第6章 ヒトゴロシ2
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いつも皆様ありがとうございます。
――食事を終えて、店を出た五人は雑談を交わしながら道を歩いていた。ジムとその同僚が仕事に戻ると言うので、門まで一緒にいるのだ。
「いやー、それにしてもこんなにかわいい女の子達と一緒に町を歩けるなんて、こりゃジム様々だな! お嬢さん方はいかした衛兵なんて彼氏にどう?」
「ないかなー。私ら、ほら開拓村出身だし。いつか、あっちに戻るつもりだし」
「マジかー。そりゃ、残念だ。この町から花が二輪消えちゃうのかぁ……」
同僚の男は軽い口調でメリア達を口説くが、メリアがそれに対して否と答えると、これまた軽い口調で諦める。
メリア達も初対面で口説かれているわけだが、不快感はなかった。というのも、この男は別に嘘を言っているわけではないし、本心ではあるのだが、話の種の一つと言っている雰囲気が見て取れた。だから、メリアもそれを軽く流すだけで、嫌な気分にはならなかったのだ。
ちなみに、いずれ開拓村に戻ることになる話はアリスも知っている。その折に、アリスも一緒に来ないかと誘われたが、返事は保留していた。
「ジムは今日は仕事何時までですか?」
「今日は夜あがりだね。どっかに飲みにでもいくかい?」
「いいですね。折角ですし、どっかに飲みに行きましょうか。懐は暖かいので、いいお店を教えてもらったお礼に奢りますよ」
メリア達の後ろではアリスがジムと夜に飲みにでかける予定を決めていた。
(いやいや、本当にどっちなのよ。ジムさんのこと好きなの? 男女が二人で飲みに行くのにそういう感情ないの?)
耳に入った言葉にメリアが頭の中で混乱してしまう。当たり前のように男女が飲みに行く約束をしているが、そこに恋愛感情は感じられない。だが、恋人でもない男女が二人で飲みに行くということは、本来そういう感情なしで可能なのか。それがメリアには理解できなかった。
アリスからすれば男友達を飲みに誘っただけ、ジムは出会い方が出会い方だったため、保護者のような感情だったり、スタンピートの件での恩人だったりといったところだ。
そんなことメリアにわかるはずもなく、頭の中を混乱させることになってしまっている。
「あ、そうだ、丁度いいし伝えときます。発注されたポーションができたので、明日の朝に届けにいきます」
「あ、そっか、今回は数が多いから夕焼けの天秤にも発注してたんだっけか。明日の朝なら俺も門にいるはずだよ」
「それは助かります。知っている人がいる方が納品はスムーズになりますから」
メリアが頭を悩ませていると、二人の会話が仕事の話へと変わっていた。
「あれ? 夕焼けの天秤にかわいい看板娘がいるって聞いてたけど、それってアリスちゃんのことなのか?」
それに反応したのは同僚の男だった。衛兵の使うポーションなどの備品は本来大きな商会からまとめ買いされている。だが、今回のようにダンジョンからモンスターが溢れたかもしれないという状況ではそれだけは足りない。だから、一部の信頼のおける個人経営の店にも発注が行われる。
当然衛兵が個人で店に行くことは多くはない。行く時は個人的な買い物の時だけだ。それでも、冒険者の間で話題に上がるくらいにはアリスの看板娘は有名になってきていた。その噂は衛兵の耳にも入ってくる。
「はい、夕焼けの天秤亭でお世話になってます。看板娘なんて言われるほど貢献できてるかは不安ですが」
「過小評価」
「いやいや、看板娘どころか、一部の調合もやってるんだから、十分貢献できるでしょ」
アリスが困ったように答えるが、ルーシルとメリアはそれをくい気味に否定する。この二人も夕焼けの天秤亭で買い物をしている。だから、アリスがどれくらい店に貢献しているかはよくわかっていた。
「マジかよ。アリスちゃんすっげぇな。調合ができるだけなら珍しくないけど、販売できるほどの商品となると話は別だろ。特にあの店はギルドにも顔が利く分、審査だってあるだろうし」
もぐりの道具屋ならともかく、通常の道具屋であればポーションや薬の類を販売するには、調合する人間が審査を受ける必要がある。アリスも当然その審査を受けた。
だからこそ、同僚の男はアリスのような少女が店に自分の作った商品を置いていることに驚いた。
「よっし、アリスちゃん将来このお兄さんと結婚しようぜ」
「嫌です」
唐突の求婚、アリスはそればっさりと切り捨てる。さすがに小さな少女に見えるアリスへの求婚は冗談でも笑えないのか、メリアとルーシルは男を白い目で見ていて、ジムは頭を抱えてしまった。
「いや、大人になったらって言ってるじゃん。ちょっと、だからそういう趣味じゃないから。聞いてる? ねぇ、聞いてる!?」
男が一人あたふたとしている様子をアリスは苦笑いを浮かべながら眺めていた。
――夜、ジムと一緒に飲みに出かけて宿に帰ってきた後、アリスはベッドの上に座り込んでいた。
ぬいぐるみを抱きしめながら、頭に浮かぶのはメリアとルーシルから告げられた提案である。
(開拓村かぁ。戦う以外にも仕事は山ほどあるみたいだし、腰を落ち着けるにはいいのかもな。調合だけでも十二分に歓迎されるって話だし。教師って道もあるみたいだしな。でも……)
数年、又は十数年以上後の話ではあるが、メリア達が村に帰る時にアリスも一緒に来ないかと誘われている。薬の調合だけでも歓迎されるが、何故かAWO内と同じ文字が使われているこの世界だ。文字や簡単な計算などを教える教師としても十二分に役に立つことができる。だが、それは日本への帰還を諦めることになる。だから『青年』は悩んでいる。
(吸血鬼の寿命がそのままこの身体にも適応されているなら、時間はいくらでもある。帰る方法を探す時間はある。けど、開拓村に居つけば、たぶんそこで諦めちゃうだろうな)
一度安定した生活を得てしまえば、そこで帰還を諦めてしまうだろうことが想像できた。『青年』は戦闘とは無縁の一般人だった。多少の危険はあっても、冒険者のように命の危険と隣り合わせの生活をやめ、ある程度の安全を得てしまえば、それに甘えてしまう。
(もし、もしも、二人が村に帰るまでに何のヒントも得られなければ、それでもいいのかもな。教師をするならもっと本は読まなきゃいけないし、帰還方法を探すついでに勉強もするか)
一度提示された安全への道は、『青年』には酷く輝いて見えた。この世界でヒントもなく帰還方法を探すとなれば、様々な場所に行かなきゃならないだろう。そうなれば戦闘からいつまでも逃げることもできなくなるかもしれない。
メリア達に戦闘を押し付けられる時はいいが、二人が村に帰ってしまえば新しいパーティーを探すか、自分で戦わなければいけない。『青年』はそれが怖かった。
(帰る方法だって、あるかどうかもわからないんだ。だったらいいよな。メリア達の安全は最悪、俺の持ってるアイテムで確保すればいいし)
『青年』がぬいぐるみへと顔を埋める。それにあわせてぬいぐるみの頭頂部が歪んだ。『青年』は落ちそうになる目蓋を必死に上げて考える。これからどうするのか、どうしたいのか。
甘く優しい道を知った『青年』は、この世界に来たときのようにかつての世界に想いを馳せない。それをしてしまえば帰りたくなってしまうから。目を逸らして、この世界で少しでも安心して過ごせる方法を求める。
今はまだ諦めてはいない。しかし、以前ほど求めてもいない。目を背ければ、求めずにすむ。求めれば怖いこと、嫌なことにぶち当たってしまう。
『青年』の耐え切れなくなった目蓋が落ちていく。窓の外では月が雲に隠れ始めていた。
――ギルドマスターの部屋の中で、部屋の主は大きなため息を吐いていた。先ほどまで客の相手をしており、その客がため息の原因である。
「どうするつもりなの。ギルマス。アイツらの言い分を認めるつもりかい?」
イェレナにそう言われて、ギルドマスターが困ったような表情を浮かべる。
「相手が悪い。と、そう言えればいいのじゃが。さすがにあの要求はのぅ」
「伯爵家の三男とその取り巻きどものパーティーだったっけ? よっぽどのことがない限り手は出せないか」
先ほどまでこの部屋にいたのは、伯爵家の三男が率いるパーティーだった。伯爵である父親はお世辞にも優れた人物とは言えず、またよくない噂の多い人物だった。それに加えて、息子に対して甘いため、ギルドでも扱いに困る相手だ。
「アリスのパーティーへの斡旋、もしくは勧誘の黙認と不干渉だったかい。応じなきゃ強引な手段を取るって言ってるようなもんじゃないか」
「あの子もギルドに馴染んできたし、できれば拒否したいんじゃがな。下手に干渉してアレの父親が出張ってくればどうなるか想像もつかん」
打つ手なし。それがギルドの現状だった。父親が出てきて領主に因縁をつけることもありえる。爵位の上では領主と同等だが、王都や各方面への影響力が違いすぎた。この町と領主がどんな被害にあうか、想像もできない。
「何事もなく……ってのはきっと贅沢な望みなんだろうね」
「安心せい。最悪ワシの首で方をつけるからの」
「演技でもないことは言うんじゃないよ。あんたみたいな爺でもギルマスなんだ。いなくなれたら困るよ」
最悪の事態にだけならないことを祈ることしか二人にはできなかった。
――爪を研ぐような音が聞こえる。暗い、暗い闇の中。爪を研ぐような音だけが響いている。何かを待ちわびるように音だけが聞こえる。その音は誰に聞こえず、聞かれず響き続ける。
もうすぐ、それは現れる。気付かない。気付くことができない。誰も、何も、本人ですら気付くことはない。それはほんの僅かな可能性。内に秘めた可能性。その道は用意されている。あとは切っ掛けがあれば、姿を現す。
最後の逃げ道。袋小路の行き止まり。甘美な闇の部屋。そこに至れば恐れは減り、立ち上がることができる。罪に塗れ、罪に溺れ、罰を求める。酷くゆがんだ英雄への道。その道が開かれる時は近い。
『青年』の胸の奥で、『アリス』が軋み、悲しげな笑みを浮かべた。
次で6章は終わります。
アリスと青年にとって重要な分岐点となる話です。
いまからちょっと胃が痛い。
次回も楽しみにしてくださると嬉しいです。




