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第十三話 カルロからの呼び出しと依頼【改訂版1】

2019/08/26 改訂

 カルロ将軍がテルフォード公爵の目撃情報を掴んでから四日後の十一月十一日、王都アールストでは冷たい雨がしとしとと降り続けていた。もう少し気温が低ければ雪が降り始め子供達が雪に浮かれて元気に走り回る光景が見られるのだが、雨であればその様な事も無く、ヴルフの屋敷の周りはひっそりとしていた。


 ここ数日、ワークギルドの簡単な依頼を受けて過ごしているが、あれ以来盗賊騒ぎも無く街の噂も終息しつつあった。

 ワークギルドには盗賊討伐の依頼も無く平穏な日常が続いている。

 特に冬は農閑期であり、小さな依頼は農夫達が請け負ってしまってスイール達が受ける依頼も少なくなる。


 それに加え、エゼルバルドが負った怪我が、冷たい雨が降ると未だにズキズキと鈍痛を引き起こすので、こんな日は大人しくヴルフの屋敷で本を広げ過ごしていた。


 ”コンコンコン”


 そんな、だらだらと過ごし始めた朝、ヴルフの屋敷の玄関を不意にノックする音が響いた。


「わたし見てくるね。は~い、どちら様ですか?」


 手持無沙汰で暇を持て余していたヒルダが、突然の来客を確かめるために玄関へと向かった。ドアを開けて対応する事数秒、ヒルダが封書を手にしてリビングへと戻ってきた。


「はい、お城からなんかお手紙が届いたわよ」


 ヒルダが来客から受け取った封書をヴルフへと手渡した。

 その封書は、蝋による封印を施されていたが、表にも裏にも肝心の差出人の記載がなかった。だが、封印に捺されている印から、いつものあの人物から出されているとすぐにわかった。


「また、厄介事でも発生したか?」


 封印を破りながら封書を開け、中の手紙に目を通し始める。ヴルフの柔らかな表情が徐々に厳しく移り変わる。ヴルフの厳しく鋭い表情などお目にかかることなど稀であると考えれば、厄介な出来事が起こった事は簡単に予測できる。


「全く何をしているのやら。討伐に行くぞ、みんな、準備を」


 そこにいる全員に指示を出すと、ヴルフは自室へと入って行った。


「後で理由を聞きましょう。急いでいるみたいですからね。エゼルにヒルダ、一応、雪対策の準備を忘れないで。アイリーンは暖かい服装を心がける事」

「わかった!」

「は~い」

「ん、了解!」


 それから十分後、先程だらだらしていたリビングに、装備を整えた五人が揃った。最後に姿を見せたのは冬支度を出していなかったアイリーンだったが、時間内で準備を整えているので問題は無かった。


「移動しながら話すが、南のワークギルドへ向かうぞ」


 冷たい雨が降りしきる中を南のワークギルドへと五人は向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ヴルフ達が向かっているワークギルドでは突然の依頼、しかも通常とは異なる依頼にギルド職員は右往左往していた。


「支部長!お城からの依頼は何ですか!討伐対象の”騎士と戦える人”を寄こせとは。そんな人すぐに集まる訳無いですよ」


 受付の一人、【ブリジット】が手に取った依頼書を眺めて無理だと支部長の【ゲルティ】に吠えていた。農閑期で依頼を受ける人数は多くなっているが、騎士と戦える人など簡単に見つかる筈はないと。


「そうですよ。どれだけ無茶かわかりませんか?しかも緊急と来ているのですよ。今日明日で十人程集めろとか、無茶が過ぎます」


 もう一人の受付、【シェリー】も同じように支部長のゲルティに食って掛かる。


「オレもそう思ったんだよ。断る事も出来無いのにどうしろってんだよ。とりあえず、掲示だけしておいてくれ、頼むよ~」


 支部長のゲルティも無理難題を押し付けられ、難儀していた。もともと、気の弱さもあり大事が起こると”胃に穴が開く”とお腹を押さえつける程だ。二人の部下からの突き上げを食らえば当然の事ながらストレスでお腹を押さえる事になる。


「一応掲示しますけど、どうなっても知りませんからね」


 ぷんぷんと怒りを孕ませながら、ブリジットが依頼書を持って掲示板へと向かって行った。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 雨の中を頭まですっぽりと外套で隠した五人の集団が街を急ぎ歩いて行く。


「スマンな、急いでいたのでな」


 早歩きのヴルフが他の四人へ謝る。


「別にいいよ。暇してたし」

「そうそう、寒いけど別にいいよ」

「それで、どうしたのでしょう?急いでいたようですが」


 誰もが気にしていないと告げると、誰から届けられた封書だったかを話し始めた。


「先程の手紙な、カルロ将軍からだった」


 ”やっぱり”とスイール達は残念そうな表情を見せた。

 だが、予想していた人物の名前が出て来た事で、仕方無いとヴルフから続きを聞くのだった。


「テルフォード公爵が逃げた場所がわかって討伐に来て欲しいとさ」

「でも、その位ならカルロ将軍の部隊で余裕じゃないの?エゼルと打ち合えるくらいの騎士隊が投入されているんでしょ?」


 ”寒い寒い”と指先に息を当てながらヴルフにアイリーンが言葉を返す。多少犠牲が出てもカルロ将軍が育てた騎士隊が動けば、あっという間に制圧できるはずだ。

 アイリーンに指摘されるまでも無く、それは誰もが認識している事だった。


「だがな場所が場所で困っているらしい。下手をすると外交問題に発展する可能性がある場所に逃げ込んだらしい。そこが問題だそうだ」

「外交問題に発生する場所?」

「軍隊が不用意に動くと国境を超えるかもしれない場所だ」

「そんな場所に逃げたの?」


 政治的な問題は知らないが、国境を越えると言っても同盟のスフミ王国がその先にあるだけではないかと首を捻る。


「そうだ。ゴルドバ要塞って知ってるか?」

「なるほど……。国境に位置するゴルドバの塔か。それなら納得だな」

「「何それ?」」


 ヒルダとアイリーンが知らぬと同時に口にした。

 他の三人からは、この二人(ヒルダとアイリーン)はどんどんシンクロしていくのではないかと思い始めていた。


 その場所はスイールは知っていたが、ヒルダとアイリーンは知らなかったようだ。

 ヒルダはともかく、アイリーンが知らないのは、皆が驚いていた。


 実はアイリーンは知らぬのではなく、一度目にした名前であったが、トレジャーハンターとして調査する候補に上がらぬ場所であった為に、頭から完全に抜け落ちていたのである。


 その中でも異色だったのは、エゼルバルドが知りえていた事だろう。彼の趣味でもある戦史研究に度々出てくる事から存在は知っていたのだ。


「ゴルドバの塔は国境の上に位置しているんだ。トルニア、スフミの両国で共同管理をしていて、軍隊が入れない、もしくは軍事行動を禁止されている区域になってるんだ。軍隊が入ってしまえば協定違反で賠償金が発生したり、最悪は同盟が崩れる可能性がある」


 ヴルフがそこにもう一つ、情報を加する。


「活動してよいのは軍隊以外。国に所属しない個人、または組織。簡単言うとワークギルド等の組織からの依頼者、って事になる。今回は国が依頼元だが、入るのはワークギルドで依頼を受けた国家機関に所属していない、”我々”となるわけだ」

「ふ~ん。でも、管理人が現地にいるんじゃないの」


 国家が共同管理されているとすれば、両国からの管理人が常駐しているだろうとのヒルダの疑問は尤もであった。


「その管理人を排除し、ゴルドバの塔を乗っ取ったらしい。だが、あんな内陸の動きにくい場所に拠点とするなど何を考えているのやら……」

「さて、着きましたよ。おしゃべりはそこまでにしましょう」


 南のワークギルドに到着したとスイールが皆に告げる。その建物はやはり、西や北のワークギルドと同じ規模、形をしている。その為、パッと見ただけではどの方角のワークギルドにいるのか錯覚してしまう。

 入り口の脇に大きく方角が書かれた看板がかかっているので間違える事は無いのだが。


 分厚い木製のドアを開け、ワークギルドへと五人は入っていく。冷たい雨が滴る外套を入り口で脱ぎ、バッと水滴を払う。薄暗い部屋の中で水滴が舞うが入り口付近には人は少なく迷惑がかかる事は無いだろう。ワークギルドの入り口では床が盛大に濡れており、入った者達がここで水を払っているのが見て取れる。

 壁際にモップが立てかけてあるのを見れば、ワークギルド職員が清掃に明け暮れているのが目に見えるようだ。


「ふ~ん、広さは北も西も変わらないんだね」


 エゼルバルドが部屋を見渡しながら呟いた。その通りで作りも大きさもほぼ同じである。違うのは職員の顔ぶれだけだろう。

 その職員は……とカウンターを見れば普段とは違い(せわ)しなく動き回っていた。何やら大きな依頼が飛び込んできたらしい。

 それはともかく、スイール達も話しをしなければ、と職員に王城から届いた手紙を手にヴルフがカウンター越しに声を掛ける。


「お~い、すまぬが支部長はいるか?」


 忙しく動き回る、白いシャツに黒いズボンの制服姿の受付嬢に向かう。寒い季節に向かう時期の為、黒い上着を羽織っていた。

 ヴルフが叫んだ事でスイール達に気が付いたらしく、”何の御用でしょうか?”と口から出しながら寄ってきた。


「支部長に会いたいのだが、いるかと聞いたのだが」

「この忙しいのに支部長にですか?」

「忙しいはそちらの都合だろう。こちらにはこちらの都合がある。こちらも急ぎだ」


 ヴルフは”ムッ!”と不機嫌な表情を受付嬢に見せた。

 実際、ヴルフが不機嫌な表情を見せると、本人はそのような意図は無いのだが威圧的な態度に取られる事がある。特に、この様な場面では効果的であるのだが、時折反感を買う可能性もあると注意されていた事もあった。

 その効果が表れたのか、おっかなびっくりな態度を見せて何処(いずこ)かへ向けて大声で叫んだ。


「うぅ、わかりましたよ……。し~~ぶ~~ちょ~~、お客さ~~ん!!」


 その叫び声にワークギルドへやって来た人達が一斉に反応し、”何事か?”と受付嬢へと視線を向けた。そして、当然ながら目的の人である支部長も受付嬢へと顔を向けるのである。


「大声出さなくても聞こえてますよ。私にお客様ですか?」


 受付嬢の叫び声を聞き、”バタバタ”と忙しく動き回っていた男がスイール達の下へと足を運び不思議そうな顔を見せてきた。


「支部長か?王城からの依頼で来たんだが」


 ヴルフはカルロ将軍から受け取った手紙を支部長が見えるようにと机の上に置いた。


「ええ、支部長のゲルティと申します、バタバタしてすいませんね。これですか……!!」


 一礼をして置かれた手紙を手に取ると、疲れ気味で青白かったゲルティの顔が見る見るうちに赤く染まり出した。


「こ、これは……本物ですか?」


 ゲルティは手紙をぶるぶると震える手を押さえながら尋ねたのだが、まるで白昼夢を見ているような気になり疑いの目をヴルフへ向ける。

 そう、先程までどうにもならぬ依頼を受け、右往左往していただけにタイミングが良すぎると思ったのだ。


「本物とはどういう事だ?王城からの手紙では間違いないが、封筒もあるぞ」


 蝋の封印が残る封筒もゲルティが見えるようにとカウンターへと置く。蝋が壊れて紋章が半分ほどになっているが、間違いなく王城の側近が使用する封筒であった。


「失礼しました。まさかこんなにも早く依頼を受けてくれる方が現れるとは思いもよらなかったものでして……」


 ゲルティは救世主が現れたと嬉しくなり涙を浮かべていた。

 ヴルフ達は特別依頼を受ける為に、カウンター裏にある個室へ案内され依頼についての説明を受け事になった。


 依頼については先ほどヴルフが説明した事がほとんどだったが、その他に集合場所、移動手段、依頼の報酬について等々、細かい説明が増えていた。それから、ゴルドバの塔の見取り図を渡された。

 移動手段は高速馬車がすぐに手配され、雨の止まぬ天候の中をすぐに移動を始める事になった。


「それで、籠っている人数は五十名程で、テルフォード公爵の関係者はなるべく生け捕りが望ましい……か、かなり厳しいな。まぁ、私兵の生死は問わないが少しは楽なのか?」

「ある程度広いとされてますが、室内では魔法も使いにくく援護は厳しいですね」

「弓でも援護は難しいのね。得意な武器が使えないのは厳しいわね」


 ヴルフ達がゴルドバの塔の見取り図を見ながら呟いた。

 いくつかの部屋に分かれていたり、二つのルートに分かれていたりと内部は嫌らしい構造になっている。


「考えてても仕方あるまい、カルロの元へ行くとしよう」


 そして、ワークギルドが用意した高速馬車に乗り込み、集合場所へと急ぐのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 トルニア王国の王都アールストを高速馬車で出発して四日後、ナバラを経由しスフミ王国との国境の街ブラークへと到着した。

 馬車の車軸にはバネが組み込まれ、地面からの突き上げから守ってくれるのであるが、揺れを抑えるダンパー機構が発明されていない為に、馬車の内部は揺れが収まらずにゆらゆらと車体が不規則に揺れ、普通の馬車で酔わぬ者達でさえ馬車酔いを起こす程に、高速馬車は辛い乗り物であった。

 速度は通常の馬車より四割程速いが、馬車酔いを治す時間を考えれば近距離であれば行動するのに同じ時間となり割に合わない。距離が四百キロほどより遠くなればメリットは大きいのであるが……。


「ううぅ~、ぎぼち(気持ち)わるい~~」

「もう乗りたくな~~い!」


 馬車から降りた一言目がこれである。需要があるので残っているが、一度でも利用した事のある乗客からはとても不評であった。車体が揺れない仕組みがあれば乗っても良いのだが、と考える人も多い。


「おう、お疲れさん。無理言ってすまんね……って大丈夫か?」


 スイール達が乗った馬車はブラークのトルニア王国側の守備隊事務所前で停車していた。そこへカルロ将軍が出迎え、最初の一言がなんと、慰労の言葉であった。


「あれは乗り物じゃない、何とかしてくれ」


 さすがのヴルフも馬車酔いを止められず、足がふらふらしていた。いつも持ち歩いている棒状武器(ポールウェポン)を杖代わりにしてやっと立っている状態だ。杖と言えばスイールだが、その彼も辛そうで杖が支えになっている。

 エゼルバルドもヒルダも、そしてアイリーンまでが高速馬車は懲り懲りだと地面に座り込んでいる始末だった。


 呼び寄せたカルロ将軍でさえ、これはやり過ぎてしまったと、部下に命じて五人を救護室のベッドへと運び入れた。

 それから数時間後に気持ちが落ち着いて、やっと依頼の話へと入れたのであった。

いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。


気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。また、感想等も随時お受けしております。


これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。



※支部長に統一

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