第二十七話 刺客の襲来、対”黒の霧殺士” 弐【改訂版1】
2019/07/27改訂
「”神速の悪魔”がどんなものか試してやろうじゃないか」
ヴルフと鍔迫り合いを演じている広剣男は、力でねじ伏せようと全身に力を込める。ヴルフも負けじと力を込めるが左腕の古傷の影響か、全ての力を込められずにいた。”ギリギリ”と二つの剣が金属やすりの様な音を立てすり減らそうとしているが、両人とも魔法剣である為に、刃毀れなどと縁がなく耳障りな音だけが発生していた。
「くっ!力強いな貴様!」
身長百六十センチのヴルフに対し、広剣男は身長約百七十センチ。力の差もあるが、身長差を利用して力を込められ、受け身にならざるを得なかった。
ヴルフの筋肉が”ギシギシ”と音を立て広剣男の力に対抗しているがそれが何時まで持つのかとヴルフですら不安に思えてくるのだ。
「こんなものか?”神速の悪魔”がどれほどか期待してみたが、がっかりだ」
もう少し力をかけ続ければ地に伏すだろうと広剣男は予想した。もう終わりだとさらに力を込めた瞬間にそれは起こった。
「馬鹿が!力だけが全てではないわ」
ヴルフは伝わっていた全ての力を刀身をわずかにずらして逃し、無用な鍔迫り合いから抜け出した。
力の均衡を狙ったのではなく、状況が変化する瞬間をヴルフは待って耐えていたのである。拮抗していても、何時かはそれが崩れると経験上で理解していたのだ。
それに対するは、まだ二十代とも思える若い”黒の霧殺士”。当然ながらヴルフに比べて経験が圧倒的に足りていない。暗殺者として影から敵を葬り去るなどの隠密行動には長けてはいるだろうが、真正面から一対一の戦いは経験が少なかったと言わざるを得ないだろう。
それに対するヴルフだが、エゼルバルドよりも二十歳も年齢を重ねている為に、全盛期からは腕力に劣るが、日々の訓練と獣達との戦い、何より戦争に参加した経験を糧にした剣の扱いや駆け引きは、騎士時代を遥かに上回っているのだ。
その経験の差が、今の鍔迫り合いの結果となったのだ。
「ふん、ひよっ子が。ワシに挑戦するなど十年、いや二十年早いわ」
ブロードソードの切っ先を軽々と広剣男の顔面に向けヴルフが吠える。広剣男はそのままヴルフを真っ二つにするつもりだったがそれはかなわぬと見て気持ちを切り替えた。
「ふふ、甘いですね。抜け出した瞬間に切り掛かって来れば私を屠っていたでしょうに。その自信を完膚なきまでに、徹底的に折ってみせましょう!」
広剣男は首と肩を”ぐるぐる”と回し、準備運動は終わりだとばかりに剣を握り直すとヴルフに再び向かって行った。
広剣男は上段から斜め下に、右から斜め上に、体を一回転させながらも剣を走らせる。
だが、その全ての攻撃を目で見てから全てを弾き返す。それこそが、黒ずくめの男達が口にする”神速の悪魔”の由縁であった。
トルニア王国のカルロ将軍が名付けた”速鬼”との二つ名を覚えているだろうか?
ヴルフは通常の騎士の一・五倍の速度で剣が振られる為に、目に見えぬ剣さばきを披露する。素早い剣は鬼の様に早い、それ故に、”速鬼”と名付けたのだ。
それだけの剣速を誇っていれば、広剣男程の剣筋を見切り受け流すなぞ、ヴルフには造作も無い事であった。
「何故だ!何故、反される?」
重い一振りを叩き付けている筈なのに、一拍遅れて軽く受け流される。広剣男は悪い夢を見ているのではと思わざるを得ない。
それに対するヴルフは受け流すだけに終始し、労力を少なくし、疲れを全く見せないでいた。
「何じゃ?その程度でこのワシを屠るつもりだったのか!」
子供を相手にするが如く、諭しながら受け続ける。極稀に火花が飛び散るが何時もの事だと涼し気な顔を披露していた。
「仕方ない。ワシから行くとするか」
守りに徹したていたヴルフが、攻撃へとギアを入れ替える。
「なに?」
広剣男の剣を弾き返し広剣男に隙を作らせると、ヴルフ自らは後背へと飛び退き敵との間合いを取った。そして、両手で握ったブロードソードを引き、右肩から突き出す様に突きの構えるを取った。
ヴルフはそのまま攻撃しても良かったと後に語っているが、圧倒的な実力差のある相手に大人げないと思ったようだ。
広剣男がブロードソードを構えるのを待ち、言葉を投げつけた。
「それだけ自信満々に豪語するのだ。一合もしないで終わるなど許さんからな!」
ヴルフは一歩踏み出すと、次の二歩目からは目にも見えぬ速さでその身を打ち出したのだ。持てる速度いっぱいまで一瞬で到達すると、速度と剣速を乗算し広剣男へと迫った。
「くっ!!」
広剣男の目には異様な光景が映っていた。
ヴルフから一筋の鮮血に似た真っ赤な光が広剣男へと伸び、一本の道となっていた。向かい来るヴルフの背中越しに、羽を生やした真っ黒な影が見え、その影が広剣男へと手を伸ばし、包み込むように動きを封じ込めようとする。
広剣男は重圧に沈み込もうとしたが、無我夢中で剣を振るい跳ね除けようとする。
”ガキンッ!!”
偶然であるが我武者羅に振った剣が、重圧をかけながら突進するヴルフの剣に触れ、切っ先をずらしたのだ。
その後、広剣男の左側面に風圧を感じると、ヴルフが通り抜けたのだと知ったのである。
偶然に命を救われたと感じた広剣男の額から一筋の汗が流れ出て来た。
「ほほう。これを躱すとはなかなかやるではないか」
後ろに抜けたヴルフが広剣男へと向き直り声を掛ける。自分の実力ではヴルフの敵では無いとはっきりと理解した。そして、如何にしてこの場より逃げ出すのかと思考を巡らせようとしたのであるが相手が悪かった。
「それほど時間も無いからな。そろそろ終わりにするか」
構える事も無いだろうと、剣を下ろしたまま振り返った広剣男へと近づく。
「く、くそ!!」
子供の様に扱われ、彼のプライドは”ズタズタ”にされた。
だが、腕力はともかく、剣術ではヴルフに敵わず、勝てる術を失った広剣男に勝機は無かった。
そして、剣を無造作に握ったままのヴルフが突進してくる姿が視線に飛び込んで来た。それに抗おうと再び我武者羅に剣を振るいヴルフに一太刀浴びせようとするがそれは無駄であった。
難なくその一撃を躱すと、すれ違いざまに剣が一閃されたのだ。
「ぐわわぁぁ!!」
叫び声ともうめき声とも捉えられる声がヴルフの耳に届いた。
「ワシも歳かのぉ……」
一閃して首を刎ねたつもりであったが、切っ先は左腕に、それも肘より少し上を切断するに留まった。
その場に”ドサッ”と落ちた左腕には黒く染まった籠手が見え、切り口より”ドクドク”と流れ出た鮮血が赤く染めて行く。
流れ出る血流を見れば、風前の灯火だと誰の目にも明らかだろう。
だが、誰よりも生に執着する”黒の霧殺士”である。
「死んでたまるか!」
広剣男が剣を地面に刺すと、痛みを堪えて、右手をバッグに突っ込み何かを取り出すと、足元へ投げつけた。
”ボンッ!”
ヴルフの眼前が白い煙で覆われ視界を奪った。
「これでは何も見えないではないか!」
煙を吸わぬ様にとバッグから布を取り出し口元を押さえながら煙が晴れるのを待つ。
一分も経たぬうちに煙は晴れたが、地面に突き刺した剣も、傷を負った男も見えなくなった。点々と森の奥へと血液が続いていたが、追わずとも戦力にはなるまいとその場を離れる事にした。
「逃げ足だけは一流か……。さて、皆は無事だろうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイールは困惑していた。先程まで両手剣を構えていたエゼルバルドが、相手に引きずられ森の中へと入ってしまった事に。
スイールが感じた違和感の元である、エゼルバルドが腰から外したブロードソードが足元に落ちているのだ
森の中では重量級の両手剣は圧倒的に不利だ。もし、木を切り付けてしまえば、決定的な隙を敵に与えてしまうだろう。ヴルフが鍛えたエゼルバルドなら何とか切り抜けてくれると信じているが、胸騒ぎがするのだ。
「アイリーン、何とかエゼルと合流できないか?」
「無理よ、何処から撃ってくるかまだ分からないのよ!」
スイールとアイリーンの後背にはパティとナターシャが控えている。パティが狙われているこの状況でアイリーンを欠いて二人を守りながら反撃するなど無理な注文だった。それこそ、パティを”どうぞ殺してください”と告げているようなものだった。
スイール一人、もしくはアイリーン一人であれば守るも攻めるも自由なのだが、足手纏いの二人を守りながらでは、如何にも出来ないでいた。
「パティもナターシャも剣を抜いてください。万が一もありますから」
スイールは目を凝らし、森の奥へ視線を向けながら守る二人に指示を出す。
先程、アイリーンが命中させた敵は気配を消しきれぬ若輩者だったが、森の奥に存在する敵は実戦経験が豊富で手練れで油断など一時も許されぬのだ。
木を隠すなら森の中という様に、木に擬態した服装をしていると予想が付く。だが、針葉樹と広葉樹の混ざったこの森では、地上からか木の上からか攻撃ポイントすら判明せず、対処が難しい。
「アイリーンどうですか?少しでも気配がわかりますか」
「ゴメン、気配が無い。パティとナターシャも目で探して」
「わかった!」
「承知しました」
八個の瞳が森の中へ視線を飛ばすが、その瞳には何も写らない。かすかに聞こえる戦闘の音が耳に入り込んで来るのは、敵がスイール達を狙っている証拠でもある。そして、まだ援護が期待できぬのでもある。
見つからぬ敵に焦りを感じ、額に汗を浮かべこめかみを伝いゆっくりと落ちて行く。だが、それすらも気にする余裕も無く、ただ森の奥へと視線を向けるのみである。
それでも、視線の包囲網を抜けパティに矢が撃ち込まれるが、スイールの生み出した物理防御に阻まれ力なく地面へと落ちるのであった。。
「何本落ちた?」
「八本です」
視線を彷徨わせて敵を探しながらアイリーンが声を上げると、地面に転がる矢の本数を数えナターシャが報告していた。
八本程度であれば半分も消費しておらず、矢が尽きるまではまだ狙われ続けるだろう。
「矢の来る方向って、あっちよね?」
既に四回も矢が撃ち込まれていたが、その回数からおおよその敵の方角をアイリーンは予想した。そして、次に打ち出す元を右足の先で指し、スイールへと尋ねてみる。
「少しずれている可能性もありますが、私もそちら方向だと思いますね」
小声で同じ考えだと答える。このままでは何も出来ぬと、反撃の糸口を掴もうとスイールが動き出す。
「アイリーン、魔法を打ち出すから敵をその場に釘付けに出来ないか?」
「任せて!!」
アイリーンが答えると同時に杖を体の前で構え魔力を集め始める。それを感じながらアイリーンが三本目の矢を矢筒から引き抜き、全ての矢を番えて瞬時に森の中へと射掛ける。
敵の目にはスイールが魔力を込め始めたと気づかれるはずだが、アイリーンの攻撃を明後日の方角へ向ける事で、間違った場所にいると認識させておこうと言うのだ。
(さて、森の中です。火を放つ訳には行きません。まぁ、いつもの魔法でしょう。それも少し範囲を広くして)
アイリーンが時間を空けて三度、矢を射掛ける間に十分な魔力を集めた。ランク一の簡単な魔法であるが故に、魔力の集まりは早く有する魔力の半分程を集めていた。杖の魔石が濃い青に変化したところで、これが決定打となる事を祈って魔法を打ち出した。
「行きます!風の弾!!」
集まったスイールの膨大な魔力が圧縮された空気の球へと変換され飛び出して行くのだが、その大きさは常識外れの直径二メートルもの巨大な空気の球体となっていた。
それが、アイリーンが予想した敵の隠れた場所へと向かうのだ、狙われた方はたまったもんじゃないだろう。僅か二十メートル先から生える木々をなぎ倒しながら一直線に向かい来れば、それが誰であっても恐怖を抱くだろう。
立ち木や小枝など、分別付けずに”バキバキ”となぎ倒すさまは森林破壊と表現すべきであろう。その空気の球が二百メートルも直進し木々の中に真っ直ぐな道を作り出したのだ。
通常でも三十メートル程が射程距離の魔法を二百メートルも、しかも数倍にも及ぶ空気の球を作り打ち出したのだ。どれだけの魔力量を持ち得ているか、誰もが驚くだろう。
そんな空気の球が自然破壊しながら百メートル程達した所で、アイリーンが”キリキリ”と引き絞っていた弓から強烈な一射を打ち出した。”ビュンッ!”と風切り音を耳に届かせたと思えば空気の球が作り出した道を斜めに横切る様に飛び、一本の立木へと吸い込まれて行った。
「ギャッ!!」
空気の球が作った道のすぐ脇の立木の影へ、身を逃げた黒ずくめの男をアイリーンが発見し瞬時に攻撃に転じていたのだ。
アイリーンの放った矢は正確に木々の間を飛び、わずかに見えていた男の肩を射抜いた。一瞬でも彼女の目に捉えられれば、射抜くなど簡単だった。
さらにアイリーンが追い打ちを掛けようと矢を番えるが、二度三度も隙を見せるほど甘い相手では無かった。舌打ちするアイリーンを代弁するかの如く、黒ずくめの男を屠ろうと再び魔法を放った。
「風の刀!!」
アイリーンが矢を放ったのを耳で聞いたスイールは確実に仕留めるのだと再び魔力を集めていた。残りの魔力の半分程を魔石の力を借りて集めると躊躇なく真空の刃を作り出した。
スイール得意の湾曲する軌道を真空の刃に与えると、迷うこと無く黒ずくめの男を切り裂いた。
”ザシュッ!!”
百メートルも先に黒ずくめの男がいたにもかかわらず、真空の刃が鎧もろとも切断した音が彼らの耳に届いていた。そして、立木の陰から盛大に鮮血をまき散らす光景を見せると、周辺を男の血で染め上げて行った。
「ヨシッ!!」
アイリーンは敵を屠ったと見るや、自分の事の様に声を上げ喜んだ。
「他の敵は見えませんね。アイリーン、これをエゼルへ届けてください」
「わかったわ!!」
地面に転がっていたエゼルバルドのブロードソードを拾い上げる。
エゼルバルドが見つけ、鍛冶師のラドムと共にスイールが改良し、彼がいつも帯びているブロードソード。いつも一緒にあったはずの剣が持ち主を離れて、この場に置いて行かれていた。スイールには胸騒ぎ所では無かった。
そこへ、敵との対峙を終えたヒルダとアンブローズが合流して来た。
「ゴメン、逃げられた!」
「申し訳ない……」
済まなそうな表情をスイールに向けていたが、彼にはそんな事は枝葉の事で大事では無かった。一分一秒が惜し勝ったのだ。だが、ヒルダが戻ってきたことは僥倖であると、
「良い所へ。ヒルダ!アイリーンと共にこれをエゼルに渡して来て下さい。何かとてつもなく嫌な予感がします!!」
エゼルバルドのブロードソードをアイリーンへと投げつけると、エゼルバルドの向かった先を指し示す。
青く引きつった表情のスイールを見れば、冗談など口に出来るはずも無く、安心する様にと言葉にするしか出来なかった。
「急いで行く。間に合わせて見せるわ」
「うん、心配しないで」
二人は地を蹴り飛ぶような速度で指示された方へと向かい、あっという間に視界から消えて行った。
「間に合うといいのですが……」
”ボソリ”と独り言を吐き出すが、それを耳にしたアンブローズがスイールの肩を”ポンッ”と叩いた。
「心配性ですなぁ。大丈夫ですよ、生きて戻ってきますよ」
スイールは自分の後継者、いや、十年以上も一緒にいた義理とは言え息子だ。こんな所で終わらせる訳にはいかない、そう思うといても立っても居られないのだが、精神力のほとんどを使い果たした今は、向かったアイリーンとヒルダに任せるしかない、と腹をくくるのだ。
そう思いながら、疲れた体はふらふらし立っている事さえ出来ず片膝を付くと、大切にしている人の無事を祈るしか出来なかった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
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