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第二話 その男、旅の終わりに【改訂版1】

2019/5/20改訂版

「僕は……死んだのか?」


 男は夢現(ゆめうつつ)の中から戻ってきた。いや、まだ段々とはっきりしだす頭の中で、まだ夢の中でまみれていたいと願い、目も開かずにそのまま寝転んでいた。

 顔の周りでは風に揺れる草が”チクチク”と頬に刺さって鬱陶しい。痛みは無いのだが、いかにも不愉快で”サッサ”と起きろと命令されている気がするのだ。


 一応、体に意識を持って行き、怪我をしていないかと神経を巡らすが、痛みは覚えず五体満足無事だと感じた。だが、痛みで麻痺している事も考えられるが、手足の先が”ピクピク”と動くと感じられればそれも無いだろう。


 それよりも気になるのは股間辺りが冷たくひんやりとしている事だろう。あの恐怖に粗相をしてしまい、起き上がりたくないと自負心が邪魔をするのだ。

 それもそのはずで、耳には和気あいあいと食事をする男女の声が耳に届いているからなのだ。


(僕のお昼、食べられちゃったなぁ)


 街に到着する前の最後の楽しみだったのに、昼食は諦めざるを得ないかと内心でガッカリする。いい歳した男が、女の子の前で粗相をした姿など見られたくないと、恥ずかし行き持ちでいっぱいで、このまま殺して欲しいと思うくらいだ。


 腹が”グーグー”と鳴き出すが、我慢してしばらく寝たふりをして様子を伺っていると、話題が変わったらしく一人僕へと向かって来た。そして、僕の体に手を当てると体が”ポカポカ”と暖かくなり気持ちが高揚してくる。そして、その気持ちよさに段々と顔がにやけて来るのだ。


(ポカポカして気持ちいい)


 そう思った瞬間、頭を”パシーン”と、びっくりするような音を出して(はた)かれた。


「こら、いつまで寝たふりしてるの!!」


 びっくりして目を開けると、茶髪にストレートヘアの女の子が、般若の形相で僕を見下ろしていた。

 確かに寝たふりをしていた事は悪かったと思うが、叩かれる事をした記憶はない。いきなり叩くとは失礼な、”親の顔が見たいとはこの事だ”と、文句の一つも言ってやろうと上体を起こした。


 見渡すと、女の子の他にかまどの周りで食事をしている三人の男達が、あきれた表情で僕を見ている。さらにその向こうには僕達を襲った鳥の巨体が転がっていた。

 文句を言ってやろうとしたが、凶悪な怪鳥を退治した人達に構って怪我をするのは得策では無いと思い、喉まで出た言葉を飲み込んだ。喧嘩を売って酷い目に遭うのは御免被りたい。


「おやおや、気が付きましたか?ヒルダ!いきなり叩いては失礼です。ちゃんと謝りなさい」


 肩に長い杖をかけてコップを傾けている魔術師風の男が女の子、--ヒルダと言うらしい--に向かって謝る様にと促した。


「叩いて、ごめんなさい。でも、顔がニヤケてくるのがわかったんだもん!!」

「(あれ、ちゃんとしてる?)あ、あぁ、こちらこそ。夢の中と思ってたんで何もできなくて申し訳ない」


 渋々とだが、頭を下げるヒルダちゃんに声を上げるのは大人げないと、大人の対応を見せる事にした。

 そして、三人の男達が座っているかまどには大小二つの鍋が火にで暖められていた。その小さな方は見知った鍋で、当然ながら僕がお昼にと仕込んでいた物だった。


「あ、その鍋!僕んです」


 無事だった鍋を見つけてしまい、挨拶もせずに咄嗟に叫んでしまった。


「やはり、貴方の鍋でしたか。ガルーダにも倒されてませんので、中身は無事ですよ、少しに詰まってますが。それに散乱した荷物も集めておきましたので確認しておいてくださいね」


 続けざまにさらっと嬉しいことを言われた。”鍋の中身が無事”と、何と嬉しい言葉だろう。そのまま四つん這いで鍋の前に這い出し、中身を見ると無事なスープが目の中に入って来た。


(あぁ、僕の愛しい愛しい昼食のスープ。今すぐ、食べてあげるよ)


「あぁ、どうもありがとうございます。僕を助けていただいたのでしょうか?」


 今の状況が分からないので、感謝をするべきかどうか迷うが、誤っておいて損はないだろう。一つ言えることは楽しみにしていた料理を無事に守ってくれた事だ。それだけでもお礼を言う価値はあるのだ。


「何言ってるんだ、たまたま通りかかったらガルーダに襲われたから返り討ちにしただけだ。鍋もお前さんが無事なのも副次的なモンだ。だがな……。お前さんの(クロスボウ)、かなりのもんだな。これは助かった」


 長い槍の様な武器を担いだ男が、僕に感謝の意を告げると同時に(クロスボウ)を返してくれた。役に立ってくれた僕の(クロスボウ)、偉い!!褒めてあげよう。一度も使った事はないけど、役に立つと思えば大事にするしかない。


「我々はこれからガルーダを解体しますので、かまどの前でゆっくりして下さい」


 魔術師風の男が立ち上がりかまどの前から、怪鳥へと向き直り、その巨体の解体へと作業に移った。他の三人も、魔術師風の男にならって、各々の仕事を始めている。


「魔術師さん、何から何までありがとうございます。僕は【バッブス=アンドリュー】と言います。皆さんはお強いんですね。僕なんかじゃ太刀打ちできませんでしたよ」


 かまどの前に腰を下ろし、鍋をの蓋を取りながら礼を言う。中身は火にくべられて”ぐつぐつ”スープが沸騰して香りが立ち上ってきた。いろいろなハーブ類を突っ込んだが、その香草が食欲をそそる。

 さらに続けて男達に向かい口を開いた。


「旅の途中なんですが、道端で料理ってのをやってみたくて、途中で馬車を降りてみたんです。こんな、お昼が楽しみだったのに、さあ昼食だ!ってところで怪鳥に襲われるなんて、僕って運が悪いなって……」

「ご丁寧にどうも。コレ(・・)に襲われるなんて災難でしたね。私達はこれから南のリブティヒに向かう途中です。私はスイール、こっちの男がヴルフ。後はエゼルバルドと貴方を叩いてしまったヒルダです」


 さらっと紹介されたが、覚えきれないと重い、重要な、魔術師風の男と(はた)いた女の子の名前だけ覚えて置く事にした。

 そう言えば、バックパックがどうなっているかと、スプーンを口に入れながらそれに手を伸ばした。

 空になったバックパックは荷室に大きな穴かが開いていて、これだけで済んだ事に喜ぶと共に、怪鳥の攻撃力に背筋が凍る思いをした。


「怪鳥に襲われたけど、命が助かって鍋まで無事。僕の今日の運はトントンかな。このスープも美味しく出来たから……運はいい方かな」


 うんうんと独り言を吐きながら、小さな鍋から直接スープを食べだす。それに笑顔を見せながら、満足行く味に舌鼓を打った。




 スープを全て食べ終え、バックパックの応急処置を終えて荷物を仕舞い終える。そろそろブールの街に向かおうと、怪鳥を解体している四人に向かい声を掛ける。


「皆さん、今日はありがとうございました。僕はそろそろブールの街に向かいます。皆さんの旅が無事に終わりますように祈っています」


 深々と頭を下げ、踵を返してこの場から離れようとする。


「ちょっと待て!!」


 急に止められた。

 乾き始めたズボンがまた濡れてしまうのではないかと心配しながら恐る恐る振り向く。

 見れば、槍の様な武器を持っている男が僕に向かって来た。


「餞別だ。夜にでも料理してもらえ」


 何事かと身構えてしまったがそんな事はなく、たった今男達が解体していた怪鳥の肉をくれたのだ。

 助けて貰ったのに、餞別だと新鮮な肉をこんなに貰って良いのかと首を傾げる。


「こんなに貰って宜しいのですか?」

「なに、そのバックパックの仇と思えばいいだろう。まぁ、元気でやれや」


 槍の様な武器を持った男は僕の肩を”ポンッ”と叩いて励ましてくれた様だ。

 今度こそと思い、頭を下げて別れを告げる。


「皆さん、さようなら」


 そして、くるっと体を反転させると、ブールの街に向かって歩き出した。


(いい経験が出来たな。そうだ、日記にしておこう。そして、もっともっと旅をするんだ。楽しくなるぞ~)


 バッブスはこの日の出来事を境に日記を書く目的が出来た。


 そして、彼の日記は晩年に出版され、”アンドリュー旅日記”として有名になるのはもっと後の事である。

 今はそれすらも予想出来ないが、確実に第一歩を踏み出した記念の日となった事だけは確かだった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 バッブスと名乗った青年は街道を進んでは振り返り、振り返っては進みと、別れ惜しそうに歩いていたが、いつの間にか見えなくなっていた。


 ガルーダはスイール達によって全てが解体され各部に分けられていた。


 スイールとヴルフが解体をしてエゼルバルドが干し肉用の加工を、そしてヒルダが夕飯用の加工を担当し、流れ作業で”テキパキ”と進められた。解体が終われば、そのまま干し肉の最終処理へと移る。

 解体が終わり、街道から離れたところへガルーダだったものを運ぶ。埋めないのはこの辺に住む野生動物が処理をしてくれるだろうとの魂胆からだ。


「道草を食いましたが、リブティヒに向け出発しましょう」

「「「お~~!」」」


 スイールが音頭を取ると皆が一斉に返事をして、リブティヒに足を向けて街道を進み出した。




 ガルーダの襲撃以降、獣などの襲撃は無く、順調に街道を進む。


 夕暮れのどっぷりと日が沈む時間になり、良い具合の樹木を見つけてその下で野営する事にした。

 地面を(なら)してテントを張る。同時に食事用の簡易かまどを作りあげる。

 樹木の下なので燃やすための枝はそこかしこに落ちており集めるのは非常に楽であった。


 テントは四人用で広さはあるが、高さの抑えられたコンパクトサイズだ。立ち上がって歩くには無理があるが寝るだけなら問題ない。さらに言えば、高さが抑えられているために大風が吹いても影響が少なく、吹き飛ばされる心配がないのが良い。

 グランドシートを敷き、その上にテントを乗せる。

 支柱となる二本のポールを組み立て、それにテントをひっかけてロープで自立させる。ペグは鍛冶師が鍛えた鍛造製を使っている。少し高いがハンマーで強引に叩いても硬い地面にもしっかりと刺さる。

 テントの上にフライシートを重ね、前室にタープを張る。タープはオーソドックスな四角形だが、前室にするには丁度いい。

 かくして、寝るための場所が出来上がった。


 かまどは近くに転がっている大きめの石と土を使い、軽く囲っただけだ。

 木の枝や薪をそろえ、かまどの中央に置く。

 Y字状の鉄棒をかまどの脇に差して棒を渡し、それに鍋の取っ手を通す。生活魔法で水を入れたヤカンも側に用意する。

 これで、かまども完成した。


 そのまま火を付け、水を張った鍋に食材を投入し、料理を作り始める。

 また、木の枝を削った串に、ガルーダの肉と香草などを刺し、遠火でじっくりと焼き始める。

 季節は春だが夜はまだ冷える。特に高原だ。スープが体を温めてくれるのだ。


 スープが出来上がる前にガルーダ肉と香草の焼き鳥が出来上がった。

 調味料は塩のみのシンプルな味付けだが、一口食べると脂身の多い部位なのかジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。また、肉と肉の間に挟んだ香草が食欲を増進させる。半日置いた肉が絶妙な味を出す。

 いくらでも入るとばかりに串に差した分は全てが皆のお腹に消えていった。スープが出来上がるより早く、である。


 スープにもガルーダ肉が入っている。

 焼き鳥の肉と同じ部位を使っているので脂身による出汁が根野菜の味を引き出している。いつものスープが、ガルーダ肉を入れただけで上品な料理へと変身した。


 こればっかりはガルーダ様様だと、一様に感謝している。


 食後は珈琲、とはならない。

 珈琲は熱帯地方で採れるのだが、他国へ輸出するほど量が取れないのだ。

 また、紅茶ほどではないが、高級品の為、旅人が気軽に買える値段でもない。

 なので、食後は柑橘系の皮で作った煎じ茶や蒸留酒がほとんどだ。


 蒸留酒は持ち運ぶ量が少ないため、お湯割りや水割りで飲むことが多い。まれに酒だけを大量に持つ旅人もいるらしいが。

 煎じ茶も柑橘系の他に薬草や香りの強い香草などを原料にして、ブレンドされたものもあるが、ヒルダは香りの強い煎じ茶が好みらしい。


 火や水は生活魔法ですぐに調達できるので、旅のテント生活も意外と快適なのである。




 腹いっぱいになったその後は、夜間の見張りを決めて寝床に入り、初日の夜は更けて行った。

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