バターは森に行ってから買おうか」
ソファーでだらけた格好をしていたオーガさんも、なんだかんだ行ってくれるようで安心した。ここに住むと落ち着いてからは、基本外出時以外ローブなしで生活している。フードを被っていたからわからなかったけれど、彼女はモノクルを愛用しているらしい。縁は銀。蛇の装飾が施されている。……なぜ蛇か聞いたことがないので不明のままだ。
オーガさんは読んでいた本を閉じて近くにあったテーブルにおくと、先にいきますよ、と一階に降りていってしまった。
すれ違う人々に挨拶をしながら街の門を抜け、ガラナの実を取った森に入る。
最近知ったのだが、この森の正式名称はアクトゥル森林と言うらしい。いつも街の近くの森~とか、初心者の森~とか呼んでいたから、こんなかっこいい名前があるなんて知らなかった。
ガラナの実と同じく、入口付近に生えている細長い茎だけの植物をしゃがみこんでじっと見つめる。
これは不思議な植物で、人に見られば見られるほど、中を通っている液体が赤色に染まるのだ。液体が通っているのは茎の中なのでパッと見変わっていないように見えるが、茎を折ればその色の違いがはっきりとわかる。
オーガさんにやって見せてあげたら珍しく感心して、先輩もたまには役に立ちますねとかひどいことを言っていた。
ちなみに、これはそのまま舐めたら腹痛に襲われるけど、ちゃんとした処理をすれば着色料になるし、ほんのり甘い。
見ると透明の液体がオレンジ色や赤色に変化する事から、私はこの草のことをツンデレ草と呼んでいる。頭の中ですぐに擬人化してしまうのは悪い癖だ。
ツンデレ草をいくつか取って、持ってきた麻袋に入れる。そういえば、さっきからオーガさんが黙りっぱなしだ。どこか具合でも悪いのだろうか?
「……先輩、斧使えましたよね? あの大きい奴」
「あ、ああうん。父さんの友達にしごかれたからね」
小さいころ、父さんの友達にガタイが良いからという理由だけでハンマーや大斧の使い方を教えてもらったことがある。なんとなく使いこなせるようになると、魔法で大きさを変えられるハンマーや大斧をプレゼントされた。少し複雑な気分になったが、今でもそこそこ役立っているし、いい思い出としておこうか。
「なんだかあっちの方から足音が聞こえるんですよ。魔物と人間の。……なんとなく、助けに行かないといけない気がして」
私、先に行ってます。ちゃんと来てくださいね。そう言ってオーガさんはたたたっと森の奥に入っていってしまう。あ、危ないよ!そっちにはそこそこの魔物が――――
「クックドゥウウドゥドゥルルゥウー!」
手を伸ばしかけたとき、やかましい鶏がやかましい声で鳴いた。え、ちょ、私の知ってる鶏はこんな巻き舌で発音しないよ! さてはアメリカ仕込みの鶏だな?
そこにいたのは十メートルぐらいの鶏で、喉のあたりが膨らんでいる、そして動かない。なぜ動かないの!? 何事!? と思ったら、オーガさんが魔法で足止めしてくれているようだ。いや、それできるなら倒してくれちゃってもいいのよ……?
「先輩、鶏の頭を切り落としてください! 膨らんでるところ以外の位置でお願いします!!」
珍しくオーガさんが焦っているので、魔力をそそぎ、腰につけていた大斧を大きくしてふりかぶる。
久しぶりなのでどうかと思ったが、私の腕も斧もそこまでなまっていないらしい。鶏の首を切り落とすくらいならなんとかなるだろう。
「唐揚げ竜田揚げ照り焼きチキンフライドチキン焼き鳥、チキンピカタ!」
煩悩たっぷりに叫びながら鶏の首を切り落とす。頭を失った鶏はすぐにぐったりと身体を横たわらせた。大丈夫。君は私たちが責任を持っておいしく頂くことにするよ。なんて手を合わせて鶏に頭を下げる、すると首のあたりがもぞもぞしているのに気がつく。
え、気持ち悪っ! 何これ……もしかして食べた獣とか? それともモンスター? 生きてたら面倒だな……いや、でもオーガさんは斬るなとかいってたし……。
固唾をのんで見守る私たちの目の前で、鳥の首からもぞもぞしながら出てきたのは、なんと人間だった。
さだこみたいに這い出てきた。生きてる? てか、溶けてないのかな……蛇って骨を砕きながら飲み込むんだっけ? でもこの人元気そうだしなぁ……。
「っはー! 死ぬかと思ったマジで。もうふざけんなよー」
「軽ッ! え、ちょ、大丈夫ですか?!」
「先輩落ち着いてください、これ、見覚えありませんか?」
これ、と差されたオーガさんの指の先には、出てきた人間がいた。……髪型が真ん中分けのおろしっぱなし、しかもあまりにもワイルドな登場シーンだったから一瞬気付かなかったが、やたらとでかい胸を見るかぎり女の子のようだ。
よく見ると例の文化部の部員の一人を思い出させる独特のオーラを醸し出している。
女の子は自分が這い出てきた鶏の首に腕を突っ込んで黒縁の眼鏡を取り出すと、レンズを丁寧に拭ってから慎重にかけ、改めてこちらを見た。
「あれ、先輩じゃないすかー! 相変わらず変態っぽいっすねー!!」
「‥‥二人目っ‥‥‥!」
「これも運命と思っとけばいいんじゃないですか?」
がくっと、膝から崩れ落ちる。まさかの二人目だ。こんなに頻繁に転生させちゃっていいのかよ‥! 私になにしろっていうのさ、もしかしてこいつも引き取れと?
「……ぱい? 先輩? 生きてますか死んでますかそうですか。ナミラちゃんは行くとこがなさそうなので引き取っても良いですよね?」
「……いや、うん。良いけどさ…………」
「先輩大丈夫っすか?」
…………そうだね。お家の部屋も埋まっていってて万々歳だよ。得したよ。やったじゃないか私! ナミラさんには整体の仕事でもやってもらおう。この街で整体やってるのはうちだけだからお客さんの間でも評判になるかもしれない。
こうして、私はまた新たに仲間を手に入れたのだった。
11/8,12/7 誤字脱字修正しました。




