第二話 水生獣は恐怖の刃。だが、見つけやすい筈でもあるのだが……
※線上に響く黄色い声!
殺人事件の予感……とはちょっと違いますね。
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これからも、拙作”奇妙な魔術師とゆかいな仲間たちの冒険”をよろしくお願いします
「きゃーーーー!!」
甲板に黄色い悲鳴が響き渡った。
仲良く手を繋いでいる場合じゃないと身構えて、エゼルバルドとヒルダは甲板上を見渡す。
「あ、あそこよ!」
「!!」
先ほどの男爵の三男が取り巻きの男と共に手すりから身を乗り出していた。どうやら一生懸命何かを引き上げていた。
その行動を見ていれば、先ほどの黄色い悲鳴と結びつけぬ訳にはいかぬであろう。
客船の右舷で巨大な何かが飛び跳ねた衝撃を受けて、傾いた時に海に投げ出されそうになったのだろう。
男爵の三男やその取り巻きの男は咄嗟に床に伏せた為にそのような事は無かったが、高いヒールを履いた女性はバランスを崩して転がって行ったのだろう。
貴族だからとドレスを纏うのは勝手だが、船上にあり不測の事態が起こることを想定して足元には注意した方が良いと思う。
エゼルバルド達は男爵の三男であるラング達を助けるべく彼らの下へと急いだ。
「手伝うぞ!」
「あ、え?おうっ!」
ラングの横から”ズイッ”と手を伸ばし、手すりに捕まっていた彼女の腕を掴んで、三人の力を合わせて引っ張り上げた。
エゼルバルド達は”ペタン”と甲板に座り込み”はぁはぁ”と肩で息をしながら、ほっとした表情を浮かべている。
男爵の三男とは言え、その後ろに付いている女性を行方不明にしなくてよかったと一様に思った。
エゼルバルドには男爵の三男など興味はないが、さすがに助けられる人がいれば手を差し伸べるのは当然だろう。
「はぁはぁ。助けてくれて、ありがとうございます。私、【コレット】と申しますの」
それから、一息ついた所で女性が感謝の意を告げながら自らを名乗った。
「わ、悪かったな」
その次に口を開いたのは男爵の三男、ラングであった。あのまま取り巻きの二人とだけだったらコレットを引き上げることは無理だったかもしれないと思ったのだろう。
「ん?助けられる人が目の前にいれば助けるのは当然じゃないのか」
「ま、まぁそうだが……」
当たり前の様に体が動いただけで、他意は無いのだがとエゼルバルドは首を傾げる。
それを頬を”ボリボリ”と掻いて、何処に向ければ良いのかとあちらこちらに視線を泳がせていた。
「な、なんだ。コレットを助けてくれてありがとう。彼女の手前、ちょっと格好を付けたかっただけなんだ」
少しだけ顔を赤くして、ラングが喋る。格好いい所を見せたかったようだが、相手が悪いと言わざるを得ないと、苦笑で返した。
「な、何だよ!」
「いや、すまない。戦争帰りのオレ達に喧嘩を売るって凄いなと思ってね」
「せ、戦争?」
戦争と言えば、作戦末に終わったアーラス神聖教国北部での内乱を示す。
内乱であるから他国からの傭兵が積極的にかかわったとの情報は無かった。
それで、はったりかとも思ったが、海からの敵に落ち着いて対処する様を見れば戦争云々は置いといても、喧嘩を売ってはいけない人達であるとラングにもはっきりと理解できた。ついこの間まで生きるか死ぬかの命のやり取りをしていた相手に、である。
それを考えればラングとは言え、仕返しを受けずに済んだとのは僥倖だと溜息を吐くのだ。
「なんにしろ、こんな所で兄の婚約者を失ってたら、恐らくコレだったから」
ラングは手刀を作り自らの首に”トントン!”と当てながらさらっと恐ろしい事を口にした。
「ええ、この件について、私からもお礼を申し上げますわ」
コレット自らが助けてくれた事だけでなく、ラングの命が助かったとして頭を”ひょこん”と下げた。ただ、今だに立ち上がろうとはしないのは、腰が抜けているのか足が震えているかのどちらかであろう。
「それじゃ、オレ達は船室に戻るから。風に当てられて風邪をひかない様にな。行こう、ヒルダ」
「はいっ!」
よく見れば、コレットがこの甲板に出て来た時に羽織っていた腰までの長さの外套が見えず、大きく開いた胸元が寒そうに見えていた。先ほどの騒動の中で飛んで行ってしまったのだろうが、そのままでいれば確実に風邪をひきそうであった。
それを気にしてラング達に声を掛けた。
声を掛けた後は、嬉しそうにエゼルバルドの腕を”ぎゅっ”と掴むヒルダと共に船室へと戻って行こうとするが、駆け付けた船員に呼び止められてしまう。
「お客様方、ご無事でしょうか?」
「えっと、見ての通りです」
まだ立ち上がれていない三人に代わり、エゼルバルドが答える。コレットがブルブルと震えているが、エゼルバルド達の無事な姿を見て”ホッ”と胸を撫で下ろしていた。
「誠に申し訳ございません。見張りが見落としてしまっていたようで、【二角水生獣】の発見が遅れました」
「発見が遅れたで済む問題じゃないぞ。アレが本気になってたら、船が沈んでいたぞ」
「はい、お恥ずかしい限りで……」
船員は申し訳ないと頭を下げた。
本来なら、あの巨大な生き物が迫ってくるのをもっと遠くから見て取れたはずだと船員は告げて来た。巨大な生物の進路上から船を退避させ過ぎ行くのを待つのが正解らしい。
今回は見張りがいたにも拘らず、数十メートルまで接近するまでわからず、警戒音も鳴らせなかった。
「見張りって一人だけ?」
「いえ、そんな事はありません。帆柱の上に一人、操舵室や後方確認に数人、常にいますが……」
それなら、何故、あんな巨大な波を作り出す生物を見過ごしてしまったのか?不思議に思いエゼルバルドは顎に手をやり、首を傾げた。
二角水生獣はうろ覚えながら記憶をたどって行くと、肺呼吸で海面すれすれを泳いでいる鯨の仲間だったと思いだした。それならば、もっと前に見つけても良いはずであろうと考えたのだ。
「ん?エゼル、どうしたの」
「お客様、どうなされました?」
考え込むエゼルバルドを不思議そうに見つめる二人。その視線に気が付いたのか、顔を上げた。
「いや、それだけ見張りがいるのなら、なんで気が付かなかったのかなって。最低でも三人はいるんでしょ。これだけ穏やかな海なら見逃す訳ないのにって」
その言葉に首を回して海面を見渡す。
冬から春に替わったばかりの海は多少波があるが、冬の荒れた海に比べればずっと穏やかだ。三角波を作るのは海を進むこの客船のみである。見過ごす方がおかしい。
「たしかに、この波で二角水生獣が生み出す波を見逃すのはありえませんね」
その通りだと船員は頷く。
「これ以上、お客様のお手を煩わせる訳にはいきませんので、これから後は船長と相談しで事に当たります。失礼ですがお名前を頂いてもよろしいですか?」
「ああ、オレはエゼルバルドだ」
「わたしはヒルダよ」
「副船長の【テイヨ】と申します。何かわかりましたら、お話させていただくかもしれません」
そう言うと、テイヨ副船長は軽く頭を下げると踵を返して船橋へと戻って行った。
「それじゃ、オレ達も戻ろうか」
「そうね」
呆然と見てた貴族の三男のラング達に軽く挨拶をすると、エゼルバルドとヒルダは仲良く船室へと戻って行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
客船が二角水生獣に襲われた以外は特になく、平静に時が進み、無事にトルニア王国の王都アールストの港へと滑り込んだ。
「あ~ぁ、結構やられてたんだな~」
「修理代、高そう~~」
エゼルバルドとヒルダが下船してまじまじと向けている視線の先は、二角水生獣にぶつけられた客船の左舷だった。船体に裂け目が出来、海水が”バチャバチャ”と出入りしていた。
客船の構造だが、船底は細かな区画に別れていて、一か所が浸水しただけでは航海に支障を来たす事無く航行可能であった。
だが、港に到着して外から改めて覗いてみれば、一か所だけであったが、かなりの被害を被っていた。
竜骨が無事であった事が不幸中の幸いであっただろう。
「ここにいましたか、エゼルバルドさん、ヒルダさん」
誰だろうと振り向くと、数日前の二角水生獣の襲撃の時に顔を合わせたテイヨ副船長であった。
「どうしました?」
「船長がお話したいと申しておりまして、お時間を頂けないかと……」
テイヨ副船長は言い淀んでしまった。それはエゼルバルド達が露骨に嫌な顔をしたからである。
「申し訳ないが、今日の宿を取らないといけないんですが」
「ああ、そんな事ですか。それなら、船会社指定の宿でしたら押さえておきますが如何でしょうか?」
それなら大丈夫だとテイヨ副船長に告げ、二人は話を聞こうと付いて行くのであった。
「こちらです」
テイヨ副船長に連れていかれたのは船会社の建屋に設置された、応接室の一つだった。すでに彼よりも高級な制服に身を包んだ髭面の男がそこで待っていた。
「お時間を頂きありがとうございます。船長の【アレクサンデル】です」
アレクサンデル船長は右手を出して握手を求めて来た。
「エゼルバルドと言います」
「ヒルダです」
握手を交わすとソファーを勧められ、それではと、エゼルバルド達は一斉にソファーに腰を下ろした。
”早速ですが”と船長のアレクサンデル船長が身を乗り出して申し訳なさそうに言葉を口にして、静かに会話が始まった。
「一応、内密なお話なので他言無用でお願いします」
アレクサンデルが小さな声で前置きをした上で口を開いた。
「二角水生獣が襲って来た時の見張りを問い質した結果、出向前に何者かに薬を貰っていたようです。それを飲んだ結果、見張りの最中にボーっとして疎かになったようです」
そこまでアレクサンデル船長が話をしたのだが、エゼルバルドとヒルダの二人はそれが何の関係があるのかと首を傾げる。
「申し訳ないですが、それがオレ達に何の関係があるのですか?」
「いや、基本的には関係が無いですな。ですが、貴方達の言葉が無ければ、見張りに問いただす事も無くただ見張りの見落としで済ませてしまうところだった」
”なるほど”と二人は頷いた。内密な話であったが、調査のとっかかりを貰った事のお礼なのだろう、と。
それでなければ全く無関係のエゼルバルド達に話す訳がないだろう。
「その後、全ての船員に聴取を行ったところ、帆柱上で見張りをしている者達だけにその薬を渡していたらしい。本来なら、誰それかまわず貰うなどあり得ないはずだが、休息日にお腹を壊して薬を貰っていたと証言が出て来た」
困ったもんだとアレクサンデル船長は溜息を吐く。
「不思議なのだ。お腹を壊してその薬を貰うまでが一連の流れになっていたのか、暗示を掛けられていたのか、何の不思議にも思わなかったらしいのだ。その薬は大量に貰っていたらしく、見張りにつく時は必ず飲む様にと暗示を掛けられていたとか」
そこで、アレクサンデル船長は懐からパイプを取り出し、”失礼”と一言断りを入れてから刻んだ煙草の葉を詰めて火を付けた。
「見張りに暗示が掛けられてしまってはこちらも手の出しようがなかったしな。彼等には見た所、異常は見受けられなかったし」
口に含んだ煙を”ぽわっ”と吐き出し、ソファーに深く腰掛け直す。
「それをオレ達に話してもどうにもなりませんよ。それに、オレ達の口から漏れてしまう可能性もありますよ」
「基本的に漏れてしまっても構わない、ここまではな」
「ここまで?」
「そうだ。客船が二角水生獣に襲われたのは何者かの妨害があったからだと広めるのは構わないって事さ」
誰かが、何らかの目的のために船員と接触を図り、見張りを蔑ろにした所で事故に見せかけて船を沈めようとした事、を広めてもいいと言うのだ。
「その位なら宿の酒場で話せば自然と広まると思うが。いったい、何が狙いなんだ」
静かに、だが、キツイ口調でアレクサンデル船長に問い掛ける。さらに眼力でただでは済まさないぞと脅しをかける様に。
「妨害した者達の捕縛かな?最終的には、王城に協力を頼むんだけどな」
「噂を広めて、騎士達も一斉に動いてもらうって事か」
「その通り。この客船の運行はトルニア王国とベルグホルム連合公国の両国が協力して運営しているからな。両国の王様の顔に泥を塗ったままって訳にはいかんだろうが」
そう言う事かと二人はうんうんと首を縦に動かし、納得したとアレクサンデル船長に笑顔を向ける。
「噂を広める位なら協力するよ」
「やられっぱなしは嫌だもんね」
エゼルバルドとヒルダはそう言うとソファーから立ち上がり、軽く頭を下げると部屋から出て行くのであった。
呉越同舟:仲が悪い意味に捉えられるが本来は、仲が悪くても共通の困難にあったら共に立ち向かうの意味です。
其れ呉人と越人、相憎むも同じ舟に乗りて嵐に遭えば、助け合うこと左右の手の如し……だったかな?(うろ覚え)




