第07話 ザーラサンデスワーム
「ひえええええええええーーーーっ!!」
ナージャが砂の上を必死で走る。
俺たち五人は今ザンバラの町からザーラサン砂漠に出て西に進んだところにいる。
ここから肉眼でまだザンバラの町が見えるのでそんなに砂漠の奥地というワケでもないのだが、現れるモンスターは……デカイ。
「くっ! デスワームなんて言うから伝説的なモンスターで数が少ないと思ってたら群れでいるのか!?」
「私が来た時は運よく一体だけだったんですけど、なんかたくさん出てきちゃいました!」
大きな口の付いた巨大ミミズと形容するのがふさわしいモンスター『ザーラサンデスワーム』はその長い身体で砂中を進み、飛び出る瞬間に地上にいる獲物を捕食しようとする。
ナージャはその攻撃をかわす際に剣を落としてしまったらしい。
まあそれはそれとして、今の何匹ものデスワームが得物を喰らおうと天に伸び上っていく光景はさながらこの世の終わりのような恐ろしさとおぞましさがある……。
小さかったり大きかったり個体差はあれど、どれも人間くらいなら一飲みに出来そうだ。むしろ人間一人にこれだけ元気に襲い掛かって栄養的に釣り合うのだろうか?
「パステル! 下から来るぞ!」
足元の砂の動きが不自然なものになると奴らが飛び出てくる合図だ。
「うむ! 修羅器を使うぞ!」
パステルがその手に巻物を出現させる。
魔界では出番がなかったけど、それは依然として彼女の新たな力だ。
修羅器『絡繰毒蝦蟇の巻物』を口にくわえものの数秒でパステルはけばけばしい色をしたカラクリカエルを召喚した。
「乗る!」
パステルがそう命令すると彼女の腕に巻き付いている巻物が腰に移動、そしてカエルと彼女を固定するベルトの様に変形した。
さらには今まで右腕からしか出ていなかったパステルとカエルをつなぐオレンジの糸が両手両足から出現。
これにより彼女はツルツル滑る『ガマウルシ毒』が塗られたカエルの背中からでも落ちることはなくなった。
ちなみに直接この毒に触れると痒くなるので手袋を新調している。
「跳ぶ!」
カラクリでもカエルはカエル。その高い跳躍力を生かして前方へと大きく跳んだ。
次の瞬間、さっきまでパステルのいた位置にデスワームが出現した。
「そろそろ一体くらい仕留めるか……!」
今飛び出した個体は群れの中でも砂中を移動するスピードが速かった。
ゆえに今群れから離れている状態だ。
あんな巨大な化け物を同時に相手にはしたくないけど、これなら!
「伸びろ剣!」
俺は相棒の剣を毒液状化し刃の部分を引き伸ばす。
そして伸びたところで再び刃の硬さを取り戻させる!
修羅神に与えてもらった俺に触れている間だけ一体化する効果を訓練、応用して多少は剣を伸ばせるようにはなった。しかしこれ以上伸ばすと本来の刃の硬さを維持できない。
だが、今からぶった切る個体はまだ体の直径が大きくないので、これなら真っ二つに出来るはず!
伸びた剣に強溶解毒をコーティングし、また砂に引っ込もうとするデスワームを横なぎに切り裂いた。
多少力が必要だったが、まあまあ難なく切ることが出来た。まずは一体……。
「って、これ切って倒すのは良いけどこの体内から剣を見つけるって無理じゃない!? 一体しかいないならまだしも……」
「えーん! 私も剣を飲みこんだ個体がどれだがわかりません! 大きさ以外みんなそっくりなんですもん!」
「まいったなぁ……。もう町で剣を新調した方が早いし安全だと思うよ」
「そうですよね……。うすうす感づいてはいたんですが、みなさんお強そうだったので甘えてしまいました……」
ナージャは落ち込んでいる。
もしかして何か思い入れのある剣なのかな……。
俺もこの剣は今となっては特別な力があるけど、その前は普通の剣だった。
それでも命を預ける装備の一つだから思い入れがあったもんなぁ。
「もうちょっと頑張るんでも帰るでもいいんだが、決断は早めにしてくれ! 俺はちょっと相性が悪くて足手まといだ!」
サクラコは対モンスター戦ではその力を満足に発揮できない。相手はもとより裸だからだ。
人間なら意識を失わせることも出来る電気ムチもこの巨体には何の効果もない。
そして砂漠というフィールドも苦手で、弾力を生かしたダッシュも砂に足をとられてしまう。
結果、今はパステルにおんぶされている。
「まさかこんなに早くパステルに助けられる日が来るとはな……。なんだか泣けてくるよ……」
「嬉しそうに笑っておるではないか」
「いや嬉しいのさ。ほんとに」
「私もサクラコを助けられて嬉しいのだが、まだまだ魔力には不安が残る。長期戦では私も足手まといになるぞ」
パステルは地上へ飛び出してきた小型のデスワームをかわし、その横腹にカエルの舌をムチの様に打ち付ける。
鋭い打撃にデスワームはそのまま地上に倒れ伏す。
死んではいないが一時的に気絶させることは出来るようだ。
「メイリ!」
「はい、パステル様」
メイリは銃を構え、水の弾丸をデスワームの頭部に連射する。
砂漠のモンスターだからか、大量の水を浴びると体がすぐふやけ脆くなる。
そのままメイリが銃撃の雨で頭部を潰し、また一体仕留めた。
水魔法が砂漠ではキーになる。しかし、この場にいる者ではメイリしかそれを使うことが出来ない。
「私はまだまだ戦えますが、皆様を守りながら戦うことになれば自信がありません。あいにくダンジョ……屋内戦の経験しかないので広範囲攻撃が苦手ですから」
雨の様に水を撒いて一網打尽とはいかないというワケだ。
「ナージャ、申し訳ないけど退いた方が良い。こう数が多いと君も危険だ」
「はい……。ごめんなさい。ほとんど初対面にも関わらずわがまま聞いてもらったのに……」
「そんなこと気にしなくていいよ。俺たちも砂漠のモンスターのことが知れて良かったしね」
なかなかデスワームは強い。この砂漠の中でも上位のモンスターらしい。
しかし対応できる。この情報は大きな収穫だ。
それにおおっぴらに毒の力を使えればさらに楽になると思うしね。
「じゃあ、急いで帰りましょう! 私逃げ足には自信があるんですよ!」
ナージャは走り出した。
なかなか砂にも慣れた器用な走り方をして……。
「っ! ナージャ!」
「はい?」
振り返った彼女を急に飛び出てきたデスワームが呑み込んだ。
砂の異変が一瞬過ぎた。
それにこの個体……砂漠の主かと思うほど大きく、体表に刻まれた無数の傷跡が生きてきた年月を思わせる。
「みんな!」
デスワームは飛び出してきた直後は天に向かって棒のように直立する。
これでは飲み込まれたナージャが落下の衝撃で死んでしまう!
みんなもわかっていたのかすぐに巨大デスワームの体に攻撃を集中させた。
カエルの舌、激しい水流、気持ちのムチ、そしてありったけの毒を含んだ剣!
このデスワームの表面は硬質化した皮膚で鎧のようになっていたが、それを攻撃で砕き身を切り裂く。
流石の巨体もこれには耐えきれず、ゆらっと揺らいだかと思うとそのまま地響きを起こし地面に倒れ伏した。
「俺が探しに行く!」
デスワームの口から体内へ。
流石に体の中はやわからかい。これが上手くクッションになって生きていてくれればいいんだが……!
「ナージャ!」
彼女の名を呼びながら奥へ奥へと進む。
まだこのデスワームは死んでいない。それにあまり気分の良くなる場所ではない……急ごう。
「エンデさーん……。こっちです~!」
ナージャの声だ。どうやら死んではいないらしい。
「ナージャ、大丈夫?」
「はい……ちょっと気を失っていたんですけどラッキーなことに無傷です。ただ大きな揺れと臭いで気持ち悪い……」
ナージャは顔を青くしてうずくまっていた。
そして、その手には剣が握られている。
「もしかして、それが君の剣?」
「うーん、ここは薄暗いのでよくわかりませんがそれっぽいような……そうでないような……?」
「とりあえず外に出ようか。この主デスワームはまだ生きてるし」
俺はナージャを背負い外へ出る。
その直後、巨大デスワームは意識を取り戻し群れを連れて地中へと逃げていった。
「エンデ! ナージャ! 大丈夫か!?」
敵の撤退を確認し修羅器を引っ込めたパステルと仲間たちが駆け寄ってくる。
「うん、この通り元気さ。それに剣も見つけたんだ」
「あの……この剣私のじゃないみたいです……。なんだか大きいですし、カッコいいですし……」
ナージャが杖の代わりにしている剣は刃が先端に向かうほど広がる長剣だった。
結構ごつくて彼女の腰に装備されている鞘とはまるで大きさが合わない。
「なんだか相当年季が入ってる気がしますが、その割には表面が汚れているだけで劣化していないような?」
ごしごしと持ち手の部分を布でこすって汚れを取るナージャ。
「何か文字が彫ってありますね……。『SuccessSword』? 『成功の剣』……? あああああああああっ!!」
彼女は剣を天高く掲げる。
「これは成功の剣! 持ち主に幸運を呼び寄せると言われる伝説の剣! いつの時代もこの剣のありかは変わり続け、探す事は至難の業! ただ持ち主にふさわしい者のもとには剣の方から現れるという逸話が残っているあの成功の剣!」
聞く前に全部説明してくれた。
ナージャは伝説とか逸話とかロマンにあふれる物が大好きなんだなぁ。俺も好きだけど。
ただ『成功の剣』か……。なんだか名前からして胡散臭いような……。怪しい人から高額で売りつけられそうな感じがするぞ……。
まあ、今回はタダだしいいか。
「ああ……私、運命に選ばれてしましました……みなさん」
「良かったね。でも、もともとの君の剣はどうしようか。もうデスワーム達は逃げてしまったし……」
「あの剣は高価なものではないのですが、思い入れもあったので出来れば取り戻したいなと思ってたんですけど、流石に砂の中に潜って追いかけるのは無理ですね……。きっと、この成功の剣と私を出会わせるためにあの剣は……。ううっ……私一生忘れません……!」
「ナージャの剣とはこれではないのか?」
パステルが小ぶりの剣を差し出す。
「あ、あらら? た、確かにこの剣ですが……ど、どこに? いや、ありがとうございます……」
「さっき倒した一体から出てきた。運良くな」
「ああ、お帰りなさい私の剣。もう会えないかと思ってました……」
諦めると探し物が出てくるってよくあるよね……。
かなり感情の起伏が激しい女の子だけど、どれも絵になるから美人って得だ。
「じゃあ、倒したデスワームから売れそうなものだけ回収して帰ろうか。そのお金で一緒にディナーでもどうだいナージャ?」
小粋な好青年風に美少女を夕食に誘う。
「ええ、喜んで。私の持っている情報もそこでお話します。黄金ピラミッドのことを……」
黄金ピラミッド……やはり存在するのか?
美少女に囲まれてディナーだって言うのに俺の頭にはこの広大な砂漠に広がるロマンばかりが気になっていた。




