39.私の誇り
盲目の子女を連れた一団は、王宮内の食堂に通された。
子どもたちが緊張の面持ちで椅子に腰かけて待っていると、着飾った王と王妃が現れる。
盲目の子女は気づかなかったが、クラリスはその香りですぐに分かった。
「みんな。国王王妃両陛下よ」
その声に、全員飛び上がるようにやおら立ち上がった。
子どもたちの様子を見て、ベルナデッタはくすくすと笑う。
「そんなに固くならなくていいのよ。皆さま、ごきげんよう」
盲目の子女三人はそそくさと声の方に歩いて行くと、クラリスに教わったように王妃の前に膝をついた。
それぞれ名前を告げ、最後にリディの番が回って来る。
リディはかしこまって言った。
「ごきげんよう、ベルナデッタ様。私はリディ・ド・ヴォルテーヌ。ヴォルテーヌ家の長女です」
すると、ぴくり、とアネッサのこめかみが震える。
隣にいたシリルは、その瞬間を見逃さなかった。
「アネッサ、見たか?リディは両陛下の前で立派に挨拶をやってのけたぞ」
ロランも、ちらりと横目にアネッサを見やる。
アネッサは青くなると、周囲をくるくると見回し始めた。
「ああ、なぜ見えないの……?リディの晴れ姿を見たいのに」
ロランはどきどきと緊張しながらその様子を凝視する。
〝見たい〟と彼女が口にするのを、初めて聞いたのだ。
──条件つきでも愛されたいわ、私。
あの日のリディの言葉が、今になってロランを苦しめる。
盲目の娘を〝見える〟条件が、きっと王と王妃に会って揃い始めて来たのだろう。自慢の娘、それならば見たいという欲求が、アネッサの中に芽生えているに違いないのだ。
(ああはなるまい)
ロランはそう思いながら、次に挨拶をするクラリスの背に目を向ける。
ぐるぐると全員が王の周りを回るように挨拶し終え、全員指定の席に着くとお茶会が催された。
リディはなんと、エドモン三世の隣に座らされた。どんな貴族も滅多に座れることのない特等席である。目が見えないので席次がよく分からないリディは、王の発言でその場所を知ることとなる。
「見えないのに、食べるのが随分上手だね」
そう話しかけられ、リディは聞き覚えのある声にびくっと身を震わせた。
「は、はい……陛下」
「それはクラリスに習ったそうだね」
「はい。クラリス先生は根気よく色々教えてくれます。先生も目が見えないから、私達の心を分かってくれるんです」
向かい側にいるアネッサは、シリルと共にその様子を見守る。
「そうだ、忘れがちだがクラリスも目が見えないのだったな」
アネッサは呆然とクラリスを眺める。クラリスは全盲のリディと違い、かつて目が見えていた頃の名残で、人の目を見ようとする視線の動きがあるのだ。それで周囲に盲目であることを気づかれにくい。
アネッサもそうだったようで、クラリスの所作を目の当たりにし、驚きを隠し切れていない。
王はそんなことはつゆ知らず、構わず続ける。
「……たくさん練習したのだな」
「はい。少しでも、エレガントに見られたいと思って」
「君のように盲目であれば、少しぐらい食事中に汚しても皆許してくれるだろうに」
「いいえ、陛下」
リディはエドモンに顔を振り向けて言った。
「私は私の誇りを失いたくないんです。誰かにやってもらうのは、私の誇りを取り上げることになります。私の心は私が作り、私が守るんです。それを教えてくれたのが、他ならぬクラリス先生でした」
まるで用意していたかのような台詞に、クラリスは斜め向かいでそっと胸を押さえる。
「リディったら……」
ロランは妻の背中を労わるように押さえてやりながら、アネッサの表情を盗み見た。
アネッサは涙をこらえ切れぬまま、どこか途方に暮れるように遠くをずっと見つめている。
見えないことを絶望している顔だ。
ロランはそれを見つめ、心の中で呟く。
きっと彼女は、娘の勇姿を見たくてたまらないはずだ。クラリスが見えるという矛盾に気づいているのかは疑問だが、遅くない内にアネッサは娘を見つけることになるだろう。
一方のエドモンは、それをさらりと受け流した。
「立派な心掛けだね」
それから、ふとロランに視線を飛ばす。
「そうだ、ロラン・ド・サミュエル。茶会を終えたら、別室で商いの話がしたいのだが」
ロランは思いがけない言葉に顔を上げた。
「は、はい……」
商い。
王から直々にそのような話を持って来られたのは、戦争前だけだった。
(もしかして、また戦争か……?)
嫌な予感がする一方で儲け話の香りも漂い、ロランは吉凶両極端な気分を味わっていた。




