172.人類の進化への第一歩
いらっしゃいませ!
では、ごゆっくりどうぞ
ハーヴェイは建物の屋上まで一足飛びで登り、そこで座禅を組んだ。目を瞑り、深呼吸をして意識を地底奥深くに位置する異界へ向ける。
「……ヘリウス、見ているか?」トコロ変わって冥界の宮殿にある水晶にハーヴェイの意識が写される。
それに向かってヘリウスと呼ばれた者が怒り顔を近づける。
「君!! なんてヤツを送りつけてくるんだ!! あんな業まみれの魂は見た事が無いぞ!!」
彼は地上から送られる無数の魂の管理者であり、それら全てに目を通して洗浄するのが役目であった。洗われた魂は積んだ徳、業によって次に入る肉体が決められていた。天空や大海の監視者と比べて激務であり、いつもヘリウスは忙しくしていた。
「一時的に預かって欲しいだけだ。絶対に逃げられない牢にでも入れておいてくれ。ほら、『嘆きの深淵』あたりにでも……」
「僕の上司の隣に閉じ込めろと?! 僕は牢番じゃないんだぞ! 何のために君に肉体を与えて地上に送ったのか分かっているのかい?!」ヘリウスは怒鳴り慣れないような調子で怒鳴り散らしながらもハーヴェイの機嫌を伺う様に顔色を見る。
「仕事はちゃんとやっているし、報告もしている筈だ。毎回無茶ぶりを振ってくるのはお前の方だぞ? 言っておくがその女、絶対に逃がすなよ」
「君は僕の上司かい?!」
「……いいや? 忙しいだろうが頼んだぞ。冥界の監視者様よ」と、ハーヴェイは一方的に対話を終わらせ、組んでいた座禅を解き、立ち上がる。目を凝らして周囲を見回し、爆発する建物と街の状況を把握し、小さくため息を吐いた。
「ディメンズのヤツ……鈍ったか?」
「ったく、ハーヴェイのヤツぅ……こっちはそれどころじゃないのにぃ……」と、ヘリウスは、芋虫の様に縛られながらも弱味を見せない表情をしたドミノを見て身震いした。
「ここは冥界であんたは死神かなにか? 御持て成しは何かしら?」彼女は神聖存在を目の前にしても蛇の様な態度は変えず、値踏みする様に睨む。
「死神でも悪魔でも閻魔大王でもないよ! ったく、肉体を持った人間を送りつけてくるなんて……面倒だなぁ」と、大きなため息を吐くヘリウス。普段は魂が流れてくるだけであり、それらは手も動かさずにあっちへこっちへと動かす事が出来た。が、肉体を持った人間を動かす事には慣れておらず、従僕であるゴーストたちも人間を掴むことは出来なかった。その為、ドミノを牢獄へ連れて行くのは彼自らが行う事となった。
「変なところを触らないでよ? 大声出して恥かかせてやろうか?」
「こう言う人間は苦手だなぁ……こういう人の相手はシルベウスなのにぃ……」と、彼は重そうに彼女を担ぎ、不気味な声が響く暗闇の方へと向かっていった。
その頃、ディメンズを取り逃がした人造人間は街中を奔り回り、ターゲットを探し回っていた。彼の中にはディメンズたちのデータが入っており、彼の逃げ方、癖、戦闘パターンなどが入っていた。その為、ディメンズの次の一手を予想し、探し回っていた。
しかし、ディメンズも痕跡を残さず作戦を遂行する術を身に付けており、足跡はおろか匂いすらも残さず移動している為、例え人造人間のデータ解析力を持っても追跡は困難であった。
「参ったなぁ。完全に見失った。あいつ、幽霊な何かかよ?」人造人間はうんざりした様に頭を掻いて首を傾げる。「ん?」
そんな彼の足元には虫の息になったナイアが転がっていた。彼女は浅い呼吸で横になり、ブツブツと何かを呟きながら脂汗を掻き、泣き続けていた。
「ナイア・エヴァーブルー。ターゲットのひとりか」彼の視界の端にはナイアの顔が映り、一気に彼女のデータが流れ込んでくる。彼女の顔の下には抹殺の二文字が点滅していた。
「……だ……れ……?」目と耳は極度のストレスの為、殆ど効いてはいなかったが気配に気付いて顔を上げる。
「悪いな……命令なんだ」と、人造人間エリックは拳を振り被り、苦い表情のまま拳を固めた。
「えりっく?」気の抜けた声を漏らし、手を差し伸べるナイア。
それに対して人造人間は容赦なく拳を振るった。拳は衝撃波を放って瓦礫を砕き、砂塵を巻き上げる。その腕はナイアの顔の横を素通りしていた。
「参った……めちゃくちゃタイプだ」
人造人間は拳を引き抜き、彼女の顔をマジマジと見つめる。
「エリックの……幽霊? もうなんでもいい……たすけて……」ナイアは弱々しく人造人間の身体にしがみ付き、涙を擦りつける。
「君は俺をエリックだと言ってくれるのか……」人造人間は頭の中で喧しく鳴り響くアラートに耳を貸さずにナイアの目を見つめる。
「……なんで、あたしを置いて死んじゃったの?」
「死んだ……そうだな、俺は死んだエリックのデータを分析して……じゃあ、俺は誰だ……? 俺の名前は……エリック? いや、俺はエリックじゃない!! 作られた存在だ!! 何のために!! 俺を作ったんだ!!」突如として疑問の洪水に襲われた人造人間は仰け反って怒声を天へと浴びせかけ、嘆くように吠えた。
そこへ彼の存在に気付いたハーヴェイが降りてくる。急いでナイアを引き剥がして抱き寄せ、間合いを取って目を尖らせる。
「何者だ?! 魔王軍の新兵器、新型の人造人間か?! っ?! その顔はエリック?! どういう事だ?!?」流石のハーヴェイでも狼狽え、腕の中のナイアに負担を掛けない様に立ち回るので精一杯だった。
「俺は……エリックじゃない……彼を模して造られた人造人間だ……なんだよ、認められた途端に目が覚めた……チクショウ! うるさい! うるさい!! うるさい!!!」頭の中で喧しく鳴り響くアラート音に嫌気がさし、自分を殴りつけ、壁面に頭を叩きつける。
「な、なんなんだ? もう壊れているのか?」人造人間の奇行に理解できず、もう少し距離を取って注意深く観察をする。
「くぁぁぁぁぁ!! こいつかぁ!! こいつか喧しいのは!!」耳の中に指を突っ込み、小さな機械部品を抉り出し、地面に叩き付ける。「スッキリしたぜ……」
「お前は何者だ?」ハーヴェイは改めて問いながらも、ナイアを寝かせ、いつ襲われてもいい様に戦闘態勢を取る。
「彼女、ナイア・エヴァーブルー……このままだと衰弱死する。心音が少しずつ弱くなっている。これはヒールウォーターでも精神安定剤でも回復できない」
「なに? じゃあどうすれば……」
「この街には飛空艇が何機か残っている筈だ。それに乗せていけ。俺が操縦する」人造人間は自らの頭の中で溢れ返る疑問に溺れながらも平静を保ち、彼らに手を差し伸べる。
「何故、助けてくれるんだ?」
「エリックなら、そうするだろ」と、人造人間は手助けする様にハーヴェイに手を貸し、飛空艇のあるドッグへと向かった。
その頃、ヴァイリーは研究都市の地下施設でコンソールを叩きながらモニターを愉快そうに眺めていた。
「素晴らしいぞ! 期待以上のデータが取れている! 流石だ!!」モニターには人造人間の視界が映っていた。
そんな彼の背後にそよ風ひとつ立てることなくディメンズが現れ、ゆっくりとハンドボウガンをヴァイリーの背に突きつけた。
「お遊びは終わりだ。お前は生きたまま連れて行く。ナイアのご指名だ」
「その彼女は最早虫の息以下、だがな」と、映し出されるモニターを指さす。そこにはハーヴェイの腕の中で弱々しく泣くナイアの姿が映っていた。
「ナイア!! 一体どうした?!」と、怯むもヴァイリーへ一瞬で目を戻し、ハンドボウガンを突き付け続けた。
「彼女は最早どうでもいい。我が新兵器の起動実験は成功だ」
「あのエリックを模したデクノボウか? 何のためにあんな趣味の悪いモノを作った?!」
「人類の進化の為だ……」ヴァイリーはしたり顔のまま振り返り、ハンドボウガンに額を押し付ける。「君に理解できるかな?」
「わかりたくない。このままついて来てもらおうか」
「銃を片手にしかモノを言えないのは前の世界から変わらないな、人間は……だが、これで救われる。人類は進化し、武器も法律もいらない世界を生きる事が出来るのだ!!」ヴァイリーは満面の笑みを覗かせ、ゲラゲラと笑い始めた。
如何でしたか?
次回もお楽しみに




