第06話 修羅器をその手に!
俺が話をしてる最中、修羅神は『ふんふん』とか『ほー』とか『なになに』など小声で反応を示すものの特に口を挟んで話を止めることはなかった。
俺もほとんど噛むことなく、そして内容を忘れることなくこれまでのいきさつを話す事が出来た。どれもこれも今までの人生ではありえなかった鮮烈な記憶だったから良かった。
「ふー……」
話を聞き終えた後、修羅神はしばらく黙っていたがやがて口を開き……。
「面白いな、いやはや」
と言った。
「まさかこんなにも興味深い話が飛び出してくるとは思わなかったぞ。正直私は普通に兄妹だと思っておった。あまり似てないのでそのところを探りたくて聞いたつもりがこれはこれは……」
「満足していただけましたか?」
「ああ、十分だ。しかし、そこのチンチクリンが魔王だったとはな。まるで魔力の流れを感じない……」
「悪かったな。チンチクリンなうえ魔力もスッカラカンだぞ」
「すまんすまんそう拗ねるでないパステルよ。我が思うにそなたの体にある魔力が少ないのは事実だ。しかし、魔力の流れを感じないのは別に原因がある。それは……そもそも魔力を大して使ったことがないからだ。違うか? それ系のスキルが無いだけではなく、持ち主の魔力を消費して効果を発動させる魔法道具もろくに使ったことがないであろう?」
「むぅ……確かに魔法道具は高価で買えず、学園の物を借りて使おうとしたらいつも誰かに持っていかれていてまともに使えた試しがなかったな……。最近になって魔力銃を何度か使っただけだ」
「あー! かわいそう! そりゃ使ってないものは発達しない! 体内魔力が少ないというのは生まれつきのようだが、それも魔力を使っていればじわじわ成長していくものだ! とにかく魔力を使う感覚を覚え、その流れを体に刻むことだ。これからお前に授ける修羅器を使ってな」
「私に授けてくれるのか……?」
「約束しただろうパステル? 今のお前には修羅器がなくてはならない。それに何もしない者とできない者は違う。出来ないからしようとしない者とそれでもしようとする者も違う。お前は今持てる力で出来ることをした。だから授ける」
「……ありがとう」
「俺からもお礼を言います。本当にありがとう」
「エンデ、お前の力の出どころも興味深い話だったが……今は時間が惜しいな。授ける修羅器を一緒に選ぶとしよう」
「選べるんですか?」
「パステルが使いこなせるものは少ない。どちらかというと選ばざるをえんというのが正しい。我の修羅器はダンジョンと同じく毒の力を持つ物が多いが、パステルはその毒でむしろ自分を傷つけてしまう。上手くパステルを守る力になり、それでいて魔力の修行になる物を今からいくつか宝物庫から探してくる」
そう言うと修羅神の影はカーテンから消えた。
「あの……エンデもありがとう。何度言っても足りぬが私だけではここにはたどり着けなっかた」
パステルが真剣なまなざしで俺を見つめる。
「そんな気にすることないさ。俺だって毒の力は偶然手に入れたものだし、その力を使って誰かの力にならなきゃその方がむしろ悪い気がする。君のために力を使えて嬉しいよ」
「そう言われると……また甘えたくなってしまう。でも、あまり甘やかさないでくれ。私はわがままなところもあるのだ。時には止めて叱ってくれ」
「そういうところがあるのも知ってる。でも、俺も人を叱った経験はあまりないからこれから学ばないとね。叱られた経験はたくさんあるけど……」
「私もたくさんあるぞ。私の方が多いかもしれんな」
「あまりそこで競う気にはなれないなぁ……。まあ、そういう日々の先に今があるのなら悪くない気もする。それ自体を良い記憶には変えられないけど」
「ああ、私も今までの日々を振り切って勝ってみせる。そして最弱魔王の名を返上するのだ!」
「そうこなくっちゃ!」
「盛り上がってるじゃないか我のいないところで」
スッとカーテンに人影が現れた。
「す、すいません……。必死に探してきてくれたのに……」
「別に構わんよ。結局一つしかパステルに合いそうなものは見つけられなかった。これだ」
カーテンの下の方に一瞬手が出てきたかと思うと、床に紫色の巻物が置かれていた。
修羅器の渡し方……意外とアナログなんだな……。
「それは絡繰毒蝦蟇の巻物。手に取ってみよパステル」
パステルはカーテンの近くまで寄っていきその巻物を掴んだ。
すると巻物がピカッと光ったかと思うとそのまま消えてしまった!
「あれ? ま、巻物はどこへいったのだ!?」
「慌てることはない。正式に修羅器がパステルの物になったというだけだ。修羅器は奪えない。他人に譲る事も出来ない。なぜなら修羅器は正当な所有者の意思で具現化され、正当な所有者のみがその力を引き出せるからだ。巻物の形を思い出して念じてみよパステル」
「む……うむむむむ……」
パステルが目をつむって念じると、光とともに再び巻物が手に収まっていた。
「これが私の修羅器か……。どうやって使うのだ?」
「先ほども言ったようにそれは絡繰毒蝦蟇の巻物。所有者が魔力を流し込み続けている間、その名の通り絡繰りの毒ガエルを召喚することができる。いわゆる召喚型の修羅器だ。試練に使ったヘビと似たようなものだな。ただし喉の紫の石のような明確な弱点はない。破壊されても引っ込めて待っていれば自動的に修復される」
「ふむ……魔力を流し込む……なあ。ど、どうすればいいのだ? 銃は引き金を引けばよかったのだが……」
「まずはイメージだ。自分の中にある力を巻物に集中させるようなイメージ……。本当にそれっぽく思うだけでいい。最初はな。あとは……ポーズというか構えだな。この構えをとったら召喚という魔力と動作の結びつけも有効だ。ガマを召喚するわけだから構えは……」
修羅神が精一杯ジェスチャーで召喚の構えを伝える。
最終的に巻物を口にくわえて右手の中指と人差し指だけをたてて胸の前に持ってくるポーズで落ち着いた。
「よし! やってみろパステル!」
「むっ!」
パステルがぎこちなく構えをとり、力を集中させる。
俺にもなんとなくだが彼女の体内の魔力が流れていく感覚がわかった。
「まだ無駄が多いが上出来だパステル。これなら召喚も……」
修羅神が言い終わらないうちに変化が訪れる。
パステルの正面に唐突に煙がもくもくと立ち上ったかと思うと、その中からけばけばしい色をしたカエルが現れた。体型はでっぷり太っているカエルではなくスリムなカエルだ。
その派手な色の体をよく見ると木目があり、関節など各部にさっき戦ったヘビと類似点が見られる。
そして結構大きい。高さがパステル二倍はあって彼女が乗っかっても問題ないだろう。
何はともあれ、このカエルが修羅神の言った絡繰毒蝦蟇なのは間違いなさそうだ。
「スゴイよパステル! 成功だ!」
「う、うむ……私にもできたぞ。なんだか……不思議な感覚だ……。魔力が体を巡ってカエルに流れ込んでいくのがわかる……」
褒めてあげようとテンションを上げた俺と裏腹にパステルは浮かない顔をしている。
今の彼女は右腕に口にくわえていた巻物がくるくると巻き付いていて、右手からは魔力で出来たオレンジに輝く紐が五本、ちょうどそれぞれの指の先端から伸びていてカエルにつながっている。
「ふふふ……まずは第一歩だ。おめでとうパステル。あとは慣れだ。慣れてくれば召喚までの時間も短くなり構えもいらなくなるだろう。実戦だといちいち細かい動作を入れている暇はないかもしれんからな。それと繰り返し練習だ。使えば使うほど魔力は成長する。さて、では最後にドクガマの能力をくわしく……」
「うぅ……なんだか……急に眠たく……」
パステルがふらふらしだしたかと思うと召喚されていたカエルが煙とともに消え、それと同時に彼女もバタンと地面に倒れこんでしまった。
元の形に戻った巻物がコロコロと転がり光となって消えた。
「パステル!」
すぐさま駆け寄り彼女の体を抱え起こす。
「う……んん……」
息はある。顔も穏やかなものだ。寝ているだけ……なのか?
「一分か。結構持った方だな」
「どういう事です。こうなる事をしっていたんですか?」
「ちょっとちょっと怖い顔するな。ただ魔力を使い過ぎて意識を失っただけだ。限界を始めに知っておかねば、どこまで使っていいものかわからんだろう? それにこれからの成長を実感することもできん」
「す、すいません。急に倒れたのでつい……」
「過保護だな。しかし、それも致し方なしか。流石に修羅器は魔力を多く使うとはいえ一分で気絶するなど聞いたことがない。そもそも修羅器を入手できる者は実力者なので当然なのだが……力及ばぬ者に授けるとこうなるのか。私も一つ賢くなった」
「修羅器はしばらく使わない方がいいですか?」
「お前は何を聞いていたんだ? たとえ何度倒れようと使わねば成長せん。戦いまでもう一週間もないのであろう? 泣き言を言い始めてもお前はパステルの尻を叩き続けねばならんぞ。それがお前の役目だ。強くしたいのだろう、お前の魔王を?」
「……はい」
「そんな苦しい顔をせんでもよい。目を覚ましたらパステルは勝手にまた修羅器を使い始めるだろう。心まで弱い子ではない。しかし……さっきと言う事は変わるのだが、無理をさせ過ぎてもいけない。まだパステルの魔力は未発達だ。この時期の無理は一生物の歪みを生む。エンデ、お前にドクガマの能力を詳細に伝えておく。明日から訓練を始めるのだ。今日の夜に起きだして修羅器を使おうとしたら止めろ」
「わかりました」
眠るパステルをおんぶして修羅神からドクガマの能力を聞く。
寝息が耳にかかるが気にしないようにしてメモを取りつつ真剣に覚える。
話はほんの数分だったのでなんとかこれならパステルに全ての情報を伝えられそうだ。
「……とまあ、こんなものだな基本能力は。あとは所有者の成長次第で変わる。一週間では応用は無理だから今教えた基礎をしっかり叩き込むのだぞ」
「何から何までありがとうございます」
「久しぶりの攻略者だからな。お節介を焼きたくなっただけだ。それに珍しいものを見せてもらったしな。我は満足だ。しばらくはまたお休みとしよう」
「では僕らもダンジョンへ帰ります。急がないといけないので」
「ああ、こっちの魔法陣から帰るとよい。一瞬で入り口に戻れる」
修羅神は部屋の中心に魔法陣を出現させる。
「他の修羅神のダンジョンでもこういうサービスをやってるかはわからんから気をつけることだ。最後になるが……これからもパステルを見守ってやれ。将来性のある娘だ」
「その覚悟はできてますよ」
「ふっ、そうだったな……。お前とパステルは表裏一体。もはや言葉はいらんな。さらばだエンデ」
「さようなら修羅神様。ありがとうございました」
パステルを背負い魔法陣へと歩を進める。
「あっ、そういえばエンデに追加の褒美を与えておらんかった!」
「あっ」
クールに去ろうとしたのにこれだ。俺もすっかり忘れていた。
手早く褒美を受け取って帰るとしよう。明日からの訓練を万全の状態で行えるようにパステルを早くベットでぐっすり眠らせてあげたい。
それにしれても褒美っていったい何が貰えるのだろう?
修羅器はルール上ダメだから……うーん見当もつかない。ただ、修羅神はなんだか楽しそうに体を動かしているぞ……。




