12. 美樹ちゃんの一周忌
※2025/12/12 一部加筆修正済み
◇ ◇ ◇
予定通り、午後から美樹ちゃんの一周忌法要が開催されました。
会場のシアターホールには大きなスクリーンがありました。
縦長のこじんまりした劇場のようでした。
参列者は身内の親族と地元の親しかった人々だけだと京香さんは言ってたけど、さすが名士の家だけあって四十、五十人くらいは軽くいそうでした。
皆さん喪服を来てザワザワとしています。
私たちが入室してきた時、既にほとんど来賓の人々は座っていました。
少ししてから、スクリーンの端にある司会席のマイクにスポットライトが当たりました。
「お集まりの皆さん、長らくお待たせいたしました。これから上杉美樹の一周忌法要を始めさせていただきます。僭越ながら美樹の叔父であります北条武士が進行を進めさせていただきます」
と北条君のお父さんが洋装の喪服を着て恭しく一礼しました。
その後、北条君のお父さんが司会者として式次第を説明しています。
──あら、北条君のお父さん、控室では緊張しているといってたけど、こうしてみると堂々としたものじゃないの。
私は登壇に立つ北条君のお父さんを身ながら感心していました。
「続きまして、美樹の父であるエリック・上杉より、スピーチと美樹の生前の映像説明をいたします」
「ハイ、ワカリマシタ」
前方をみると、たどたどしい発音の背の高い中年の男性が壇上に登っていきます。
髪は短めですが明るい鳶色。日に焼けた肌ですが目が藍色でした。
「ミナサン、コタビハ、ワタシノムスメノ、イッシュウキニ、サンレツシテイタダキ、マコトニアリガトウイゴザイマス」
──あらエリックさんて、美樹ちゃんのお父さんだったの?
私はエリックさんの碧い瞳が、天井のライトに当たってキラキラと輝く姿に、なぜか懐かしさを覚えました。
「コレカラ、ワタシノカワイイムスメノ、オイタチカラ、アリシヒノ、エイゾウヲナガシマス。ソノセツメイヲシテイキマス、デハ、スクリーンオネガイシマス」
エリックさんはそうトークしながら、在りし日の美樹ちゃんの映像がスクリーンに大きく写しだされていきます。
赤ちゃんの美樹ちゃんが映りました。
思わず客席から「可愛い!」という声が聴こえました。
すやすやとベッドで良く眠っている可愛い赤んぼうの美樹ちゃんです。
そして小学生の入園式や運動会でしょうか。
駆けっこをして生き生きと走り回る美樹ちゃん。
大きな木によじ登っている美樹ちゃん。ありし日の美樹ちゃんです。
幼児の美樹ちゃんは父親譲りの鳶色のショートカットが陽光に輝いています。
日に焼けた色黒の女の子。
いつもズボンを履いていて、一見、男の子みたいです。
どうやら美樹ちゃんは子供の頃から、とても活発で運動神経が良い女の子でした。
──そうそう、織田君と良く張りあってたって詩織ちゃんがいってたっけ。
ふと私は学校の中庭での話を思い出しました。
面白い事に美樹ちゃんは、薄いブルーの大きな色眼鏡をかけてました。
小さい頃から目が悪かったのでしょうか?
映像や写真は、中学生の美樹ちゃんに切り替わります。
桜の花びらがひらひらと舞い散る中、『入学式』と大きく書かれた看板の前には美樹ちゃんとお母さんが並んで笑っていました。
美樹ちゃんは可愛いブレザーの紺色の学生服を着ています。
美樹ちゃんの他に北条君や織田君、詩織ちゃんとピースサインしてる写真のスライドショーもありました。
──わあ、北条君も織田君も小さいな。四人とも今よりすっごく子供だ。
「あ……」
と私の横に座っていた詩織ちゃんが小さな声を漏らしました。
詩織ちゃんの日本人形みたいな黒眼から、今にも涙が溢れそうになってハンカチで目頭を押さえてました。
ふと私は横を見ると、織田君も北条君もスクリーンの美樹ちゃんを見つめていました。
二人の膝にある両手は拳をぎゅっと固く握っていて、映像を食い入るように見てます。
──そうか……みんなとても辛そうな顔してる。
私は思いました。
そうだ、この三人は中学時代から、美樹ちゃんと大の仲良しさんだったのね。
だからここにいるんだ。
だからここに彼等は呼ばれたのだと。
◇ ◇
「パパ、ねえ見て見て、大きなヤドカリだよ!」
と水着姿の美樹ちゃんがビデオカメラの前で、嬉しそうに笑っている映像が流れてきました。
ここからは美樹ちゃん一人で海や湖で遊ぶ映像が、スクリーン一杯に映し出されていきます。
美樹ちゃんの背景の湖が陽光に輝いてます。
深い深いマリンブルー。
いや湖だからレイクブルーっていうのかな。
とってもキラキラと光りに反射して水面が碧く凪っていました。
青空と周りの緑の山々に湖面が鏡のようです。
映像は湖の中を映していきます。
銀色に光る小さなお魚が集中して泳いでいる。
その魚たちと戯れているかのように、自由自在に泳ぎまわる美樹ちゃんがいました。
「ミテクダサイ、ミナサン。ミキハ、フリーダイビングガ、ダイスキデ、ワタシヨリモ、トテモウマカッタデス。スウジュウメートル、フカクモグレルノデスヨ、チュウガクセイノ、タイカイデモ、ナンドカユウショウシマシタ!」
エリックさんは映像を見ながら、嬉しそうに説明してくれました。
エリックさんの説明では美樹ちゃんは幼いころからフリーダイビングに興味を持ち、この避暑地に来るたびに日が暮れるまで毎日毎日、湖へ潜っていたというのです。
これは去年の映像でしょうか。美樹ちゃんは大分背がのびて大人の女性みたいに見えます。
黒いウェットスーツを着て足には、魚の尾ヒレみたいな装具をヒラヒラと揺らしながら、スラッとした美樹ちゃんは水中を泳いでいます。
私はまるで黒い人魚みたいな女の子だな、とっても綺麗だな~とぼおっと眺めていました。
最初──美樹ちゃんは湖の中、水中マスクをしてたので顔はよく見えませんでした。
でも、美樹ちゃんを映しているカメラマンがいるのか、カメラに美樹ちゃんが向いた時、顔から水中カメラを外しました。
美樹ちゃんはカメラに向かって、ピースサインをしています。
そのスクリーン一杯に映し出された美樹ちゃんの口を窄めた顔。
──あっ!?
私は声にならない声をあげました!
美樹ちゃんの顔はとても綺麗でした。
日本人形みたいな詩織ちゃんとは対照的で、日に焼けたピチピチとした小麦色の肌……
だけど私が驚いたのは美樹ちゃんの瞳でした。
その眼は深い碧色だったのです。
お父さんのエリックさんと同じ瞳!
のっぺらぼうの私の手はブルブル震えました。
──私、この子を知っている!
そうです、私は美樹ちゃんと湖で逢っていたのです!!




