第09話 砂漠の町の影
ザンバラの町に到着してから六日が経過した。
その間に俺たちは町の観光スポットを巡ったり、周辺地域の探索などなどを行った。
観光は楽しかったし、砂漠に出没するモンスターは強くてダンジョンでのんびり過ごしてなまった体を鍛えるにはもってこいだった。
探索で見つけた珍しい鉱物や植物、倒したモンスターから採れる素材は売れるので資金には問題が無い。
十分にザンバラを堪能したと言える日々だった。
黄金の風の謎がまるでわかっていない以外は……。
「この町の雰囲気にもずいぶん慣れたな」
「一週間近くいると流石にね」
ホテルのベランダからパステルと共に町の夜景を眺める。
観光地だけあって夜もほんのり明るい。風は少し冷える。
「予定ではそろそろ帰る準備をし始める頃だが、どうだ? もうちょっと伸ばしても私は構わんぞ」
「うーん、やっぱり黄金ピラミッドには行ってみたいなぁ。なんか黄金の風の謎もそこに行けばわかる気がする。というかこの何日かで怪しいところを探索したけど何の成果もなかったし、もうそこしかすがる場所はないかな」
「ナージャもずっとそう言っておるな。あの酒に酔っていた夜以来あまり熱弁はしなくなったが」
この六日間ほとんどナージャと行動を共にした。
彼女は危なっかしくて一度気になると放っておけない気分にさせる。
何度か剣を持った万全の状態の彼女の戦いを見たが……うーん、基本は覚えているけどぎこちないといった感じだ。
そして、あの【超運の身体】については……予想通り『物心ついた時からこのスキルです!』という言葉が返ってきた。
『その前に何かスキルを持っていなかった?』と聞いても覚えていないの一点張り。
何か秘密を知っていて隠しているのか、それとも本当に知らないのか……。
「ナージャと俺が二人でピラミッドに行って、二人っきりの時にこっちの【超毒の身体】のスキルを明かそうか……」
「同じスキルを持つ者ならば何か話してくれるかもしれんか……。私も外観だけは見てみたいのだがな、黄金ピラミッド」
「じゃあ、手前の村まではみんなで一緒に行こうか」
「中に一緒に入るのはやはりマズイか?」
「うん……この六日でわかったけど、この町と周辺地域は今人さらいが多発している。もとから多い地域ではあるのだけど、黄金ピラミッドが現れてからはその数が増えている。被害にあっているのは子どもが大半だけど、ピラミッドから帰ってこない冒険者ももしかしたら……」
「ピラミッドは人さらいの根城の可能性が高いか。しかし、わからんな。実物を見たわけではないから何とも言えんが、本当に黄金のピラミッドを人に気付かれぬように造り上げられるような能力を持った奴らならなぜ人さらいなどする。どう考えても割に合わん。その建築技術を真っ当に使えば大金持ちになれるし、そもそも材料の金を売れば金稼ぎは出来るというのに……」
「そうだよねぇ……分からないことだらけだ。でも、現場に行けば何かわかるかも。冒険の基本さ」
「では、明日にでも行くとしようか。初めての皆での旅行だ。心残りははないようにしようぞ」
「うん」
寄り添って町の風に吹かれる夜。こんなのも良いものだ。
風が夜でも元気に働く人の声を運んでくる。
町の明るい大通り、薄暗い路地裏、それぞれで影がうごめく……。
「……パステル、ちょっと出てくるよ」
「むっ!? どこに?」
「見えちゃったんだ。人さらいの現場が……」
暗い路地裏で子どもが何者かに袋に詰められるところを。
そして、ほんの一瞬の小さな悲鳴を。
「流石に現行犯を見逃すのは後味が悪い」
「わかった。私はメイリの部屋にいよう。気をつけて行って来い」
「了解」
俺はそのままベランダから飛び出し、建物の屋根を飛び回り人さらいを追う。
人間よりかは夜目がきく。見失うことなく標的を発見した。
人目につかない路地を選び、足音をたてることなく迷いのない足取りで町の外へ向かっている。
土地勘もある手練れだ。このままアジトまで追うか……?
いや、こちらには土地勘がないし一瞬見失った時にもし隠し通路や地下道に逃げ込まれたら追いようがなくなる。
助けるべき子どもがいる以上、今行動を起こすべきだ。
それに捕まえてからアジトの場所を吐かせることも出来る。拷も……尋問は趣味じゃないけど。
「ガマウルシ毒……」
俺はそっと奴が進むであろう道に建物の上から『ガマウルシ毒』を撒く。
この毒はツルツル滑るうえ触れるととんでもなく痒くなるのだ。
「うおおっ!?」
これまで物音をたてなかった人さらいも急に足を滑らせて驚きの声を挙げる。
それでもさらった子どもの入った袋は手放さない。褒められやしないけどプロ根性があるな。
俺は建物から降りて体勢を立て直そうとする人さらいから袋をひょいと奪い取る。
「だ、誰だてめぇ!?」
「人さらいを見過ごせなかった一般人ですよ。このまま大人しく罪を認めて仲間の情報やアジトの情報を吐けば何もせずに衛兵に突き出してあげます」
「いきなり出てきて偉そうだなぁ……。お前も……ぐっ……なんだ? 体が……痒い!?」
男は体をかきむしり始める。
肌をひっかくその手は次第に強くなっていき、かいた後から血がにじみだす。
これ……想像以上にエグイ効果だぞ……。
この状態で話なんて出来るはずがない。一旦治してやるか……。
俺は生成した痒み止めの薬を人さらいにぶっかける。
「ぎゃあああああああああッ!! しみるううううううッ!! あっ……あああ……」
痒み止めはずいぶんと傷口にしみるようだ。
しかし、これだけの痛みを味わえば大人しくなってくれるだろう。
「それで……さっきの話の続きですが」
「わかった! 話す! だからもうやめてくれ!」
「ではアジトはどこですか?」
「人間たちが言う『黄金のピラミッド』が俺たちの拠点だ……」
「えっ……」
さっきパステルと話していた予測が確信へと変わった。
黄金ピラミッドは人さらいのアジト……。
「目的は? あのピラミッドを作ったのはあなた達ですか?」
「あんなすげえもんは頭の悪い俺たちにはつくれねぇ……。俺はただの下っ端……実行犯……。目的は……」
ザクッ……何かが切り裂かれる音がすぐ近くで聞こえた。
人さらいの男の言葉が途切れた。もしや口封じに……。
違う! 俺の子どもの入った袋を持つ腕が肩から切り落とされた!
そして、地面に落ちようとする袋を奪い去ろうとする腕が伸びてくる!
「させるか!」
俺はすぐに腕をくっ付け、子どもを奪い返そうとした人さらいの仲間の腕を逆に掴んだ。
「なに……!?」
流石に一瞬で腕がくっつく人間を見て、明らかにさっきの人さらいより格上そうな奴も驚きの声をあげる。
「あたり前だけど組織で動いていたんですね。動かないでください。動いたらこの腕が無くなり……」
言葉を言いきる前に男は動いた。
捕まれていない方の手に風を集め、俺ではなく袋の子どもを切り裂きにかかる。
風の刃……風魔術使いか!
「くっ……」
俺は体を盾に子どもを守る。
その際に腕を切られ拘束を解いてしまったが、もう毒は流し込んだ。溶解毒も麻痺毒もだ。
もう利き腕は使い物にならないはず……。
「あ、アニキ……腕がぁ!」
「作戦中はリーダーと呼べ。お前は昔からおしゃべりすぎる……。退くぞ。何者かは知らんが……こいつの相手は俺でも出来ん。計画の遂行を優先する」
男の腕は溶けてただれてはいるが思ったより状態が良い。人間の腕なら確実に溶かしきれる量の毒だったはずだ。一度やった事があるから間違いない。
それに傷口から麻痺毒を流し込んだのに体が動いている。一瞬しか隙がなかったため調整がきかず致死量ギリギリ注ぎ込んでしまったと思っていたが……。
この疑問の答えは……一つだ。
こいつら人間じゃない!
「逃がさない!」
頑丈なら多少強溶解毒をくらっても問題ない。
そのこれ見よがしに意味深な計画を全部話してもらうぞ!
俺は毒液を人さらいたちに向かって撒く。
「その力は魔術ではないのか……。ならば」
リーダーは体を引きずりながらも周囲に風を起こす。
毒液は人さらいたちに届かず、辺りに飛び散り建物や道を溶かす。
くっ……俺の毒は魔術ではない。
生成のスキルはあっても制御のスキルが欠けているから、生成した物を球体にして撃ち出す初歩的な事も出来ない。
だが、それなら接近して……!
「おい」
「へい、アニキ……じゃなくてリーダー」
下っ端の男が砂を生成する。【土魔術】の使い手か。
「合体魔法! デザートストーム!」
リーダーの魔法と下っ端の魔法が合わさり激しい砂嵐が巻き起こる。
視界はあっという間に奪われてしまった。
液体の毒を撒いてもこの砂の量では抑えることが出来ない。
砂嵐が晴れた頃には……奴らはいなくなっていた。
「クソッ!」
思わず地面を強く踏みつける。
俺のスキルは明らかに不完全だ。これで本当にSランクなのか……?
ずっとこの力に頼ってきたけど、いよいよいったいこのスキルとはなんなのか知らないといけない時が来たんだ。
でもナージャは何も知らなさそうだし、俺は両親も生まれた場所も知らない、知っている人もいない……。
「う……ぐぐっ……!」
抱えていた袋がもぞもぞと動く。
「あっ、大丈夫かい君?」
すぐに袋から子どもを出す。
まだ体の小さい少年だ。日に焼けた肌からこの町の子で間違いないだろう。
「お、おにいさん……」
「もう悪い奴らは追い払ったよ。家の場所はわかるかな?」
「う、うん……。よく遊んでるからこの町の道はわかる……」
「じゃあ、お家までお兄さんがついて行ってあげから帰ろうか。最近はああいう悪奴らが増えてるから夜出歩かない方が良い」
「お、お店のお手伝いでゴミを外に出してたから……」
「そうか……」
「おにいさん、助けてくれてありがとう……」
「あっ、どういたしまして。怖い思いをしたのにお礼が言えるなんて偉いね。でも、気にしなくていいよ。僕はそんな大したことは出来なかった……」
俺はその子を家に送り届けた。
少年の母は彼がいなくなったことに気付いていて、帰ってきた時はとても喜んでいた。
礼は受け取らず足早にホテルへと帰る。
「もっと頑張らないとなぁ……」
あまり明るい気持ちにはなれないが、助けた男の子とそのお母さんの笑顔だけは少し俺の心を明るくした。




