第25章 グリムス領の日常2
いつもブクマありがとうございます。
終盤のイェレナの心の声に予定から抜けてた一文があったので、入れました(3月8日1時40分)
――カイトが狩りを始めてから三時間ほど経過し、太陽は真上を少し過ぎた辺りで輝いている。
「うーん、41匹かぁ。50には届かなかったか、残念だな」
カイト呟きながら倒したばかりのアースドラゴンをアイテムボックスに放り込んでヘルムを外す。次いで今度はアイテムボックスからズゥ肉のサンドイッチを一つ取り出す。
取り出したサンドイッチを齧りながら岩陰に座りこんで休憩に入る。休憩中に考えるのは一人の少女のことである。
(アリス今頃何してるかなぁ。住む世界が違うってこういうのをいうのか、随分遠くに行ってしまった気がするよ)
カイトは三日目には屋敷を出て宿暮らしを始めたが、それ以来アリスには会えていない。一冒険者であるカイトが領主の屋敷に気軽に訪ねるわけにもいかず、アリス自身もアンジェリスにいる間に溜まった仕事で屋敷に篭りきりだったのだ。
カイトとしては毎日顔を合わせたいくらいなのだが、そうはいかないのが現実だった。AWO時代は休みの日は『青年』のログイン時間に合わせて生活していたし、代休は全て『青年』の休みに合わせて取っていた。当のアリスは迫る『とある行事』に頭を悩ませて頭を抱えているのだが、カイトはそんなこと知る由もない。
カイトはサンドイッチを食べ終えると、軽くストレッチをしてからヘルムを付け直す。
「さて夕方までに今度はズゥを狩りにいかないとな」
岩陰から出て次の予定を決めると、ズゥのいる場所に向けて歩き始める。徐々にスピードを上げて、ついには岩場に来た時と同じように走り始める。
この後カイトは夕方までにズゥを50匹ほど狩って町に戻ることになる。その際に空を飛ぶモンスターとの戦いの反省点をいくつも見つけては、試行錯誤を繰り返していた。そのため朝より時間は長かったが、狩ったズゥの数はアースドラゴンと大差ないものになってしまった。
狩りを終えて町へと歩いているカイトは、今日の成果について考える。狩った数は100近いが、交易と領の内需だけで簡単に消費される程度の量だ。そもそも、ズゥクラスのモンスターだけでいえば年間でも200匹前後しか狩られていないので、カイトの討伐数は十二分以上に貢献しているのだが、そんなことはカイトにはわかっていない。
領内の冒険者は数千人、国内の他の町が一番多くて1000人前後、それを考えればとんでもない人数である。内需に寄っている分、交易と両方を満たすためには一日100匹では少ないくらいだ。
全ての冒険者がこのレベルのモンスターを狩れるわけではないので、数千匹の高レベルモンスターが毎日供給されているわけではない。それでも毎日でもズゥ肉を食べれることを考えれば、他の冒険者達のがんばりも窺えるというものだろう。
そんなことを考えている内に町の入り口が見えてくる。仕事の終りを感じてカイトも少しだけ気を抜いてヘルムを外す。そして汗やらを拭うと、愛しい少女の治める町へ向けて早足で近付いていった。
――カイトがギルドに到着すると、朝とは違う受付が外に設置され怒号が飛び交っていた。夕方の時間には多くの冒険者が帰還してくる。当然それだけ『戦利品』も持ち込まれる。巨大な戦利品を受け取るのに屋内ではすぐに溢れ出してしまう。なので、外に受け取り窓口を設置するのだ。
それらの戦利品を運ぶために入り口からギルドまでの道は広く取られている。そしてギルドでは臨時で冒険者を雇って運搬と未解体の戦利品の解体を行うのだ。これは一部の冒険者の収入源になっている。
カイトは受付の列に並んで自分の番を待つ。カイトと一部のアイテムボックス持ちの冒険者以外の冒険者は、戦利品の番をするメンバーと列に並ぶメンバーで分かれているようだった。
大人しく並んで待っていると、カイトの順番が周ってきた。カイトの登場に臨時雇いの冒険者達が集まってくる。周囲には今まで以上の怒号が鳴り響いている。
カイトは戦利品の受け渡しのためにアイテムボックスからモンスターの死骸を取り出すが、取り出すのは数匹だけだった。一度に全部出すのはさすがにスペースの問題で無理なので、少数ずつ出すしかないのだ。
カイトがモンスターを取り出しては冒険者が運ぶを繰り返していく。転移者の冒険者は大量の戦利品を持ち込むため、どうしてもこういう状況になるのだ。
数十分経ってようやくカイトの戦利品が底をついた。臨時雇いの冒険者達はスタンピートでも食い止めたかのような盛り上がりを見せている。ある意味スタンピートみたいなものかもしれない。そんな様子をカイトは苦笑いしながら見ている。
カイトが報酬を受け取って受付を離れて人気のない所まで来ると、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「今日も一日がんばったみたいだね、竜騎士様!」
そこにいたのはいい笑顔をしたイェレナだった。カイトはうんざりした表情で軽く手を上げて彼女に応える。
「その呼び方は……、あぁ、言うだけ無駄ですね、そうですね……」
カイトはイェレナの自身への呼び方に不満があるが、もう何度言っても無駄だとわかっているので諦める。今まで何度言っても変わらなかったのだから、少なくともイェレナが満足しない限りは無意味なのだろう。
「へぇ、そんなこと言っていいのかなー?」
イェレナは意地の悪い笑みを浮かべながら一枚の紙を取り出す。そしてそれをヒラヒラと振った。
「それは何ですか? ん? もしかして……」
問いかけるカイトだが、朝の出来事を思いだして目を見開いた。イェレナは笑みを更に大きくして口を開く。
「約束したお姫様のじょ・う・ほ・うだよ。これが欲しくないのかしら?」
カイトは流れる動きで腰を曲げて頭を下げる。
「すいませんでした、イェレナさんっ!」
アリスの情報の前にはプライドなど存在しない。それくらいカイトは深刻なアリスニウム――アリス的な何かの成分? ――不足に陥っているのだ。
「がんばる冒険者に、ギルドのお姉さんからのご褒美よ」
カイトの見事なまでの謝罪に満足したイェレナは、満たされた表情で紙を一枚カイトに手渡す。カイトはそれを見て顔を赤らめて目を見開いた。それは転写魔導具を用いて作られた所謂写真だ。だが問題なのはそこに写っているものだった。
「こここ、これは!」
そこに写っていたのはアリスだった。ただし普段と違う髪形、服装をして頬を恥じらいに染めた姿だった。それから目を逸らせないカイトをイェレナが目を細めて嬉しそうに見つめている。
「去年の『大狩猟祭』の時の開会式の転写紙。そして去年のリクエスト衣装の当選衣装『踊り子』よ」
カイトの目に映るのは露出度の高い踊り子衣装に身を包み、髪型をポニーテールにしたアリスの姿だった。
「これは一体どういうことなんですか。こんな素晴ら……、じゃない、このけしからん姿のアリスって!」
さりげなく重要な情報を口にしたイェレナとしては、そっちよりもアリスの方に興味を示すカイトに呆れるしかなかった。
(『大狩猟祭』についてはスルーするのね。知ってたわけじゃないみたいだけど、冒険者としてどうなのよ……)
「私もここに来て知ったんだけど、年一回の『大狩猟祭』では開会の挨拶にアリスが出てくるの。その挨拶でアリスは参加者のリクエストの中から抽選で選ばれた衣装を着る。去年当選したのがその『踊り子』だったのよ」
イェレナはさっきした説明を詳しく話す。カイトは唾を飲む音をさせながら、それに聞き入っていた。
「ちなみに今年の『大狩猟祭』の参加受付とリクエスト募集は、明後日から始まるみたいよ」
明かされた情報にカイトの全身が目に見えて跳ね上がる。イェレナはその様子に心の中でドン引きしてしまうが、なんとか受付で培った精神で表には出さずに済んだ。
(まぁ、『アレ』よりはマシかもしれないけど……マシよね?)
イェレナが内心思い浮かべる『アレ』とは過去のリクエストリストにあった、一つのリクエストだ。酷いを通り越して何故あんなリクエストができるのかが理解できない。しかも、ここ20年以上の間、毎年必ずそのリクエストはされているのだ。
「何はともあれ、リクエストに参加するには『大狩猟祭』への参加は必須。もちろん参加申請は出すのよね?」
それを聞いてカイトが獰猛な笑みを浮かべた。先程までのだらしない態度とは違って、獲物を見つけた獣のような姿だった。
「『大狩猟祭』ってのが名前の通りなら、Sランクへの足がかりには十分だし、何よりそんな面白いことを逃す手はないよ。アリスの件と合わせて一石二鳥さ」
イェレナは自分の読み違いに気付く。カイトは『大狩猟祭』についてスルーしていたのではない、ただ話題にするまでもなかっただけなのだ。今の表情からイェレナが気付いたのは、カイトが冒険者であることを心底楽しんでいるということである。
(『騎士』なんて上等なもんじゃないね、これは。例えるなら『狂戦士』ってとこかね)
イェレナはカイトへの認識を改めながら、その獰猛な顔を見つめる。今ここにモンスターでもいれば、恐怖から逃げ出すんじゃないかと思えるほどカイトの顔は獣染みていた。正直歴戦の元冒険者であり、様々な冒険者を見てきたギルド職員でもあるイェレナですら、恐怖で身体が悲鳴を上げそうになっている。次の発言を聞くまではだが。
「ところで、アリスへのリクエストって首輪裸エプロンとかもありなのかな?」
瞬間、超ドン引いた。身体が全力で後ろに下がった。それはもう凄い勢いだった。冒険者時代でもここまで動けたことはないだろう。それくらい全力で逃げた。
当のカイトは何故引いているのか理解できないのか首を傾げている。
「あああ、あんた! アリスに衆人環視の中、全裸同然で挨拶しろって言うのかい! つか、首輪、首輪って!」
カイトはそれを言われてようやく気付いた――と言っても理由の一部だけだが――のか、はっとした表情で考え込んでしまう。
(二人きりでも裸エプロンはともかく、首輪はまずいよな。これも竜人としての欲求なんだろうか)
ドラゴンの雄は強い雌を力で屈服させて交尾に及ぶという生態を持つ。雌もそれを受け入れているので、ドラゴンの社会で問題になることはない。人型ドラゴンである竜人にも同じ習性があるのはAWO時代から設定で示唆されていた。
「あー、すいません。忘れてください、ほんとお願いします。最近アリスに会ってないせいか、ちょっと変なテンションになったみたいなんです」
いい訳がましく謝罪するカイトだが、イェレナは距離を現状で保っている。
(ドラゴンの性なんだろうけど、思ってた以上にコイツ変態だわ。こりゃ、『ジムのこと』話したら暴走するんじゃないか)
イェレナの中でカイトの立ち位置と、ある秘密を隠し通すことが決まった瞬間だった。結局カイトはイェレナの認識を変えることはできず、そのまま空が暗くなって解散となった。
カイトはイェレナと別れてから、アリスの転写紙を何度か見ながら自分のことを考えていた。
(明らかに欲求不満なんだろうなぁ。アリスに対する欲望は日に日に強くなるし、今更ながら竜人を選んだ過去の自分が恨めしいよ)
カイトは自分のあまりの状況に、ため息を吐きながら片手で顔を覆う。指の隙間からもう一度アリスの転写紙を見る。起伏など欠片もないアリスの身体だが、それに異常なほど艶かしさを感じてしまう。
(何やってんだよ、僕。日本なら逮捕案件だよ、ほんと……)
そんなことを思いながら温泉区画への道を進む。今日もこの後は温泉に入って、夕食を食べて宿に戻って就寝する。ただそれだけなのだろう。今までと違うのは、その手に持つアリスの一枚の転写紙である。
こうしてカイトのこの世界での新しい日常は進んでいく。
グリムス領の日常・カイト編終了
主人公不在の恐怖再び
カイトは変態、みんな覚えよう
活動報告でアンケートやってます




