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第12話 ピラミッドに巣食う者

「砂漠の守り神様はね、砂漠の護り神なんだ!」


「そう……なんだね」


 黄金ピラミッドに一番近い村で出会った少年はキラキラした目で話す。


「ここからこっちの方にいったらその守り神様の祠があるんだ」


 少年は西を指差す。


「そっちの方角って……」


「うん……最近その祠があった場所に金ぴかのピラミッドができちゃったんだ……。小さい祠だったから、もしかしたら潰れちゃったかも……」


 少年はしゅんとうなだれる。


「祠はずっと昔からあるんだけど、誰もお手入れしてないからボロボロだったんだ。僕がお手入れしたかったんだけど、子どもが行ったら危ないって言われた。だから今どうなってるかはわからないんだ」


「それで僕たちは祠の様子を見に行ったらいいんだね?」


「うん。大人たちは祠をほったらかしにしてたから神の怒りに触れてピラミッドが現れたと思ってる。だからみんな家で縮こまってるんだ。この村から子どもが消えてるのも神の怒りだってさ。何も起こらなかった時は信じてなかったのにこういう時は信じるんだから困っちゃうよ」


 少年は拳を握りしめる。


「でもね! 僕は守り様がこんなことをするとは思えない! だって会ったことあるんだもん!」


「ほ、本当に?」


「ほんとだもん! ピラミッドが出る前に大人たちに黙って祠に行こうとした事があるんだけど、その時モンスターに襲われて、神様に助けられたんだ! 神様は人間にとっても似てるけど、耳だけはとっても大きかった! それに力がとっても強かった! パンチの一撃でモンスターを倒しちゃったんだよ!」


 ふむ……人間に似ているか。

 通りすがりの冒険者の可能性もなくはないが、耳がデカいに力が強いか。

 人型モンスターの線もあるな……。


「わかった。僕たちが祠に行って守り神様を助けてくるよ」


「お願い!」


 とは言ったものの今も彼を助けた人物がこの砂漠にいる確率は低いだろうなぁ……。

 せめて祠の現状だけでも彼に教えてあげよう。


「あっ、君にも一つ聞きたいことがあるんだけど」


「なに?」


「ここを金髪の女の子が通らなかったかい? とっても綺麗な顔をした子なんだけど……」


「うん、通ったよ! 綺麗だけど弱そうだったから声をかけなかったけど!」


「そ、そうかい。ありがとう、じゃあ行ってくるよ」


「お願いします! 女の子みたいなおにいさん!」


 あっ、しまった! 完全に男の口調で喋っていた!


「オホホホ……」


 いまさら遅いかぁ……。

 出会ったのが少年で良かった。


 しかし、やることが増えてきたぞ。

 顔がバレてる以上女の子っぽくふるまうのも重要な作戦なんだ。

 物事の優先順位を決めて油断せず一つ一つこなしていこう。




 ● ● ●




 エンデたちがヒラムスの村に到着する数時間前――。


「これが……黄金ピラミッド……」


 ナージャは目的地に到着していた。

 目の前に広がるのは人の手で作られたとは思えないほど精巧で歪みの無い造り、そして鋭い日の光を反射する金色のピラミッド。


「わぁ……なんだか……思ってたより小さい様な……」


 ナージャの頭の中のピラミッドは空を追い尽くさんとするほど巨大な物だった。

 もちろん今目の前にある物も間違いなく巨大だが、旅行先の名所に期待し過ぎてガッカリという現象が今の彼女には起こっていた。


「でも、金でできてるってのはホントだったんだ!」


 ナージャは巨大な金の建造物を見つめごくりと生唾を飲む。


「これ……ちょっと削って持って帰るだけで大金持ちなんじゃ……」


 そんな言葉が口からこぼれる。それを聞いて彼女はぶんぶんと首を振る。


「いえ! きっとこの中にはもっとすごいお宝があるはずなんです! ちょっと金を削って帰るなんて冒険者じゃありません!」


 ずんずんとピラミッドに近づくナージャ。


「……あれ? どこから入るんだろう?」


 今見えている四角錐(しかくすい)型のピラミッドの表面には入り口のようなものは見当たらない。


「反対側にあるのかなぁ……。でもこれ回り込むのも時間かかりそう……」


 ピラミッドを見つめてうろうろするナージャ。

 その時、急に彼女の前の巨石がスライド移動。ピラミッドの中へ続く道が現れた。

 これには流石のナージャもビックリして腰を抜かした。


「あ、あわわわっ……。だ、誰か見てるんですか……?」


 キョロキョロ周りを見渡しても誰もいない。


「こ、これはピラミッドが私を呼んでるんだ! い、いっくぞー!」


 ナージャは成功の剣を抜き、それを握りしめながら黄金ピラミッドに突入した。

 内部は黄金には輝いておらず、普通の石が積み上げられた通路が続いていた。


「流石にこの巨大なピラミッド全部が金というワケではないんですね……。表面だけでもすごい量の金ですけど」


 恐る恐る奥へと向かうナージャ。

 通路にはところどころ松明が灯っており多少は明るい。


「……はっ、誰!?」


 彼女の恐怖で敏感になった感覚が何かの気配を捕える。

 松明の火が揺らめく。生ぬるい風が頬を撫でる……。

 ナージャは怖くて動けなくなってしまった。


「や、やっぱりこんなところ一人で来るもんじゃないですね! 今ならまだ入り口も近いし引き返そう! そうしよう!」


 ナージャは意を決し来た道を全力疾走で戻る。


「あっ! 入り口が!」


 しかし、時すでに遅し。

 独りでに開いて彼女を招き入れたピラミッドの入り口はすでに固く閉ざされていた。


「あ……うぅ……」


 帰る道を失ったナージャはその場に立ち尽くす。

 開き直って奥へ進む気力はもう無い。

 そんな彼女の背後に黒い影が迫る。


「ぐっ! いやあああっ!!」


 ナージャよりも二回りも大きなその黒い影は彼女を地面に押し倒し自由を奪うと、ロープを取り出しその巨体には似合わぬ器用さで彼女を縛り上げた。

 そして、目と口も布で塞ぐ。


「んっ、んんんーーーーっ!!」


 一瞬で体の自由を奪われたナージャは担ぎ上げられ、通路の壁に現れた隠し通路の奥へと連れていかれた。

 その後、階段を昇ったり降りたり通路を進んだりしてある一室に辿り着いた。


 そこには人がちょうど一人入るサイズのガラスケース……カプセルがいくつも置かれ、その中にはすでに多くの冒険者が捕えられていた。

 ナージャを担いでいた巨大な影は豚の特徴を持った人型モンスター『オーク』だった。

 彼はナージャを空いているカプセルにぽいっと入れそのフタを閉める。


(な、何がどうなっているの……? 私どうなっちゃうの……?)


 視界を奪われているナージャには何が起こっているのかまるでわからない。

 暴れることも出来ずただぶるぶると震えている。


(ピラミッドはウワサの通り人さらいのアジトで、もしかして私捕まっちゃったの……? このままどこか知らないところで知らない人に売られちゃうの……? そんな私がこんなことって……)


 目が潤み、涙が流れそうになったところで彼女を強烈な眠気が襲う。

 カプセルの中に空気と一緒に催眠ガスが流し込まれたのだ。


(誰か……助け……。うぅ……眠い……)

 

 涙が頬を伝うことなく、ナージャは眠ってしまった。

 それを確認してからオークの男はその部屋の一画にある装置を操作し、ある場所と通信を始めた。


「あーあー、こちらオック。今入ってきた金髪の少女を捕獲した。これで冒険者保管用のカプセルは全て埋まった。子どもを捕えておく用の部屋もいっぱいいっぱいになってきた。もうこれ以上人をさらう必要はない。アジトの扉は閉めておこう」


「こちらモノゴ。了解した。アジトの扉は今後誰が来ても開かない」


「そろそろ魔界に帰れるなモノゴ。この収穫ならだれも文句を言わないだろうさ。ずっと魔界裏抗争の鉄砲玉やってた俺たちも遂にのし上がる時が来たぜ」


「それは良いんだが、アニキの容体が優れねぇ……。一瞬腕を掴まれただけだってのに酷い毒を流し込まれちまってる。ここや町にあった薬でもどうにもならねぇしどうしたものか……。アニキあっての俺たちだ。俺たちだけじゃこんな大がかりなプランは任されない」


「わかってるとも。だからこそ今はもう守りを固めて魔界に帰るんだ。再転移に必要なエネルギーはもうじき溜まる。魔界に帰れば流石に解毒薬くらい手に入る。それでアニキを治そう。それまで持つかは……アニキを信じるんだ。こんなところでくたばる人じゃねぇ」


「それはそうだ! でもよ、あれだけタフな兄貴が動けなくなる毒だ。きっと解毒剤や治療費も高いに違いねぇ。それにかこつけて上の奴らが今回の稼ぎにケチつけてくる可能性もある。『金稼ぎに出て金のかかる状態になってたら意味ねぇなぁ』みたいに! それが気掛かりだ。アニキは真っ当に頑張ったのにさ……」


「とはいえ今から人間を一人二人追加で調達してどうにかなるもんじゃない。それくらいのプラスは当然みたいな態度できやがる。アニキに関しては祈れるしかない、今はな。もう通信を切るぞ」


 オックは通信を切る。

 今彼が通信していた男はモノゴ。昨日の夜エンデに人さらいの現場を見られた張本人である。

 モノゴは今、アニキと呼び慕う人物の代わりにアジトの指令室のイスに座り広いピラミッド各部からの通信や映像を受けとり指令を出す仕事をしていた。


(にしても……あんな奴が人間の町に紛れ込んでるとは……)


 大きな一つ目をギョロギョロさせながらモノゴは思案する。


(逃げ切れたから良かったが、もし逃げ切れなかったら俺もアニキも死んでたか……。くううぅ……やっぱ思い出すだけでこええ! こんな怖い思いしてまで集めた人間、それを売って生まれる稼ぎには誰のケチもつけさせたくねぇ! たとえそれがこの計画を準備した上の奴らでもだ!)


 最近はやってくる冒険者も減っていて、人さらいの実行部隊も今は外に出ていないのでリーダー代行も暇なものだった。

 数時間答えの出ない問題に悩み続けていたモノゴがふとピラミッドの入り口前を映すモニターに目をやると、そこには四人の人影が映っていた。


(おっ、また来たか……。とはいえ人はもういらねぇ。ここからはグッと我慢の時間だ。目先の金に飛びついて今までの稼ぎを失うリスクはたとえ可能性が低くても負わない!)


 モノゴはモニターからぷいっと目を逸らす。


(このピラミッドの表面はただの金じゃねぇ……。というか金じゃない。金色の対魔法コーティングさ。少々物理的なダメージに弱くて、近くで表面を見ると砂嵐で引っかかれた傷が無数にあるが、魔法に対する効果はバツグン! そして、コーティングの下は石より固くて軽い金属! 別にピラミッド自体が物理に弱いワケではない! 外から入り口をこじ開けようとは思わない事だ……)


 モノゴは安心しきっているようで入り口前の四人が気になる。

 ちらちらとモニターを見る。


(ん……? なんか一人見覚えがあるような……?)


 四人パーティの中の一人、オレンジ色の髪をした少女にモノゴは注目する。


「もしや……パステル・ポーキュパインか……? あっ!!」


 その瞬間、彼はひらめく。


(そうだ! あれは最弱の魔王! 魔王なんだ! だから人間界に送り込まれた! 時期的に俺たちより後に!)


 彼は私物が置かれた場所を探り、その中から今より少し幼いパステルが映った写真を何枚か取り出す。

 魔界時代のパステルの盗撮写真だ。別に裏でなくても普通に出回っていた。そして、割と人気だった。


(間違いねぇ……少し顔つきが変わっているが間違いなく愛玩用魔王パステル・ポーキュパイン! その不名誉な二つ名の通り欲しがっている裏の大物はたくさんいる! しかし、たくさん居過ぎて争いの種になるのが目に見えていたので、立場のある者は手を出せなかった! だが、すでに人間界に送り込まれた今ならバレにくいのでは……。こいつをもし秘密裏に売り込めれば……)


 モノゴの心の中に黒い炎が燃え上がる。


(いけるっ! あれを連れて帰れば誰も文句が言えねぇほどの実績だ! アニキの毒のことも不問! それどころか文句を言う奴より上に行ける可能性まで出てくる! これぞ一発逆転の幸運! 舞い降りたチャンス! これを掴むために俺たちは一か月以上も頑張ってきたんだ! きっとそうだ!)


 彼はもう止まらない。

 通信機器を弄り、自分の音声が今ピラミッドにいるすべての同胞に届くように設定する。

 そして、言い放った。


「野郎ども! 最後の大仕事の時だ!」

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