第十話 助けた理由⇒そしてまさかのあの人の連絡先ゲット
竜心が茜を助けた理由を語ります。
危うく担任の茜にも竜心の体術がバレそうになった後の放課後、竜心と浩信は滝本高校と滝本駅の間にある公園で話していた。
前に浩信が第一段階クリアを宣言した、子供でも10人ほどで手狭に感じる小さな公園で、今は2人以外は誰もいない。
「さっきはびびったぜ。いきなりひらがなだけのメールが飛んでくるし、読んでみると『まずいかもしれん』だしよー」
浩信が苦笑しながら竜心に言った。
「すまん。バレないようにうまくやったとは思っていたが、念のために伝えておいた方がいいかと考えてな」
竜心が謝りながらメールを送った理由を話した。
「何をやったんだ?」
と浩信が聞くと、
「藤堂先生が前が見えないくらいの荷物を持ちながら階段を昇っていてな。
階段を足にひっかけることがわかったが、俺は少し離れた場所にいたから、周りから注意を向けられていないことを確認して、一気に距離を詰めて助けたんだ」
と竜心が説明する。
「どれくらいの距離だったんだ?」
と浩信が聞くと、
「そうだな」
と言いながら周囲に他の気配がないことを確認し、
「これくらいから」
と一瞬で10m離れた場所に移動し、
「こうか」
とまた一瞬で元の位置に戻った。
浩信は「はー」と呆れたようにため息をつきながら、
「俺はもう何回が見てるが、やっぱりお前の動きはおかしいよな」
と言った。
竜心は少し困った顔をしながら、、
「俺もこちらで過ごしてそろそろ1ヶ月、学校でも何日か過ごしてきて、そうなんだろうなと自覚してきたよ」
と返した。
浩信は気を取り直して竜心に聞いた。
「お前の性格や考え方もだいぶわかってきたが、一応聞いておくぜ。
バレるリスクがあるのになぜ茜ちゃんを助けたんだ?」
竜心は自分の考えを話した。
「俺は俺なりに、『こっちの普通』『こっちの日常』について考えてみたんだ。
俺が『普通の高校生』になるためには、俺が忍者だということは周りにバレてはいけない。
そのためには度を過ぎた体術は使ってはいけない。
ただ、自分が助けられるのに自分の目的のために見捨てるようなことをしたら、それは沙桜島にいた連中の考え方と変わらないし、何より俺はずっと後悔するだろう。
『こっちの普通』『こっちの日常』が壊れそうなことがあったら、その時は躊躇せず使おう。
『こっちの普通』『こっちの日常』に馴染むことと、守ること。
俺は両方とも大事にしようと思う」
浩信は「ふむ」と深くうなずき、そしてニヤリとしながら言った。
「お前は随分と欲張りだな」
竜心も同じように笑みをつくりながら、
「そうだな」
と答えた。
浩信が続けて言う。
「お前がそうしてーならそれでいいと俺も思う。
お前にはバレないように助けるくらいの能力があるわけだしな」
そして最後にまたニヤリとしながら、
「……まー、ポカをやらかさなければ、だけどな」
と言った。
竜心は苦笑しながら、
「……それはわかっている」
と答えた。
その翌日。
朝の登校の途中でクラスメイトに「おはよう」と声をかけると、「おはよう!」と元気よく挨拶を返してもらえるようになった。
時には向こうから挨拶してくれる。
竜心は嬉しくなり、心なしか口元も緩んでいい気分で登校した。
校門では以前にも見たように何人かの生徒が校門の脇に立って校門に入っていく生徒に挨拶していた。
竜心は前に浩信に「あれは生徒会のヤツらがやってんだ」と聞いていた。
生徒会長の静が竜心に声をかけた。
「古賀君、おはよう」
「会長、おはようございます」
静が微笑みながら続ける。
「ふふっ。遠くから見えていたけど、クラスメイトと随分仲良くなったのね。
それに古賀君もなんだか嬉しそうだわ」
「そうですか?」
「ええ。なんとなくだけどね」
静は入学式の時のガチガチに固まった竜心を知っているだけに、その時との違いがよくわかった。
竜心は、言われてみれば、自分の心が浮き立っていることに気付き、
「そうかもしれません」
と答えた。
静はその受け答えが妙におかしく、
「ふふふっ」
と笑い、竜心は少し困った顔をした。
「ごめんね。なんでもないのよ」
と笑った顔をそのままに静があやまると、
竜心は「あ、はい」と答え、その答えに静はまた笑いそうになる。
竜心は静の笑いの琴線に触れやすいようだ。
もうすぐ予鈴という時間になり、竜心は、
「それでは」と頭を下げ、静は、
「今日もがんばってね」
と見送る。
放課後。
武仁はいつも通り部活で、浩信も賢治も「今日は用事がある」ということだったので、珍しく一人で帰ることになった。
(考えてみれば、高校から一人で帰るのは初めてだな)
と、いつも誰かと一緒にいる今の日常が、島でのずっと一人でいた日常と180度違っていて不思議な気がしてきた。
帰りがけに、浩信に「携帯電話の使い方をもっと教えてくれ」と頼むと、
「今日は用事があるんだよなー
まーこれも『習うより慣れよ』だ。
適当に触っても壊れるこたーねーから、いろいろ自分で試してみろ」
と言われた。
竜心は、帰ろうと下駄箱までの廊下を歩きながら言われた通りに携帯電話を触りながら歩いていると、偶然に漢字変換ができた。
竜心は「おおっ」と感動し、立ち止まって廊下の端に移動し、いろいろ試し始めた。
古い機種なので漢字変換の精度はあまりよくないが、竜心にはそういうことはわからず、「ふむふむ」とうなずきながら触っている。
誰かが竜心の方に近づいてきた。
「ふふふっ」
という笑い声がして竜心がそちらを見ると、今朝も会った生徒会長の静が竜心の方に歩いてきていた。
「随分楽しそうに携帯を触ってる子がいるから誰かなって思ったら古賀君だったのね。
それにしても、古賀君が携帯を触っているとなぜか不思議な気がするわね」
と静が竜心に話しかける。
竜心は、
「同じようなことをヒロたちにも言われました」
と少し凹みながら言い、静がまた笑いそうになる。
静が笑いをこらえながら続けた。
「その携帯は買ったばかりなの?」
「はい。一昨日買いに行きました。
今まで持っていなかったもので」
と竜心が答えると、
「ふふっ。そうだと思ったわ。
携帯を触っている姿がそれだけ初々しいものね」
と静が珍しくふざけて言った。
「う……そんなにですか」
と竜心がさらに凹んで言うと、「ぶふっ」と静には珍しいほどに吹き出して、
「ご……ごめんね」
と少し背を丸めて口を押さえて笑いをこらえながら謝る。
静が少し落ち着いてから、竜心に聞く。
「携帯には慣れてきた?」
竜心は少し誇らしげに答える。
「あ。はい。通話とメールと、あと連絡先の交換もできるようになりました。
今触っていて漢字変換のやり方もわかるようになりました」
静はその様子に、「まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいね」と武仁と同じような感想を持ち、また吹き出しそうになりながらも、さすがに悪いと思って必死でこらえ、「そう」と何とかあいづちを打った。
静はふと思い立ち、
「それなら私と連絡先の交換する?」
と竜心に聞くと、心なしか嬉しそうに「はい!」と竜心が答える。
静は、
(これはきっと私の連絡先がわかることより、連絡先交換ができること自体の方が嬉しいのよね)
と自分に告白してくる男子や気のある素振りを見せる男子と、目の前にいる竜心が微笑ましいほどに違うことが楽しくなりながら、自分の携帯電話を出し、竜心と連絡先交換をした。
竜心の携帯電話には、まだ5人しか連絡先が登録されていないが、
「村上 静」
という高校全体でも登録している者がそれほどいない名前が登録されることになった。




