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第四十四話 ブーケの行方は誰の下へ?

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※誤字報告、ありがとうございます。

 突如現れた人物は眩いばかりの光を背中から受け、その中に暗いシルエットで浮かび上がっていた。かろうじて判別できるのは髪の色とその服装だけであろう。


 銀色の髪で耳まで隠したショートカット、線が細く見えるが立派な軍服を身に纏い、左の腰に装飾の施された細身剣(レイピア)を帯びている。外套が体を覆い隠していたが、扉を開けるために前方に腕が突き出ていたので、何となくそこまではわかった。


 そして、礼拝堂に耳を向ければ、突然の訪問者に、”ざわざわ”とざわつきが起こっていた。

 噂話が好きな女性達は新たに表れた人物との三角関係を脳裏に浮かべ、これからどんな展開を見せるのかとハラハラドキドキしている。


「さぁ、一緒に逃げよう!!」


 突如現れた人物が手を出し、歩きながら再び叫んだ。

 その人物を照らす光から離れると共に特徴がしっかりと浮かび上がってきた。


 銀色の髪が耳を覆い隠し、女性と見まがうかのような凛々しい中性的な顔。すらっとした胸元を見せる真っ白な軍服に、やはり線の細さが見受けられるボトムス。真っ白なブーツを履きこなす姿はまさに十人中十人が振り返る美青年だろう。


 だが、参列者のうち、どれだけがその声色に違和感を覚えたかわからぬが、その人物から聞こえた声色は明らかに甲高く、成人男性からかけ離れていた。

 たまに、変声期を迎える事無く成人する男性もいるが稀でありほとんど見られぬと思っても良いだろう。


 そう、その人物から発した声色はまさに女性が発したと思えた。


 靴をツカツカと鳴らし祭壇の前にいる二人(エゼルバルドとヒルダ)の前まで来るとそこで足を止めた。


 エゼルバルドは突如現れた人物に良く知る匂いを嗅ぎ取っていた。とは言っても、ヒールを履いたヒルダと変わらぬ身長の同性に思い当たる人物など皆無だった。

 しかし、次の一言を耳にしたときにハッキリとどんな人物なのかを脳裏に浮かべられた。


「さぁヒルダ、一緒に逃げよう!」


 その人物がエゼルバルドの横で花嫁衣裳を纏うヒルダの手を掴み、連れて出そうと駆け始めたところをエゼルバルドが声を上げて制止させる。


「ちょと、待ったぁ~~!」


 エゼルバルドが発した声の迫力を目の当たりにした、その人物はビクリと跳ねながら足を止めてしまう。


 エゼルバルドの声に動作を止めたのはヒルダを連れ出そうとした人物だけでなく、礼拝堂にいる全ての人達も同じで肩をすくませ、ざわめき立っていた空間からピタリと音と言う音が消え去った。


「はぁ~、誰が一番の首謀者かと思えば、カルロ将軍に指示出来てオレ達を知る人物なんて一人しかいなかったな。ヒルダ、手を放しても大丈夫だぞ」

「え、えっ?」


 この世に存在する空気を全て吐き出すような深い溜息を吐くと、折角セットした銀色の髪を掻き始めた。

 全てを悟った表情をするエゼルバルドを見て安心してその人物からゆっくりと手を離すとヒルダは彼の傍へと足を向ける。


 エゼルバルドはこれだけの人達や手間を掛けて、まさかこんな事をしでかすとは思いもよらなかった。

 そう、目の前の首謀者とみられる人物が現れるまでは。


 そのやり取りに結婚式の参列者は固唾を飲み、次に聞こえるであろう声に耳を立てていた。


「で、今日は何の御用ですか、パティ?いや、違いますね、トルニア王国、第一王女パトリシア姫殿下!」


 エゼルバルドの口から発せられた言葉に参列者一同は我が耳を疑った。


 エゼルバルドとヒルダの連名で送った招待状には、もしかしたら日程が少しずれるかもしれず二日は予定を開けておいて欲しいとの条件を付けた文面が追加されていた。それは送るときにシスター達がこっそりと同封したために日程には余裕を持たせてあった。

 だが、その理由は一切記載されておらず、こんな一市民の結婚式に国の重要人物が顔を出すなど信じられぬのである。


 参列者は本物かとわが目を疑い、そして、夢ではないかと頬を(つね)る。

 事情を知る数人、神父やシスター、孤児院の元子供達やスイール達はやはりこうなるのかと頭を抱えて溜息を吐いていた。


「姫様、やはりここまででしたね」

「もう少しは引っ張れると思ったのだが、お主の申す通りだったな」


 エゼルバルドからその人物の正体が明らかにされると、礼拝堂の入り口から正装した数人の女性が姿を現し、パトリシア姫の傍まで来て一言告げた。

 そして、自らの頭に手を当てると、注目を集める中、躊躇なく銀色の髪を取り自毛である黄色く輝く頭髪を露わにした。


 その髪の色は噂に聞く色と同じであり、誰もが目の前に王族が現れたと頭を下げていた。

 ただ、その姿はドレスを纏う王女の姿ではなく、騎士を思わせる男装の麗人であった。


「で、エゼルよ。妾だと何時気が付いたのじゃ?」

「最後ですよ。声色もそうですけど、ヒルダを呼ぶ声がパトリシア姫の声色でしたからね」


 声色でわかってしまったかと残念に思うパトリシア姫はそれをどう対処したものかと頭を傾げる。


「あの~、式の途中ですので一番後ろの席になりますが、お下がりいただいて宜しいですか?」

「ん?お、おぉ!気が付かんですまんな。どれ、妾に気を遣わずに式を進めてくれ」


 神父から式の途中だと告げられると、”邪魔をした”と参列者の末席にゆっくりと向かって行った。


「ゴホン、少々邪魔が入りましたが、式の続きを執り行いますぞ。では、もう一度……」


 神父が結婚式の進行を再開すると宣言すると、王族の前で下げていた頭を上げ神父へと視線を向ける。


「では、二人の結婚に異議があればここで名乗り上げなさい。もしくは、永遠にその口を噤むことを望みます」


 厳かな雰囲気の中、再びパトリシア姫が奇声を上げるかと心配していたが、正体を明かされてしまえば再び行う事も無く、じっとしており、誰もが”ホッ”と胸を撫で下ろした。

 誰も口を開かぬしんとした空気に再び活気が戻ると、神父から再び声が綴られる。


「誰の異議も無いようじゃ。宜しい、それではエゼルバルドよ、指輪の交換を」


 エゼルバルドは上着のポケットから小さなケースを取り出すとヒルダと向かい合い、それを見せながら蓋を開ける。そこには七色の宝石をあしらった大小二つの指輪が仲良く並んでいた。

 そこから小さい指輪を指でつまみ取ると、ケースを神父に預けてから、ヒルダの左手を添えようとするが、彼女から”少し待って”と声が掛かる。

 当然ながらヒルダのドレスは肘上まである手袋を付けており、そのままでは指輪を通すことが出来なかった。そのためにヒルダは自ら手袋を外し、左手をエゼルバルドの前に差し出した。


「ごめん、気が付かなくて」

「まぁ、お互い様よね」


 二人で失敗したなと笑みを浮かべながら、ヒルダの手に自らの手を添えゆっくりと薬指に指輪を通して行く。

 ドレスに合う様にと、いや、ヒルダに似合う様にと、そして、エゼルバルドにも合う様にと時間をかけてデザインを吟味した指輪が指に通されると大輪の花にもう一つの花が咲いたとエゼルバルドは思えてしまった。


「それじゃ、今度は私からよ」

「ちょっとも待ってね」


 ヒルダが神父から受け取ったケースからもう一つの指輪を取り出し準備する間に、同じ様に左手の手袋を外し、毎日の様に剣を振り武骨になった手をヒルダの前に差し出す。


「やっぱり私なんかと違って男の手なのね」

「そりゃそうだろう」


 するっと入ったヒルダの指と違い、武骨で節があるエゼルバルドの指に通すには苦労をしていた。それでも根元まで指輪を通し終え、一仕事終えたと深呼吸をしてエゼルバルドへと視線を向ける。


「さて、皆さんのお待ちかねの時間となりました」


 神父は指輪の交換が終わったと見るや、主役の二人ではなく参列者に向けて声を上げる。結婚式が順調に進めば残りはあとわずかである。


「それでは、お二人で誓いのキスを!」


 普段、人前でキスを見せぬ二人(エゼルバルドとヒルダ)は、大勢の前で誓いのキスと告げられ緊張していた。キスすること自体は何も感情的に思うところはないが、”誓いのキス”と大げさな言葉に気後れしてしまっていたのは事実であろう。


 参列者の鋭い視線を受けながら、エゼルバルドはヒルダの顔に掛かる(ふち)に花の刺繍をあしらったベールを頭の上にゆっくりを乗せる。

 お互いの視線を合わせるとヒルダは目をゆっくりと瞑って行った。そのタイミングに合わせるように、エゼルバルドは顔を近づけ、お互いの唇を重ね合わせる。


 僅か、数秒のキスであったが大勢の視線に晒されれば、とても長い時間に感じるだろう。

 誓いのキスが終わり唇が離れると、ヒルダはゆっくりと目を開けて上気した桃色の頬と共に幸せそうな表情を見せていた。


「それでは式もこれで終わりですので、参列者の皆様は先に教会の出口へお進みください」


 神父から、なんとも閉まらぬ終わりの言葉が綴られると、参列者、特に独身女性は我先にと礼拝堂の出口に群がった。そう、結婚式の最後のイベント、”ブーケ・トス”を最良の場所で受け取ろうとしていたのだ。

 当然ながら、そこには未だに結婚の当てのないアイリーンや男装の麗人となったパトリシア姫、そしてお世話係のナターシャや着飾り周囲に溶け込んだ護衛のパトリシア直轄諜報隊(ダークカラーズ)も顔を連ねていた。

 その中で唯一、余裕を見せていたのはヒルダにブーケを渡したポーラであった。


(ふふふっ、ヒルダからのブーケ・トスは私が頂くのよ。誰にも渡さないわ)


 大勢の独身女性の中にポーラは交じり、エゼルバルドとヒルダが出てくるのを待つ。

 その大勢の独身女性とは別に男性や既婚女性は少し離れてその光景を”にやにや”と見つめるのだった。

 いったい誰がブーケを受け取るか、軽く予想をしてみたり、賭けをしてみようかとお互いに話しに花を咲かせていたりと、最後のイベントらしく盛り上がっていた。


 そして、神父を先頭にエゼルバルドとヒルダ、そしてスイールとシスターが姿を現すと、盛り上がりは最高潮に達する。


「では、ヒルダ。お願いできますかな」

「は~い!任せて頂戴」


 独身女性の群れをヒルダは一瞥すると、くるりと身を反転させる。

 一度身を膝を曲げて身をかがませると、その反動も合わせてブーケを空高く舞い上がらせたのだ。


 独身女性達は、ブーケが空高く舞い上がる光景に何か夢でも見ているのかとの気持ちになっていた。”ブーケ・トス”と言えば、新婦が後ろ向きにポーンとブーケを投げてそれをキャッチするだけである。

 受け取った女性は次に結婚する番だとの言い伝えがあり、それを目当てに群がるのだが……。


 そう、ヒルダが空高く投げ上げたブーケは、彼女達の予想を遥か高くまで舞い上がり……一向に落ちて来なかった。

 ヒルダはおおよその落下地点を計算し、ポーラがポジションを取る付近に落ちるようにしていた。


 とは言え、それだけの滞空時間があれば落下地点を算出するのは彼女達にとっても容易い。ポーラの周りに人が集まり、ポジション取りが始まったのだ。

 ある者は他人の足を踏み付け自らを前に進ませ、ある者はドレスの裾を引っ張りバランスを崩させた。小さな子供達はそれに付いて行けず、独身女性の戦場から早々に弾き飛ばされ、その輪から外されていった。


 そして、ブーケが舞い上がり頂点に達すると後は落ちてくるだけなのだが、当然ながら花や葉を合わせた花束は空気抵抗が大きく、フラフラと落下し落下位置の目測が狂ってしまっている。

 彼女達はそのフルフラするブーケを見ながら、右へ左へと足を運んでいる。


 そんな独人女性達の争いがまさに終わりを告げようとした時である。何処からともなく吹き寄せた強風が結婚式で浮かれるその場所へ吹き寄せた。

 当然、強風はドレスを着た女性達にも均等に吹かれ、ひらひらとしたドレスの裾を舞い上げようと悪戯して行った。ドレスの裾を舞い上げられたらあられもない姿をさらすと見て、両手で押さえるしかなくなる。


 それから強風が吹き荒れれば、誰かの手に収まるはずだったブーケは再び舞い上がる事になる。あと少しでその手に掴めると確信していただけに落胆ぶりは顕著だった。


 ドレスの裾が舞い上がったくらいで彼女達はブーケを諦めたりしない。すぐさまブーケの行方を探し出すと、すぐさま追いかけようとした。

 だが、今回ばかりはブーケの行く先は悪かった。まさに悪夢であったと言えよう。


 強風が運んだブーケの先で待っていたのは、男性や既婚女性の方向。

 ブーケの落ちた先は……。


「ん?なんじゃ、ワシの所に来おったわい」


 なんと、ヴルフの手の中に”ポトリ”と落ちたのである。


「困ったのぉ、ワシが次は結婚か?」


 当然、”ブーケ・トス”の意味を知っているからにはその言葉を発せずにはいられないだろう。だが、独身女性から向けられる視線は茶化した言葉とは裏腹に、ヴルフに突き刺さっていた。

 このままブーケを持ち替えれば、女性達から白い目で見られかねぬとヒルダへ戻し、再度行う様にと頭を下げるしかなかった。


 その後、再び行われた”ブーケ・トス”は、ヒルダが力に加減を加え、通常の高さほどの”ブーケ・トス”となり、無事に独身女性の手に収まったのである。


 ちなみに、再び行われた”ブーケ・トス”で受け取ったのは、教会の近所に住む八歳の女の子だった。


※ちょっと待った~~

 えっと、ね、ねるとん紅鯨団?(ふ、古い……)


 ブーケトスのオチはこんな所で。

 次でこの章は終わりです。

 三話ほど閑話を挟んだら次の章に向かいます。


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