天部裁判
裁判所は円形の部屋だった。
少し高い位置にある法壇には、中国の王族を思わせる黒い服を着た人物と、聖職者を連想させる白い服を着た人物が並んで座っている。
室内の配置は法廷とは異なり、黒い服を着た集団と白い服を着た集団が孤を描くように向き合い、その中央にある証言台にはヒカリ姉さんが緊張した表情で立っていた。弁護士や検察官のような存在は見当たらない。
俺は、法壇の反対側にあるバルコニー形式の観覧席に、ミキさんと母親に挟まれて座っている。
二人はそれぞれ、この場所にふさわしい礼服のような装いをしていた。
黒い和装のミキさんと、白い中華服のような装いの母親。そして俺はというと、冠婚葬祭にも使える「万能服」と称された学校の制服だ。
この格好で場違いになっていないか不安だった。
「あ、あの、ヒカリお姉さん、大丈夫かな……」
コソッと小声でミキさんに尋ねると、彼は呆れたような顔をした。
「お前、あれだけ迷惑かけられてるのに、まだアイツの心配かよ。本当にお人好しだな」
言い返そうとした瞬間、法廷に木槌の音が響いた。
「天音光、そなたは癒栄界から魂を無許可で外に出した。それに間違いはないか?」
法壇に座る白い服の人物が問いかける。ヒカリ姉さんはむくれた表情で頷いた。
「声を出して答えなさい」
法壇黒い服の方の男性は顔を顰めて諌めるような鋭い声で注意する。
「あ、はい……そうです」
その態度にミキさんは舌打ちをする。
白い服の人物は、ヒカリ姉さんの不遜な態度をとがめることもなく、穏やかに微笑んだ。
「して、天音光。なぜこのような愚かなことをしでかした?」
その優しげな問いかけに、ヒカリ姉さんは顔をキッと上げた。
「愚かなことではありません! 天国に行くべき清らかな少年の魂が、あんな場所に閉じ込められているなんて、見過ごせませんでした!」
彼女の声が響き渡ると、室内がざわついた。
黒い服を着た男がやや呆れたようにため息をつく。
「最近は人手不足なのはわかるが、天部への教育はどうなっているんだ? 基本的な世界のあり方すら理解していないとは」
その言葉に、室内にいる白い服の人々が気まずそうに俯く。
白い服の裁判官は苦笑しながら隣の男に言葉を返した。
「まあまあ。彼女はまだ見習いだ。与えられた仕事が現世に関するものばかりなら、認識が甘くなるのも仕方がないでしょう」
そう言いながらヒカリ姉さんに向き直る。
「娘よ。お前は本当に幸せな人生を送ってきたのだな。そのこと自体は素晴らしいし、誇るべきことだ。しかし、それゆえに癒栄の地についての知識が欠けていたようだ。
癒栄は、現世で傷ついた魂が立ち寄る場所だ。そこで癒されなければ、魂は天国へと旅立てない」
「ゆ……えい……?」
ヒカリ姉さんは驚いたように目を丸くした。
「して、魂を界の外に出す行為がどれほど危険か、わかるか?」
その言葉に彼女の目がさらに大きく見開かれる。
「魂だけの存在は、器を失った分だけ脆い。
現世や天国とは異なる界の外に出せば、壊れる可能性が高い。
お前がしたことは、病院のベッドで療養中の子供を無理やり外へ連れ出したのと同じだ。穏やかな外ではなく嵐で荒れたような気候の中をな」
「え……?」
ヒカリ姉さんの顔が青ざめ、体が震え出す。俺があの海岸で体調を崩した理由がようやく腑に落ちた。母親が俺の手をギュッと握りしめる。
「ごめんなさい……そんなつもりじゃなかった。ごめんなさい!」
ヒカリ姉さんは泣きながら謝る。
白い服の裁判官は穏やかに彼女を見つめるが、黒い服の男はため息をつき、冷たい視線を送っていた。
そんな部屋の空気が変わる
「なかなか面白い事件が起きたようやのう」
部屋に一人の人物が入ってくる。その人物がブラックジーンズに、SF映画の図柄が派手に入ったブルーのTシャツを着ている。
学校の制服姿の俺以上に、この部屋では異質である。
その姿に部屋にいた者が一斉に立ち上がり、頭を下げる。意味がわからない。
法壇に座る二人も例外ではない。
俺の横に座っていた二人も同じ。俺は慌てて立ち上がり、頭を下げる。
その人物は俺の方を見上げて、赤い目を細める。
「ジン、お主まで俺に頭を下げる必要はない。お主にとって俺は上でも下でもない関係だからな」
そう言ってニヤリとタカシくんは笑った。




