102.おかえりカーラ
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
エレメンタル研究所から50キロ地点まで近づいた飛空艇内では、リラックスした空気が流れていた。キャメロンは相変わらず脚を放り出して遥か遠くを睨み付けながらパイロットに話しかけ、エルは座禅を組んで両手の中で光の球を転がし、ローズは小さな寝息を立てて眠っていた。
「そんなにヤバい研究所なの?」キャメロンはパイロットから様々な情報を聞き出し、頭の中で組み立てていた。パイロットは最早どうでもよくなったのか、自分が知っている魔王軍やバルバロン国内、エレメンタル研究所の事を説明していた。
「ヤバいなんてもんじゃないですよ。俺も実験体として使われた人を何人も送魔所へ送りましたし、研究所職員のボヤきを耳にしました。ロクな施設じゃないですよ。潰した方が世の為ですよ!」と、勝手に飛空艇に積まれた武装の安全装置を外し、引き金に人差指を置いた。
「おっとっと、合図をするまで攻撃は待ってよ! って、見えてきたかな?」と、目を凝らす。既に建物からは黒煙が立ち上り、時折雷にも似た轟音が幾度も鳴り響く。
「もうすぐみたいですね」エルはスクッと立ち上がり、キャメロンの隣から顔を出して双眼鏡で観察する。
「準備はいい? って、ローズは……かなり無理しているみたいだからね。あんたが起こす?」と、眠る彼女を見る。彼女はここ数時間、穏やかに寝息を立てていた。が、起こしたら再び噛みつかれそうになると思い、口元を渋くさせる。
「わかりました」エルは何事も無く彼女へ近づき、肩を揺さぶった。「もうすぐ着きますよ」
するとローズはゆっくりと片目を開き、満足そうな唸り声を上げて両腕と背筋を伸ばす。
「何年ぶりだろう、こんなに熟睡できたのは……ベッドの上だったら最高だっただろうに」ローズは軽やかに起き上り、エルの顔をまじまじと眺める。
「なんですか?」
「……ありがとう。あんたの光魔法のお陰? でも、あの暖かさはアリシアに近かった……」と、軽くストレッチをしながら問う。
「俺の先生がアリシアさんだからでしょうね……どういたしまして」
そんな2人のやり取りをみてキャメロンは何か想う事があるのか小さく頷いた。
「ふーん、なるほどね。さ、あと少しで着くよ! 到着と同時に派手な花火を上げなきゃね!」キャメロンはパイロットから武器を操るレバーを奪い取り、引き金を弄ぶように指で撫でた。
「あぁ……俺がやりたいのに」パイロットは頬を膨らませながらも操縦桿を握り込み、飛空艇の速度を上げた。
エレメンタル研究所ではまさに地獄絵図が起こっていた。先行突入したカーラはノンストップで暴れ続け、奥の実験棟へ向かい分厚い扉を蹴り破っていた。後で到着したトニーとマリーは彼女が開けた大穴を潜り、研究所内の様子を伺う。武装した警備員や研究員らは殆どカーラの蹴りとその風圧で吹き飛ばされ、転がっていた。他の研究員は自分の研究成果を纏めて逃げ出す準備を進め、生き残った警備員は彼らを守る様に周囲を警戒していた。
「こらこら、命までは取らないが、その鞄やその他諸々は置いて行きな」トニーは指骨を鳴らしながら睨みを効かせる。研究員は彼が襲撃者のひとりだと一瞬で察し、荷物から反射的に手を離して後退った。それを見た警備員はエレメンタルガンを彼へ向けようとするが、マリーが素早く立ち塞がる。
「抵抗しなければ、無傷で帰してあげるよ」と、彼女が口にした瞬間、胸に穴が空く。マリーは深くため息を吐きながら警備員のエレメンタルガンを毟り取って握り潰す。
「な! ここの実験体?! それとも……なんだ?」
「きゅーけつき! もう慣れたから、まだ許してあげるよ。その代り教えてくれる? ここにスティーブって男が来ているらしいけど、どこにいる?」
「し、知らない! 実験体の名前とかいちいち教えられていない!」警備員は焦りと怒りの入り混じった返答をした。マリーは彼を壁にすっ飛ぶ程の威力で張り倒し、鼻息を鳴らした。
「実験体とか言うな! トニー、そっちはどう?」
「こいつらから奪った書類にスティーブって名前はないな……だが、こいつらロクでもないな……どんだけ人体実験を繰り返しているんだよ」と、書類片手に研究員を睨み付ける。
「脚で探すしかないか。やっぱカーラの向かった実験棟かな?」
「なぁ、そのお前の探しているスティーブってさ……チョスコでハンターをやっていたヤツかな? なんか不思議な筒を胸に挿してパワーアップするさ」トニーはチョスコにいた頃に一戦交えた事のある彼の事を思い出しながら問う。
「え? 知っているの?!」
「あいつか……世間は狭いな。だが、助けたいって想いは一段と強くなったかな」と、トニーはマリーと顔を合わせて笑み、カーラの向かった実験棟へ足を向けた。
すると研究員のひとりがこっそりと風の送音機を片手に話しかける。
「ブーストガーディアン1号の準備だ」
その頃、カーラは過去の自分の記憶を頼りに研究室を見て周り、実験体が閉じ込められている部屋の覗き窓に目を向けた。そこにはかつての自分の様に弱り切った者が蹲って震えていた。ある者は頭に機械部品を取り付けられて直立しブツブツと呟き、またある者は身体から炎を滲み出しながら唸り散らしていた。
「……終わったら、必ず助け出すから……」カーラは涙を拭い、更に奥のフロアを目指す。
すると、とある部屋からのっぺりとした鎧を身に纏った者が6人ほど現れ、立ち塞がった。目は怪しく光り、各々が拳を握り込んで構える。
「変わった警備員ね?」カーラは周囲に風を巻き起こし、次の瞬間には天井まで飛び上がって暴れ込んだ。
研究所最深部ではアルバス博士が風や水のデータ収集機材を操りながら研究所で起こる騒動を全て把握していた。彼はカーラが戻って来た事を喜び、更にトニーやマリーと言ったある程度の実力者がいる事に都合の良さを感じ、手を叩いてはしゃぐ。
「素晴らしい……ガーディアンたちの実戦データを摂るには打って付けだ。さて、彼女を前にどれだけの成果を出せるかな?」そんな彼の背後から助手が恐る恐る近づく。
「あの、そんな悠長でよろしいので? 送魔所はおろか、この研究所も廃墟にされてしまいますが?」
「構わん! 有益なデータは全て私の頭の中だ。研究所ぐらい、いくらでも用意はある。重要なのは、我々の今迄の研究がどういった実を結ぶのか……折角のガーディアンたちの実戦だ。素晴らしいデータが摂れるだろう! それに、後片付けの用意はある。更に喜ばしいのはカーラが戻った事だ。あの女はスティーブの様に良いガーディアンとなるだろう」アルバスは素早く口にしながらメトロノームを取り出す。
「それは?」
「カーラを私の手に戻すための道具だ」すると助手が風の送音機から何かを感じ取り、彼の肩を叩く。
「あ、ガーディアンが全滅したそうです」
「早くないか?!」
カーラはガーディアンの被っていた兜を無理やり引き剥がし、吐き気を催した様な声を漏らす。彼らは人体と鎧が一体になる様に取り付けられ、あらゆる個所の機械部品が埋め込まれていた。特に兜には命令を受信する装置や反射神経や魔力循環を高速化させる装置が取り付けられており、彼らガーディアン達は皆、鎧の中身は悍ましい姿をしていた。
「これが実験の成れの果てか……あたしもあのままだったら……くそ!!」と、息のあるガーディアン達を介錯する様に首の骨を折り、また涙を拭う。
「絶対に殺してやるぞ、アルバス!!!」と、奥のフロアへと駆け出した。
すると何処からともなくメトロノームの音が静かに響く。一定のリズムを刻み、その音がカーラの耳へ入り、心音と共に共鳴する。
「この音……は……」次第に彼女の動きが鈍くなる。手足に砂が詰まった様な感覚に襲われる。彼女は無理やり走ろうとするが、やがて彼女はその場で動かなくなり直立する。瞳からは光が消え失せ、表情からも力が抜け落ちる。同時にフロアの奥から勝ち誇ったようにメトロノーム片手のアルバス博士が向かってくる。
「おかえり、私のカーラ……」
如何でしたか?
次回もお楽しみに




