31. エピローグ・爽やかな湖畔の風にのせて(後篇)
※2026/1/23 最終話エピソードタイトル変更&画像貼りつけ
※登場人物紹介
◇ 女子高生幽霊(私)………湖の精霊の女王
◇ 上杉 美樹………桜花高校一年時、湖で溺死し現在は御霊となる。
◇ 明智 詩織………同高校二年生 美樹の親友
◇ 織田 海斗………同高校二年生 美樹の幼馴染
◇ 北条光………同高校二年生 美樹の従兄
◇ 上杉 京香………美樹の母親
◇ 上杉 エリック………美樹の父親
◇ 北条 武士………美樹の叔父 光の父親
◇ ◇ ◇ ◇
結局、美樹ちゃんは、私と同じ乙女涙の湖を守護する精霊になりました。
本来、人間の御霊はあの世に旅立つのですが、美樹ちゃんの場合は精霊女王の私に偶然とはいえ、憑依したため現世に留まってしまったのです。
精霊にも寿命はありますが人間のように短命ではなく何百年と生きます。
それでも人魚たちもいつかは湖の泡となって、一生を終えるのです。このたび、私が新たな精霊の女王になれたのも、以前のセレーンが湖の泡となって天に召されたからでした。
新しくセレーンとなった女王の権限として、人間の御霊を精霊にすることはたやすいことです。
その旨を伝えたところ、美樹ちゃんは二つ返事で了承しました。
そして美樹ちゃんはブルーアイズをきらきらと輝かせて、興奮気味に言いました。
(精霊さん、願ってもないよ。あたし、泳いでいる時が一番楽しかったんだ。実は子供の頃だけど、ここで潜ってた時に人魚をみたんだ。すぐにママとパパにも知らせたけど信じてくれなかった。──いつしかあたしも、あれは夢だと思ってすっかり忘れていた。でも、御霊になってこうして、精霊さんと出逢えて夢じゃないって分かった。あたし、こんな早く死んだのは悔しいけど、もし人魚にしてくれるならずっとここでママたちを見守りたい!)
──まあ、美樹ちゃん、それは驚いたわ!
人間には精霊は視えないはずなのに……やっぱりあなたは何か特別な力を持った子供だったのかもしれないわね。
(そうさ、あたしは子供の頃からイケてたからね!)
──まあ、たいした自信だこと!
私たちは大笑いしました。
◇ ◇
その夜、わたしたちは湖に潜りました。
私は美樹ちゃんに、碧い鱗とエメラルドの尾ひれを与えました。
美樹ちゃんは自分の人魚の姿に感激して、夜中中泳いでいたので疲れ果ててクークー寝てしまいました。そのせいで、詩織ちゃんたちが日記を見た時はいなかったのです。
でも美樹ちゃんはわかっていました。
自分の日記を読めば、詩織ちゃんと織田君はきっとうまくいくと。
その通り二人はお付き合いを始めました。
そして同じ大学に入り、在学中に結婚したのです。
大学卒業後の翌年に詩織ちゃんは、玉のような女の赤ちゃんを産みました。
◇ ◇
時は流れて、十何年目の夏──。
雲一つない快晴の青空、鏡湖は連峰の山々が水面に映り、さながらエメラルドブルーの世界一色です。
美しい湖畔は夏の観光客でにぎわっていました。
昼下がり、乙女涙の島の浜辺で水遊びをしている長身の男性と女の子が遊んでいました。
女の子は白と青の水玉模様の水着を着ていて六、七歳くらいに見えます。
「パパ、みてみて、またザリガニとれた!」
「あ、本当だ、ミキはザリガニを獲るの上手だね」
「うん!これで七匹目」と素手でオレンジ色のザリガニを自慢げに見せます。
「あ、いいなそのポーズ、ミキ、そのままこっち向いて笑って!」
と男性はカメラのシャッター音を切りました。
「うん、いい笑顔だ!」
カシャカシャとシャッターの音が鳴る度に、ザリガニを持った女の子の顔についた水がキラキラとはじけて陽光に輝いています。
その時、二人に向かって歩いてくる初老のご婦人がいました。
「光!ミキちゃんの帽子を忘れたでしょう!」
湖の白い家からビーチサンダルをはいた女性は京香さんでした。
「ああ叔母さん、すみません!」
「ダメよ、こんな暑い日に帽子を被らせないと、小さい子は熱中症になるわよ」
「そうだね、うっかりしてた」
光と呼ばれた男性はあの北条君でした。
銀縁メガネは変わらずですが、北条君の顔は口のまわりと顎にもヒゲを生やして、すっかりとお兄さん、いやイケてるおじさん風になってました。
高校時代は折って畳たくなるくらい痩せてた体も、男らしくがっちりした体格になって、大きな一眼レフのカメラを首からかけていました。
◇
北条君は大学卒業後、フリーのネイチャーカメラマンになりました。
カメラマンになったきっかけは、一周忌に飾ってあった美樹ちゃんの水中写真でした。
北条君は何枚か、水中カメラで美樹ちゃんを被写体にして撮っていたのです。
その写真を一周忌に見たあるジャーナリストが、地方新聞に載せた所、話題となり新聞社が主催した写真コンテストで入賞しました。
それがきっかけとなって北条君は、志望校を写真学科のある大学を選びました。卒業後は広告会社の専属カメラマンとして働き始めました。
退社後、フリーとなり自然の風景写真を撮るために世界中をかけ巡っています。
その時、出逢ったイギリスと日本とのハーフで青い目の美しい女性と、八年前に国際結婚をしました。
ミキちゃんが生まれてからは、奥様を連れて東京に新居を構えています。
「マリーさんが、光が、スマホを忘れて出たから連絡できないって怒ってたわよ」
「あ、いけない」
「はい、スマホ」
「すみません、叔母さん」
北条君は黒色のスマホを受け取りました。
「でも、なにも叔母さんに持ってこさせないで、マリーが持って来ればいいのに」
「何言ってんの、マリーさんは身重よ。三カ月って大切な時期だから私がきたの」
「あ、そうか、すみません」
北条君はさっきから謝ってばかりです。
どうやら幾つになっても、叔母の京香さんには頭があがらないようです。
「きょうかおばちゃん、見てザリガニだよ!」
「ああ、ミキちゃん、すごいじゃないの!」
京香さんはミキちゃんの頭をなでなでしました。
ミキちゃんの瞳も、亡くなった娘の美樹ちゃんと同じブルーアイズでした。
「えへへ、パパと一緒にとったんだよ」
「沢山とったわね~。懐かしいわ。私のミキも小っちゃい頃、エリックと良くここでザリガニ獲ってたわね~。でもこんなには獲れなかったわ」
「おばちゃん、ミキって私とおんなじ名前だね」
「そうよ、ずっと前に死んじゃったけど、美樹はあなたのパパの、初恋の女の子で私の娘なの!」
「え、パパのはつこいのおんなの子?」
「叔母さん!なんつうことを言うの!ミキにいわないでよ、マリーにばれちゃう!」
北条君はギョッとして慌てました。
「あら、でもマリーさんがさっき私に教えてくれたのよ」
「え、マリーが?」
「そうよ、詩織ちゃんと織田君があなたたちが帰国した時、マリーさんに美樹のこと教えたんだって!」
「あいつら……」北条君は真っ赤になって怒っていましたが、京香さんはカラカラと笑ってます。
「それが面白いのよ~最初、マリーさんは怒ったけど『長女のミキがヒカルの初恋の名前なら、今度生まれてくる子供が男なら初恋の名前にするわ』だって!」
「あちゃ~よしてよ!」
「ほほほ、あなた達夫婦って面白いわね~!」
京香さんは、ミキちゃんを抱きしめながら笑いました。
「さあミキちゃん、そろそろおやつの時間だから帰りましょう」
「うん、きょうかおばちゃん!」
「よいしょっと、重っ、ザリガニがけっこう重いぞ!ミキ、どんだけ捕ったんだ!」
北条君はそういいながら、ザリガニが入っているバケツを持ちあげました。
その横をミキちゃんと手を繋いだ京香さんが、揃って湖の家へと戻って行きます。
私と美樹ちゃんは岩陰で、しっかりと三人の後ろ姿を見つめていました。
もちろん、三人に私たちは見えません。
ただその時、私たちは風の妖精シルフィーさんに心地よい風を頼んだので、京香さん、北条君、娘のミキちゃんの回りを吹く風は、とても涼しげにそよいでいました。
──完──




