第11話 太陽の風
エンジェ・ソーラウィンド……。
魔界名家のお嬢様にして、魔界学園時代のパステルを虐めていた張本人。
名家の娘にしては魔法の制御能力が極端に低く、成績が安定しないイライラを成績最下位のパステルにぶつけていたのだ。
パステルが成長しなければとりあえず一番下にはならないから……。
しかし、エンジェは人間界に転移してから一か月後に行われた魔界学園での試合でパステルに敗北。
名実ともに最下位の烙印を押されることになったが、おかげでパステルとは友達になった。
あの時はパステルの勝ち方が良かった。彼女のメンタルの強さを思い知る出来事だったなぁ……。
もはや懐かしい。
しかし、なぜ彼女がここにいる?
目の前にいるのは本当にエンジェなのか?
その疑問を本人にぶつけたのはパステルだった。
「おぬし本当にエンジェか!?」
「ええ、そうですわよ。自爆で負けた上に情けをかけられたエンジェ・ソーラウィンドですわ。あなたに敗北したことで家から縁を切られそうになったエンジェ・ソーラウィンドですわ」
「う、うむ……」
「まあ……そんなことはもう昔のは話。今はあなたの友人エンジェ・ソーラウィンドですわ。そして、火の精霊竜の継承者エンジェ・ソーラウィンドでもありますわ」
「エンジェが継承者に!?」
彼女の竜眼は本物だったか。
確かに港町テトラで交信した際に火の精霊竜ヴァルカンが言っていた継承者候補の特徴にエンジェは合致する。
良いものを持っているが制御ができないのだ。
「その通りですわ! 本来ならばあなたたちとの合流を待つべきでしたが、こちらの精霊竜は見た目の割に臆病でしてね。強大な敵がいるとわかったらいてもたってもいられなくなって私に力を継承し、あなたたちが来るであろうこのネージュグランドに先回りしたのですわ!」
「ああ、その通りだ!」
噂をすれば、エンジェのドレスの中から小さなトカゲなような生き物が出てきた。
力を継承したことで体が縮んだ精霊竜のヴァルカンだ。
「精霊竜を殺した奴がどこかにいるってのにじっとしてられるか! 俺様は動かせてもらうぞ! いや、もらったぞ!」
俺たちはヴァルカンの臆病さに救われたようだ。
この雪の大地でエンジェの炎は心強いどころの話ではない。
火力だけならば彼女はとんでもない人なんだ。
「さっきからこっちを無視して仲良くやってくれてんじゃねぇかァ! ええッ!?」
「お黙りなさい下郎がッ!」
「ぐあっ……!? あ、あ……?」
エンジェに攻撃を仕掛けたガロンの胸をエンジェの貫手が突き刺さった。
それは背中まで貫通し、傷口を焼き尽くしていく。
「超……魔人の体を……なぜだ……」
「わたくしが苦手としているのはあくまでも魔力の制御、つまり初めから制御しようとしなければ……」
ガロンの全身が燃やし尽くされる。
同時にエンジェも激しく燃え上がる。
「火力では誰にも負けないのですわよ!」
ドレスは燃えてなくなり、代わりに彼女の体は竜の鱗に覆われている。
あふれる魔力を制御するのではなく、自爆しても問題ないようにする……。
それが彼女の答えか!
「一応エンジェの名誉のために力を与えた俺が言っておくとだな」
ヴァルカンが俺に話しかけてくる。
彼はエンジェが燃え上がる前に俺の近くまで避難していた。
「あいつは竜の力を受け継ぐ前に『制御しない』という自分のスタイルを考え出したし、毎日火傷しながらそれを実現しようとしてた。だから俺は力を継承した。それだけだぞ」
「継承者になるのに十分な実力を身につけていたってことですね」
「そういうことだ」
俺自身はあまり関わりの深くない女の子だったけど、こうやって成長した姿を見ると感慨深いものがある。
以前より表情が良くなっていることはハッキリとわかる。
ほんと良い顔で燃やすなぁ……。
ガロンから情報を聞き出せなくなっちゃった……。
● ● ●
「まっ、やってしまったものは仕方ありませんわ。相手はまだ未知の力を隠し持っていたかもしれませんし、やれるときにやりませんと」
エンジェの配下たちによって制圧された研究所内で暖を取っていた俺たちに、新しいドレスを着こんだエンジェが話しかけてきた。
「戦いとなれば燃えるのにドレスを着こむ意味があるのか? 鱗をまとっておればよいだろうに」
「鱗も体の一部なのですから、それでは全裸ではありませんの! はしたない……嫌ですわ!」
「冗談だ……」
パステルは『これは本当に本物のエンジェだなぁ』と苦笑いする。
口調は変わっていなくともエンジェは頼れる魔王になっていた。
配下の数も多く優秀で、この研究所とその周辺である国の建設予定地をガロンと戦ってる間に制圧していたのだ。
それだけにこっちの配下の少なさにはあきれているようで……。
「敵地にそれだけで乗り込むなんて……考えられませんわ」
「まあ、少数精鋭なのだ。一人一人はエンジェの配下にも負けんと思うぞ」
「戦いは数ですわ! 数がいなければ今回のように同時に二つの作戦を展開できませんのよ! そうなれば、あなたたちの連れていた山の子の家族を人質に取られていたかもしれないのですわ! おわかり?」
「うぐぅ……」
ペルプの家族は生きていた。
この厳しい環境に大きな建物を作ろうとしたら平地に住んでいる人間ではとても叶わない。
結果的に部族の人たちを働かせるほかなかったのだ。
むげに扱えるわけもない。
なにはともあれペルプを悲しませる結末にならなくて良かった。
「ま、まあ……これからの課題としよう……。それでよいなエンデ?」
「うん!」
「エンデさん、でしたわね。あなたもあんまりパステルを甘やかしていると尻に敷かれますわよ。意外と強情な子ですし」
「こ、心に刻んでおきます……」
パステルの尻に敷かれるか……。
五年もしたらそうなっている姿が俺にも想像できてしまう。
いや、もっと早い段階で……。
「エンデさん! 数年前の研究資料が出てきました! おそらくあなたのことが書かれています!」
駆け寄って来たヒムロによって妄想は中断される。
ここはビャクイの研究施設で、超魔人なるものを生み出していた。
ならば人造魔人である俺の情報もどこかにないかと思っていたが、当たりが出たようだ。
「ヒムロさんすいません、わざわざ持ってきてもらっちゃって」
「なぁに、私は寒さに強いですからね。お気になさらず! それで私の推測が正しければここにエンデさんに関する情報が……」
ヒムロの示したページには『禁術研究』の文字があった。
あれ? 魔人研究ではないのかな?
「まず禁術と言うのはですね。本来人間が触れてはいけない領域のもの、運命、生命、時空……などなどをどうにかして制御しようという魔術です。これ自体は魔術の永遠のテーマと言えますから、過去にも研究者がたくさんいました。禁止されるとやりたくなるものですからね」
「でも、そうそう実現できるものじゃないですよね?」
「ええ、古代の技術でも無理でしたね。ですが、ビャクイはどうやら人間を魔人にすることで生物としてのスペックを上げ、禁術を現実にしようと考えていたようです。そして、エンデさんはその過程で生み出された実験体の一人だと思われます」
俺はどうやらヒムロとは違うタイプの魔人だったらしい。
彼は後天的に外科手術で魔人になった人だ。
その目的は戦闘能力の向上。
超魔人であるガロンもここに属するといえる。
そして、俺は禁術を使うために生み出された魔人の出来損ないだ。
こちらは生まれた時から魔人という種族になるはずだったのだが、俺は失敗作なので人間のままだった。
残されていたデータを読み解いていくと、どうやら俺は禁術の中でも【生命魔術】を実現するための研究で生み出されたことがわかった。
成功すれば不老不死や蘇生魔法が使えるはずだったらしい。
俺の【毒耐性?】のスキルは研究が迷走した結果の産物。
漠然と【生命魔術】を生み出すことは出来ないので、命を助ける薬、その元となる毒……と発想を広げていった結果、まるで違うスキルになっていったようだ。
それが偶然大量の毒を飲んで【超毒の身体】になったのだから、幸運と言うしかない。
「ん? でも、俺が失敗作だとしてなんで普通に捨て子として教会に預けられたんでしょうか? 研究で生み出した子どもが増えてきたからって、外にばらまいていくとは思えないんですけど……」
「本来ならばそうですね。データにも失敗作は別の研究に回されたと記されています。ただ、これまでに二件だけ、研究施設からの脱走事件が起こっているようです。それが起こったのはこの雪山の研究施設に移る前のようですがね」
「脱走事件……ですか? それも二件も」
「はい。以前の研究施設も相当極地にあったようなので、脱出は容易ではないと思いますが本当に起こっているのです。それも一件目は幼い実験体の少女が一人で逃げ出しています。原因は不明。しかし、その実験体の少女が【運命魔術】の研究で生み出された個体であることから、もしかして成功例で突然にスキルに目覚めたのかもと……」
「運命の力……運の力か……」
「その後、彼女の消息はつかめていません。幼い少女が偶然逃げ出せたのは良いものの、生きていくには厳しかった……というのが現実的な答えなのかもしれません……」
「うーん、まあ、大丈夫じゃないですかね。きっとどこかで元気に生きてると思いますよ。どちらにせよ運は良い子みたいですから」
「おや? エンデさんにしては楽観的な発言ですね。まあ、こういう場合は前向きに考えるのが良いのかもしれません。きっとどこかで生きていると信じましょう」
前向きというか本人に会ったことがあるかもしれないからなぁ……。
過酷な世界を生き抜いてきたにしてはちょっと緩い性格だったから、もしかしたら人違いかもしれないけど。
「本題に戻りましょう。エンデさんが研究所を脱したのは二件目の事件です。こちらは研究者の裏切りですね。日々行われる実験に耐えられなくなった研究者ができる限りの子どもたちを連れて逃げ出した……と記されています。そして、逃げる過程で捨て子として教会などに預けていったのでしょう」
ビャクイにしてみれば失敗作の子どもよりも秘密を知る研究者を消さねばならなかった。
なので、俺は特に何者かに追われることもなく順調に育ったというわけか……。
「俺の知らないところで、誰かに助けられていたんだな……。でも、もうお礼すら言えない相手かもしれない」
「わかりませんよ? その研究者は今でも上手く逃げ続けているかもしれません。良い方に考えましょう。良い方にね」
「そう……ですね」
助けられたこの命で俺がビャクイを止めよう。
実験体だからなんだ。失敗作なのがなんだ。
俺には守るべきものも、愛する人もいる。
それに俺はなぜ生まれてきたのか、どこから来たのか……なんていう答えのない問いに答えがある。
明確な目的をもって生み出された存在だ。
無駄に哲学する機会が減ってよかったとでも考えておけばいいんだ。
「ありがとうございますヒムロさん。自分のことを知れてよかったです」
「礼には及びませんよ。ビャクイの真の目的、いま現在の行動を調べる過程で偶然見つけたものですから。私はこれからまた資料をあさります。また、なにか見つけたら報告しますね」
ヒムロがさっと持ち場に戻ろうとしたところで、代わるようにこちらにやってきた者がいた。
エンジェお付きの執事であるキューリィだ。
彼もまた身にまとうオーラが変わっている。
あっちもあっちで魔界で分かれた後でいくつも戦いがあったのだろう。
「お嬢様! ご報告があります!」
「なんですの?」
「氷の精霊竜を発見いたしました!」
「なんですって! 今すぐに向かいますわよ!」
「それが……いえ、向かいましょう。皆さんもご一緒に」
一瞬曇ったキューリィの顔を俺は見逃さなかった。




