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クラリスの妊娠

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39/58

39.私の誇り

 盲目の子女を連れた一団は、王宮内の食堂に通された。


 子どもたちが緊張の面持ちで椅子に腰かけて待っていると、着飾った王と王妃が現れる。


 盲目の子女は気づかなかったが、クラリスはその香りですぐに分かった。


「みんな。国王王妃両陛下よ」


 その声に、全員飛び上がるようにやおら立ち上がった。


 子どもたちの様子を見て、ベルナデッタはくすくすと笑う。


「そんなに固くならなくていいのよ。皆さま、ごきげんよう」


 盲目の子女三人はそそくさと声の方に歩いて行くと、クラリスに教わったように王妃の前に膝をついた。


 それぞれ名前を告げ、最後にリディの番が回って来る。


 リディはかしこまって言った。


「ごきげんよう、ベルナデッタ様。私はリディ・ド・ヴォルテーヌ。ヴォルテーヌ家の長女です」


 すると、ぴくり、とアネッサのこめかみが震える。


 隣にいたシリルは、その瞬間を見逃さなかった。


「アネッサ、見たか?リディは両陛下の前で立派に挨拶をやってのけたぞ」


 ロランも、ちらりと横目にアネッサを見やる。


 アネッサは青くなると、周囲をくるくると見回し始めた。


「ああ、なぜ見えないの……?リディの晴れ姿を見たいのに」


 ロランはどきどきと緊張しながらその様子を凝視する。


 〝見たい〟と彼女が口にするのを、初めて聞いたのだ。


──条件つきでも愛されたいわ、私。


 あの日のリディの言葉が、今になってロランを苦しめる。


 盲目の娘を〝見える〟条件が、きっと王と王妃に会って揃い始めて来たのだろう。自慢の娘、それならば見たいという欲求が、アネッサの中に芽生えているに違いないのだ。


(ああはなるまい)


 ロランはそう思いながら、次に挨拶をするクラリスの背に目を向ける。


 ぐるぐると全員が王の周りを回るように挨拶し終え、全員指定の席に着くとお茶会が催された。


 リディはなんと、エドモン三世の隣に座らされた。どんな貴族も滅多に座れることのない特等席である。目が見えないので席次がよく分からないリディは、王の発言でその場所を知ることとなる。


「見えないのに、食べるのが随分上手だね」


 そう話しかけられ、リディは聞き覚えのある声にびくっと身を震わせた。


「は、はい……陛下」

「それはクラリスに習ったそうだね」

「はい。クラリス先生は根気よく色々教えてくれます。先生も目が見えないから、私達の心を分かってくれるんです」


 向かい側にいるアネッサは、シリルと共にその様子を見守る。


「そうだ、忘れがちだがクラリスも目が見えないのだったな」


 アネッサは呆然とクラリスを眺める。クラリスは全盲のリディと違い、かつて目が見えていた頃の名残で、人の目を見ようとする視線の動きがあるのだ。それで周囲に盲目であることを気づかれにくい。


 アネッサもそうだったようで、クラリスの所作を目の当たりにし、驚きを隠し切れていない。


 王はそんなことはつゆ知らず、構わず続ける。


「……たくさん練習したのだな」

「はい。少しでも、エレガントに見られたいと思って」

「君のように盲目であれば、少しぐらい食事中に汚しても皆許してくれるだろうに」

「いいえ、陛下」


 リディはエドモンに顔を振り向けて言った。


「私は私の誇りを失いたくないんです。誰かにやってもらうのは、私の誇りを取り上げることになります。私の心は私が作り、私が守るんです。それを教えてくれたのが、他ならぬクラリス先生でした」


 まるで用意していたかのような台詞に、クラリスは斜め向かいでそっと胸を押さえる。


「リディったら……」


 ロランは妻の背中を労わるように押さえてやりながら、アネッサの表情を盗み見た。


 アネッサは涙をこらえ切れぬまま、どこか途方に暮れるように遠くをずっと見つめている。


 見えないことを絶望している顔だ。


 ロランはそれを見つめ、心の中で呟く。


 きっと彼女は、娘の勇姿を見たくてたまらないはずだ。クラリスが見えるという矛盾に気づいているのかは疑問だが、遅くない内にアネッサは娘を見つけることになるだろう。


 一方のエドモンは、それをさらりと受け流した。


「立派な心掛けだね」


 それから、ふとロランに視線を飛ばす。


「そうだ、ロラン・ド・サミュエル。茶会を終えたら、別室で商いの話がしたいのだが」


 ロランは思いがけない言葉に顔を上げた。


「は、はい……」


 商い。


 王から直々にそのような話を持って来られたのは、戦争前だけだった。


(もしかして、また戦争か……?)


 嫌な予感がする一方で儲け話の香りも漂い、ロランは吉凶両極端な気分を味わっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王様は若干身が入っていない気がするなあ( ˘ω˘ )
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