93.カーラの物語 Year Three 秘書長補佐誕生
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ソルツ秘書長はカーラのいる部屋の前に立ち、マジックミラー越しに観察をする。彼女は度重なる検査や実験の果てに疲れ果てて消耗しており、覇気のない表情で項垂れていた。が、ソルツの視線を感じ取り、前髪の奥から視線だけを動かしてじっと睨み付ける。その殺気は凄まじく肉食獣の様な禍々しさであった。ソルツはこの半年で彼女に施された実験、検査の数々の記された書類に目を通し、頬を緩める。
「凄いわね。ここまでされて廃人にならないなんて。それにこの殺気……ただ者ではないわね。カーラ・スプリングス……ジャレッドの娘、なるほど」と、アルバス博士の方を見る。
「出来れば、彼女はこのまま研究所で検査を続けていきたいと思っているのだが……」
「わかったわ、この子を貰うわ」
「わかっていないじゃないか……」博士は深い溜息を吐きながらも観念した様に助手を呼び、カーラの引き渡し準備を始める。
もちろんカーラをそのままソルツに渡す訳にはいかず、ある工程を必要とした。
ひとつは記憶を消し、別人にする。もうひとつは感情を消し去り、完璧な操り人形にする。アルバス博士はこの内の感情の削除を提案する。
「感情を消し去れば、例え記憶があっても反乱を起こさない。それに何も疑問を持たずに命令を実行する理想の助手になる。私も何人か持っている。それに元の人格に戻るような事は万が一も起きない。私のおすすめだ」
「感情の無い人形ねぇ……それでは詰まらないわね。で、記憶を消す方は? お勧めできない理由でもあるの?」
「もちろん。記憶が消えても君の命令を聞く保証は無い。それに記憶が戻るリスクもある。元が反抗的だから、記憶を消してもあまり変わらないかもな。例え、偽りの記憶を植え付けてもね」と、忌々しそうにカーラを鏡越しに睨む。彼女はこの半年間、隙を見て2人殺害していた。
「それは大丈夫。私が催眠術を得意としているのを知っているわね?」
「そうだった……偽の記憶を与えた上、催眠でロックすれば……愛想のいい助手になるかもな。いいだろう、では記憶を消そう」と、彼は助手に合図を、カーラの部屋に催眠ガスを流し込んだ。カーラは抵抗する素振りを見せず、ただ気配のする方向へ殺気を飛ばし続けながら気絶する様に眠った。
カーラは武骨な椅子に座らされ、手足と胴を鋼鉄の枷で固定されていた。頭には送電装置が装着され、魔力が充填されていた。喧しい機械音に目を覚まし、彼女は無駄だと分かりつつも手足を揺り動かす。
「今度はなに?」頭も固定されており、実験室をガラス越しに見つめる者らを激しく睨み付ける。
「力を抜くといい。妙な抵抗をすれば、余計に苦しむ羽目になるぞ」アルバス博士はコンソールを操作し、送り込む電流の調整を行う。
「これ、頭の中の記憶や情報を読み取る装置に似ているわね? それの失敗作かしら?」過去に呪術研究所で見た装置を思い出すソルツ。
「それは否定しない。そのプロトタイプの失敗を元に出来たのがこの記憶除去装置だ。電圧を上手く調整すれば、思い出記憶のみを消す事が可能だ。あまりやり過ぎると、基本的な記憶まで消えて猿以下の助手が出来てしまう」
「それは困るわね。赤子の面倒は御免よ」
「だが、この実験体は反抗的でね……ヘタな事が起こらない事を祈るが。さ、始めるぞ」と、レバーを下げて安全装置を解除し、スイッチを入れる。
すると記憶除去装置が耳障りな音を上げる。同時にカーラの頭の装置から電流が流れ、彼女は喉を張り上げて叫び散らかした。彼女の脳は少しずつ電流で焼かれ、頭蓋骨内で稲妻が乱反射する。彼女は白目を剥き、奥歯をガタガタと鳴らして唸る。
「案の定、抵抗するな。少しずつ電圧を上げよう」
「死なないわよね?」目の前の地獄の様な拷問風景を見て、不安になるソルツ。
「今までの実験で廃人にならなかったからな。多少は平気だ」アルバスは冷たく口にし、少しずつコンソールを操作する。
カーラの悲鳴は天井を突き、勢いよく失禁する。彼女の見る走馬灯から登場人物の顔が消え、順々に声や風景、出来事などが真っ白になる。自分の生まれや両親の顔、リーアムとトニーの存在すらも消えてなくなる。
が、消えまいと踏ん張るモノがあった。それは自分自身であった。自分の誇り、ポリシー、魔王には絶対に屈しないという心のみはしぶとく残り、激痛の嵐の中で堂々と仁王立ちを続けていた。
「ふむ……おかしい」カーラの脳波を計るモニターを見ながら唸るアルバス。
「どうかした?」
「ふむ……今ので90パーセントの思い出記憶が消えたが……あと10パーセントがどうしても消えない。これが消えなければ消えた90パーセントは直ぐに戻ってしまう」
「ではもっと電圧を上げたら?」
「いや、これ以上やったら廃人と化す。別の角度から進めよう」と、コンソールの別のボタンを押す。すると椅子の背もたれに備わった無数の穴から針が飛び出し、カーラの身体に突き刺さる。その針の全ては急所ではなく痛点に突き刺さり、そこから電流が流れる。彼女は身体が動く限りに仰け反り、喉から泡を吹きながらも肺を潰さんばかりの悲鳴を轟かせる。
「脳にではなく身体に負担を掛け、残りの10パーセントを殺す。消えるのは時間の問題だ」
「それにしてもタフね……早く終わらないかしら?」ソルツはため息を吐きながら腕時計に目を落とす。
が、数分続けても彼女の記憶の残り数パーセントは消えず、アルバスはジリジリと電圧を上げる。次第にカーラの悲鳴は力を失い、死ぬ寸前の喉鳴の様な声がそよ風の様に響いていた。
そしてついにモニターが0パーセントと表記され、同時にアルバスはスイッチを切る。カーラの全身から力が抜け、項垂れて目を半開きにして涎を垂れ流していた。
「心音は微弱だが、生きている。脳波は乱れているが、直に収まるだろう。成功だ」アルバスは手を叩いて成功に安堵し、ソルツの表情を伺う。
「大丈夫なの? 見た目、死んでいるみたいだけど?」椅子で項垂れる彼女を見て首を傾げる。
「例え、このまま死んでも蘇生は容易だ。落ち着いたら、偽の記憶を植え付ける作業に入る。これは今より簡単だから、あと30分程度で終わる」
「15分にして」
「……わかりました」アルバス博士は彼女に言われた通り、迅速に記憶植え付け作業を完了させ、記憶を消され眠るカーラをソルツ秘書長へ引き渡した。
「新しい名前をあげなきゃね」
「いえ、カーラ・スプリングスのままでお願いします。別の名を与えるとそこから微かな違和感が生まれ、記憶を取り戻すきっかけになりかねない。名前と言うのは、潜在的に染み込んでいるものですからね。それに彼女を知る者から本名を告げられれば、それだけで記憶を取り戻す恐れがある。例え催眠術が効いていてもね」
「これだけ念入りに脳を焼いても、記憶を取り戻す事ってあるの?」
「過去の例がある。それに海馬体の一部を僅かに焼いただけだ。焼かれた部分を他の細胞が補う場合もある。だから感情を奪うのが確実なんだ」
「なるほどね……まぁ、うまく扱うわ。ありがとう、魔王様には貴方の事は良く言っておくわ」
「よろしく頼む」アルバス博士は丁寧にお辞儀をし、研究所を去る彼女を輸送機まで見送った。
その後、ソルツは業務を手早く終わらせ、カーラをファーストシティの自宅まで連れて行った。それまで彼女は目を覚まさず、眠るその表情は彼女自身の険しさや身構えた様子はなく、無垢な顔で眠り続けていた。
「さて、本格的に起きる前に始めましょうか。念のために色々と仕掛けさせて貰うわ。その後で、楽しみましょう」と、カーラをソファに座らせ、目の前のテーブルにメトロノームを置き、大ぶりに揺らす。
「聞こえているわね? さぁ、私の声に従って……」ソルツは声色を変え、穏やかな口調で話し始めた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




