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第05話 大雪山脈ネージュグランド

「これは……」


 目の前に広がる山脈……その姿に俺は言葉を失う。

 霊山カバリもまた雄大な山々であったが、ネージュグランドその汚れない真っ白な山肌も相まってより踏み入れてはいけない領域だと思わせる。

 しかも山脈は左右見渡してもどこまでも広がっており、ここが世界の果てでこれ以上は進めないようにしているのではないかと錯覚する。

 眺めているだけでも足が前に進もうとしない光景だが、今はさらにおかしなことが起こっていた。


 上空の分厚い雲のところどころに切れ目ができ、そこから剣のような鋭い光が何本も山に射している。

 それでいて雪は止んでいないので、光に照らされた雪がキラキラと空を舞う。

 まるで山全体が輝いているようだ。これは侵入者を拒んでいるのか、それとも誰かを呼んでいるのか……。


「呼ばれているな、これは」


 ネージュグランドの姿に怖気づいている俺の隣でパステルがきっぱりと言った。


「精霊力を感じるような、感じないような。ただ、今のこの雪山は自然そのままの姿ではないと思う。何か変化が起きている。誰の意思によって変えられたものなのかはわからんが、きっと我々の探し求めているものはここにあるぞ」


「そうか……。正直本能が帰りたがってるけど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。入ろう、ネージュグランドに!」


 ネージュグランドは未開の山だが、そこへ挑戦するときはここから登れというポイントは何人かが知っていた。

 その何人かはかつてネージュグランドに挑戦して帰らなかった冒険者たちの知り合いで、挑戦者たちは山の情報収集を続けると、やがてみな同じポイントから登るべきと判断するらしい。

 通称『未開の門』と呼ばれるポイントは確かに他の山肌よりもなだらかで足場もしっかりしていると素人目にもわかった。

 それに周囲より少しくぼんでいて、まるで誰かが作った道のようにそれは続いていた。


「じゃあ、俺が先頭に立って歩くよ」


 お互いの体をロープでつないで基本は俺、パステル、メイリ、ヒムロの順番で歩く。

 雪で見えない亀裂とかにはまって落ちそうになったら俺が飛んでみんなを引っ張ることになっている。


「今のところは吹雪も酷くないですね。私の場合は寒さはへっちゃらなのですが、視界が悪くなるといろいろ困りますし運がいい」


 ヒムロは流石に半袖短パンスタイルではないものの、氷魔人ということで防寒具はほとんど着ていない。

 その分身軽で、吹雪吹く山の景色すら楽しむ余裕がありそうに見えた。


「足場も思っていたよりしっかりしています。寒さも耐性スーツがあればなんとか。しかし、問題はどこを目指せばいいのかわからないということですね……」


 メイリはロットポリスの戦いの時に来ていた全身をぴっちりと覆う黒いスーツをメイド服の下に来ている。

 メイド服も雪や水分をはじいて体温を保つ素材でできた特殊仕様だ。

 さらには新たに装備した小型の魔動銃から炎を出して近くにいるパステルを温めている。

 散々寒い寒い言っていたから気を遣っているんだろうな……。


「目指す場所は……上の方だろうな。地図でもあれば良いのだがそうもいかん場所だ。あっ、そうだエンデ、このくらいの吹雪なら飛んで上から山を見渡せないか?」


 一回りシルエットが大きくなるほど防寒着を着込んだパステルが手袋に覆われた手で空を指し示す。


「……うん、いけると思う。ロープを一回外すからここで待ってて」


 ヒムロほど薄着ではないが、俺も身軽な服装をしている。

 すぐさまみんなとつながっているロープを外して空に舞い上がる。

 そして、少しずつ高度上げて見渡せる範囲を拡大していく。


「雲に近づきすぎると良くないな……。とんでもない寒さと風だ。それに高いところからだと吹雪が視界を遮ってしまう。意外と見える範囲は狭いぞ……」


 それでも何か道しるべになるものはないかと目を凝らす。

 その時、人工物のようなものが目に入った。

 ちょうどいま俺たちが進んでいるくぼんだ道の先にあるそれは、白い雪に覆われてはいるがところどころ黒い部分が露出しているドーム状の建物に見える。

 それはいくつもあってまるで集落を形成しているようだ。


「こんなところに人が住んでいるのか……? とにかく、道の先にある以上尋ねてみるのが正解か……」


 とはいえ、ここは入り込んで誰も帰ってこなかった場所だ。

 そこに住んでいる人々が外部の者に友好的とは思えない。排他的と考えるのが妥当だ。

 しかし、観光でも冒険でもやはりその場所に住んでいる人に話を聞くとスムーズに進む。

 この山は俺たちにとってアウェーすぎるし、情報も少ない。

 なんとか穏便に話し合いができればいいが……。


「……ん」


 ぶるっと体に寒気が走った。流石に空は冷えるか?

 いや、今の震えは寒さによるものなのか?

 俺は答えが出ぬまま地上へと戻った。


 ……もしかしたら、誰かに見られたのか?

 こっちにとって見通しが良い場所というのは、向こうからも見やすい場所ということ。

 悪意を持った視線を向けられたことによる寒気……は考えすぎか。


「どうだエンデ、何か見つかったか?」


「ここから先に集落みたいなものがあった。雪に覆われててとても住みやすそうには見えなかったけど、誰かいたら話を聞いてみたい」


「集落か……。歓迎してもらえるとは思えないが、その土地のことはその土地の人に聞くのが一番良いからな」


 俺と同じような考えを述べるパステルとともに登山を再開する。

 ほどなくして、問題の集落へと差し掛かった。


「なるほど、あれは確かに自然に出来た物には見えませんね。ドーム状の建造物群、集落と考えるのが妥当でしょう。しかし、あんなに雪にさらされていては外出もままならないでしょうに……。家畜とか作物はどこから……地下に国でも築いているんですかね?」


 ヒムロが額に手を当てながら言う。

 みな同じような考えだった。

 今のネージュグランドの吹雪は弱まっているらしいが、それでも人が生活するには厳しい。

 だが、目の前に広がる集落は一日二日で出来上がるものではない。

 ずっと前からこの土地に住んでいる種族がいるんだ。その方法はわからないけど。


「事情の説明は私がしますね」


 後ろを歩いていたメイリが前に出てくる。

 誰かを説得するのならばグランドマザーサキュバスである彼女の出番だ。

 彼女の母性は氷のように凍てついた心も溶かしてくれるだろう。

 もちろん、一人で行かせるのではなく俺たちを代表して会話をしてもらうだけだから危険もない。


「さて、穏便に話し合いが進めばよいのだが……あっ、もうそうもいかんようだな」


 集落の前に人が立っていた。ただ一人だけ。

 白地に黒い塗料で文字のようなものが書かれた仮面を被っていて顔は見えないが、おそらく体つきからして女性。それもかなり若い。

 紫色の長い髪は内側にはねていて仮面にかかっている。あまり艶がない。

 防寒機能を備えているであろう分厚い民族衣装も赤や黄色でカラフルではあるが、そのやせ細った体をごまかせない。


「エンデ」

「わかってる。無傷で済ませる」


 彼女はワケありだ。

 もしかしたら彼女の家族、一族含めて何かよからぬことが起こっているのかもしれない。

 俺はパステルの前に腕を出して後ろに下がるように伝える。

 スッとパステルは身を引いて、俺は一人で目の前の女性を向き合うような形になった。


「我らは『門』の部族……! 聖なる山に足を踏み入れよとする者に試練を……げほっ! うぅ……役目を果たさねば……」


 彼女は剣を抜く。

 漆黒の鞘に納められていた刃は細く片刃。雪のように白く、白く輝くオーラのようなものまでまとっている。


「霊剣術……!」


 ふらつく足を前に出し、身をかがめながら逆手に剣を持つ独特な構えを見せる女性。

 健康ならばおそらく様になっただろうけど、今の彼女は苦しくてうなだれているようにしか見えない。


「待ってください! こちらに敵意はありません! どうか話を!」


「話すかどうかは……そなたたちの力による! 覚悟……」


 彼女が俺にとびかからんとした時、ふいに力なく雪の中に倒れこんだ。


「ごめんね……」


 すぐさま駆け寄ってその身を抱き上げる。

 軽い……。背はパステルより大きいのに、体重はパステルよりずっと軽い。


「さっきのは毒か?」


 隣に駆け寄ってきたパステルが訪ねてきた。


「そう。毒を固めて針のようにして飛ばしたんだ。成人男性なら効かないレベルの微弱な眠り毒だけど、弱っている彼女にはすぐ効いた」


「新しい技か」


「小技も小技だけどね。でも、役に立った。さあ、彼女の家を探そう。きっと他の家と違って出入り口が雪で塞がってないはずだ」


 魔力感知に何もひっかからない。

 この集落の人々が全員魔力の気配を断つ達人でもない限り、ここには俺の腕で眠る少女しかいないんだ。

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