第二十九話 各々の思惑
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パトリシア王女が天幕で作戦の実施を宣言した数時間後。王女が率いる部隊の渡河が滞りなく始まり、日が落ちる前に全ての部隊がラルナ長河を渡り終え再び野営の準備を始めていた。
部隊の中央に位置する天幕にはパトリシア王女を始めとした将たちが再び集まっていた。
第一、第二の作戦を終え、第三の作戦をパトリシア直轄諜報隊へ指示し終えた後である。
「さてと、食事でもしながら次の行動を伝えるぞ」
エゼルバルドから上げられた作戦をパトリシア王女が口に出し始めた。
ジムズ率いるブールからの捜索部隊五百が加わった事で、現在部隊は三千五百となった。
ほとんどが軽装なので移動速度はかなり上がるとみられるのだが、ラルナ長河を渡ったとは言え、攻めるミンデンの街まではまだ百キロ以上も進まねばならない。
しかもミンデンに近づいた後は隠密行動を取らねばならず、夜間の移動を余儀なくされている。
ここまでは軍隊としての訓練をしてあるので何も問題は無かった。
少しだけ、兵士達が嫌がったのを目撃していただけで。
王都からの本隊はミンデンの南から、アニパレとルストの部隊は西から攻撃を仕掛けると決まっている。
エゼルバルドはこれらに合流すること無く敵を崩壊させようと考えていた。
エゼルバルドは”紐を解くには無暗に引っ張らない事ですよ。要となる部分から解いて行けばすんなりと解けます”と、パトリシア王女に告げたていた。
折角の三千もの部隊がいるのなら、独立部隊として独自に運用してはどうかと。
しかも、敵将の首級を上げれば将の少ない敵は浮足立ち、崩壊するはずだとも告げていた。
作戦はこの三千の部隊をミンデンの北西に隠し、アニパレ、ルストの部隊左翼に隙を作らせて敵を誘い込み、アニパレ、ルストの右翼部隊を遊撃部隊として共に敵を包囲殲滅する作戦である。
効果的に動くかはアニパレの指揮官の指示に掛かっているのだが、エゼルバルドには一つだけ懸念事項があった。
それをパトリシア王女が告げ終わった後に付け加えたのだ。
「敵は覇気が無いだと?それに、命令だけ従う、何だそれは?」
エゼルバルドが二十人の兵士を引き連れてパトリシア王女の”白亜の鎧”を取り戻そうとした時に感じた事だ。
兵士の訓練度が高いのはかなり前から準備をして来た事とわかるが、エゼルバルド達が近づいても、自らの意思で行動を起こさなかった。指揮官が声を上げて初めて迎撃に動いたのだった。
「全てがそうとは考えられないけど、敵のかなりがそうなっているんじゃないかと思う」
「何故、そう思うんだ?」
ボセローグ中将が尋ねてきた。
「このトルニア王国って、主食の穀物が沢山採れるでしょ。食べるのに心配無いくらいに。それを蹴って、わざわざ自分たちの国を切り取ろうと思うのかなって?住民はそんな事思わないだろうって」
「確かに、その意見には一理あるな。北部三都市は税収も他よりも少ないが、足りない分は国庫より補助金を出しているな。独立してはそれが無くなるから、誰もそうなりたいと思わんだろう。それが、ミンデンを手中に収めたくらいでは足りぬしな」
エゼルバルドとボセローグ中将の言葉の通りだ。
「確かにそうね。王女様には悪いけど、なんで国王を裏切ってまで国を切り取る必要があるのかって考えてたの。住民が賛成する筈ないのにって。でも、暴動が起こるでもなく兵をあげてるわ、しかも、相当の数を揃えてるわ」
住民の数を見て、三都市で二万五千もの兵士を集めるのは通常ではありえない。
良いところ、合計で一万くらいだと思える。
アニパレ程の大都市になれば一万を揃える事も難しくない。ブールでも五千であるのだから。
だが、それを可能にする方法が一つだけ、エゼルバルドには思い当たる節があった。
「ジムズ達には説明したよね、敵が元に戻らないって。だから、洗脳されたと思ってる。たしか、毒々しい桃色の錠剤があったよね、あれを使ったんじゃないかと」
ブールの郊外で押収したその錠剤は確かに洗脳に使うとジムズは言っていた。
「だがよ、あれは数が少ないって話だ」
「そうか……。いい線行ってたと思うんだけどなぁ」
ジムズがそれを否定する。
天幕の中でその会話に納得していたのはエゼルバルドとジムズ、そしてヴルフだけで、他は何が何だか、狐につままれた気がしていた。
「エゼル。申し訳ないけど、その洗脳とか、錠剤とか、説明してくれる?」
「王女様。それは俺からはなすよ」
頭の中がこんがらがっていたパトリシア王女がエゼルバルドに尋ねるのだが、二人の間にジムズが割って入った。
おそらく、ここで一番知っているのはジムズ自身だと思っていたからだ。
それからジムズは、アニパレの会合で知った事柄を天幕で話し始めた。
毒々しい桃色の錠剤の事、そして、大量にあった白い粉の事。
白い粉は帝国の麻薬と混ぜる事で記憶操作薬となる。
ジムズはその記憶操作薬がエゼルバルドが口にした洗脳を可能にするのではないかと告げるのであった。
「そこまで分かってたのか?」
「エゼルが出発したちょっと後に帰ってきたからな。今の話しをしたのは領主と、ここにいる者達くらいだ」
スイールとヴルフがジムズに付いてアニパレに向かったのは知っていたが、まさかそこまで麻薬の効果が判明していたとは思わなかった。
そこまで判明しているのなら、エゼルバルドが予想した事は実現可能だと考えても不思議はないだろう。
「殆どがそうなら作戦が立てやすいから楽だな。作戦の修正はほとんどしないで大丈夫そうですよ、王女様」
「ちょっとまて、エゼルまで妾を”王女様”呼ばわりするのか?まぁ、この席では仕方ないか……」
ボセローグ中将やゼレノエ少将がいる前ではさすがのエゼルバルドも言葉を選ぶしかないだろう。
パトリシア王女は揶揄われた気分になりながらも、手を顎にやり再びエゼルバルドに視線を向ける。
「それで、何を追加する?」
「五百も兵が増えたので、この際、ミンデンでも落としてしまおうかと……」
「まったく、お前の考えも底が知れんな」
「お褒めに預かり恐縮です」
別に褒めていないのだがとパトリシア王女は首を傾げ苦笑する。
作戦としては当初の通り、敵をアニパレ、ルスト連合部隊と包囲して殲滅してしまうのだが、そこにもう一つブールからの部隊の作戦を追加するのだった。
そして、細かな作戦をエゼルバルドは伝え始める。
「ブールの部隊と混成になっちゃうけど、敵を囲んで叩くのは二千で十分。アニパレの部隊と連携すれば問題ない。敵を右回りに撤退する様に仕向けてくれると助かります」
「それでは、ボセローグ中将に任せるが良いか?」
「はっ!」
アニパレ、ルスト連合部隊の布陣する西側の北に伏せて置き、頃合いを見て敵を包囲させる。ボセローグ中将の部隊は敵の右側を突くが、先に進ませるようにと厳命した。
「作戦がうまく運べば敵はミンデンの砦に撤退する筈だ。敵の先頭を見過ごしてから中央付近を分断する様に攻撃してくれればいい。戦わず、足をゆっくりにさせるだけでいい。ちょっと少ないが八百でいいと思う」
「これはゼレノエ少将が適任か?」
「は、手柄を上げて見せます」
敵は迂回などせず、直接ミンデンの砦に戻るだろうとエゼルバルドは見ていた。敵の兵士は強力なれど、それを指揮する将はそれほどでないと感じたのだ。
もしかしたら、敵に知将がいる可能性もあるが、砦から出て攻撃に参加する筈も無いと。
「それで、騎馬隊、百を連れて最後にミンデンに追い掛ける役目だけど……」
「なら、妾がかってでようぞ」
「それなら、オレも出るよ」
敵が戻ってくる前にミンデンのから北へ伸びる街道沿いへ騎馬隊を布陣させ、戻て来た敵をミンデンへ追い込める役目だ。
「あと、百残るだろうけど、これはジムズにお任せしてもいいね?」
「何するかわからんが、まぁ、任せて置け」
「申し訳ないけど、ヴルフはオレが借りるからね」
ジムズにだけはメモをしたためた紙をそっと渡して後で見る様にと耳打ちした。
「そうそう、二千を率いるボセローグ中将と八百を率いるゼレノエ少将は申し訳ないけど、敵の最後尾が見えたら追撃をお願いします」
「そのくらい、お安い御用だ」
「任せて置け」
すべての兵士の役目が決まると、パトリシア王女から”事前祝勝会だ!”と告げられるのであった。
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今回のトルニア王国内での軍隊の動きです。
参考程度に。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「三万か……。もっと来ると思っていたが、予定通りに大半を引き抜いて帝国に備えたか……」
ミンデンの防壁上から押し寄せるトルニア王国軍を見つめる視線があった。
短めに揃えられた金髪が十月の風に揺れている。
それよりも、引き締まった体が、彼の性格を物語っているようだった。
バーニー=ボルクム伯爵。
北部三都市の北、海岸沿いの都市の領主をしている。
この北部三都市連合のリーダーをしている、一応。
「そりゃそうさ。本国の策略通り、他二か所で戦を起こさせ、それに乗じて帝国も動くんだからな。この隙に切り取ってしまってのがわかるだろう?」
それが、さも当然とディスポラ帝国から派遣された男、ダンクマールが口にした通りだった。
彼の提案通り、帝国からの援助を得て軍備を整え兵士を洗脳、教育しこの時を待っていたのだ。トルニア王国には恨みは無いが、自らの国を切り取り独立する野望に火を付けられれば後は実行のみだ。
「それでどうする?セオリー通りなら、遠路はるばるやって来た敵を休ませる前に叩くんだけど?」
「いや、食料も豊富にあるからそれはしない。向こうもそうだが、あれも同じ国民だ。むざむざと殺したくは無い」
「ほう~。やっぱりそうなるか……。まったく、いばらの道を行くんだな~」
「まぁ、負ける気はしないけどな」
ミンデンの南には王都アールストから遥々来た王国軍が陣を張り始めていた。
街道沿いの少し離れた場所にである。
見たところ兵数は約二万であろう。
そして、西寄りの離れた場所に布陣したのはアニパレとルストの合同部隊。
それが約一万と少し。
南側、西側を包囲する軍で約三万であった。
「三万と言っても壮観だな。元々は十万以上の軍勢が押し寄せて来てたはずだから、それから比べれば見劣るのだろうがな」
「敵も王女を失って、よくやるな。褒めてやりたいくらいだ」
パトリシア王女が身に着けてたとされる”白亜の鎧”は既にミンデンに運び込まれており、血濡れたままで晒されていた。
この時点で、彼らに、いや、王国、地方連合軍にもパトリシア王女が生きていると知られてはいなかった。少数を除いてであるが。
「敵の布陣はだいたいわかった。北と東に五百ずつ残して、一万ずつを西と南にあたらせれば良いだろう」
「なるほどね。それだけの兵士がいれば何とかなるか。で、一万はどうするんだ?」
「決まってるだろ、遊軍だよ。敵の陣に綻びが見つかれば撃って出るのだよ」
バーニー=ボルクム伯爵は一万をミンデンに遊軍として置いておき、敵が猛攻を仕掛けてきたら守備に、攻撃に乱れが見えたら一万を率いて打って出ようと考えていた。
三万の軍勢であったとしても、西と南に軍勢が分かれていれば各個撃破のタイミングを計れる可能性を考えていた。
守りにあたっては一年でも籠れるほどの食糧を確保し、兵力は若干少ないがほぼ同じならば守備側が有利に進めると、バーニー=ボルクム伯爵も、そして、ダンクマールも考えていた。
おそらく、ミンデンに詰める誰もがそう思っていたに違いない。
早く解放されろと考えていたのはミンデンの住民だけだった。
「それにしても、お前達が持ってきた薬は何とかならんのか?兵士はともかく、指揮官が少なくなってどうしようもないわ」
「使用量はどうでしょうか。実験したデータ通りに使っていますか?」
「当然だろう。本来ならば使いたくもない薬だ。誰が好き好んであれを使うか」
「それならば、洗脳が深すぎたのでしょうね」
ミンデンで編入した兵士達を見張りに残してバーニー=ボルクム伯爵とダンクマールはその場を後にして指揮所へと引き上げたのであった。
指揮所へと引き上げると、テーブルに食料を山積みにして貪り食う額にシワが刻まれ始めた男とバーニー=ボルクム伯爵よりも若い男の二人がその場で待っていた。
「フレディ=ブメーレン子爵!何度言ったらわかるのか?いい歳してそんなに食べると早死にするぞ」
「これしか楽しみが無いんだ。ほっといてくれ」
五十歳も過ぎて無尽蔵と思われる胃袋に食べ物を流し込みながら悪態をつく。
フレディ=ブメーレン子爵はその名の通りブメーレン領の領主だ。
食欲旺盛なのが原因かわからぬが、頭は禿げ上がりお腹周りはぼよんぽよんと波を打つ始末だった。
尤も、食べ過ぎが一つの原因だであると誰にでもわかる体形をしているのだが。
「まぁいい。死ぬのが早まるだけだからな。エリアス=エルゼデッド子爵よ、今日は無いと思うが明日からは遊軍でお願いするぞ」
「また我に働かせるのか?たまにはブメーレン子爵に頼んだらどうだ?」
優雅に紅茶をすする銀髪の男が食べ物を口に頬張るブメーレン子爵を一瞥しながら告げる。
エリアス=エルゼデッド子爵は海沿いのエトルタ領を任されている。
筋肉質でかなり体を鍛えており、馬上からの攻撃を得意としている。
「まぁ、そんな事を言うなよ。王女を殺し鎧を持ってきた程の手柄を上げ放題なんだぞ。あれに同じ事が出来ると思うのか?」
「仕方無いな。我慢するとしよう」
ボルクム伯爵とエルゼデッド子爵の鋭い視線が、がつがつと食べ物を頬張るブメーレン子爵に突き刺さるのであった。
※後半は反乱軍の北部三都市視点に変っていました。
そろそろ、全体像が見えてきましたかね?




