6. 美樹ちゃんは……
※ 2025/12/11 一部加筆修正済み
※誤字脱字報告ありがとうございました。<(_ _)>
◇ ◇ ◇ ◇
すっかりと晴れあがった、校舎の中庭の下段のベンチに三人は腰を掛けました。
いつしか烏がカーカーっ!と鳴きだして、空を旋回していました。
もうすっかり、雨は止んで空は夕焼け色に赤々と染まっています。
──それにしても北条君て男子は、お坊ちゃまカットの育ちの良さそうな子が現れたわ。
と、私はまじまじと北条君のそばを纏わりつきだしました。
まあ、細いけどシュッとしてカッコいい子ね。
もしかして桜花高校って美男美女しかいないのかしら?
ただ私が思うに、北条君は男子にしてはあまりにも痩せすぎでした。
半袖シャツから伸びた肘も手首もとてもきゃしゃで、ぱっとみは長身でボーイッシュな女の子みたいでした。
北条君が余りにもきゃしゃな体型なので、悪戯ぽく彼の体を貫通しました。
──わ、本当に細いわ~、うふふ面白い!
と私は北条君体をペロンペロンと、何度も交互に透明の体を通り抜けします。
人に触れられることはできない、でも空気のようにするりとできる貫通は意外や面白い。
なおかつ私は、北条君の平坦な体型をみるにつけて、何故か彼を丁寧に三つ折りに畳んであげたくなる衝動に駆られました。
それほど北条君のお腹と背中はぺったんこで、思わず畳んでバックに持ち運びできそうなのです。
痩せすぎの北条君の隣にいると、細身の織田君ですらムキマッチョに見えてきます。
◇
北条君は銀縁メガネのフレームを人差し指と親指で触れながら言いました。
「織田君さ、如何せん君は声が大きすぎるんだよ! こんな校舎の片隅で美少女とイチャついてると、君のファンがまた詩織ちゃんを虐めちゃうよ!」
「「?」」
織田君と詩織ちゃんは、彼の言葉を聞いて同時にびくっとなりました。
──はて?
織田君には女子のファンがいるの?
まあ、いわれて見れば詩織ちゃんへの横柄な態度はともかくとして、織田君の見た目は長身でアイドルみたいなオーラが確かにありました。
「北条、からかうのはやめてくれ! 知るかそんなミーハー女ども!」
大声だと北条君に注意されたばかりなのに、織田君は更に大声で叫びました。
「しぃぃ……だから……もう少し声を小さくしなって……」
北条くんが困惑して人差し指を口に当てて囁きます。
「あ、すまん……でも、そんな煩い女たちは俺にとって迷惑だ。大声だしたのは悪かったが別に詩織に怒ったんじゃない、俺はただ……詩織が未だに美樹のことばかり、しつこくいうからつい……」
「はいはい、僕は慣れてるからいいけど、詩織ちゃんはね。気を付けないと」
「すまん詩織」
「ううん……大丈夫」
詩織ちゃんは否定したけど下を向いたままです。顔色もどこか青ざめて見えます。
──変ね、何だろう?
さっきから何か府に落ちないわ。
わからない わからない。
のっぺらぼうの私は長いろくろっ首をゆっくりと傾げました。
すでに私は三人の横並びのすぐ眼の前にいるのですが、手をかざしても彼等には触れることはかないません。
透明人間のように、私の身体はただ彼等を素通りするだけです。
──ああ、少しでも触れることが出来たら、この子たちは私に気付いてくれるのかな?
私はどうにかして美しい三人に触れたかった。
でも……私のこの姿ではかないません。
それにしても、さっきから話題の美樹ちゃんはどんな女の子なのでしょう?
今、どこにいるのでしょうか?
三人の話からすると、この桜花高校にはもう在籍していないようだけど。
──これまでの話の経緯からすると、織田君は詩織ちゃんが好きで、詩織ちゃんは美樹ちゃんが織田君を好きだから、彼女に気兼ねして彼を避けている感じ……ですかね。
なんとなく恋愛三角関係だということは理解しました。
ただ、この三人と私との接点はあるのでしょうか?
わからない わからない。
三人は確かに見目麗しいが、彼等を間の辺りにしても、私には彼等の記憶が一切ないのです。
もしかしたら美樹ちゃんを見れば、記憶が蘇るかもしれないのかな?
◇ ◇
「とりあえずいいや。それより詩織ちゃんもいて良かった、二人に渡したいものがあるんだ」
「何だよ改まって、このキザ野郎!」
「あ、親友に向かってキザ野郎は心外だな。今度いったら二度と君に宿題ノートは貸さないよ!」
「う、それは困る、悪い……お前の……その銀縁がなんかキザっちいから、つい本音が出ちまった……」
「ノンノン、それ詫びてない、全く君ってつくづく傲慢だよね。そういえば美樹も僕をよく“キザ男”と貶してたっけ」
北条君はカラカラと笑った。
「二人は子供の時から、ガサツで野蛮で美的感覚が常に欠けてるんだよ──それより織田がゴミを捨てるなんて珍しいじゃないか、掃除当番すらサボりそうなのに……」
「さっきから、ごちゃごちゃうるせえな!いいから渡したい物ってなんだよ!」
「ククク……焦りなさんな」
北条君はすぐムキになる織田君の反応がとても楽しそうです。
「渡したいのはね、これ!」
彼がリュックバックから大事そうに取り出したのは白い光沢のある封書でした。
そのまま二人に手渡します。
「なんだ、これは?」
織田君は無造作に荒っぽく封書のシールをびりっと破って開けます。
それは二つ折りになっている何かの案内状でした。
開くなり、織田君の切れ長の眼が大きく見開きました。
「あ! おい北条、これって……」
「うん、美樹のお母さんから二人に一周忌の招待状を渡して欲しいと頼まれたんだ。場所は上杉家のH県の別荘。旅費は上杉家が持つって。式は午後からだから遅くなったら泊まりもOK。夏休みだし君たちにもぜひ来て欲しいと言ってたよ」
さきほどまで茶化していた北条君も、キュッと拳に力を込めて真剣な面持ちになりました。
「え?北条君、この封書は美樹ちゃんのお母さんから?」
「うん、そうだよ」
今度は詩織ちゃんが慌てて封書を開きました。
「あ……」
招待状の中身を見つめた詩織ちゃんの顔は蒼白です。
──え?
私も北条君の言葉に驚きました──。
美樹ちゃんの一周忌ですって!?
その後、北条君と二人の会話から、私は美樹ちゃんは既にこの世に存在していない女の子だと知りました。
美樹ちゃんは昨年の夏、別荘付近の湖で十六歳の若さで溺死していたのです。
※ ようやく物語が進みそうです。本当は前回で故人として上杉美樹を書くつもりが、北条君を遊ぶ幽霊描写が楽しくなって長くなってしまいました。
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