第二十六話 エゼルバルド、出生の秘密
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「おお、よく来てくれた。座ってくれ」
エゼルバルドは、スイール達と共に通された客室から一人、別の場所へと案内された。
屋敷の南側に通された客室があったとすればその逆側、屋敷の北側の一室だ。
ここに来るまでに廊下を何回も曲がり十分ほど歩かされ、軽い運動と言っても過言でもなかった。しかも廊下全てに絨毯が敷かれ、どれだけの面積が絨毯で占めているのかと思う程だった。
ブールの領主館であったとしても、ここまで絨毯が敷かれていないだろう。見える範囲の一部分が関の山だ。
案内された部屋は当然ながら絨毯が隅から隅まで敷かれている。
先程、長老達と面会した部屋と同じだと考えても良いだろう。
それもそのはず、エゼルバルドに座る様に促したのは、先程まで面会していた頭が禿げ上がり真っ白な髭を蓄えた長老なのだ。
「では、失礼して」
エゼルバルドは編んだ紐を丸く加工した座布団へとゆっくりと腰を下ろし胡坐をかく。
彼の前にはその長老の他に二人、若い男女が座っているのだが、まるで自分自身を見ている様で落ち着かない。当然、年齢は同じくらいで二十から三十歳の間だろう。
「疲れてるところお呼びして申し訳ない」
「気にしないで大丈夫です。オレの話ですよね」
「まぁ、そうなのだが……」
この落ち着かぬ状況に、エゼルバルド自らの出生に関する話をされるとあれば不機嫌になるのは仕方ない。その気持ちが表れているのか、エゼルバルドの表情は誰の目から見ても硬く不機嫌だ。
「固くなるのも尤もじゃ。その前に改めて、儂はここの長老をしておる【エルケンバルド】じゃ。この二人は兄妹で、兄の【バルフェルド】と妹の【ベルンハルデ】じゃ」
長老は自らの名をエルケンバルドと名乗り、傍にいる二人も紹介した。
その紹介を受けてエゼルバルドは落ち着かぬ表情をさらに深めるのであった。
自分自身を見ている気持ちに加え名前まで似ているのだから仕方ないだろう。
「オレはエゼルバルド。ブールの街の”魔術師スイール”の息子です」
長老と共に座る二人の兄妹と似ているからと言っても、自分は”トルニア王国のブールの街で魔術師スールに育てられた”事だけは覆しようがない事実であると暗に示したのである。
「ほほう、なるほど。あの男が育ての親か。お主の名はあの男が付けたのか?」
一度だけ名乗ったスイールを覚えていたようだ。
やはり、親子にしては全く似ていないスイールとエゼルバルドの間を義理の親子と断定して内心に浮かんだ言葉を返した。
「いえ。うっすらとしか思い出せぬ、生みの親が付けてくれたと思います。スイールに救われた時にはすでに自分の名前を口にしていたので」
エゼルバルドは”育ての親”と告げていないのに言い当てられ事にピクリと反応する。だが、長老の口から”同族”と漏れ聞いていたのでそれ以上の驚きはなかった。
むしろ、言い当てられるのが当然であろうと考える。
それよりもエゼルバルドの名付けたのが誰かと聞かれたことに動揺する。
今となっては名前はおろか顔の輪郭すら思い出せぬ生みの親を言わなければならぬのだから。
「気づいたと思うが、お主には我ら同族が付けるであろう名を与えられておる」
「なんとなく……」
「恐らくだが、おぬしの親、もしくは祖父母は我らの同族であろうとおもう。この二人はお主の親戚筋、”はとこ”と言ったところであろうか?」
「親戚筋?はとこ?」
エゼルバルドは驚愕した。
なんとなく二人の兄妹と写し鏡を見ているように似ていると思ってみたが、まさか血がつながっているとは考えてもみなかった。しかも、”はとこ”だ。
”はとこ”となれば、さかのぼれば同じ曾祖父母に行き当たる。父母、祖父母、そして、曾祖父母と。
そう考えると似ているのは当然と言えよう。
それを伝えられ、驚愕の表情を見せていたのはエゼルバルドだけではない。彼の前に座る二人の兄妹も同じだ。共に信じられぬと表情に現れている。
「まぁ、信じられぬのも当然であろう。似ているからと会わせて、お前達に血のつながりがあると言われても受け入れられぬのはわかっておる。だが、お主が”エゼルバルド”と名乗った事で、血のつながりを持っていると確信したのじゃ」
長老はエゼルバルドが同族であると断定していたが、彼が自らを名乗るまではそれは半信半疑だった。それがどうだ、同族が付ける名前を口にしたのだから、確信に変わるまでそう時間はいらなかった。
「俺達は認めんぞ、こんなのが同族であるなどと!」
「そうよ!ポッと出の、どこの誰もわからない人が同じなんて認められないわ」
エゼルバルドが同族と確信し嬉しそうな表情をする長老とは逆に、二人の兄妹は怒りを露にしてエゼルバルドを罵倒し始める。
認められぬ、と。
認められる、認められない、それはともかく、突然の出来事にエゼルバルドの脳内では疑問符が飛び交ってしまい、あっけにとられてしまう。
会ったばかりで何を認められなければならないのか。
「まぁ、待て。怒りを鎮めよ」
「で、ですが……」
「兄様、今はおとなしくしましょう。決まった訳でもないのですから」
長老に怒りを鎮めよと注意を受け怒りの収まらぬ兄バルフェルドに対し、怒りを抑えその兄をなだめる妹ベルンハルデ。バランスの取れた兄妹。
渋々と兄バルフェルドがおとなしくなったところで、長老が口を開き始める。
「これからお主の出自を話すとしよう。少し年寄りに付き合ってくれぬかな?」
長老はしみじみとした表情を見せると部屋の片隅に視線を向ける。
「これには五十年前にあった事件に端を発するのだが……」
この屋敷のあるクリンカの街から東方、火山の入り口である裾野に一つの村があった。
その名をリエーティと言った。
赤竜の一番近くに存在して、彼らの同族が五百人程済んでいた小さな村だった。
当然、赤竜を崇める彼らに大切な儀式の一切を執り行う神聖な場所として、神殿を設けていた。当然、そんな場所であるから、同族以外の立ち入りを禁止していた。
事が起こったのは今から五十年前の暑い日。
その日も儀式を執り行おうと村の大半の同胞が神殿に集まっていた。
いつもと変わらぬ、誰の目にも変わらぬその日が過ぎ去ってゆくと信じられていた。
……いた。のだが……。
その日は突如訪れた。
村のあちこちから、いや、村を囲う広範囲の地面に穴が開き、有毒な火山瓦斯が噴出した。
当然、神殿の床をも突き破って噴出し、短時間ですべての同族が倒れた。
生き残ったのは、村の外、しかも西方に仕事に出ていたわずかな同族だけだった。
それは、食料を狩りに森へと入っていた狩人と物資を調達に出ていた者達だけ。
まず、村に帰り着こうとした狩人が異変に気付いた。
村を囲う様に異様な匂いを嗅ぎ取ったからだ。
火山の傍に住む者達は火山の危険性をこれでもかと叩き込まれていた。窪んだ場所には有毒瓦斯が溜まり易く人を死に至らしめる場所である。そして、卵の腐った様な匂いのする刺激臭も人を死に至らしめる瓦斯である、と。
瓦斯が辺り一面を漂い、脳裏に警鐘が鳴り響いて生命の危険を悟る。
狩人達は即座に麓のクリンカの街へ向かい、リエーティで起こった異変を報告した。
報告を聞いた当時の長老達は上を下への大騒ぎとなった。
騒ぎの中には、夢であって欲しいと思いたい事実があった。
儀式を執り行う長老の一人がそこにいた事。
そして、長老の孫など、儀式を継承する大勢の担い手そこにいた事だ。
とは言え、儀式を執り行える長老は一人ではない。
それが最悪の事態を免れる結果になったのだが、それでも被害は甚大だった。
それから十日程後。
リエーティの付近から噴出していた瓦斯が収まり、村を覆っていた有毒瓦斯が消え去った。
当然、瓦斯がわずかに匂い、完全に危険が去った訳ではないが、それでも現状を確認しようと村に入る事となった。
村に調査に入り込んだ人々の目に写ったのは、当然ながら村の惨憺たる状況だ。
村のそこかしこに村人の死体が転がっていたのだ。
覆っていた瓦斯のおかげで腐りはせず、人の顔を認識できたのは良かった。
村に入った者達は瓦斯で亡くなった同族を一人一人確認した。
千人程度の確認などあっという間だ。
だが、そこで大きな問題が起こってしまった。
存在するはずの死体のいくつかが見当たらなかったのだ。
儀式を行っていた長老は見つかったのだが、儀式を継承する大勢の担い手の姿が見なかった。当然、どこか別に倒れているのではと探し回ったが、痕跡すら見つける事が出来ないでいた。
火山の周辺に生息する火蜥蜴の仕業かと考えたが、村人が食われた痕跡が見つからなかったことからその線は消えた。
永遠に謎となる、誰もがそう考えたが糸口が見つかったのはそれから数日経過した頃。
リエーティの村から南方に向かった海岸の岩の陰に、何者かが島に上陸したかもしれぬ痕跡を見つけた。
子供達が遊びで訪れたそこで見慣れぬ衣装を発見した。島で作られる衣装と似ても似つかぬ白い衣装。しかも、作られて時が経っていない真新しい衣装だ。
当然、上陸した証拠か、と議論がされた。
流れ着いて打ち上げられたかも知れないし、飛んできたかも知れないと。
議論が紛糾し、結論が出ないと見られたが、その後に見つかったもう一つの痕跡により、島に何者かが上陸したと判明した。
不明となっていた儀式を継承する担い手の一人が海岸に打ち上げられたのだ、水死体となって。
瓦斯によって死んだ後に何処かに隠されたのかと考えられていたが、生き残っていたと知れば他の同族達も生きている可能性があるだろうと予測した。
だが、彼らが何処から来たのか、何処へ消えたのか、そして何が目的だったのか、一切が不明のまま事件は忘れ去られて行った。
「そんな事件が起こったのじゃよ」
長老の話は長く、窓から見える太陽はオレンジ色に染まり始め隠れる準備を始めていた。その間に何杯も水を喉から奥に流し、何度も休憩を挟んでいたほどだ。
「ふ~ん。そうすると、オレはその消えた人達の子孫で曾孫って事になるのか?」
「儂はそう確信している。そして、この兄妹はお主の”はとこ”と告げたが、それは消えた者達の忘れ形見の子孫、同じ曾孫じゃからだ」
エゼルバルドと目の前にいる二人の兄弟は似た容姿をしてる。それは家系図をさかのぼって行くと一組の夫婦に行きつくのだから当然と言えよう。長老が確信しているからなのだが。
しかし、それが真実であるとは限らない。現状では証拠が無いのだから。
もし、スイールが同席していれば、エゼルバルドの傍らに残された書置きを告げたかもしれない。この島でしか使われていない文字で書かれた書置きがあったと。
それは、”もし”であるのだが……。
この二人と遠いながらも血の繋がりがあったとしてもエゼルバルドはその事実を受け入れようとは思わなかった。今更、彼らの同族だと認めたくないのは当然だが、育ての親のスイールと縁を切るなどありえないのだから。
何か申し出があっても断ろう、そう告げようと口を開こうとしたのだが、その前に横から聞こえた言葉に遮られてしまった。
「そうなると長老よ。こいつも俺達と同じ後継者になるんだぞ」
「そうです。兄様の申す通り。それがまかり通るとは思いません」
言葉を発したのは”はとこ”と告げられた二人の兄妹だ。
長老の長い話の前に”認められない”と口にしていたが、同じ話を蒸し返しているようだ。それに後継者と聞き慣れぬ言葉を口にしている。
「なるほど、二人は反対か……」
「「当り前です」」
「儂は後継者となる資格は十分あると思うのじゃが……」
「待って下さい!」
長老と二人の兄妹の間では会話が成立しているが、エゼルバルドは何の話か全く分からず困惑している。思わず三人の会話を遮ってしまった。
「オレが後継者とか、資格があるとかさっぱりだ。いったいオレと何の関係があると言うんです?」
「そうじゃった。説明を忘れてしまったの、すまん」
長老は謝ると、何の後継者で、どんな資格があるのかを説明を始める。
とは言っても、そう難しい事では無い。赤竜への祈りを捧げる儀式を執り行う、その血筋であるか、それだけなのだ。
それがわかっていたからこそ、二人の兄妹は現れたばかりのエゼルバルドを目の敵の様な鋭い視線を向けていたのである。自らの役目を侵されると思ったのだろう。
「何だ、そんな事ですか」
「そんな事ではないだろう」
「いいえ、オレは最初に告げた通り、ブールの街の”魔術師スイール”の息子です。それ以上でもそれ以下でもありません」
エゼルバルドは”ピシャリ”とその成り手になる気は無いと告げるのだった。
スイールの家に同居しているとはいえ、半分はエゼルバルドの物となっているし、何よりヒルダと言う愛する人に、目に入れても居たくない程の可愛い息子、エレクがいるのだ。どんな条件を付けられ様とも首を縦に振ろうとは思わなかった。
そう告げたところ、長老は肩を落としてがっかりと意気消沈し、二人の兄妹はパッと表情を明るくして地位を脅かされる心配がなくなったと喜びを露にした。
「オレの出自がこの島にあると教えてくれた事については感謝します。これ以上のお話は無用と考えますので、これにて失礼します」
「ま、待ってくれ……」
エゼルバルドは立ち上がってから一礼をすると、暇を持て余している侍女を見つけ出し離れに向かって案内して貰いその場から去って行く。
その彼を見送る長老の口から制止しようとする虚しい声が漏れたが、エゼルバルドは声に反応することは無かった。
疑問符:クエスチョンマーク
出生の秘密が明らかになったとは言え、物語に影響があるかと言えば全くないのがつらい……。
そんなわけで、第1章から引っ張っていたエゼルバルドは先祖を辿ってゆくとこの島へとたどり着くのです。




