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第二十話 二つ目の頼み

「さて、パトリシア姫より二つの頼み事とあったはずだ。もう一つは私からもお願いしたい事でもあるのだが……」


 先程の表情から一変し、口を開いたカルロ将軍もそうであるが、パトリシア姫も”キリッ”と神妙な表情へと変わった。そして、パトリシア姫の執務室の空気が凍り付くような雰囲気に包まれ、ただ事ではないと感じる。


「なんじゃカルロ、お前がそこまで言うとは大げさではないか?」


 あまりの神妙な態度にヴルフが茶化そうとするのだが、向けられた当人は笑い一つ漏らさずに逆に睨みつけるのであった。


「……そんなになのか?」


 過去の戦争中に”ちらり”と見た事のある苦悶の表情をヴルフはカルロ将軍から読み取り、今回の件がどれだけ切羽詰まっているのかを察した。それはパトリシア姫も同様で、重い空気が二人から流れ続けていると目で見えているようだった。


「ヴルフの事だから少しは耳に入っていると思うが……。市民生活にはまだ何の支障も出ていないが、暗躍する者達が多数入り込み我らの活動を阻害し始めている」

「ああ、それならウチが掴んだ情報と同じね」


 カルロ将軍の言葉にアイリーンが口を挟むが、それを快く思わぬと”ギロリ”と彼女を睨みつけ、ヴルフと話をしている最中は黙っていろと目で訴えてきた。それを察して、椅子に深く座り直り、聞こえぬように”はいはい”と言葉を漏らしていた。


「茶々が入ったが続けるぞ。それで、実行犯を捕まえてはいるのだが、その黒幕がいったい誰なのか、何処にいるのか、未だに掴めていないのだ」

「ははぁ、それでワシ等に調査を協力してくれって言いたいのだな」


 いつもの事だろうとヴルフが”ふんっ!”とはなを鳴らすのだが、ぶるぶるとカルロ将軍は首を横に振った。本音はヴルフ達の力を借りたいのだが、王都では何処からか情報が湧いてきてその必要も今は無かった。


「別に調査に協力してくれとは言わん、その他の事だ。王都での人手は十分あるのだ。兵士の数も十分に足りている。それに、情報も我々だけでなく市民からも集まっている」


 その一言を聞き、”手に入れた情報通りね”とアイリーンが小さな声で呟き、テーブルの下で拳を握りながら笑みをこぼしていた。


「そこまでしていて、ワシ等の協力が欲しいとはお前らしくも無い」

「確かに、らしくないとは思っている。だが、無暗やたらと兵を動かす訳には行かんのだよ」


 そこで、カルロ将軍がパトリシア姫のお世話係のナターシャへと合図を送ると、指示を受けたからか彼女は部屋から退出し何処かへと向かっていった。


「恐らく手にした情報には、王族に恨みを持つ、と聞かなかったか?」


 今度は口を挟んだ時と違い、アイリーンへと顔を向けて問いただしてきた。

 黙ってろとか、知ってる事を話せとか、(せわ)しない人ね、と思ったが頼られるのも悪くは無いと姿勢を正すのであった。


「ええ、確かにそこまでは情報を得ていたわ。でも、それがどうかしたの?」

「間違った情報……とは言わんが、それは、少々違っているのだ」

「ん?違うって」


 アイリーンが聞き返すのだが、それからしばらく、カルロ将軍は紅茶を口に運んだり、書類に目を通したりして誰に問いかけられても口を開かなかった。

 ヴルフはその光景を目の当たりにした事があったために何も言い出さなかったが、待つだけの状況にうんざりし始めたアイリーンはイライラし始め、”こいつを如何にかしてやろうか?”と思うようになっていた。


 そんな状況の中で、突如ドアがノックされると状況が一変するのであった。


「おう、入ってくれ」

「失礼いたします。アドルファス=スチューベント男爵をお連れいたしました」


 誰が入って来たかと思えば、先程、部屋を退出して何処かへ向かったナターシャと男爵位を持つ男が一人入って来たのである。二人の登場にアイリーンは振り上げようとした拳を”仕方ない”と仕舞い込むのであった。


 初めて見るアドルファス=スチューベント男爵は上等な服に身を包んでおり、がっしりとした体型からかなりの訓練を積んでいると見受けられた。

 それが僅かばかりの手掛かりとなったようで、ヴルフがカルロ将軍へと視線を向けるのであった。


「ヴルフよ。お前に頼みたいのは彼らの護衛だ」

「護衛だと?」


 男爵の護衛など、自前で揃えている筈で不思議な事を口にするとヴルフは思った。

 そう、男爵と言えども王都への道中を考えれば臨時に百人程の護衛などすぐに集まるはずだと思えば腑に落ちない。そこに数人加えただけで何が出来るのかと反論しようとしたのだが、ヴルフが口を開くよりも、傍の魔術師が先に言葉を発していた。


「スチューベント男爵と言えば、ブールの隣、ルストで治安維持の責任者の家ではありませんか?男爵自身もかなりの剣の使い手と聞きますし、何処に我々が入り込む余地があるのでしょうか?」


 一応、ブールの街に居を構えているスイールが思い出したかのようにスチューベント男爵の事をその場で告げた。隣街の出来事であれば遠くの王都よりも情報が入りやすく、相応の情報を頭に入れていたのだ。


 ルストはブールの街の北に位置し、人口もブールの半分以下で農林業に従事する市民が殆どで、これと言った特色が思い浮かばぬ街である。唯一、特徴を上げるとすれば、海の街アニパレとブールの間にあり、宿場町として栄えている所であろう。

 アニパレとブールは他の街と違い王国の直轄地である。その二つの都市間は人の往来だけでなく物資もかなりの量が移動している。その中間点であるからこそ、治安維持に力を注ぎ住民だけでなく、旅人や商人をも守っている。小さな街であるのだが、それ故に兵士達の質が高く、二倍の敵にも臆する事無く勇猛果敢に向かって行くと、人々からは頼もしく思われているのだ。


「確かにそうだな。スイールの言う通り、ワシ等が護衛せんでも十分に安全だろうに。ルストの兵士に誰が喧嘩を売るんだ?ワシだって喧嘩したくないぞ」


 少数ながら精鋭揃いと噂のルスト兵にはヴルフであっても争いを仕掛けたくないと本音が口から飛び出した。ヴルフに言わせる程の精鋭であれば、誰もが道中の安全は彼らだけで十分と思っただろう。

 だが、カルロ将軍が、いや、アドルファス男爵が首を横に振ったのである。


「実は理由が幾つかあってね、一つは次男の婚約者をルストへ送らなくてはならない事です。それに付随する様に、次男と三男も街へ向かいます」

「ふむ、その婚約者とやらが狙われる可能性がある……からか?」

「その通りです」


 スイールもヴルフも移動中の馬車の列は格好の獲物であろうとすぐに思い描くが、それだけではヴルフ達を護衛に混ぜるのは理由として弱いと思わざるを得ず、首を斜めにして不思議そうな表情を見せた。


「まぁ、それだけでしたら我らがカルロ将軍に相談などしません。次の理由こそが本当の理由になるのです」


 アドルファス男爵がちらりとカルロ将軍とパトリシア姫に視線を送ると、二人はこくんと頷くだけであった。それを合図に男爵は続きを話し出した。


「とある筋からの情報になるが、北部三都市が不穏な動きを見せ始めたと言うのだ」


 男爵が口にした”北部三都市”とはトルニア王国の北に位置する、キール自治領と海の街アニパレの間に挟まれたエトルタ、ボルクム、ブメーレンの三つの街を纏めてそう呼んでいる。

 その北部三都市が協力して独立運動を始めようと機運が高まっていると噂が流れ始めていたのだ。


 この噂は、エゼルバルドとヒルダが商隊を護衛している途中の街で耳にした情報と同じであるが、男爵が語った事は国の諜報部隊が絡んでいることから角度の高い情報だった。

 とは言いながらも、独立運動を始めるにしてもまだまだ財政面で不安が残るためにいつ始められるか、と懐疑の目で見られていた。

 仮に北部三都市が独立運動、いや、独立戦争を起こそうとしたときに邪魔になるのは何処かと指摘されれば直轄地である海の街アニパレとその南の位置するブールの街と誰もが指摘するだろう。


 では、キール自治領はどうかと言えば、完全にトルニア王国から独立した経済活動を行い、兵士も自前で揃えているので、北部三都市に加わらなければ静観するだろうと、脅威として見られていなかった。


 そうなれば、活動を始めた直近の障害は直轄地であるアニパレとブールの都市軍となり、その二つの都市軍の目を他に向けさせる、もしくは、牽制しておけば西からの討伐軍の到着を遅らせる事が出来ると考えられる。


 そう、アニパレとブールへの抑えとして、数は少なくても精鋭揃いと評判のルストの街を手に入れて置こうとしている、と予想したのである。


「なるほど、トルニア王国に恨みを抱く者達が、北部三都市を独立させようと企んでいるわけですか……。なるほど、よく考えたものですね」


 ()()()に見れば三都市を独立させるには、その狙いは間違ってはいないだろう。ルストの守備の要であるアドルファス男爵とその息子が王都から帰還する道中を狙うのは()()()に見れば常套手段であり、試験であれば及第点を取れるだろう。


 だが、現在の様に財政が不安で、補助金を受けてる状況を考慮すると、そんな愚かな策を弄するとは、スイールには思えなかったのだ。


「それでも、私達が護衛に参加しても、連携が取れず足手まといになりそうですね」

「ここまで言っても、首を縦に振らんか。さすがに”変り者”と言われてただけの事はあるな」


 乗り気になりつつあるヴルフとは違い、いまだに首を縦に振るそぶりをすら見せぬ偏屈な”変り者”魔術師にカルロ将軍達は苦笑するしかなかった。

 それならばと、最後の手段だと懐から一通の封筒を取り出してスイールへと投げて渡した。


「それを見てもまだ、同じ事を言うのなら大したお人だ。諦めるしかない」


 封筒から紙を取り出しそれに目を通すのだが、スイールの表情が徐々に険しく変わっていった。

 それを、ヴルフやアイリーン、そしてエルザへと回して情報の共有を図るのであった。


「これは本当ですか?」

「ああ、我々が掴んだ情報の中でも一級に指定されてる、秘匿事項だ」


 エルザからカルロ将軍へと封筒が返されると、スイールは溜息を吐きながら問い(ただ)した。書類に書かれた名前がこんな所で見るとは思いもよらなかったからだ。


「【ラザレス】。魔術師としての腕を買われてディスポラ帝国で食客として魔術師の指導に当たっている……と噂されている。彼自身の存在は公にされ、幾人もが見ているが、政治や領土的な野心に全く関心が無く、魔術師としての働きだけを追い求める……研究者と言ったところだろうか?」


 スイールは同じ魔術師として、カルロ将軍が語った程度の噂は耳にしていたが、ヴルフやアイリーンは耳にする事は無かっただろうし、ましてや別の地域から船に乗って訪れたエルザもその名前は知らないだろう。

 魔術師の腕前は当然のことながら、()()と噂があるから生半可な魔術師では一対一で殺り合うなど、誰もが首を横に振ってその場から逃げ出すであろう。少数の怖いもの知らずが、首を縦に振るだけであって……。


「そのラザレスが、トルニア王国に入った、と掴んだのですね」

「その通り。我々が危惧するのはやはり、後方の攪乱作戦だ。今、北部三都市が動かなくても、いずれ反旗を翻すやもしれん。事前に相手の動きの芽を摘み取る事も必要なのだよ」


 カルロ将軍は、ルストの守備の要であるアドルファス男爵を討つために、そのラザレスが協力するのではないかと危惧していたのだ。そんな時にスイール達が帰還するとの報を受ければ、対抗できる戦力を上乗せいしたいと思うのは当然であった。

 宮廷魔術師をゾロゾロと連れ歩いても良いが、その為だけに王城から魔術師の姿を消せるはずも無かった。


「お前の実力は折り紙付きだってわかっているぞ」


 スイールが人前で強力な魔法を扱ったのはたったの一度。ブールの街を獣に襲撃された事件の時だけである。領主であるアビゲイル=トルニア、つまりは現国王の弟の口から、ブールには途轍もない魔法を扱う魔術師が存在すると告げられている。

 それが名前を出す事など無かったが、それがスイールの事であるとカルロ将軍はわかっていたのだ。


「そこまで言われては仕方ありませんね。ヴルフも乗り気のようですし……」


 ヴルフを見れば、武威を轟かすアドルファス男爵に協力するのは当然だと乗り気であったし、アイリーンもエルザもブールに向かうついでだと、足が確保出来たと喜んでいた。二人の同機はともかくとして、射撃の名手であるアイリーンと、スイールと同じように複数の魔法を同時に扱えるエルザが一緒に来てくれるのであれば、どれ程心強いかと思うのである。


 スイールはそれでも”余計な事に首は突っ込みたくないのですがね”、と諦めた様に溜息を吐くのであった。


※今回は説明のみ。

 次回から、移動開始です。


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