99.雷の憤怒
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
飛空艇から悠々と降りてきた水使いは、拷問官のゲルムだった。彼はローズの拷問を長らく担当した者のひとりであり、一番彼女を嬲った者であった。使い手としてはクラス4であり、魔力の規模はクラス3の域は出ないが代わりに水の扱いが誰よりも繊細で、その技を拷問に活かしていた。そんな彼はローズを内心気に入っており、今回の連行の際に『高みの見物』を願い出たのだった。
「まさかこんな事になるとは……願ったり叶ったりだ」ゲルムはしたり顔で手を揉みながら正面の3人を見る。この3人は誰もクラス3程度である為、油断しなければ勝てると踏んでいた。彼は根からのサディストであり、接近戦が得意であった。更に属性相性はローズを除けば悪くは無く、肝心のローズは最早相手にならない程に弱っていた。
「拷問官ゲルムねぇ……元はダーティーワークスで腕を上げた男よね、確か」キャメロンは彼を知っているのか片眉を上げる。そんな彼女を背後にエルが回り込み、こそっと口にする。
「2人でかかれば、なんとかなるかも」そう口にした瞬間、彼の顔面にローズの裏拳がめり込む。
「おい! 手を出すなって言ったよな?」
「え? 本当ですか?!」鼻血を拭いながらエルは目を剥きながら驚く。彼女から立ち上る静かな殺気に気圧され、一歩退く。
「キャメロン、あんたもだよ」ローズは隣でやる気満々の彼女を睨み付ける。
「勝算は?」
「……うるせぇよ」ローズは殺気で震えた喉の奥から絞り出す。
彼女の気迫に押され、2人は2歩3歩と引き下がる。
そこからローズは苦しそうに咳をしながらも直立し、胸を張って正面の拷問官を睨み付ける。
「同じ視線に立たれるのは初めてだな、ローズ?」ゲルムは余裕綽々の声を出す。万が一にでも死にかけの搾りカスに成り果てた彼女に負ける筈がないと踏み、体内での高速循環も甘く済ませる。
「お互いいろんな事を想い出すじゃないか。目玉を取り出して面白おかしい景色を見せたり、腸を引き摺り出して犬に食わせたりな? お陰でお前の小腸は1メートル短いんだよな?」ゲルムはケラケラと笑いながら手の中で水魔法を転がす。
ローズは表情を険しいまま苦しそうに呼吸を繰り返しながら黙って相手を睨み続ける。
それを嘲笑うようにゲルムは水球を投げつけ、彼女の顔面や腹部、手足に当てる。この連打は全てヒットし、ローズは血を吐きながら蹲るが、再び胸を張って彼を見据えた。手足には僅かな電流が奔ったが、反撃に使えるほどの魔力ではなかった。
「避ける事もできないか? え?」
「ふふっ……」突如ローズは笑い始めた。しかも片目から涙を流し、肩を揺らして腹を抱える。
「何が可笑しい? それに何故なく? 勝ち目が見えないからか?」
「いや……あんたが同じ地に立っていて、手の届くところにいる……しかもアタシの手は自由に動くと来た……こんなにも嬉しい日がやってくるとは、善行は詰むものよね」
「なんだと? 貴様、勝つつもりか? この状況で?」ゲルムは自分の耳を疑い、首を傾げながら一歩だけ近づく。
するとローズは不敵に指を振り、勝ち誇った様な笑みを浮かべる。
「勝つとか倒すじゃない。楽しむのよ、このアタシがね」
「やってみろぉ!!!」ゲルムは怒髪天を衝いたのか、手先から水魔法を勢いよく噴き出す。無数の水針が飛び、ローズの身体全身に突き刺さり貫通する。そこから容赦なく引き抜き、そのまま水針をしならせて水鞭として彼女の全身を引き裂く。ローズはその場から微動だにせず、その場で仁王立ちしたまま己の噴き出した血の雨を一身に浴び続ける。
「どうだ!! この攻撃に何も出来ない貴様が何を楽しむだと? このまま手足を斬り飛ばして拷問の続きをしてやる!!」勢いに乗ったゲルムはその場に飛び上がり、水の刃を腕から生やして彼女へ向かって襲い掛かる。
次の瞬間、ローズはゆっくりとした動きで腕を突き出し、指先から電流をチラリと光らせる。それがゲルムの胸に直撃した瞬間、彼はそのまま彼女の脚元に不時着し、動かなくなる。
「な、な……に?」自分の身に何が起きたのかわからず、滝汗で狼狽するゲルム。
「心臓と魔力循環の中心地点に雷棘を打たせて貰ったよ。これで5分はマヒして動けないわ。あんたがアタシを舐め切っているから出来た事よ」と、ローズはゆっくりと彼を蹴り転がして仰向けにし、馬乗りになる。
「さぁ……大いに楽しませて貰うわよ。あぁそうそう、心臓が止まっても何度かは動かしてあげるから心配しないで。いやぁ~何度も何度もじっくり丁寧にぶっ殺してあげるからねぇ?」ローズは満面の笑みのまま彼の片腕を掴み、指の一本を反対側へ折り曲げ、そのまま指ごと皮を肩口まで剥ぎ取ってしまう。彼は天を衝く悲鳴を上げ、ローズはそれを心地よさそうに聞く。彼女は調子を崩さずもう一本を同じようにへし折ってはバナナの皮の様に剥く。
見ていられなくなったのかエルは彼女の背後に近づき、肩を叩く。
「あの、もう決着はついたんだし……」
「……あ?」
振り返ったその顔は『次はお前の番だ』と言いたげな物騒な表情をしており、すぐさまエルは口を結んで一歩引いた。
「どうぞごゆっくり……」
「情けないの」キャメロンは腕を組みながらクスクスと笑い、傍らで離陸しようと慌てる飛空艇を目にして炎の礫を当ててパイロットを睨み付ける。パイロットは観念して操縦桿から手を離してエンジンを切った。
ローズの拷問は1時間で一杯続けて一先ず満足する。彼女は頭から足先まで血に塗れ、ゲルムだったモノを最後に蹴りつけて踵を返す。彼はもはや人間の形をしていなかったが、息絶えたのはつい先ほどであった。
「で、アタシの情報を誰から?」ローズはずぶ濡れになった髪を掻き上げながらキャメロンに問う。
「匿名。多分、ウチのボスからかな?」と、飛空艇や輸送車両から集めた物資から布を取り出し、彼女に投げ渡す。
「ボス? ってラスティー? やっぱ生きているの?」彼女は地下牢にいる間でも最低限の情報を得ていた。ラスティーは戦死したと新聞にあったが、その死を信じてはいなかった。
「あ~、いや、死んだんだけどさ。だけど……」キャメロンは歯に挟まったような言い方をして見せ、どう説明するか頭を悩ませる。
「お前、やっぱりあんまり賢くないな……まぁいいや。で、次はどうするとか策はあるの?」タオルで血を拭い、間に合わせて着ていた軍服を着替える。
それを聞いてキャメロンは天を仰ぎながら頭を掻き、エルは恥ずかしそうに一歩前に出る。
「すいません、本当にノープランで来たんです……」
「……え? 冗談じゃなくて、本当に?! しかもたった2人で?!」ローズは目を点にして口をあんぐり開く。次第にローズは笑い声をあげ、腹を抱えて笑い始める。吊られてキャメロンも一緒に笑うが、それを見てローズは彼女を嘲る様に指を指して笑う。
「なんだよ!! 助けに来たのはあたしらだぞ?!」
「ここバルバロンよ? いわば敵地のど真ん中よ? そこへ味噌っかす2人でとか……あきれるわ」
「味噌っかすって言われてるぞ、エル」キャメロンは彼を肘で小突き、渋い表情を覗かせる。
「あんたもだよ!! ……っ?!」すると、遥か遠くから何者かの鋭い視線を感じ取り、背筋を寒くさせる。「早くここを離れましょう。そろそろ異変を感じ取って別の部隊が来ますよ」
そんな彼らをアリアンは宙に浮きながらサングラス越しに睨み付けていた。
「約束は守ったよ、ローズ。さて、ここからはそうは行かないけど……私の仕事に集中させて貰おうかな」と、アリアンは踵を返して遥か北の空へと飛んで行った。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




