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第二十八話 戦いの前の肩慣らし

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「ワシは左の二匹だ。エゼルよ、お前は右の二匹を頼む」

「任せて!」

「残ったのは早い者勝ちだな」

「今日は負けないよ」

「ほっ!どの口が言うんだ?」


 赤い樫の木の柄で出来た棒状万能武器(ハルバード)の感触を確かめながらヴルフとエゼルバルドは馬車馬の前に歩み出る。

 まだ火蜥蜴は百メートルも先で呑気に日向ぼっこをしてのんびりとしている。何の脅威もないだろうと高をくくっているのだ。

 向かっているリエーティの村が火山瓦斯で全ての住民が死んでから、今まで再興されておらず少数の見張りがいるだけだった。その為に周辺の危険な獣達を駆除する必要が無く、目の前の火蜥蜴の様に、我が物顔で周辺を動き回っている事も火蜥蜴達を大胆にさせている理由の一つかもしれない。


 人をあまり見た事の無い火蜥蜴は、その危険性を知る由も無くゆっくりと向かってくるヴルフとエゼルバルドを敵になるとも思っていなかった。

 硬そうではあるが食料が向かって来たと、認識するだけ……。

 すぐ傍まで自らの命を刈り取る死神が現れたなど夢にも思わなかっただろう。尤も、その知能さえ持ち合わせていないのだが……。


「そろそろいいかな?」

「ワシにハンデか?偉くなったもんだな?」


 火蜥蜴に五十メートルまで迫ったところでエゼルバルドはヴルフに声を掛けた。ここをスタートラインにしてよいのかと。

 足の速さで言えばエゼルバルドに軍配が上がる。

 若いからではなく、種族的な差である。


 ヴルフはドワーフの血を引いており、足の速さは人を基準にすれば遅い部類に入る。とはいえ、ドワーフの血は四分の一しか継いでおらず、人並みの足の速さと思っていいだろう。


 それに対し、エゼルバルドは人の中でも、いや、スイール達五人の中では二番目に足が速い。一番のアイリーンはともかく、彼ほどの速度は常人では追い付けない。

 そんな速度差がある二人が火蜥蜴の認知範囲ギリギリまで近づいて始めるのだから、ヴルフの足に配慮したとしか見えないだろう。


 だが、棒状武器(ポールウェポン)の扱いに関して言えば競争相手のヴルフに軍配が上がる。

 片手、両手と違いはあるが剣を主武器(メインウェポン)にしているエゼルバルドからすれば、ヴルフが扱う棒状武器(ポールウェポン)には敵わない。


 足の速さか、武器の慣れか、その線引きが火蜥蜴から五十メートル手前なのである。


「お先!!」

「ふん、ワシもだ!」


 先に飛び出したのはエゼルバルドだ。

 両手でしっかりと握った棒状万能武器(ハルバード)を肩に担ぎ上げながら右手前の火蜥蜴に一直線に向かって駆ける。

 土の路面をブーツで抉りながら一気にトップスピードまで上げ砂埃が舞い上がる。

 五十メートルの距離なら荷物を背負わぬエゼルバルドは六秒程で走り切る。それも多少の余力を残してだ。武器を振り下ろさなくてはならぬのだから当然だ。


 火蜥蜴が地面を抉りながら駆けるエゼルバルドに気付いて顔をもたげた時は”時すでに遅し”であろう。火蜥蜴の運命が決まった瞬間だ。

 あっという間に大きくなる食料を認知して口を大きく開けて噛み殺そうと待ち受けたところを、エゼルバルドが振り下ろした棒状万能武器(ハルバード)が襲い掛かった。


 振り下ろされた棒状万能武器(ハルバード)は竜の羽根を混ぜたドラゴナイトを使い、職人のラドムが槌を振るった逸品だ。ドラゴナイトだけでも特別なのに、ラドムの手により作成されているのだ、火蜥蜴如きに刃こぼれを起こす三流品とは格が違う。


 真正面から振り下ろされた棒状万能武器(ハルバード)は火蜥蜴の脳天に突き刺さり、頭を地面に叩きつけた。それだけにとどまらず、先端の斧は頭蓋を薪を真っ二つに割ったかのように二つにしてしまった。


「はっ?」


 その光景にエゼルバルドは脱力して、思わぬ声を出してしまった。あまりの威力に言葉も出ないとはこの事なのだなと脳が理解するまで一秒も掛かったのだ。

 そして、その一秒は決定的なものとなった。


 そう、ヴルフとの勝負で有利な時間を失ってしまったのだから。

 エゼルバルドが気づいた時には彼と同じように、火蜥蜴の脳天を叩き割っているヴルフの姿を視界の隅に捕らえたのである。


「まだまだじゃな!」

「これからだよ」


 ”フッ”と鼻を鳴らすヴルフ。

 ”ギリッ”と奥歯を噛み締めるエゼルバルド。

 二人の勝負は再びスタートラインについたのである。







 

「あ、あなた達はいったい何なんですか?」

「……す、凄い?」


 五匹の火蜥蜴をあっという間に死に追いやったヴルフとエゼルバルドを遠目に見ていた二人の兄妹は思わず声を上げてしまった。

 凶暴な火蜥蜴が一刀の下に命を失う姿に驚愕したのだ。


 兄妹達にとって火蜥蜴は危険な獣との認識が強い。駆除しようとした同族が何人も火蜥蜴の前に怪我をしたり命を落としている。それも年にであるが。

 凶暴で危険な火蜥蜴をまるで児戯の如く葬り去る二人を畏怖を孕んだ視線を向けるのは当然だろう。


「驚きましたか?でも、あれはごく当たり前の事なのですよ」


 荷台から”ぬっ”と顔を出したスイールがぼそりとバルフェルドの耳元で呟いた。


「わぁ、びっくりしたぁ。あれが普通とは、島の外の人は化け物だらけなのか?」

「ドキドキ……」


 バルフェルドは大袈裟に驚きスイールに顔を向けるが、心臓の鼓動が耳に届くほど速くなり右手で胸元を掴んでしまった。

 妹のベルンハルデも驚きのあまり、口にする事の無い感情を出していた。


 兄妹二人が見た、二人の圧倒的な実力を前にして、同族の代表の誰かが口にしていた”赤竜を救うのは我々だ”と息巻いていたのが馬鹿馬鹿しく思えた。

 竜を崇める同族には戦士と呼ぶ人達は無数にいる。

 だが、彼らの実力は数人で火蜥蜴を囲い倒すように訓練を受けているくらいで単独で、しかも正面から打ち破る実力の持ち主は皆無だ。必要なかったと称すべきかもしれないが。


 火蜥蜴相手もそうだが、島の外から攻められぬ事も大きいだろう。

 トルニア王国の影がちらつくキール自治領と交易を行っている事実が大きいのだが、クリクレア島自体にそれほど大きな魅力が無い事も、侵略の魔の手から反らされている理由でもある。


 人の手に負えぬ凶暴な獣は赤竜が積極的に駆逐していた事も、彼らに余計な力を与えない理由でもあった。


 そんな事情のあるクリクレア島だが、戦士の実力を図る上ではヴルフやエゼルバルドでは比べるのが可哀想になって来る。

 だから、スイールは……。


「あの二人と比べるのは酷ですよ。大陸でも五指に入る……はヴルフですが、エゼルでも十指に入ると思う程の実力者ですから」


 そう、口に出した。嬉しそうに大輪の花が咲いた様な笑顔を見せながら。

 その笑顔を見せていると、火蜥蜴を狩り終わったヴルフとエゼルバルドが馬車に戻って来た。血塗られた棒状万能武器(ハルバード)は新品同様の輝きを放つほど綺麗に血を拭き取りながら。


「おかえりなさい。どうでしたか?」

「たいしたことないな、今回の勝負は引き分けだ。で、あれの処理はどうするんだ?食べられるんなら血抜きをするが……」


 最後の一匹に棒状万能武器(ハルバード)を打ち下ろしたのは同時だったとヴルフは安堵し、エゼルバルドは悔しがっていた。


 そして、馬車の行く手を遮っていた火蜥蜴は邪魔にならない様に道の脇に一纏めにしてある。かち割った頭部からいまだに血液が流れ出ていて、血の匂いを嗅ぎ付けた別の獣が現れるかもしれないと、島に住む二人に指示を受けようとしたのだ。


「火蜥蜴の肉は竜様が食べる程美味しいのです。できれば首を落としていただけるとありがたいです」

「おう、その様に処理する」

「助かります。大切な食糧ですので」


 ただ、火蜥蜴が五匹も一度に獲れてしまったのは多すぎるので回収は二匹で、とバルフェルドが続けて口にした。

 まもなく到着するリエーティの村跡に、一応、管理する人達が十数人住んでいる。その人達と火蜥蜴の肉を分けて食べるとしても、五匹もあれば食べきる前に腐ってしまう。

 そのために持ち切れぬ火蜥蜴の死体は埋めるか燃すか、離れた場所に捨てるか、その三択となる。

 埋めるのも、捨てに行くのも時間が無駄になる、そう考えたスイールは残った火蜥蜴三匹を道から外れた場所に集めて、魔法で燃やしてしまう。

 御者役の兄妹から、”魔法は便利だな~”と羨望の眼差しをスイールに向けられていたのが、この日一番の穏やかな時間であった。




 火蜥蜴の処理を終えて馬車を進ませるとすぐにリエーティの村跡へと到着した。居眠りする暇もない程に近くだったことに驚きながら門を開けて村跡へと馬車は入って行く。

 元々、リエーティは村として千人程が生活していた場所だけあり、所々に家屋が立ち並んでいる。


 石造りの家だとしても屋根は木材で作られている。一般家屋は屋根まで石で作ってしまうとコストが掛かるのが理由らしい。

 しかし、人が住まぬ家々は朽ち果てるのが早く、屋根が崩れ落ちている家屋ばかりだ。五十年も放っておかれれば当然そうなるだろう。


 それでも馬車が止まった神殿は人がいまだに大切にされ、ほんの数日前に完成したかのように綺麗さを保っている。

 綺麗である理由にも幾つか理由があるのだが、一番の理由は”神殿である”、それに尽きるだろう。


「到着しましたよ。今日はここで一泊していただきます」


 御者役の二人が勢いよく飛び降りてスイール達を案内するように手招きをする。

 スイール達も荷物を担ぎ、馬車から降り、何処の屋敷だろうかと思えるような神殿を見上げる。


 兄妹の後方、神殿から何人かの人達が現れ兄妹に向かって二言、三言、挨拶と簡単な会話を交わしている。

 耳に届いた内容からしても、別段可笑しな内容は無い。長老からすでにスイール達の事を知らされている様で、”この人達か?”と確認しているだけだ。

 兄妹もリエーティに到着する寸前に火蜥蜴を仕留めたと知らせると、神殿の人達は歓声を上げて喜びを露にしていた。火蜥蜴を仕留めるのは彼らには許されていないのだろうかと、スイールは疑問に思って首を傾げた。


「お客様、お待ちしておりました。長老より伺っております。馬車の疲れをこちらでお取りください」

「どうもご丁寧に」


 神殿の人から声を掛けられ、スイール達は客室へと案内される。

 足を動かし始めてから馬車をちらりと一瞥すると、荷台から火蜥蜴が運び出されているところだった。

 おそらく、今日の夕食のおかずになるのだろうと思うと、無意識のうちに涎が顎を伝ってぽとりと落ちて行った。







 スイール達はその日、訪問客としてゆっくりと休みを取った。日課の訓練は欠かさずに行っていたが、体を動かしたのはそれだけである。

 それよりも、二日後には赤竜と戦わなくてはならぬので武器と防具の点検は欠かせなかった。


 火蜥蜴との戦いで実践投入した二本の棒状万能武器(ハルバード)の状態を確かめる。固い樫の木を柄に使っているだけあり、火蜥蜴如きではビクともしなかった。鋭い穂先や頑丈な斧部に不具合は見られない。当然、刃こぼれなどあるはずもない。


 ヴルフとエゼルバルドは慣れぬ塔盾(タワーシールド)を左腕に括り付けなければならず、片手で棒状万能武器(ハルバード)を振り回す事になる。旅の道中に訓練と称して散々振り回してきただけあり、不安は見られない。

 だが、重量物を抱えているために、いつもの素早さを発揮できぬとエゼルバルドは不安を残していた。


 アイリーンの長弓(ロングボウ)はいつも通りの性能を発揮している。

 空撃ちしてから木製の矢を順番に撃っていたが、うんうんと頷き満足していた。

 いつも通りの性能に加え、いつの通りの腕前に誰もが賞賛を贈るほどだ。


 スイール達の中で一番武器の扱いに不安を残しているのはヒルダであろう。

 いつもであれば前衛から中衛までの攻撃と支援を行う戦闘スタイルなのだが、今回に限って言えば完全な後衛として動かねばならない。特に赤竜の最大の攻撃、炎の暴息(ファイアブレス)からアイリーンを守らねばならず、自分にできるかと不安視している。

 しかし、二人一組で動くことになっているので、そう悲観することは無いだろう。

 それに、遠距離攻撃武器のリピーター(装填装置付き弩)に魔力を引き出すポンプの役割を果たす魔石を取り付けてあるのだから、普段よりも迅速に魔法を発動出来るだろう。


 最後にスイールは後衛に陣取るのではなく、前衛で棒状万能武器(ハルバード)を振るうヴルフとエゼルバルドの後方に位置し支援を行う。

 金竜の羽根で覆われた塔盾(タワーシールド)を備えているとは言え、打撃による攻撃で壊されたら炎の暴息(ファイアブレス)から守る手段がなくなってしまう。それに、塔盾(タワーシールド)炎の暴息(ファイアブレス)を五回も受ければ表面が溶け出してしまい、盾の役目を終えるだろう。ラドムからそのように注意しろと告げられればスイールが支援に回るしかないのだ。


「皆、用意は良さそうだね」


 スイールは武器の手入れをしている四人を眺めて、うんうんと頷きながら満足そうに笑顔を浮かべた。


「そりゃな。一生に一度出会えるかわからん伝説とも言える竜に挑めるんだ。こんな幸せなことは無いさ」


 棒状万能武器(ハルバード)を磨きながら答えるヴルフは嬉しそうに笑みを浮かべている。怖く無いと言えば語弊があると言えよう。

 怖い気持ちを持っているが、挑戦者としての気持ちの方が強くなっていた。


「ですが、死に急ぐのだけは止めてくださいね」

「ああ、わかっておる。皆も同じ気持ちだろうさ」


 ヴルフはそう答えながらエゼルバルドにヒルダ、そしてアイリーンに視線を向ける。

 しかし、アイリーンだけは青い顔をしながら、ぶんぶんと首を横に振っていた。竜に挑むなど自殺行為だと考え、いつでも逃げる気持ちを持ち続けているのだから……。


※間もなく、赤竜との戦いが始まります。

 準備万端、吉報を待て?


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