30 この皇子は何を考えてるのですの?
私はマルクの悪事の証拠を手に入れ、彼の屋敷に火をつけた。
燃え盛る屋敷の前で、衛兵を呼んだ。
そして衛兵とともにガブリエル皇子が現れた。
と思ったら婚約を求められていた。
なぜ!?
まったくもって意味不明である。
しかもなぜか彼の連れている騎士に『そいつはヤバい』とディスられたのだ。
私はガブリエル皇子に向かって口を開く。
「面白い冗談ですわね」
ガブリエル皇子はまっすぐに私の目を見つめてきた。
「冗談などではないが」
本気だとしたら意味が分からない。
この人の前で私は何をした?
変装して強盗して、部下を率いて戦って。
好かれる要素が見つからないのですけど?
もしかして頭のおかしい人がお好きとか?
「……なおのことタチが悪いですわね」
「ふむ……。自分からこういうことを伝えるのは難しいね」
「大体私は後ろ盾のない侯爵令嬢……というか、侯爵、なのかしら?」
「まだ君は侯爵令嬢のままかな。実際に侯爵になるのなら、一定の手続きが必要だ」
周囲に宣言→継承の手続き→相続の証明→審査と皇帝の承認→叙任。
この手続きを踏む必要があるらしい。
するとマッテオが口を開いた。
「お嬢様。継承の書類と、侯爵家の血統の証明などはすでに用意してございます」
「さすがねマッテオ」
それからガブリエル皇子を見ていう。
「失礼。話がそれましたわね。ともかく、後ろ盾のない私を婚約する必要などないのではなくて?」
「そもそも私に後ろ盾など必要ないよ。自分でなんとかできるからね」
と彼は自信たっぷりに言い放った。
まぁ、そうでしょうね。
頭脳明晰、剣技の腕も敵なしレベル、決断力も行動力もある。
個として敵なしな人なのだ。
――ゲーム知識では、だけど。
「では誰でもよろしいのではなくて?」
「だから君という個人を求めている」
私は思考を巡らせる。
侯爵家などは彼にとっては不要のはずだ。
別の貴族と結婚してそちらの領地の長になることもできるし、望めば皇帝にだってなれる人間だ。
ならば私と婚約するメリットなんか一つもない。
――からかっているだけかしら。
もしくは趣味が独特な人間か、だ。
変装して強盗をし、部下を率いて対決をし、屋敷に火をつけた女が趣味?
どちらも御免だ。
「そういうジョークは、勘違いされますわよ?」
「ジョークではないから、そのまま受け取ってくれないだろうか?」
皇子の紅い眼が私を見る。
視線と視線が混ざり合う。
正直、すこし照れる。
相手がガブリエル皇子だからとかではない。
単純にこういうイベントに耐性がないのだ。
「あなた、強盗犯がお好きなんですの?」
ガブリエル皇子は呆気にとられたような顔になる。
「いや、そんな趣味はないかな」
「じゃあ部下を率いて襲い掛かってくる女がお好き?」
「……それもないな」
「では放火犯かしら。ずいぶん変わったお趣味ですのね」
「それこそないが!?」
「では冗談ですのね。では、この件の後始末お願いしても?」
「それは構わないどころか、望むところだ」
「でしたら、あとはよろしくお願いしますわ。行きますわよ、マッテオ」
「待ってくれ。侯爵の位を受け継ぐために帝都にくるだろう? そのとき、私に街の案内をさせてくれ」
私は少し思案してから言う。
「考えさせていただきますわ」
そういって、炎の明かりに照らされながら去っていく。
悪徳商人マルクの件は片付いた。
これで他の親族も、手を出しづらくなっただろう。
あとは爵位を受け継げば、ひと段落だ。
私はこのとき、面倒ごとはすべて終わった――そんなふうに思っていたのだ。




