15. 詩織ちゃんの慟哭
◇ ◇ ◇ ◇
私は人を殺した──。
私は親友を殺した。
あれから1年が経ったけど。
私の心の罪は消えやしない。
忘れたいのに忘れられない。
避けたいのに避けられない。
それなのに、あなたの瞳は優しい。
罪人の私なのに、
私が殺したのに、あなたは……
私を見つめるその眼は
いつも眩しそうに
いつも悩ましそうに
いつも切なそうに……
私、嫌な子。
素知らぬ顔して、貴方の目に縋りつきたくなる。
でもでも やっぱりできない。
つらくてつらくて とても怖い。
だから、気づかぬフリをするの。
見ちゃいけない!
見ちゃいけないって!
幸せになっちゃいけない。
幸せになっちゃいけないの。
罪悪感とメランコリー
罪悪感とメランコリー。
この気持ちは永遠につきまとうよ。
私だけが知っている。
私だけが気づいている。
ああ、誰か助けて!
ああ、誰でもいいから、私を救って欲しい!
お願い──
お願いよお。
◇ ◇
「おい、詩織、どうした、大丈夫か?」
織田君が慌てて、慟哭している美樹ちゃんに声をかけています。
「美樹…、叔母さん、叔父さん、はあ、はあ……本当にごめんなさい……」
詩織ちゃんは上体を屈んで、ひたすら泣いて謝ってばかりいます。
制服姿の背中がぶるぶると小刻みに震えて、とても息苦しそうです。
──たいへんだ、詩織ちゃん、どうしちゃったの?
横に座っていた私も思わずしおりちゃん!と声のない声をだして、詩織ちゃんの震える肩に手をぐっとかけました。
「あ!」
詩織ちゃんが静かに顔をあげて、私の方を向きました。
──あ?
不思議なことに、普段なら私の手は詩織ちゃんを擦り抜けてしまうのに、この時は彼女の、か細い肩の感覚が私の指にはっきりと感じたのです。
「ギャーーアアアァ!」
途端に、この世のものではないくらいの声で、詩織ちゃんは絶叫しました!
それは一度も見たことがない、詩織ちゃんの驚愕した表情と相まって恐ろしいほどでした。
詩織ちゃんの顔は、普段の物静かな和風美少女とは思えないほど醜く歪んでいます。
「美樹が……! 美樹の顔があああぁ!!」
──え、美樹の顔……
あ、詩織ちゃん もしかして?
詩織ちゃんは両手を顔に当てて、立ちあがり、身体中を振り乱して痙攣していました。
ええ、詩織ちゃん、私が見えるの?
のっぺらぼうの私が──?
◇
「詩織、しっかりしろ!」
「詩織ちゃん!」
織田君と北条君が取り乱している詩織ちゃんを慌てて押さえ付けました。
「嫌アアア、ギエエエッツ──!」
ものすごい悲鳴をあげる詩織ちゃんです。
地団太を踏んだと思ったら、急に白目をむいて失神してしまいました。
「詩織!!」
織田君は慌てて失神した詩織ちゃんの顔をペちぺちと叩きます。
「やめろ織田、詩織ちゃんを動かさないほうがいい!」
北条君が織田君を制止しました。
仰向けになったまま詩織ちゃんはぐったりとしています。
顔面もひどく死人のように青褪めていました。
「光、どうしたんだ!」
司会をしていた北条君のお父さんが側に来ました。
背後にはエリックさんと京香さんもいます。
「オオ、コレハイケナイ!ドウシマシタ?」
「詩織ちゃん?」
エリックさんと京香さんも詩織ちゃんの姿をみて呆然としています。
「父さん、叔母さん、詩織ちゃんが急に奇声を上げて意識を失ったんだ!」
「そりゃ大変だ、まずは控室に運ぼう、確かベッドがあったはず!」
北条君のお父さんがいいました。
「あ、エリック、ロビーにまだ武田ドクターがいたと思う、お願い呼んできて!」
京香さんが思い出したようにいった。
「ワカッタ、ヨンデクルヨ!」
エリックさんは慌ててホールから出て行きます。
「織田、一人で運べるか?無理なら僕も手を貸すよ」と北条君がいったけど。
「詩織は痩せてるから大丈夫だ!」
織田君は詩織ちゃんを軽々とお姫様抱っこをして歩いて行きました。
「何だ、何だ?」
「どうしたの?」
「女の子が倒れたって……」
会場内に残っていた参列者たちは詩織ちゃんが失神したことで、騒然となってしまいました。
◇
何分かして、式場内にいた人たちも殆ど誰もいなくなりました。
でも、私はまだ茫然と動けずにその場に立ちすくんでいました。
──あの世にも恐ろしいモノを見たような詩織ちゃんの表情。
もしかして詩織ちゃん、のっぺらぼうの私が視えたのかしら?
多分そうだよね、だからあんな尋常じゃない奇声をあげたんだ。
詩織ちゃん、首なしのセーラー服を来た私の姿が視えたんだ。
でもなぜ、今、視えたの──?
今までずっと透明だったのに……
私は府に落ちません。
でも、その時でした──。
私の体内で何かがふわりと魂が抜けたような、違和感を感じました。
ふと天井を見ると白い光彩の塊が宙に浮いていたのです。
良く見ると、それは首のある女子高生の姿でした。
私と同じ高校の制服をきた白いスカーフ。
──美樹ちゃん!?
美樹ちゃんは泣いていました。
エリックさんと同じ鳶色の背中まである髪。碧い鮮やかな瞳から大粒の涙が零れています。
( 詩織が……詩織が泣いていた……)
と、美樹ちゃんの精神感応が私の中に浸透してきたのです。




