91.カーラの物語 Year Two エレメンタル研究所
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
尋問が終わり、カーラはヒールウォーターの満たされたカプセルに閉じ込められる。もはや答えを求めない拷問と化した尋問は彼女を血達磨以上の酷い姿に変え、ヒールウォーターは一瞬で真っ赤に染まった。
「やり過ぎじゃないか?」魔王軍兵士長が呆れた様に口にしながらカーラの入ったヒールカプセルを小突く。
「何がやり過ぎですか! 尋問途中に3人も蹴り殺したんですよ?! それに殺気がすごくて……ぐっ」尋問担当のひとりが頭を掻きながら呼吸を荒げる。彼は決して拷問を楽しむ様なサディストでは無かった。それだけカーラの抵抗が激しく、こうする他が無かったことが窺えた。彼は嘔吐を我慢する様に口を押さえながら謝罪する様に頭を下げる。
「何も引き出せませんでしたが、そちらは?」尋問担当のもうひとりが問う。彼は目の下を黒くさせていた。
「恐らく逃げられたな……追いかけようにも何処へ向かったのかすらわからん。今回、指揮を任されたアラカゼ殿が責任を取ったそうだ。まぁ、あれだけ予算を使ったんだ。当たり前だな」兵士長は腕を組んで頭を振りながらため息を吐く。飛空艇を複数機飛ばすにはそれだけの金がかかった。
「では、この女はどうします? 確か、どこかの研究所へ送るとか?」
「エレメンタル研究所へ送るそうだ」
兵士長は書類束を捲ってカーラの証言に目を通しながらため息を吐く。1ミリも役に立つ情報が書かれておらず、忌々しそうにヒールカプセルを睨む。
エレメンタル研究所とは、属性使いの肉体や魔法を研究し、魔力を応用した道具を開発する研究所であった。最近は専ら捕えたクラス4の使い手を解剖して魔力循環の研究を行っており、その所業は悍ましかった。ここの事を知る者は泣いて別の収容所へ連れていく様に懇願する程であった。
「マジですか……おい聞いたか? お前の行先は地獄決定だ」尋問担当が笑いながらカプセルを小突く。すると、真っ赤に染まったカプセル内から殺気が漏れる。真っ赤で中身は見えない筈だったが、顔のある位置から目だけがくっきりと浮き上がり、彼を激しく睨み付けた。「ひっ!」メンタルの萎んでいた彼は表情を歪めてカプセルから遠ざかる。
「とっとと運んじまおう……もうこいつと関わるのは御免だ」
「輸送中に回復を終えて逃げられない様に注意しろよ」兵士長が口にすると、尋問担当は手早くカプセルを横に倒して高速馬車へ積み込む。
「大丈夫ですよ。両脚を10カ所以上へし折りましたから。その上での拷問だったんで」
「やっぱりやり過ぎじゃないか?」
カエデから左腕を取り立てたアルバートはうんざりした溜息を吐きながら街道を歩いていた。その先の関所には師であるコネリーが待っていた。彼はリーアムを監獄へ送り届け終わった後であった。
「で、魔王の息子は見つかったのか?」まるで答えを知っている様に問う。
「いいえ。まんまと逃げられました。その責任はアラカゼ・カエデが負いました」と、保存用魔法水に浸かった左腕を見せる。
「お前は御咎めなしか」
「リーアムを捕えた功績のお陰で」
「……そうか」コネリーは納得いかないように重々しく唸り、アルバートを睨む。
「言いたい事はわかります。手段を選ばず、仕事を遂行せよ、ですよね」
「お前は手段を選ばなければ誰にも止められない程の実力がある。賢者からも取り立てる事が出来る程にな。だが、お前は……」と、惜しむ様にまた唸り、彼の肩に手を置く。
「わかっているんですけど……どうしても、汚い手だとか、手段はどうも……」
「そこさえ治せば、お前は無敵だ」と、2人は並んで街道を歩き始めた。
数日後、カジノ船は補給船と接触し、バルバロン一周の為の物資が追加で運び込まれる。その作業に紛れてスワート達は別の木箱に潜り込んで補給船へ乗り込む。ここでナイアとは別れる予定であった。
「これでマーナミーナへ着けば……正真正銘、バルバロンを脱出できた事になるっすねぇ」トレイは感慨深そうに口にする。今回、閉じこもった木箱は小屋程に広かったため、快適に寝転がる事が出来、機嫌がよかった。
「……俺はあっちに着いたら別人になる。カーラさんに言われた通り、魔王の息子という肩書に負けない様な……舐められない人間になる。協力してくれよ、トレイ」
「ん? あぁ、もちろんだ。あまり無理しない様にするっすよ?」
「いや、無理も無茶もする……」そんな彼の間に光がポゥっと灯り、ナイアが現れる。
「その意気だぞ、少年」
「「うわぁ!!」」2人は仰天して飛び上がる。そんな2人を尻目に書類束から1枚取り出してスワートに渡す。
「あっちに着いたら、ボディガードみたいなのが付くからよろしくね。名前はローズ。一応、魔王のお目付け役ってトコかな?」
「魔王のお目付け役?! どういう事だ!!」スワートはこの話は聞いていなかったのか激しく狼狽する。
「話すと長いんだけど……魔王があんたらを国外へみすみす逃す代りって所かな? じゃないと、こんなに簡単には逃げられなかったわ」と、ナイアは滑らかに説明した。彼女はローズとコンタクトを取り、更にそのローズが黒勇隊へ。そこから秘書長ソルツへ、そして魔王へと話を通したのであった。ナイアのシナリオでは、スワート達はローズが捕捉し、彼女の保護下で国外学習の旅へ向かわせる事にし、魔王を納得させたのであった。故にスワートの中の影は本気を出して彼らを闇で塗り潰す様な事はしなかった。
「って事で、あなた達とはここでお別れ。私はもう少しカジノで楽しむわ。頑張ってね」と、ナイアは木箱を静かに開いて出て行こうとする。
「ナイアさん! ありがとうございました」スワートは深々とお辞儀し、鋭い表情を見せた。
「いい顔ね。次会う時を楽しみにしているわ」と、ナイアは姿を消した。
それを見届け、トレイは深々と溜息を吐き、崩れ落ちる。
「結局、ずっと魔王の手の上だったって事っすか?」
「そうだな。でも、次はこうはいかない……もっと力をつけて、戻る頃には……」スワートは拳を力強く作り、木箱を殴りつけた。
それから1週間後。長い旅路の後、カーラはエレメンタル研究所へ運び込まれる。その頃に彼女の肉体は回復していたが、精神的に疲弊しており、拘束されてはいたが抵抗する素振りを見せずに施設内へ運び込まれる。
まず彼女は簡単な検査を行った。細胞や血液を採取し、清潔な制服を着せられ独房へ閉じ込められる。そこで更に1週間ほど摩耗した精神が回復した後、ドア越しに質問攻めを受ける。
彼女は口を噤み、唾を吐き捨てる様に暴言で応える。
「そのまま非協力的な態度を取ると、後悔しますよ?」研究員はそう言うと、ドアの猫窓を閉めた。
「ここは地獄だって聞いたけど? どこが? 休暇には丁度いいわね」カーラは余裕そうに軽口を叩き、壁を蹴りつける。壁には皹ひとつ入らず、衝撃が未だ痛み奔る傷痕に響く。首には魔力抑制の首輪が巻き付き、彼女は普段の魔力循環が出来なかった。
「逃げるには首輪を外さなきゃね……この感触、鍵が必要かな?」首輪の鍵穴に触れ、部屋中を観察する。壁も床も滑らかで真っ白であり、天井近くはガラス張りになっていた。ベッドとトイレに洗面台しかなく、猫窓から食べ物の乗ったトレイが運び込まれる。この食べ物のお陰で彼女は疲弊した精神と体力を回復させ、今や万全の状態になっていた。
「ここでどんな事をするかは知らないけど、必ず逃げ出す隙がある筈……そこを突いてやる」と、カーラはガラス張りを睨み付ける。
その向こう側ではメモ帳を片手にした研究員が数名、彼女を観察していた。
「クラス4の風使い。接近戦型で魔力循環はBランク程度。今回も失敗に終わるでしょうか?」
「いや、数日間拷問に耐えた精神力。黒勇隊の隊長と互角以上に戦える戦闘力。それにジャレッドの娘らしいじゃないか。期待できるだろう」研究所責任者のアルバス博士はにんまりと笑いながら口にした。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




