舞台裏
舞踏会が開催される帝宮のほど近くで、全く違う一幕が繰り広げられていた。
ヴォルフとマッテオは心に緊張を抱きつつ、暗い路地に立っていた。
彼らは情報交換をしていた。
彼らの心配の種はルイ=フェリックス・ド・ラヴァルがさらわれたことだった。
彼はアデライードの弟であり、彼女や家門にとって重要な存在だった。
しかも、さらったのはフェルナンドという男の闇ギルドによるもので、彼はアデライードの持つ権力を自分のものにしようとしていた。
「見つからないとは、困ったことになりましたな。これだけの面子で捜索しても、影も形も見えないとは」
マッテオがいう。
マッテオはかつて別の闇ギルドに所属していた知識を生かして、潜伏しそうな場所を探していた。
いくつも『黒鴉の巣』の隠れ家を発見し、襲撃していた。
だが、手がかりの一つすら得られていなかった。
「フェルナンドはよほど頭が切れる男なのでしょうな」
ルイをさらった黒ずくめの集団がいたということはわかった。
しかし彼らは都市の下にある広大な下水道を使い、自分たちの姿を隠していた。
下水道を通ってどこに行ったのか、掴めていなかった。
「まったくだな。それだけは認めざるを得ねぇ。けどだからってよ、諦めるわけにはいかねぇだろうよ」
ヴォルフが荒い口調で返す。
ヴォルフは自分の傭兵団とともに街を捜索していた。
ゴロツキを締め上げ、情報を吐かせ、様々な悪のグループをまるで竜巻のように薙ぎ払った。
だというのに、ルイの居場所はわからない。
今もヴォルフの手勢はいくつかの集団に分かれて、街を捜索している。
「その意気です。しかし、焦らずに行きましょう。私たちの思惑通りに事が運ばないことも多いですからな」
「ああ、そうだ。でも時間もない。ルイを見つけなきゃならねぇんだ」
「それは、そうですなぁ……」
「あんた、昔何してたんだ? その知識、その戦闘力、タダモンじゃねえだろ」
「ほほ。……ただの平和が好きな執事長ですよ」
「身体に染みついた暴の匂いは消せねえよ。恐ろしいジジイだぜ」
「いつお迎えがいらっしゃってもおかしくない爺さんですので」
ヴォルフがため息をついてからいう。
「で。気づいてんだろ? 来てるぜ。お迎え」
「……いやはや。この程度のお迎えでは格が足りませんな。死神でもきてくれないことには」
マッテオが肩をすくめると、人影が姿を現した。
一人ではない。十人どころでもない。三、四十人ほどの男たちが二人を取り囲んだ。
「オイ! てめえらだろ? なぁ、なぁなぁなぁ。オレたちを舐めてんの、てめえらだろ?」
ガラの悪い男がそう声をかけてくる。
「今どきの若者は、老人を敬うことを知りませんなぁ。こんなにか弱い老人を」
マッテオの言葉にヴォルフが呆れ交じりにいう。
「あんたがか弱い老人だったら、オークの上位種だって、貧相な豚だろうがよ……」
「こォの人数に囲まれて、謝ったってもう遅いぜぇ!! ぶっ殺してやるよォ!! あのジジイからやっちまえ!!!」
いうと取り囲んできた男たちが武器を抜く。
そして数人が切りかかってくる。
「命の無駄遣いは関心しませんなぁ」
マッテオの指から鋼糸が伸びる。鋼糸は襲ってきた男たちの身体を貫き、一撃で数人を戦闘不能にした。
「な、なんだこのジジィはぁ!? あっちのデカイ優男からやっちまえ! 雑魚から狙うってのが頭のイイ戦い方よぉ!」
ヴォルフが深いため息をついた。
「相手の力量くらい見えねえもんかねぇ」
ヴォルフに向かって突っ込んできた男の腕を軽く掴み、男をそのまま振り回す。
男の足や体がぶちあたり、これまた数人が吹き飛ぶ。
そのまま無造作に、男をぶん投げた。
マッテオとヴォルフを取り囲んでいた男たちが巻き込まれ、倒れる。
「な、な、な……」
指示を出している男が戸惑っているうちに、二人は次々に戦闘不能にしていく。
「む、むりだぁ!」
と、取り囲んでいた男のうち一人が逃げ出す。
すると、どんどん逃げ出していく。
「わ、わ……」
指示を出していた男も逃げようとした。
しかし、頭をヴォルフが掴む。
「逃がさねえよ。お話、聞かせてもらおうか?」
「な、なんだよ……」
「多分無駄だと思いますぞ。ヴォルフ殿」
「あん?」
「今私たちを襲う意味がない。だから、下っ端の暴発でしかありませんな。そのような方が、私たちが必要とする情報を知ってるとは思えませんが」
「……まあ、一応な。聞くだけ聞いてみるわ」
指示を出していた男はヴォルフに頭を掴まれ泣きそうになっていた。
「しかし、そろそろパーティが始まりますなあ……」
マッテオは口調とは裏腹に、少し焦っていた。ルイが一向に見つからないからだ。
空はすでに暗くなっている。
「ヴォルフ殿。一つお願いがあります」
「なんだ?」
「私はひとつやることがあります。なのでちょっと手伝いを頼めませんかな?」
「おう。いいぜ。んで、なにすんだ?」
それは、ルイが見つからなかったときに次善の策として、アデライードに頼まれていたことだった。




