天狗と誘拐と女性と 32
愛川視点
任務が終わり、それから時間が経って行く。
愛川もまた大学の講義やバイトなどで生活のための日常を送っていた。
ただ、その生活は
「うぅー……」
気持ち的に上向きとは言えず、落ち込み気味の声が愛川から漏れるほどであった。
今、愛川は大学の校内を歩いていた。
愛川の気分は生活には支障を起こさない程だが、いまいち元気がない状態である。
(柄池君があんな目に遭うなんて……)
周りに聞こえないよう愛川は心の中で呟く。
気持ちの落ち込みは旅館の時に柄池が受けたことに問題があった。
白河と女将にあんな誘われ方をするとは愛川も思わなかった為である。
(柄池君は気になる人ではあるんだけど、でもやっぱりあんな事が起きると……)
柄池に起きた事を思い起こし愛川は内心で呟きつつ、小さくため息をつく。
好きであるかと言えば、分からないとしか言えないが、あんな誘われ方をしているところを見て嫌な気分はあった。
そんな思いの中、愛川は時間が気になり、スマホを確認し始める。
「あ、時間的に……急いだ方が良さげかも」
時間が迫って来そうだと考えた愛川は言葉でも自らを急かそうとして歩く速度を上げていった。
そして愛川はある教室へとたどり着く。
今回の目的は何度もやっていた事で定番ともなっているが、柄池と勉強することにあった。
時間も問題はない、間に合っている。
「待たせたー?」
「いやいや、そんなには待ってないよ」
教室のドアを開けて愛川は声をかけると柄池から大丈夫との声が返ってくる。
いつもは二人で勉強ではあるが、今回は違う。
「今日はリュートと一緒だけど、大丈夫だよね?」
「うん、事前には聞いていたから、大丈夫だよ」
椅子に座りながら声で確認を取る柄池の隣には龍富がいた。
愛川はその確認に大丈夫との声を出して柄池達の座席の元へ向かう。
勉強の予定を入れる前に柄池から話は聞いていたので、愛川としても悪い話ではない。
ただ、いい話かと聞かれると答えづらい。
まだ龍富とは話しづらいところもあったからだ。
「リュートの受けている講義……それは俺と愛川さんも受けているやつだけど、それが試験近いしね。愛川さんは俺の正面だといいね。いいかい?」
「はーい」
正面の座席に一度触れて、座る場所を柄池は声とともに指示すると、愛川は肯定の言葉を出し、その座席に荷物を置く。
愛川の声は自分で聞いていて、やや調子がずれている感じなのも分かる。
龍富の件ではないが、柄池の起きたことだとは予測出来ていた。
「それじゃ、今日は特別俺から飲み物奢るから、買ってくるよ」
「え? だったら、俺が行ってくるよ。その方が……」
柄池からの提案に龍富から別の提案が出てきた。
愛川としてもその提案が来るとは予想していなかった状態である。
「それでもいいけど、今回は俺が行ってくるよ」
「いや、俺が……」
席を立ち、柄池は自らが行くと話し、龍富は喰い下がらずにここは俺がと声に出す。
そこで柄池はさらに言葉を出そうと口を開く。
「二人ともさ、まだ会話の雰囲気がぎこちなさそうだしさ。ここは少し雰囲気を柔らかくできればと思うんだ。二人残されて行動って時、今だと困るんじゃない?」
「う……そうかも……」
龍富へと柄池はこの提案をした理由を話すと、苦い顔をしながらも龍富は納得の声を出す。
前回の像の探索は大したことではなかったが、もっと大ごとをやるとなれば、この仲ではまずい。
そこは愛川も理解していた。
「そう言うわけで、あとは会話しててね。リュートには緑茶、愛川さんには牛乳買ってくるから」
「……その、頼む」
「えっと……お願いします」
その場から離れて柄池は買ってくるものを伝えると龍富、愛川の順で任せるとの声が出る。
それらの声が聞こえてから柄池は手を振って、教室を出た。
そこから周囲は静まり返る。
「……」
「……」
両者無言。
何か会話はした方がいいかと思うが、会話のネタは思い浮かばない状況。
それは龍富も同じか、そう思っているとふと愛川にネタが思い浮かび、それを口に出した。
「そう言えば、龍富くんってさ……」
「え? 何か……?」
龍富に目を向けて愛川は言葉を出すと、龍富は不意をつかれた様子を出しながらも言葉でも話を受け入れる様子は出す。
「参加するか聞く時、危ないから本当にいいのかってこれからも聞くつもり?」
「え、えっと……そうだね……次も聞こうと思うんだけど……」
それから愛川は龍富に疑問を投げかけると、ぎこちないながらも龍富は答える。
愛川が挙げたこの言葉は龍富が任務に参加するかの意思表示で聞いていたものだ。
「私さ、それはもう聞かなくてもって思うんだけど、どう?」
愛川の言葉に意外を感じたのか、龍富はやや驚く表情で反応する。
「そのさ、危ないから警告するってことは分かるし、それはこれからの任務も危ないって私も分かっていることだからさ……もう聞く必要はないんじゃ?」
続けての愛川の言葉は理由も含めて提案の意味も含める。
ここまで割と苦もなく言葉が出たことにも陰ながら驚いてもいた。
「そっか……」
「あ、でもね、私、龍富くんが心配してくれて言っていることは分かるから! そこはみんなも分かってくれると思うんだけど……」
提案を聞いた龍富は気持ちが落ち込んだのか、それともさきほどの雰囲気を引きずっているのか分からない表情で理解の言葉を出す。
そのどちらにせよ、ともかくフォローを入れたいと龍富の意思は分かるとも愛川は話した。
「……まあ、俺からくどく言うのはもう十分なのかもな……」
窓に視線を合わせて龍富は話す。
実際にみんなを守るための行動をしていることは愛川を含めて誰からも分かる。
言葉の後の龍富はどことなく重い物が取れたような表情が見えた。
「分かった。俺からはこれ以上言わないから」
「あ、分かってくれてありがとう」
龍富は理解と任務での警告はしないと言った。
対して愛川は分かったことへの感謝を言うも、その裏で気になることもあった。
(ん? 誰かの視線が……気のせいかな?)
誰かからは分からない、その視線に愛川は心の中で呟く。
ただ、気のせいかもしれないことから、言葉に出す必要は無いかとも考えてはいた。
「でも、都合が悪いとかで参加出来ないのは、全然言ってくれていいから! そこは忘れないで」
「そこは大丈夫だから。無理なくこっちの活動もしていくから」
補足として龍富は都合が悪い日は無理をせずとも話して、愛川も無理はしないよう活動はすると話した。
そこで、教室のドアが開き、柄池の声が聞こえてくる。
「待たせたね。牛乳と緑茶を買ってきたよ。会話はできたかい?」
「そこは気にしなくてもいいだろ……」
飲み物を3人分運びつつ、柄池が会話したかについて聞くと、龍富は頬杖をついて視線を外して言葉を返す。
「会話はできたよ」
「そうか、なら心配はいらないか。リュートもいい方向に行ったようだし」
会話出来たと愛川が話して、柄池は安心を話す。
柄池は飲み物を各自の元へ置いて、自らの元にはオレンジジュースを置く。
「リュートと愛川さんの仲も間違いなく改善にはなったし、ともかく勉強を再開しよう」
そう言いつつ、柄池は席に座って勉強再開を告げる。
その後、3人はテストへの勉強を進めることになり、愛川はテストに対する自信へとつながるのである。




