4. ときめく痛い心臓
※ 2025/12/11 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「痛い、離して!」
明智 詩織といわれた女子は、織田君に肩を掴まれて本当に痛そうです。
「あ、悪い……つい……」
織田君はグッと掴んでいた両手をすぐに離しました。
よほど、彼女に行ってほしくなかったのでしょうか。
私はこの機を逃さずに? ススススッと滑るように、二人のすぐ傍まで近づきました。
しめしめ、これで二人の会話が良く聞こえます。
のっぺらぼうだけど、何故だか両耳はありました。
うん、明智詩織ちゃんは姓が覚えづらいので、ただの詩織ちゃんと呼びましょう。
「詩織、悪かった、ゴメン!」
織田君はついやっちまったと思ったのか、深々と頭を下げました。
「さよなら」
詩織ちゃんは、おかまいなしに織田君を無視して踵を返します。
「待ってくれ詩織! ほんの少しでいいから、俺の話を聞いてくれ」
「話すことなんてない!」
──わ、冷たい!
詩織ちゃんは、けんもほろろです。
「そんな頼むよ、教室の窓から詩織が見えたから、俺、慌てて降りて来たんだ!」
「…………」
どおりで『校舎内は走るな!』ってあったけど、織田君は階段を飛ぶように駆け降りてましたもんね。
私はのっぺらぼうなのに思わず、ウフフとほくそ笑みました。
◇
「なあ、詩織、俺たち以前のように仲良くしようよ、俺、お前に無視されるの一番堪えるんだ」
「…………」
詩織ちゃんは背を向けたままです。
でも足は止まりました。
そのまま水飲み場には歩いて行きません。
「詩織、お願いだから俺を見てくれ!」
「!?」
そういうなり織田君は、詩織ちゃんの正面に移動しました。
「あ?」
詩織ちゃんの菊人形のような冷淡な顔は、ようやく織田君の顔を見つめました。
シトシト シトシト……小雨は銀の糸のように、空から降り落ちてきます。
キラキラ、キラキラと見つめ合う二人。
織田君の薄茶のサラサラヘアは、雨でびっしょりと濡れていました。
毛先から雨の雫がしたたり落ちていたけど、おかまいなしに詩織ちゃんを見つめています。
どうやら織田君は詩織ちゃんの顔に見惚れたのか、顔が緩んで頬も赤くなって見えます。
それほどまでに銀の小雨は、詩織ちゃんの上向き加減の大きな瞳を美しくけぶらせていました。
──いやあ~この女の子、本当に綺麗な顔をしてるわ!
私はろくろ首のようにぐいっと首をのばして、詩織ちゃんをじっと凝視しました。
濡羽色のオカッパ髪はしっとりと白肌にくっ付いてはいるけれど、私とは違って気持ち悪くない。とっても綺麗です。
透き通る白肌はまるで水蜜桃みたいでした。
『ふ、こんな詩織の顔見たら、ついキスしたくなっちゃうね!』
──え?
初め、私は織田君が詩織ちゃんに呟いたのかと思ったら……
いいえ違いました。
その声は女の子だったからです。
どこからともなく、女の子の声が?
ドキン ドキン! ドキン ドキン!
その途端、私の胸は急に心の臓が鳴って猛烈に痛くなりました。
──痛……いたたた!
何、この刺すような痛みは!
あれれ~何なのよ、ズキン ズキンって!
幽霊には心臓はないはず。
なのに心臓が痛いって……何故なの?
どうもさっきから何かが変です。
私たちの他にも誰かが見つめているような……
桜花高校に来てからというもの、私の回りはおかしな現象が多々起きています。
まあのっぺらぼうの私が一番おかしな現象なんだけど……。
私は徐々にですが、人間と同じような感覚を体で感じていました。
学校まで来る道中は、楽しく水遊びをしながらも柳の枝のように、ただ風に揺られながら、ひらひらと、体が浮いているような無重力の感覚だったのに……
雨の冷たさや、ひりつく胸の心臓の痛みまできて分かりました。
今では土を踏みしめている両足の重力の重さすら感じています。
──あ、でもさっきの耳元で聞こえていた女の子の呟きは?
そして──。
この心臓の痛みは、何故なのでしょうか?
私の心の中は「何故?」と疑問ばかりで一杯でした。




